01
空が荒れ狂う、海も荒れ狂っている。大地のマグマが、いつもと違う山々から噴き出している。大陸の西、魔族の領土を飛んで飛んで飛び回って、何周しただろうか。それでもジャスティスは気が済まずに、感情のままに魔族の領土を飛び出した。
この星の大陸、東側は魔族以外の人間や鳥類族、一部の魚類族が国を成して生活している。そして争いを望まないエルフの一族が緑の深い山々に隠れ住んでいる。
(エヴィルっ!あいつに体を乗っ取られてたからって、俺はお前を...)
城を飛び出してからお目付け役であり、頼りになる最高の友であるエヴィルに対する後悔ばかりをジャスティスはずっとずっと思い続けていた。“星の意思”の思い通りには絶対にならないと強く心に決めていた...はずだった。魔族の中で1番強い俺ならできると思っていた。それなのに...俺は、エヴィルを_____。
(山に雷が落ちて大規模な山火事に...この火の勢いを止めることはできないのか)
(川が増水している...この大雨はいつ止むんだ!)
(魔族だ!撃ち落とせ!!)
そんなジャスティスに突然に誰かの声が聞こえたかと思うと、黒の魔力や白の霊力による砲撃やそれらを纏う弓矢、大量の岩がジャスティスに向かって飛んできた。感傷に浸っていたジャスティスは突然のことに対応できずに、その攻撃達は恐ろしい程の的中率でジャスティスの翼やその付け根に命中していく。
弱い黒の魔力が幾度も同じ場所を的確に攻撃してくる...そのため狙われた翼も傷付き、今まで感情のままに暗闇の星の大空を飛び回っていたこともあり、ジャスティスは高度を徐々に下げながら目の前に見えた山に落ちた。
「ぐっ!!最弱の人間のくせにッ...!」
大きな魔族の体が山の木々に当たり、次々と薙ぎ倒していく...それでも魔族を敵視する人間達は攻撃の手を緩めることは無かった。それどころか攻撃は数を増し、威力も上がる一方である。
ジャスティスは目の前の木々を気にする余裕もなく、地面を這うようにして、攻撃のダメージで傷付いた巨大な体を庇うようにして体勢を立て直した。
「いっ...これでもくらえ!」
痛みを堪えつつ、ジャスティスは口に炎を溜めてから吹き出した。山の木々を焼き付くしてしなわないように、人間を黒い灰にしてしまわないように威力や方向を考えながら“近づくな!!”と威嚇する。
魔王である己の、ただでさえ体が大きく種族的にも強いとされる魔族の能力を持ってすれば山の1つや2つを炎で焼き付くして灰にするのも、黒の魔力で跡形も無くすのは簡単なことである。人間達に憎しみを込めて攻撃されても、それでも、ジャスティスはまだ平静を保っていた。
「魔族も弱ってきている!攻撃の手を緩めるな!!」
人間達のいろいろな声の中から、リーダーらしき人間の声が聞こえた。すると他の人間達の声が魔族を目の前にしている恐れから、勝利を目前にしたような歓喜のようなものに変わった。ジャスティスはその声の人間に何を言っているんだという視線を向けるが、その意図は誰にも伝わらない。
「能力の消費が激しい者から後衛の者と交代して休憩をとれ!」
「俺達は能力を合わせて攻撃するぞ」
「了解だ、隊長」
どれくらい、時間がたっただろうか...ダメージを受け続けたジャスティスの意識は途切れ途切れになりつつあった。自分はあとどれくらいダメージを受けても平気だろうか、どうしたら、何かきっかけでもあればこの場から逃げることは可能だろうか。ジャスティスは痛みを堪えて逃げる方法を模索していた。
すると、また“あいつ”の声が聞こえてきた。俺を支配しようとする“星の意思”だ。“この星を壊せ”と...ずっとずっとジャスティスにだけに聞こえる声。
ーーー《お前の黒の魔力でそいつらを壊せ》
嫌だ、こいつの言いなりになんて...エヴィルの時みたいに俺は乗っ取られるわけにはいかないんだ!
ジャスティスは星の意思の声を振り払うように、力任せに自分の翼を羽ばたかせた。もう、今のジャスティスには周りの小さな人間達を気にする余裕は無かった。魔族の大きな大きな体が少し動いただけで、小さな人間にとって耐え難い強い風を巻き起こす。
「や、めろ...!」
ジャスティスの起こした強い風に、今まで緩められなかった攻撃に隙が生まれる。小さな人間達は風に吹き飛ばされている。ジャスティスはその間に空中に浮いた。だが、今までの攻撃で傷付いた翼では大空には行けない。それでもジャスティスは山の木々のギリギリ上を飛び、低空飛行でその場からよろよろと逃げた。
ーーー《壊せ壊せ壊せ壊せ壊せ...》
「っ、うるさい...!」
その間も絶え間無く星の意思の声が頭の中に容赦なく響き渡る。もう、今のジャスティスに自分の意識を保つ自信は無かった。段々とまた自分の下の木々を薙ぎ倒す。脚が、体が地面を削りながら落ちていく。魔族の強固な鱗が剥がれ落ちていき、肉に折れ曲がった木々が刺さる...。
赤い血が大量に流れて、自分が痛いと感じているのかすら、分からない。
「エ、ヴィル...」
こんな自分を助けて欲しいと、幼い頃から一緒にいたエヴィルに助けを求めても彼は来てくれない。もう来れないのだ。そうしてしまったのは紛れもなく星の意思に負けた俺自身だった。
ずるずると、飛んでいるのかも分からないジャスティスは完全に地上に落ちた。もう、動く力も気力も残ってはいない...ジャスティスの意識は暗く冷たい闇の中に沈んでいった。