報セ山藤という男③
機蛇に戻って、鹿毛馬市へと向かううちに夕方になって、夜になった。
「機蛇の様子は我が見ているから、三人は横になるのだ」
とシイ神さまが言った。
「俺もですか? 」
と翼が尋ねると、
「精神も疲労する。休んでおけ」
ということだった。
凪の様子がおかしかった。 話そうとしないのは前からだが、動こうともしないのである。また手を擦っている。
「どっか痛い? 」
と尋ねても答えず、しつこく尋ねると
「頭」
とのことだった。脱水症状を疑った翼は水を勧めたが、何が嫌なのかあまり飲まなかった。
なお悪いことに報セの体調も悪化する一方だった。傷口から雑菌でも入ったのだろうか。よく考えてみれば、鏃を受けずともあの土牢に監禁されていたのだから、元気いっぱい、というわけにもいかないのも道理である。
「ごめんね、大したことないんだけど…… 」
報セは申し訳なさそうだった。
「朝から頑張りすぎたんじゃないですか?ゆっくり寝ててください」
さて、翼は困った。三人中二人が伏せっていると、暇でしょうがないのである。機蛇が動いてくれているだけでも御の字なのだが、何もすることがないと退屈で退屈で。ふて寝でもするかなぁ、と翼は横になった。
そんなことをしているうちに、眠ってしまったらしい。翼は、自分がコウモリのように逆さまになっていることに気がついた。鉄棒の逆上がりの要領で身体を振ると、頭を上にすることができた。機蛇は止まっていた。
凪は酷くうなされているようだ。翼はふと思いついて、軽く凪の肩を撫でた。険しかった表情が緩み、寝息をたて始めた。こういう使い方ができるのは助かる。
嫌な予感がした翼は、機蛇の頭部を見に行った。その予感は当たってしまった。脳みその輝きが消え、ひびが入っている。シイ神さまがいくら触っても、元には戻らなかった。もともと止まっていたものをシイ神さまの力で動かしていたから、どこかに負荷をかけていたのかもしれない。
シイ神さまは目に見えて落ち込んでいた。神らしからぬその様子を見ると、翼は気の毒になってきた。
「シイ神さま? 」
「ああ……翼か」
「止まっちゃいましたね」
「……ああ」
「鹿毛馬市まで、どのくらいなんでしょうね」
「……わからない」
「神さまがそんなに落ち込まないでくださいよ」
「すまない」
翼は軽く息を吐いた。
「自分一人で、人を探してきます」
そう宣言した。
「止めないでください。もう決めたことなので。弱っている二人を連れ回すのは不安です。正直な話、朝は報セさんに頼りすぎました。今度は自分が頑張ります。すぐに戻るので待っていてください。二人をよろしくお願いします」
シイ神さまは止めなかった。
「頼む。怨霊と霊能者に気をつけるのだぞ。しばらく探して民家がなかったら、戻ってこい」
「承知しました。大丈夫ですよ、自分は生き霊なので」
翼は胸を張って意気揚々と出発した。
翼が発ってしばらく経った。機蛇の頭部にシイ神さまを訪ねてくる者があった。シイ神さまは機蛇の脳味噌に座り、訪問者に背を向けていた。
「先程から機蛇が止まっているようですが、何かありましたか? 」
訪問者は報セであった。
「壊れてしまったようなのだ。翼が人を探しにいってくれている」
「一人で?心配だなぁ」
報セはポリポリと頭をかいた。
「あの子はどうしている? 」
「凪のことですか?よく寝てますよ」
「そうか」
シイ神さまは宙に浮き上がり、報セと目を合わせた。
「山藤、話があるのだ」
報セ山藤は微笑んだ。
「ちょうどいい。僕もです」