04
弱くて愚かな人間達は、この魔族の領土にあるこの人間サイズの城を“魔城”と呼ぶ。“魔王”であるジャスティスは“勇者”がこの魔城へと侵入してくるのを城内の奥にある“魔王の間”で待っていた。己れの強さを見せ付けるように黒の魔力で周りを暗くしてオーラを纏い、上座に位置する孤高の玉座に堂々と座っている。
あの弱くて愚かな人間共は、こういう演出をした方が喜ぶらしい。まあ、俺は面倒だと思うが数代前からの決まりらしく“魔王の仕事”として従うしかないだろう。
「それにしても勇者共はまだ来ねーのかよ?」
感知用の結界の反応ではまだ城の入り口付近で低級の小さな魔族の“なりそこない”と戦っている。前に来た白の霊力を纏った鎧を着込んだ勇者は、その鎧の加護で進むのは早かったがいざ魔王であるジャスティスが戦ってみれば実力は不足していたため今回の勇者はそれなりにできる奴を期待している。
反応は複数で、どうやら微弱だが同族の気配も混じっているらしい。これは、魔族の黒の魔力とエルフ一族の白の霊力を掛け合わせて持つ混合種である鳥類族か魚類族が勇者の中に交じっているのだろう。
「少しは楽しめそうか?白の霊力は少し厄介だけど、これくらいの気配なら問題ないか」
ジャスティスの顔はとても楽しそうに笑っている。これは“魔王”としてではなく、血の気が多く戦い好きで、力で優劣を決める魔族の特徴が色濃く出ている。もちろん個体差はあれど、ジャスティスはいつまでも子供のように純粋に戦いを楽しみ遊ぶ傾向があり、この性格は魔王補佐のエヴィルが手をやく部分でもある。
ジャスティスはさらに黒の魔力を放出して早く勇者達が来ないかと待つ。体はうずき玉座から下りて勇者達のところへ今すぐにでも飛んで行きたいくらいだ。
「この力、やっぱり鳥類族の亜種か...?」
鳥類族の中には人間やエルフ一族と交わる者もいると聞く。鳥類族の中でもあまり褒められた行いではないが容認されているようだが、もちろんこの星最強の魔族にしてみれば同族以外と交わる事は有り得ない事だ。
他の種族が考える事は理解できない。特に、この星で最弱の人間と交わる事など考えただけでも気分が悪い。
ジャスティスは自分の考えた事を消し去るように再び感知用の結界に意識を向けて勇者達の様子を伺う。もうそろそろ気配だけではなくリアルタイムの映像として脳内で彼らを覗き見る事が可能な距離になるだろう。
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今回、俺達魔族の領土に侵入して来たのは3人組の勇者だ。前の奴はセイントレイマ帝国の人間でエルフ一族の白の霊力の加護があって1人で来ていたが、今回は白の霊力の加護は無いがそれぞれ得意分野がありそうな奴らだと思う。
真ん中で剣を構えて先陣を斬ってる奴の前髪はオレンジ、おそらくはライトシャイン王国の王家の血が混じってるな。まあ、最弱の人間が“聖剣”なんて持ったところで弱いことに変わりはねえし...その後に続くのは鳥類族の亜種、弱くて愚かな人間と血を交えるなんて本当に理解できない。でもこいつの能力値は高い...俺の黒の魔力を少しくらい多く使っても楽しめそうだ。
そして最後の勇者は、まだ子供だ。人間など俺達魔族と違ってすぐに死ぬ。エルフも最高で1000年は生きる、鳥類族や魚類族も数百年は生きる種族だ。それに比べ人間など100年も生きない寿命の短さだ。
「数が多い...ツヴァイ、どうにかできないか?」
前髪オレンジは手練れの騎士みたいだな。聖剣をそこそこ使って“なりそこない”共をさばく素早さも太刀筋も見事だが、やはり数に圧されている。
「僕にばかり頼らないでください。ジュリアス、まだ魔城に入ったばかりですよ」
ツヴァイと呼ばれた亜種は腰に下げた騎士の剣を使わずに、華麗な己れの爪さばきを披露してくれている。鋭く斬れるいい爪だと思う。逆に前髪オレンジの名前はジュリアスというらしい。どうやらこのパーティの頭脳はこの亜種で前髪オレンジはこのパーティのリーダー...黄緑頭の目隠しはただの子供か。いや、何かこの子供には妙に感じるものがある気がする。
「この数、キリがないけど」
「ジュリアスと同じようなことを言わないでください、ラット」
子供は前髪オレンジと同じように剣を使うが前髪オレンジほどの腕には遠い。まだ見習い騎士か?
