06
ジャスティスにとって忌々しい白の霊力を持ち島の血を引くエキャルラットの白の結界をもう少しで自分の黒の魔力で破れると思って笑っている。そして、エキャルラットは上を見上げてツヴァイへと助けを求める声を上げた...否、良く見ればエキャルラットは己れの白の結界が魔王であるジャスティスの黒の魔力に破られよとしているにも関わらず、この状況に似合わず笑っている。
ーーー蒼い羽が上から舞い落ちてくる。
ツヴァイが照明...この魔王の間の豪華なシャンデリアの陰から姿を現した。さっきまでとは姿が違い、最弱の人間の姿に鳥類族の翼が生えただけだった彼が、今では人型には変わりないが鳥類族の姿に近くなっている。
人間の皮膚だった所は蒼色の羽が生え、ツヴァイの翼は先ほどより風を掴むように大きくなり、程よく筋肉のついていた腕や足の筋肉は、力強く太くなっている。
「フン、少しはマシな戦いができそうか?」
ジャスティスはもう“魔王の仕事”なんてどうでもよくなってきている。否、命をかけた戦いが楽しくてたまらない。魔王としての演出もいらない。彼は“魔王”としてではなく、“俺自身”として自分を負かすかもしれない白の霊力を持つエキャルラットと戦っている。肉弾戦、空中戦が楽しくできそうな人間と鳥類族の血を持つツヴァイが孤高の魔王の玉座より少し上にいる。
「この傷が癒えれば俺も動きやすくなるぜ?」
ジャスティスは白の結界を潰すのを止め、先ほどこのエキャルラットに抉られた腹の傷を見ればもう少しで塞がるところまで直っている...まだまだ楽しむのはこれからだ。試しにツヴァイとエキャルラットにかかってこいと隙を見せたジャスティスは笑っている。
「余裕そうだね、魔王!」
その隙を見逃さずに白の霊力を放出して両手に構えたのはエキャルラットだ。白の霊力を小さな球形にして魔王ジャスティスに飛ばして攻撃する。
先ほどジャスティスの腹を抉ったのはこの技だ。ジャスティスは思う...ここまで微弱に白の霊力の気配を隠せるなんて、こいつはどんな奴にこんなことを習ったんだと。力は見せ付けるためにあるものだ。ジャスティスにとって強さを隠すなんて考えられない。
「最弱の人間ごときに負けるわけねーだろ!」
少しからかうために見せた隙に攻撃を仕掛けてくる経験の浅いエキャルラットにジャスティスは心の中で笑う。その行動が命取りになるとも知らずに...ジャスティスはニヤリと笑い、あえてその攻撃を受けるように見せ掛けて黒の魔力でエキャルラットの背後に移動してとどめをさしてやろうと考えた。
「ラット止めろ!今のはっ...」
エキャルラットの行動を止めるようにジュリアスが叫んだ。だが、もう遅い。エキャルラットは上官でもある王族騎士ジュリアスの制止の声を聞かず、さらに白の霊力で飛翔体を作り魔王に攻撃を仕掛けた。
その攻撃を軽くかわすとジャスティスは黒の魔力で自分の横に“ゲート”の入口を作り、出口をエキャルラットの後ろに作る。この中に入れば移動は一瞬で行われる。もう本当にエキャルラットに逃げ場は無い。ジャスティスは横に作ったゲートに入り、一瞬でエキャルラットの背後へと移動した。
「俺の腹を抉ったのはいい攻撃だった。とどめをさしてやる」
黒の魔力を右手に纏い、ジャスティスはエキャルラットの心臓目掛けて腕を振り下ろした。が、しかし...次に聞こえるはずのエキャルラットがダメージを負ったような声が聞こえず、その代わりに王族騎士ジュリアスの声が聞こえた。
「くっ、強者なのにお前はせこい真似をするんだな、魔王!」
