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荒波にもがけ、少年  作者: 刻露清秀
黒キ翼の冒険譚〜出会いと別れと一夏の恋〜
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鹿毛馬市の長い一日①

 その時、森の中から物音がした。


 リンと翼は顔を見合わせた。報セでも凪でも、ましてやシイ神さまでもない。リンの家とは反対の方向から、人の話し声がした。だんだんと近づいてくる。


「おい、そこに誰かいるな? 」


と妙に甲高い声が聞こえると、問答無用とばかりに鏃が飛んできた。二人は慌てて地面に伏せた。


「リン、あれ知り合い? 」


翼は混乱していた。リンは頭を振った。彼女にしては珍しく乱暴な仕草だった。


「私にもよくわからない。とにかく逃げないと」


「どこに逃げる? 」


「鹿毛馬市の市庁舎の前の広場。非常事態のときはそこに逃げることになってる。でもこれじゃ動けないわね」


「家に寄ってからと、このまま向かうのどっちが早く着く? 」


「このまま向かう方が近道よ」


声の主達はすぐそこまで来ている。捕まったらどうなるかはわからないけれど、ロクでもないことになるのは、わかりきった事実だった。


「市庁舎前の広場だな?あとで行くから先に行ってろ! 」


「ちょっと翼! 」


「俺はこう見えて結構強いんだ、早いとこ逃げるんだぞ!報セさん達は俺に任せて、できるだけ早く、鹿毛馬市の人達に敵が来たって伝えてくれ」


小声ではあるが怒鳴るように言い残して、翼は立ち上がった。


 翼は素早く念じて姿を消した。敵に霊能者がいる可能性を考えてできる限りの速度で走る。今の翼の強みは、攻撃が効かないこと、敵に気付かれずに接近できることの二つである。だがシイ神さまが言っていたように霊能者ならば翼の存在に気づくことができ、攻撃もできるらしい。つまり強みが封じられる可能性があるのだ。


前方に人影が見える。翼は木の陰に隠れて息を整えた。


敵はざっと見て二十人。白い目出し帽をかぶっているのはおそらく指揮官だろう。服に正三角形の刺繍がある。宗教色の強い組織らしい。報セを捕らえていた独立革命軍のことが頭をよぎった。格好も気味が悪いが、フラフラと足元が不安定で背が低く、上ずった声で何やら話している様は悪事や破壊を行うに相応しい説得力がある。まとまりはなく下っ端の五人ほどが、リンと翼の声に反応して攻撃してきたらしい。武器は鏃杖と袋石。


袋石とは、布製の袋に思い石の粉末と術式を描いた木片を入れて作る武器である。木片の術式が心石に触れると爆発が起きる。簡素な武器ゆえに暴発も起きやすいが、心石の産地である菱の島では、簡単に作ることのできる武器である。敵陣の建物を爆破したり、地面に埋めて罠を作るのに使う。ちなみにこの袋の部分を鉄の球体に変え、術式を複雑にしたものを爆石といい、砲でこれを打って使う。


 襲撃者の注意を逸らしてリンの逃げる時間を作り、リンの家にいる報セ、凪、シイ神さまを助けに行かねば。

さあ戦いの時間だ。翼は深く息を吸うと、吐き出すと同時に踏み出した。


「散れ、下郎ども! 」


声に反応して先程よりたくさんの鏃が飛んでくる。敵は横に広い隊列を組んでいる。指揮官はその中央だ。そこを突破して敵を分散させなければ。


一人、二人、三人。立て続けに倒したところで敵に動揺が走った。狙うは指揮官。おそらくは烏合の集だ。頭を叩けば壊滅する。襲ってきたのは、ここにいるのが全員ではないだろう。だがリンが逃げる時間を作ることはできる。


 リンはまだ伏せたまま動けずにいたが、翼が目配せで立ち去るよう伝えると、心配そうな顔で立ち去った。敵は翼の急襲に混乱しており、リンが立ち去ったことに気がつかなかった。


恐れていた霊能者はいないようだ。森の中に逃げ込む一人を斬る。次だ。指揮官はどこだ。翼は瞳だけ動かして指揮官の位置を確認した。指揮官は四方に部下を付き添わせて退却している。木が邪魔であまり速度を出せないが、奴を倒さなければ。


「待ちやがれ腰抜け! 」


 何を血迷ったのか、部下を殴りつけている指揮官に向かって刀を振り下ろすと、敵はリンの家とは反対の方向に、てんでバラバラに逃げ出した。翼は深追いはせず、急いでリンの家に向かった。


「無事ですか⁈ 」


そう怒鳴って扉をすり抜けると、家の中はしっちゃかめっちゃかで、最悪の事態が思い浮かんだ。が、よく見てみると違うようだ。家財道具が開け放たれ、あったはずの箪笥が丸ごとなくなっているが、複数人が暴れた後のように靴跡が付いているわけでもない。


 よく観察してみると、調理器具と風呂桶と箪笥、それから大きな荷物を運ぶための荷車がなくなっている。報セと凪がもともと着ていた服もである。


 朝日が顔を出し、明るくなってきたので外に出ると、足跡と車輪の跡が山の麓へと続いていた。


「なんだぁ」


思わず声に出してしまった。俺がいなくても大丈夫だった。よく考えれば、報セさんにはシイ神さまがついている。大丈夫なはずだ。安堵とそれ以外の何かで気が緩んだ翼は、しばらくその場にしゃがみ込んでいた。


 いつまでもそうしているわけにもいかないので、翼は小急ぎで足跡を追った。が、困ったことになった。


 足跡も車輪の跡も消えているのだ。確かに翼が跡を辿れるということは、襲撃者も跡を辿れてしまうわけで、それは困ったことだ。しかしながら、これでは翼も報セ達に追いつくのが難しい。


 ふと翼は止め足という動物の知恵を思い出した。自分の足跡を踏むように後退し、足跡がつかないところに跳ぶのである。熊撃ちの猟師の本に、そんなことが書いてあった気がする。報セ達も同じような手法で草むらかどこかに移動したのだろうか。重い荷車があるので難しいだろうが、不可能ではない。荷車に踏まれても跡の残らない草が有ればの話だが。


 足跡を観察してみたが、昨日は晴れていたのでもともとくっきりとした足跡は残っていない。止め足をすれば足跡がはっきりとするはずだが、翼の素人目ではどこまで後退したのかはわからなかった。草むらはたくさんあるので、どの草むらに移動したのかもわからない。


 翼は報セと凪をシイ神さまに任せ、自分は自分で鹿毛馬市を目指すことにした。生き霊は足跡の心配をしないで済むので、先回りしてリンに追いつけるかもしれない。報セ達のことももちろん心配だが、リンのことも気がかりだ。


 翼は山の麓目掛けて走った。

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