リンドウの罪と罰①
翌朝、翼はまた無線放送の声で目を覚ました。低気圧は北上を続けているらしい。
リンは今朝は歌ってはいなかった。内心楽しみにしていた翼は残念に思った。
リンは髪を下ろして、顔まわりだけ編み込みをしている。着ているのは群青に白い鳥の描かれた一揃えの着物。昨日と同じように洗濯物を干している。
話しかけようとして目があった。リンは高く手を挙げて、翼に向かって手を振った。着物の袖が捲れて一瞬だけ二の腕が見えた。
リンの顔が強張った。
リンは唇に手を当て、手招きをした。翼は黙ってリンのいる庭に向かった。なるべく表情を変えないように、気をつけて。
リンの二の腕は、翼の見間違えでなければ、空のような青色をしていた。
この世界には三つの人種がある。褐色人種、青色人種、緑色人種の三つである。同じ人種であっても肌の色には幅がある。例えば翼の肌の色は小麦色で、一般的に褐色と呼ばれる色ではないが、翼は歴とした褐色人種である。
褐色人種はもっとも小柄で、緑色人種がもっとも大柄である。緑色人種は大柄であるだけでなく、身体能力も非常に優れている。文明が最も発達しているのは青色人種である。心石が爆発的に使用されるようになったのは、青色人種の技術によるものだ。この世界を率いているのは青色人種といえる。緑色人種は早くからその技術を取り入れたが、氷上帝国をはじめとする褐色人種の治める国々は遅れをとった。大雑把にいって北方の島々に褐色人種、中央の大陸に青色人種、南方の大陸に緑色人種が住んでいる。
昔から褐色人種が大半を占め、排他的な土地柄であった氷上帝国では、他の人種をまとめてアオ公と呼んで忌み嫌っていた。青の民、という呼び方も彼らの宗教の色だけでなく、お前たちは俺達とは違う、という意味も込められた呼び方なのである。しかしながら青色人種が世界の覇権を握るべく、大陸を出て氷上帝国の近くに進出してくると、その圧倒的な文明の力に恐れをなし、他人種が忌み嫌われることは表面上なくなった。今ではアオ公と言えば青の民の蔑称である。
しばらくは二人とも黙っていたが、リンから口を開いた。
「驚いたでしょう? 」
「……リンは外国人なの? 」
「いいえ。他の人種との混血児の中には、稀にだけど、私のように肌が斑になる人がいるらしいの」
斑肌と呼ばれる人々のことは、翼も知っていた。実際に会うのは初めてだ。今まで気にしたことがなかったが、リンの容姿、特に成人男性としては平均的な身長の報セと同じくらい高い身長は、褐色人種としては珍しい特徴である。
「本当に混血なのかはわかないけどね。両親に会ったことがないから。私、捨て子だったの」
遠い目をして、リンは簡単に身の上話を始めた。
「私を拾って育ててくれた人は、自分の子どもを亡くしてたから、私のことをその子どもの忘れ形見だと思って育ててくれた。三年前に亡くなったけどね。そのおばあちゃんが、変わり者だったのよ。妙な捨て子を育てるなんて」
リンがおばあちゃんと呼ぶその人は、今もリンが住んでいる山の家に、たった一人で暮らしていた。リンの物心ついた頃から腰が曲がっており、顔は皺だらけだった。若い頃には夫と娘がいたらしいが、感傷に浸ることはしない人だった。
「おばあちゃんは教えに忠実で、信仰心の篤い人だった。少し話したけど、私達はもともと字を持っていないから、各地を旅する僧侶や親に説話を聞いて戒律を知るのだけれど、説話を字に起こしていたわ。私達の暮らしは日々帝国化されていくから、帝国のやり方で教えを残そうとしたのよ。おばあちゃんの信仰の形は、伝統的なものとは違っていて、だから異端者と思われることも多かった」
「異端者ってどういうこと? 」
「同じ宗教を信じていながら、正統な信仰の仕方でない人のことよ」
「宗派が違うとか、そういうことじゃなくて? 」
「そういう意味もあるでしょうけど、だいたいは集団に馴染めない人のことよ。そういう人だから、私みたいなのを育ててくれたんでしょうね。この山の麓の鹿毛馬市の人達は、私のことを気味悪がって魔女と呼ぶわ」
淡々と語るリンの横顔はどことなく寂しげだった。魔女という言葉にそれほど悪い意味を感じられない翼にも、そのあだ名がけして良い意味ではないと察せられた。
「私みたいなのって、そういう言葉使うのよした方が良い」
「ああ、そうね」
それから、と翼は続けた。
「すごく驚いたから、なんか失礼な反応してたかもしれないけど、俺はリンのことを『みたいなの』とか思わないし、魔女じゃなくて人間だと思うよ」
「……ありがとう」
「礼を言われる筋合いはない。先に帰ってるから」
翼はリンに背を向けて、翼は小走りで来た道を帰った。リンの視線を感じたけれど、振り向くことができなかった。