エキャルラットの心臓を抉るはずだったジャスティスの手にある感触は人間の肉ではない。固い、王族騎士のジュリアスの持つ聖剣の感触がある。聖剣と黒の魔力を纏う魔王の手がお互いの力量や思考を探るように競り合いを繰り返す。
良く見れば、ジャスティスにはその聖剣に見覚えがあった。数百年ほど前にここに来た勇者が持っていた聖剣だ。あの男も夕日色の似合う、確かこの男と同じようにライトシャイン王国の王家の血を...いや、最弱の人間にしては剣の腕のたつあの男はその国の王子だった。
ーーー聖剣 ジャスティス・スウェアクロス
その名が示す通り、この聖剣は勇者の中でも意志が強く心の底から正義を誓い背負うことができる者にしか扱えない剣である。
もしこの聖剣に選ばれて持てたとしても、真に扱える者はさらに限られてくる代物...数百年前のあの男は剣の腕はたったが、この聖剣を真に扱えてはいなかった。
ちなみにこの聖剣を鍛えたのは人間だが、なかなかの剣だ。何時からか魔族を脅かす白の霊力以上に魔王を斬るための真なる聖剣になった。
「最弱の人間になんて用はねーよ!」
ジャスティスはそう言いながらジュリアスと競り合っていた手にこめていた力を一瞬にしてぬき、後ろへと後退した。それに一瞬反応が遅れたジュリアスは少し前につんのめる体勢になるがすぐに立て直す。
「それでも俺だって聖剣に選ばれた勇者だ!!」
「そんな攻撃なんて効かねーよ、前髪オレンジ」
魔王に変な呼び方で呼ばれたが、気にせず今度は魔王にジュリアスが攻撃を仕掛ける。それに続いてエキャルラットが隙をつくため白の霊力を小さな球形にして飛ばした。
ジャスティスはその攻撃をどちらも避けると前にいたジュリアスに黒の魔力で造り出した剣を片手に斬り掛かった。先ほどの探り合いで少し剣術で勝負をしたくなったのだ。
「俺がいることも忘れないでほしい、魔王!」
ジャスティスがジュリアスに向かう途中でツヴァイは宙から急降下して魔王に能力を纏う鋭い爪を高速で叩き込む。それでも魔王にその爪はかすりもせずに床にめり込みひび割れさせた。もとに戻る力とぶつかり合う。
「最弱の人間などと血を交えた亜種の力はその程度か?」
すると、ジャスティスは床に膝をつくツヴァイに黒の魔力で造られた剣の一撃を振り下ろした。ツヴァイは気付いたが遅く、避けきれずにもろに背中に攻撃を食らった。そして、ジャスティスはその程度なのかという意を込めた視線をツヴァイと合わせながらも力任せに魔王の間の壁へと蹴り飛ばした。
「「ツヴァイ!」」
ツヴァイを案じるジュリアスとエキャルラットの声が重なる。豪快に壁にぶつかり床に転がり落ちたツヴァイは動かない...先ほど鳥類族に近付けた体は元の姿に戻っている。だが彼らにツヴァイを庇う余裕はない。
次は一瞬でエキャルラットの後ろに移動したジャスティスはまたその黒の剣を振り下ろし、エキャルラットを宙に放り投げた。
「う、ぐっ...」
「白の霊力の能力値が馬鹿みたいに高くても、扱えなきゃ意味がない。こんな黄緑頭の目隠しのガキを恐れた俺がバカだったな」
宙を飛び高い天井にぶち当たり、重力に従い落下したエキャルラットはちょうどシャンデリアに引っ掛かった。体から腕を伝い、頭から赤い水滴がポタポタと落ちるのがジュリアスには見えた。
「...ジュリ、アス...オレのことは、気にしなくて...いいから...」
エキャルラットは下で信じられないという顔をしているジュリアスに白の霊力を込めた声でそう言って笑い、言い終わると力尽きたようにだらりと気を失った。
