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荒波にもがけ、少年  作者: 刻露清秀
黒キ翼の冒険譚〜出会いと別れと一夏の恋〜
24/80

リンドウの罪と罰⑥

 リンはなかなか眠りにつけなかった。たぶん翼にとって、あれは純粋な疑問だったのだとわかっている。けれど翼が帝国人で、はっきりとは聞いたことはないけれど言葉遣いから軍人の息子だとわかる、ただそれだけで胸の中を暴れ回る記憶がある。


「ヒナ……」


暗闇の中で名前を呼んだ。今は亡き親友の名前。リンは物音を建てないように身支度をして、外に出た。細い月の光では山道は歩けないので、明かりを用意した。


 幼い頃、帝国軍の将校を見たことがある。身なりが良く、物腰が上品なのですぐにそれとわかった。美しい手をしていた。肉厚で筋肉のついた手。爪は短く切られていて清潔で、手荒れとは無縁な手。白い歯を見せて笑った表情をよく覚えている。顔立ちは翼と似ても似つかないが、手と白い歯がよく似ている。


 山の夜は夏でも寒い。黒い普段着の上に一枚上着を羽織って来たにもかかわらず、リンは手を擦り合わせた。リンの手は水仕事のせいで荒れている。夏はまだ良いのだが、冬はあかぎれだらけになって痛い思いをする。


 山の中に住むのは何かと不便だ。その上仕事柄、鹿毛馬市と往復しなければならない。養母が三年前に死んだこともあり、いっそ鹿毛馬市に住もうかと考えたことは一度や二度ではない。それでもそうしなかったのは、リンが今向かっている墓場から離れたくなかったからだ。リンの養母が人里離れた場所に住んでいた理由も、そこにある。


 青の民は十歳以下の子どもの墓地と、大人の墓地を分ける。十歳以下の子どもは、神に近い存在であり敬うべきだからである。長年にわたる氷上帝国の統治により、穢れを嫌う帝国の文化の影響を受け、墓を忌み嫌う者もいるが、本来青の民は墓を気軽に訪れる。墓場には怨霊も出やすいが、心石の産地である菱の島では早くから、怨霊が墓から出られないようにする結界の技術が発達していた。翼が怨霊に襲われたのは、彼が結界を壊してしまったからなのである。


 リンは歩きながら首飾りを摘んだ。養母の形見の首飾りには、心石がついている。怨霊から身を守るためのお守りなのである。


「リン、これをなくすんじゃないよ」


まだ幼かったリンは装飾品を貰えたことが嬉しくて、跳ね回って喜んだものだけど、その効用を知ったのはもう少し後のことだった。養母の教えてくれたことは、後になってから理解できることが多い。


 リンとその養母が子ども達の墓地から離れたくなかったのは、そこに眠る子ども達の中には、出産前後で亡くなった子どもが多く存在するからである。産婆を生業としているリンと養母にとって、それは救えなかった命を意味する。忘れてはならない。養母の背中を見て育ったリンは、その思いを引き継いだ。

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