吸血剣カーミラ・ブラッド
一人の男が洞穴の中眠っていた。ボロボロのマントを頭までかぶり、大きな背嚢を抱いて眠っていた。洞穴の中は不思議と暖かく、冬の気配はない。ただ、一歩外へ踏み出せばそこは極寒の地だ。人界を構成する四つの大陸、その最北端に男はいた。洞穴の温もりの原因は洞穴のさらに奧に男が突き立てた一振りの剣にある。灼熱剣レーヴァテイン。男が人界で最も巨大な火山の火口で溶岩遊泳を試みた際にそこで発見した魔剣だ。常に消えぬ炎を纏った剣は、洞穴の中を温めているのだ。ただ実際には温めるなど生温いものではなく洞穴の中に入ってきた雪が一瞬で水滴へと変わり、灼けた床へ落ち蒸発するほどだが。
「ん? もう朝か」
男は起き上がるとマントを纏った。雪で滴るほど濡れていたマントも乾ききり、火がつく勢いで加熱されている。そして男は自分の足元にいる少女を見かけ……
「うわっ! 死んでる!?」
汚い悲鳴をあげた。レーヴァテインの範囲内は灼熱の世界、常人ならば死んでいる。
「うるさいわね、まったく。朝っぱらから何大声出してんのよ」
「だ、誰だお前は! いつからそこにいた! そして服を着ろ!」
その綺麗な白髪と血のような紅目の少女は全裸であった。見た目は齢14、15あたりか。一度も日に当たったことがないかの如き青白い柔肌が、薄く走る血管を際だたせる。少女の面影の中、発展途上の女性的な膨らみが慎ましやかにボディラインに凹凸を加えている。
「あんたが換えの服すら持ってないのが悪いのよ……まったく……で、私の正体には気づいてないと。腹立たしいわね」
男は気づいた。肌身はなさず持っていた魔剣がないのだ。男が初めて手に入れた魔剣、流血剣カーミラ・ブラッド。血をすい強く固く鋭くなる血を操る魔剣だ。装備すると身体能力が向上するオマケ付き。ただし、装備したまま僅かでも体を動かすと体の穴という穴、関節から血が吹き出る。男にとってそれは戦友であり嫁であり夫であり家族で相棒なのだ。男はカーミラと呼び愛用していた。その汎用性の高さから男の魔剣の中で最も使われた魔剣である。
「カーミラが、ない!?」
「ここよここ、私がカーミラ・ブラッドよ」
「は?」
男は少なくとも少女になる魔剣など持っていない。というか喉から手がでるほど欲しい。
「もし、君が流血剣カーミラ・ブラッドならこの質問に答えられるはずだ」
「いいわよ、どんときなさい」
「俺の名前は!」
「鈴木太郎、20才」
年齢のオプション付きで返された。男もとい太郎には名乗る友達すらいないのだ。魔剣以外知っているはずがない。
「なん……だと……」
「なによ、そこは喜ぶべきとこでしょ? 普通は。あんたが愛して止まない魔剣がこんな美少女になったのよ? 正直、襲われるとさえ思っていたわ」
「俺はな、女の子より魔剣が好きなんだよ……性的な意味で」
「それなら私は魔剣で女の子じゃない。何の問題があるのよ」
「俺は君に刻まれた紋章に、先端の鍵状のアクセントに、柄の装飾に、煌めく君の刀身が好きなんだよ!」
カーミラ・ブラッドは血を吸う剣だ。刀身には微細な溝が迷路のように彫り込まれており、触れた血は溝を通って柄に埋め込まれた真紅の宝玉へと流れ込む。その時の紅く煌めくカーミラ・ブラッドを太郎は愛していた。正直ご飯五杯はイケる。
一方の少女は白い顔を真っ赤に染めて照れていた。若干にやけながら照れていた。
「なによ! いきなり……そ、そういうのはムードっていうか……もうちょっと時と場所を考えほしいっていうか……」
尻すぼみにボソボソと呟いた。
「よし、カーミラ」
「ひゃ、ひゃい!」
カーミラは噛んだ。顔は真っ赤だ。恋する乙女の顔である。
「どうやったら君は元に戻るんだ?」
カーミラは黙った。顔は真っ赤だ。怒り狂う戦士の顔である。
「こんのぉ……」
「こんの?」
「バカァッ!!!!」
カーミラがいつの間にか握っていた流血剣カーミラ・ブラッドで思いっきり太郎の顎をぶん殴った。太郎は意識を手放した。すぐ回復するだろうが。