3、緑色の夢と渇いたお皿
その夜ぼくがみた夢は緑色に染まっていた。
ぼくはあんなにも恋い焦がれていた彼女の手をとり、きゅうり畑を駆け抜ける。風のように、颯爽と。
もう恐いものなどなにもない、きみときゅうりだけの夢の世界で、ぼくは今までにないほどの高揚感を味わった。あぁ、他にはもう、なんにもいらない!
ぼくは意気揚々と学校へ向かった。きっときみはぼくがくるのをいまかいまかと待っている。そう、きゅうりの話をもっとするために。きみは他の誰とも、きゅうりの話なんてできないに決まっている。
はやまる気持ちを抑えながら教室に足を踏み入れる。そう、昨日の朝となんら変わらない調子で。誰ともしゃべらないきみは、いつものように机に頬杖をついて時間をやり過ごしている。
宙をふらふら漂う視線。小さな虫の動きを追いかけているようだ、ぼくには目もくれない。しかし確かにぼくらは繋がれていた。目にはみえない緑色の糸のようなもので。今すぐにでもその糸をたぐり寄せて彼女をきつく抱きしめたいところだったが我慢した。
そして昼休み、彼女はぼくの席にやってきた。ぼくは涙がでそうなくらい嬉しかったが、顔の筋肉ひとつ動かさずに彼女の顔をみあげた。
しかし鋭い瞳は一瞬にしてぼくの心を射抜き、ぼくが彼女という存在の前でいかに弱く脆いものかを思い知らされるだけだった。体の中を電流がかけめぐる。ビリビリ。ばちっ。
電磁波に耐えながら「きゅ…」といいかけたぼくの言葉を遮って彼女はこう言った、「お皿が渇いたらどうする?」
お皿?なにをいいだすんだ今度は。
昨日きみはお互いの接点を見つけるためにきゅうりが好きかどうかなんて珍妙なクエスチョンを突然投げかけてきたんだろう、そしてきみは見事に成功したんだ、ぼくはきゅうりが好きだったから、きみとぼくは繋がりを手にいれることができたんだ。深い精神的な繋がりを。
きゅうりが好き、キュウリが好きなきみが好き。
そんな農協も真っ青のキャッチフレーズをぼくは昨日日記に書き留めてしまったぐらいだ。そしてぼくは24時間も経たないうちにきゅうりをきみとともにこんなにも好きになっている。かけがえのないきゅうり、もう八百屋になんて置いてはおけない。ぼくはきみの為に命尽き果てるまできゅうりを守らなければいけない。そう決心したばかりで、きみはどうしてきゅうりのことなんて忘れたような口ぶりでそんな話題を持ち出すんだ。
「ねぇどうすんの?お皿渇いたら。」
彼女は真剣だった。じっと答えを待っている。
でも急にそんなこといわれても、さっぱり答えが見つからない。だいたいなんのお皿だよ。洗ったお皿か?渇いたらちょうどいいんじゃないのか、布巾で拭く手間が省けるし。
でもお皿が勝手に渇くってことは、それだけ空気が乾燥してるってことだ。そんなに乾燥されたらたまったもんじゃない。川の水は干上がって、水不足になること間違いなしだ。お肌もかさかさになっちゃって大変だ。そんな状態になったら、ぼくはどうするだろう。
しばらく考えてぼくは答えた。「海へ飛び込むかな。」彼女はその答えに目をきらきら輝かせて喜んだ。
「そんなの、思いつかなかったよ!」
彼女はまるで命を救われた人のように大げさに喜んだ。だからぼくもつられて彼女の命を救ったような気になりとても誇らしかった。