「おいラット!?嘘だろ、返事をしろ!!ツヴァイ!!」
上にいるエキャルラットからも、床に転がったままのツヴァイからも返事は返ってこない。
俺の部下の中で一番頭のきれる、人間と鳥類族の血を持つツヴァイが魔王を倒すためにあれだけの作戦をたてた。この星の有りとあらゆる歴史を記録する闇夜の国の神巫女を母親に持つ故に、白の霊力を隠し王都の学校に通っていたまだ子供のエキャルラットを監視という名目で自分の部下に引き抜いた。魔王に対抗できる強い白の霊力を持っていたというだけで...たった、それだけの理由で。
「くっそぉ!俺の、俺は...」
ライトシャイン王国の王族騎士ジュリアスはこの目の前の現状に、自分の非力さに打ちのめされた。
聖剣ジャスティス・スウェアクロスに選ばれた勇者の宿命に大切な彼らを巻き込んだだけだ...自分は何もできずに、俺は、魔王の言う通り最弱の人間なんだ。
ジュリアスの手から聖剣が音をたてて床に落ちる。魔王の前でそんな醜態をさらす勇者がいるだろうか。ジャスティスは溜め息をつくと白の霊力で刃こぼれした黒の剣を造り直すとジュリアスに言った。
「前髪オレンジ、そんな顔してないで剣を構えろ」
魔王のそんな言葉に、いったい何なんだとジュリアスは彼を見る。大切な仲間をあんな風にされてもう自分達に勝ち目なんて、絶望に打ちひしがれる俺をほっといてくれとさえ思う。
魔王であるお前は、絶対的な桁違いの強さに負けていく勇者を見て嘲笑っているんだろう?お前は絶対的な悪で悪者で、血も涙もない魔族の頂点に君臨する魔王なんだ。それにお前らは何より人間を喰う。と言うか、その妙なあだ名は何なんだ、俺をおちょくってるのか。あのラットですらつっこまなかったが魔王に似つかわしくない、そこの赤マント。
「聖剣ジャスティス・スウェアクロスに選ばれた奴がその程度なわけねーだろ、亜種も黄緑頭の目隠しの子供もまだ死んではねーぞ」
勝手に殺してやんなよと、ジャスティスは戦意を無くしかけている王族騎士ジュリアスに言う。黒の魔力を持つ魔族には分かる。まだツヴァイとエキャルラットの体には傷を癒そうとするようにその能力が駆け巡っている。
能力を持たない人間には見えない能力の流れだが、聖剣ジャスティス・スウェアクロスに選ばれたジュリアスにも多少なりと分かるはずだ。
「あ...本当に、お前は魔王らしくないな」
ジュリアスの口から安堵の声と魔王に諭される自分が恥ずかしくて本音を挑発するように呟いた。
魔王の言う通り、ツヴァイとエキャルラットの傷付いた体をあの2人の能力が癒しているのが見えた。そしてこの目の前にいる、伝承に語られているような魔王らしくない男をジュリアスは聖剣に選ばれた勇者として、王族騎士として真っ直ぐに見詰めた。
ーーーあいつらがいるなら、俺が諦めるわけにはいかない。
作戦は続いていると心の中で思い、ジュリアスは床に落としてしまった聖剣ジャスティス・スウェアクロスを拾い上げて構えた。
この聖剣は、心の底から正義を誓い背負う事ができる者だけが手にできる。魔王に屈するなど許されない...否、そんな事は自分の基礎である騎士道に反する。
「行くぞ赤マント、俺はお前を倒す!!」
ジュリアスは自分のすべてをかけてもう一度、目の前の“魔王らしくない魔王”に挑んだ。この一撃一撃に自分のすべてをかける。
そんなジュリアスにジャスティスは魔王らしくもなく心の底から嬉しそうに笑っていた。
王族騎士ジュリアスが普通の剣では他のキャラと釣り合わないと思ったので聖剣を持たせてみました。