リンドウの罪と罰⑧
ヒナの死後、反政府勢力により鹿毛馬市から帝国軍はいなくなったが、様々な変遷があり青の民連盟軍の支配下になるまでは、苦難が続いた。知識層が中心になっているだけあって青の民連盟軍は行儀がいいが、市民を監視し戦闘に協力させるという点では他の組織と同じである。
そうした組織からリンが学んだことは、たとえ同じ宗教を信じていようと、兵士は支配下の人々を虐める、ただそれだけだ。
リンは星を見ながら心の中で語りかけた。神よ、これは罰ですか。それとも赦しですか。記憶を手放しても良いのですか。冷たく積もった澱を、捨てる時が来たのでしょうか。救いを求めての行動ではない。彼女にとっての神は、全ての人間を同等に扱う。善人も悪人も、信者も異端者も異教徒も、幸せな人間も不幸せな人間も、みな同じ人間だから。神は残酷だ。どれだけ人間が苦しもうと、嘆こうと、けして助けはしない。善人に富を与えることも、悪人に罰を与えることもしない。命終わる時、人は初めて神を知る。命終わる時、迎える存在があることこそが人間の唯一にして最大の救いなのだ。
異教徒と戦え。神を信じれば天国に行ける。同じ宗教を信じる人々の言葉が信じられなかった。だからリンにとっての神は、養母を除いて他の誰にも理解はされなかった。生まれながら異端者だった。ヒナのすごいところは、異端者を異端者として認めてくれたところだ。
「リンの言ってることよくわかんないけど、なんかやばいね」
そう言って笑った。否定も肯定もしなかった。ヒナは誰からも愛されていて、それは当然のことで、だからこそリンはヒナの心を壊し、命を奪った帝国の兵士を、いつまでも許せないでいる。
不意に物音がしたような気がして、リンは振り返った。
「翼?そこにいるの? 」
躊躇いがちに、半透明の子どもが姿を現した。
「ごめんなさい、勝手についてきて。でも夜道を一人は危ないよ」
「そうね」
リンは素っ気ない態度をとった。翼はまだ何か言いたげにしている。
「言いたいことがあるなら言ったら? 」
「……誰のお墓なの?もしかして俺の、その、失言と関係ある?もしそうなら俺が悪いだけだから……危ないことはしないでよ」
この子はたまに、子どもらしからぬ気の回し方をする。考えていること丸出しの、子どもらしい普段の言動を考えると、妙な気遣いはこの子本来の性格ではないのかもしれない。そう考えると切ない。いつの間にか、身体の強張りが消えていた。
「危ないことをするつもりはなかったの。私は慣れているから。でも心配かけてごめんね。大丈夫よ。少し考えをまとめたくてそぞろ歩きをしてしまったの」
「……」
翼は黙ってこちらを見ている。翼は不満げである。
「死んだ親友の、娘の墓よ。ここは子ども達だけの墓場でね。私はこの場所に強く神の存在を感じるものだから、つい来てしまうのよ」
「……わかんないや」
リンの言葉は嘘ではない。言わないことがたくさんあるだけだ。
翼と話しているうちに、リンの中で答えが出た。いや、本当はとっくのとうに出ていたのだ。恨みも悲しみも消えない。だけど翼に対する憎しみは、これっぽっちもない。矛盾している気がして悩んでいた。だけど常に正しくある必要などない。矛盾を抱えていよう、悩み続けよう、そういう答えが出た。