報セ山藤という男⑤
報セは咳払いをした。ここからが彼にとって本題だ。
「僕から質問してもよろしいでしょうか?」
「……いいぞ」
「僕を助けてくださるのは、あの人に頼まれたからですか? 」
シイ神さまは目を伏せた。この状況においてその動作は肯定と捉えて差し支えなかった。
「そうですか。あの人に神を動かすほどの力があったとは」
シイ神さまはため息を吐いた。何度か首を振り、重い口を開いた。
「死に際の懇願を断れるわけあるまい。一度だけ、死の危機から救うと契った」
流石の報セも瞳を曇らせた。
「そうですか。あの人、死んだんですね。先生といい、なんでこうも……」
死ぬんだか。とは口にしなかった。少なくともこの世界において、人間は必ず死ぬ。報セはとうに解っていた。
「……。話を変えましょう。翼をえらく信頼されているようですが、それは何故ですか? 」
報セは感情的になることを好まない人間だった。報セは自分が感情、特に怒りや悲しみに縛られやすいことをよくわかっていた。シイ神さまはその意思を尊重した。
「信頼している、というか彼奴は魂が強いのだ。生き霊として強い部類に入るだろう」
報セは軽く首を傾げた。頬杖をついたり、首を傾げたりするのは、考える時の癖だ。
「貴方は魂と人格を分けて説明されますが、その二つはどう違うのでしょうか?また貴方は魂や人格を霊能力で感知されているのですか? 」
シイ神さまはしばらく考えてから答えた。
「人格については霊能力ではよくわからん。翼の人格は良くも悪くも普通だと思う。カッコイイことに弱い見栄っ張りで、おだてるのが簡単で考えていることがわかり易く、思春期特有の無駄に誇り高くて劣等感も強くて自意識過剰な、ほどほどに知識も教養もあるがアホで、金に困ったり騙されたりしたことがない裕福な家の健やかで素直な糞餓鬼、という印象なのだ」
「よくわからないとおっしゃる割に、印象が細かいですね」
「しかしお前でも読み取れるだろう? 」
「まあ確かに」
言葉はかなり辛辣だが、内容はあながち間違っていない。あくまで印象だ。
「それに対して魂は、なんというか感じるものだ。霊能者の中に、他人の前世が見えると称する者がいるが、彼らは魂から感じるものをそう表現しているのだ。断っておくが善悪ではないぞ。だが確かに強い弱いや性質の違いはあるように感じる。罪を犯せば魂が曇る。生まれながら背負った業も、魂に映るのだ」
シイ神さまは腕を組んだ。シイ神さまの言う罪とは、必ずしも犯罪のことではない。
「翼の魂からはかなり強い力を感じる。曇ってはいないが、背負った業も深い」
シイ神さまは言葉を選びながら説明を続けた。
「魂を操るのは人格なのだ。例えるならば魂が馬で人格が騎手だ。馬の足がどれほど速かろうと、騎手次第では落馬したりよれて他の騎馬に迷惑をかける」
「つまり翼の人格は、足の速い馬に乗った未熟な騎手というわけですか」
「そうだな。だから困難を乗り越える力、それ自体はあるのだ。魂の強さは霊能力とは別のもので、翼のように霊能力がなくとも魂の強い者はいる。便宜上強いという言葉を使ったが、足の速い馬が必ずしも良い馬ではないように、強い魂の人間がどうしようもない意気地なしということもあるぞ」
「なるほど、奥が深いですね」
「翼は誰か著名な人物の生まれ変わりかもしれないな。業の深さは前世で恨みを買ったからかもしれぬ。こういうことを言うのは占い師のようで好きではないが、翼には女難の相がある。不憫なのだ。我の勝手な憶測だが、大方前世で女に手を出しまくったのだろう。武将かもしれんな。それこそ先祖の黒キ鳳とかな」
そう言ってシイ神さまは話を結ぼうとしたが、報セはまだ尋ねたいことがあった。
