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荒波にもがけ、少年  作者: 刻露清秀
黒キ翼の冒険譚〜出会いと別れと一夏の恋〜
20/80

リンドウの罪と罰②

 生き霊というのが何者なのか、霊能者ではないリンにはわからない。よく考えなくても普通ではない存在なのに、人に怖がられないのは、ある種の才能なんじゃないかしら。リンは思う。


 真面目なのね。私みたいな、いや私のような異形の存在を恐れ嫌うのは、人間としての生存本能なのに。私が翼に恐れを感じないように、翼も私のことを怖いと思わないのかしら?いいえ。青い私の腕を見た時のあの子は、確かに怯えていた。


 リンの肌は右腕の肘から上と背中の中央、左脚の全てが空色である。今更、肌の色を気にすることもなくなったが、他人に知られたいとは思わない。そこそこの長さの人生において、役立った試しはないから。


 リンの人生。


 いつ知ったのかわからないほど昔から、自分は捨て子だと知っていた。養母は、おばあちゃんはその事を隠さなかった。


 内気で、他人をよく観察する子どもだった。だから自分が歓迎されない存在だと知っていた。誰の子どもかわからない。誰かが疎んで山の中に捨てた子ども。空色の斑のある子ども。


 リンは鹿毛馬市の人々の、誰にも似ていなかった。同じものを食べているのに高すぎる背は、成長期のリンを悩ませた。目立つことは嫌いなのに、否応無く目立ってしまうから。


 友達は一人だけだった。というか、話しかけてくるのがその子だけだった。ヒナという名前のその女の子のことは好きだったけれど、ヒソヒソと話をされるのが嫌だから、外ではなるべく話さないで欲しかった。


 町に出るのが嫌で、なるべく山にこもっていたくて、養母の買い物など町に出なければいけない時は胃がキリキリと痛んだ。


 一人でいたかったけれど、一人では生きていけないから、養母の機嫌を伺って生きていた。そんなことしなくても良いことはわかっていた。でもそうせずにはいられなかった。自分が捨て子だということは、血の繋がらない子どもだということは、いつも影のように付き纏った。繰り返し繰り返し、見てしまう悪夢があった。ある晴れた朝に、いつものように食卓に向かうと、突然告げられるのだ。


「もううちにいなくてもいいよ」


現実には言われたことのない、その言葉が頭の中でこだまして、朝起きるのが怖かった。この家にいられなくなると思うだけで、胸が張り裂けるほど辛かった。


 根暗で、馬鹿みたいだったけど周りの冷たい視線に気づかないほど馬鹿にはなれなくて、だから周りの顔色を伺って、必死になって生きていた。


 それでも小さな頃はまだ良かった。人々が憎んでいるのは帝国だけだった。本当の意味で爪弾きにされるようになったのは、支配する組織がころころと変わるようになってからだ。帝国という共通の敵がいなくなっても、人々の生活は良くならなかった。そればかりか、戦闘の絶えない日々が始まった。


 人々は考えた。この苦しみは誰のせいだ。誰かのせいに違いない。『私達』ではない誰か。例えば異端者とか、身元の知れない捨て子とか。リンは生まれながらにして『私達』にはなれなかった。


 ヒナとは表だって遊べなくなった。彼女の母親は、自分の娘が可愛かったから。


「山で遊んじゃ駄目よ。魔女に食べられてしまうからね」


それでもヒナは大人の目を盗んで遊びに来てくれた。本当に嬉しかった。


 ヒナは唯一無二の親友だった。二人で話していると、どんな下らないことでも面白かった。朝から話し込んで、気づいたら夕方だったこともある。ヒナはリンにとって窓だった。広い世界に向いて開け放された窓。ヒナを通してなら、リンはこの世界の光や風を感じることができたのだ。


 ヒナが死んで七年経つ。悲しみは薄れていくけれど、けして消えることはない。一生そうだ。


 あの頃よりは大人になった。人と話すこともさほど苦ではなくなった。嫌われることにも慣れた。周りの顔色を伺うことも少なくなった。


 大人になるということは、色々なことに鈍くなっていくことなのかもしれない。幼い頃と変わらない、弱い心を鈍さで守って生きている。


 帝国との対立にも、向けられる敵意にも慣れた。慣れてしまった。


 兄との確執や凪の態度に、いちいち悲しんでいる翼を見ていると思う。私はこんなにも純粋に、誰かのために傷ついたことがあっただろうか。生活に追われ、仕事に追われているうちに、私は大切なものをどこかに落としてきたのかしら。リンは深い深いため息を吐いた。


 魔女じゃなくて人間だと思うよ、と翼は言った。魔女というあだ名に逃避して、人との関わりを避けているのは、他の誰でもない、リン自身なのだ。自分の存在を許さないことで、他人に存在を認めてもらいたがっている。自分に厳しい自分が好きなふり、でも本当は好きじゃない。身勝手な自分に呆れて、呆れることに慣れた。

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