本当に、俺の勘違いか...この子供に妙なものを感じると思ったのは。ただの愚かで弱い人間の子供、のはずだ。俺は何をこんなにも冷や汗をかいてびびっているのか。冷たい汗が背筋を伝い落ちている。
「だったら何か作戦を考えろツヴァイ!」
「ツヴァイが前に出て全部蹴散らせばいいと思うけど?」
「しかたありませんね、2人とも僕にあれをさせたいわけですか」
この会話から推察するに、この中で魔王である自分に対抗できる手段を持つのは亜種だけか...本当にそうか?俺は“何か”を見落としている?何故こんなにも、あの黄緑の目隠しの子供が恐いと、危険だと思うのか...。
すると亜種は、右に黒の魔力と左に白の霊力を出して己れの爪に纏わせた。前髪オレンジ達とアイコンタクトを取ると鳥類族が誇る翼で城内を素早く飛び回り、その黒の魔力と白の霊力が上乗せされた鋭い爪で“なりそこない共”を高い能力で一掃した。
「最初からお前が先頭でよかったんじゃないか?」
「何を言っているんですか。この魔王討伐隊のリーダーはジュリアスでしょう」
「魔族に対して一番弱いのはジュリアスだし、オレはツヴァイの作戦にのっただけ」
俺は聞いてねー!!と何か楽しそうなじゃれあいをしているこの勇者達を見て、俺は何故か羨ましくなった。
この後も順調に俺のいる魔王の間に向かってくる勇者達。そろそろこいつらの相手ができるからワクワクする。それにやっぱり、あの黄緑頭の子供に感じたものは気のせいだったらしい。ここまで来るのにあの子供は特に何かをしたわけじゃない。魔王である俺が警戒するのはあの頭脳である亜種だけだ。それ以外は取るに足らない。
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「おい、ジャスティス」
感知用の結界で勇者達の映像を見ていたジャスティスに突然声が掛けられた。声の主は魔王補佐のエヴィルだ。彼は人間の姿で孤高の玉座に座るジャスティスを見上げている。
ジャスティスは何だと下にいる小さなエヴィルに感知用の結界から意識を放して顔を向けた。
「勇者の中に一際妙な気配があるが、お前1人で大丈夫か?」
「何言ってんだ?エヴィル、大丈夫に決まってんだろ。俺はこの星で最強の魔王だぞ?」
いつものように得意気に言うジャスティスにエヴィルの顔は苦虫を噛み潰したかのように、本当にこいつは馬鹿だと云うように歪んでいる。
本当にこいつは気付いていないのだろうか。この星最強の魔王である正義・サンライト・イブリースが“敗北”する可能性を。今すぐそこまで来ている人間の“勇者”の中に“天敵”が存在することを、この馬鹿は完全に見落としている。ならば、魔王補佐である私がすることは1つしかないだろう。
エヴィルが自分も戦うと口を開いた瞬間、魔王 ジャスティスの黒の魔力が鋭い針に姿を変えてエヴィルの真横をすり抜けて石造りの床に刺さった。
「何の真似だ、ジャスティス...?」
エヴィルは自分の方に向かって飛んできた物を確認しながら、上にいるジャスティスを見た。いつもならすぐに消すはずの黒の魔力はそのまま鋭い針...いや、槍の形のまま床に突き刺さっている。本来すぐに修復されるはずのこの城の床はすべてを元の形に戻すことができずにジャスティスの黒の魔力と競り合っている。
「俺の楽しみを取るな。いくらお前でも魔王である我の邪魔をするならば消す」
そこにはジャスティスではなく、本物の魔王がいた。自分の知る、自分が認めた友ではない“何か”がそこにはいた。ジャスティスの目の色は漆黒のはずだ。なのにどうしてお前の目は赤く光っている?どうしてお前は今、私に本物の殺気を向けている?...お前は自分のことを“我”なんて言う奴だったか?
ーーー違う。お前は誰だ?
エヴィルはそれを確認するべく孤高の玉座にいるジャスティスの所へ飛んで行くが、ジャスティスの黒の魔力が盾となり多種多様な武器に姿を変えてエヴィルを攻撃してくる。だがエヴィルは器用に空を飛び、その攻撃をすべて避けるがジャスティスには近付けない。
ちっ、と舌打ちをしながらも隙を見極めて再度ジャスティスに近付こうとする...だが見事にジャスティスを目前にした所で、後ろから何かが刺さった。
「な、に...?」
ポタリと黒の魔力でできた棒状の部分を伝い落ちる赤い液体は、孤高の玉座を汚すが一瞬にして元の形に戻る。エヴィルが己れの痛みの感じる所を見れば、先ほど床に突き刺さっていた槍が己れの背中から腹を貫いていた。
ーーー基本的に力で押しきろうとするお前に、こんな戦い方ができるとは...私の負けだ。
エヴィルの口から言葉は出ず、その代わりだというように孤高の玉座を汚す同じ赤い液体が口から首へと伝い歪んだ線を描く。
だがジャスティス、この戦い方はお前の戦い方ではないと私は言いきれる。お前が私を串刺しにしてそんな顔で笑っていられるわけがない。
「永遠に消え失せろ、エヴィル」
ジャスティスはそう言い放つのと同時に自分の黒の魔力でエヴィルを包み込んで言葉通り消滅させた。今までエヴィルがいた場所には何1つ残ってはいない。
少しして、ジャスティスの赤く光っていた瞳はいつもの漆黒の色に戻った。あれ、とさっきまでいたはずのエヴィルの姿を探すように辺りを見回したが目当ての姿は見当たらない。
どうやらこの魔王の間にいるのは自分だけのようだ。
「エヴィルの奴、どこ行ったんだ?」
黒の魔力を使えば一瞬で移動する事も可能だが、話している途中でいなくなるような奴じゃない。ジャスティスは珍しい事もあるもんだと思いながら、魔王の間の扉の前にいる3人組の勇者を出迎える事にした。