「貴方が凪を警戒するのは、魂が曇っているからですか? 」
シイ神さまは気まずそうに肩を落とした。
「そうなのだ。我の霊能力では詳しい情報は得られないが、ああいう曇り方は人を殺したとしか考えられない。人格の方はあの通りよくわからないし……」
シイ神さまは報セの顔色を伺った。
「それでもあの子を助けるのか?ほぼほぼ人殺しだぞ? 」
報セはあのヘラヘラした笑顔で言い放った。
「助ける、という言葉は不適当です。僕は成り行きで凪と行動をともにしているだけなので。僕に断罪の義務はありません。人間は罪人を罰するのが大好きなので、兎角他人を罰したがりますが、義務じゃないんですよ。法律的に」
「さっき糞食らえとか言ってたくせに……」
「それはそれ、これはこれです」
どこまでも調子が良い。屁理屈上等。図々しいことこの上なし。それが報セ山藤である。
「正義の味方じゃあるまいし。凪はどう見ても好き好んで人を殺す子じゃない。あと僕は鼻が効くので、本当にヤバい奴だったらわかりますよ」
シイ神さまは本日何度めかわからないため息を吐いた。
「勘を過信すると痛い目に遭うぞ」
「痛い目に遭うのも経験ですよ」
「……本人が言うのなら、仕方ない、か」
「そうそう。仕方ないですよ」
「自分で言うのか……」
「それから」
報セは急に真剣な表情になった。
「僕を帝国に送り返す上で、翼に危険が及ぶようでしたら、すぐに帰してあげてください。翼は僕よりよほど強いかもしれませんが、それでもほんの子どもです。無理も無茶もするでしょうし、もし何かあったらご両親に申し訳がたたない。助けていただいている立場ではありますが、これだけはお願いです」
「あいわかった。が、お前が言うのか?この無理と無茶の権化が」
「いやぁ僕などまだまだです」
「褒めてないぞ」
それから一人と一柱は仲良く翼が帰ってくるのを待った。
夜も深くなり心配し始めた頃に、翼は明かりを持った細長い人影を連れて帰って来た。
「遅くなってすみません! 」
深夜だというのに大声で詫びながら翼は機蛇に乗り込んできた。大声に驚いて、引きつった顔で凪が飛び起きた。
「ごめんなさい、ごめんなさい起きてるから殴んないで」
早口で唱えながら隅に移動する。瞳が左右に揺れ、凍え死ぬ寸前のように体を震わせ、かなり異様な反応だ。
「凪、落ち着いて。翼だよ」
報セはそう声をかけながら、この子の抱えているものはかなり根深いものだと再確認した。報セの脳裏に心的外傷、またはトラウマの四文字が浮かんだ。凪はすっかり怯えて、震えながら手を擦っている。
「あの、その、ごめん……」
凪の怯え方に翼も恐縮してしまって、暗闇の中を右往左往している。シイ神さまはまた、ため息を吐いている。報セが口を開きかけたところで、例の細長い人影が
「翼も落ち着きなさいな。大丈夫だから」
と口を開いた。凛とした声は、どうやら女のようだ。若くて背の高いその女は、重ねて翼に
「ここにいる人で全部ね? 」
と確認している。翼が近くの住民を呼んできてくれたのだ。助けてくれるようである。
「お、落ち着いてるよ。ここにいる人で全部だよ。その子が凪で、その人が報セさん、この小さい人がシイ神さま」
翼の口ぶりからして、すでに状況を説明してあるようだ。ありがたい反面、女を信頼できるのか見極められていない報セは、心配でもある。
報セの心配を余所に、翼は興奮気味に女と話している。自分をよく見せようという魂胆からか、独立革命軍の兵士をどうやって倒したか詳しく語っている。おやぁ、と報セはシイ神さまと顔を見合わせた。
翼には女難の相がある、らしい。これはこれは。面白いことになってきたぞ、と報セは思った。