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DESTINY―絆の紡ぐ物語―  作者: 花城 亜美 イラスト担当:メイ
第7章 海に揺られて
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4.夢じゃないって信じたい

オレを救ってくれたのは、きっと――。

「――――ス、マルス」


 誰かが名前を呼ぶ。

 ぼんやりとした意識の中でも、その声は鮮明に聞こえた。


「兄さん……っ!」


 マルスは何かを掴むように右手を伸ばして勢いよくベッドから起き上がった。

 だが、彼の手が掴んだのはただの空気で、望んでいた兄の姿はない。

 兄を探すように周囲を見回す。


「マルス、大丈夫か?」


 その時視界に入ったのは、酷く心配そうな表情を浮かべているアイクだった。

 マルスはそこで先程聞いた自分を呼ぶ声は兄ではなく、彼のものだったのだと気づく。


「なかなか目、覚まさないから……すごく、心配だった……」


 彼の隣にいたパルも心配そうな表情を浮かべており、無事を確かめるかのようにマルスの顔を覗き込んだ。


「あ……ごめん、大丈夫。ちょっと夢見てたから、起きるの遅くなっただけ」


 へへ、とマルスは誤魔化すように笑いながらそう返す。

 とはいえ彼の誤魔化しなど、幼い頃から共に過ごしてきた二人の前では何の意味もなく、彼が何か心の奥に押し込めたものがある事に二人は気づいていた。

 だが、それを言及されるよりも早く彼は口を開く。


「それより、ここどこ? オレ達どうなったの?」


 マルスが投げ掛けたのはそんな質問だった。

 アストルム行きの船に乗り、巨大な水竜に襲われて海に落ちたところで彼の記憶は途絶えている。

 頬を抓って死んだわけではない事を確かめ、彼はもう一度二人に視線を向けて答えを求めた。


「俺達も少し前に目覚めたばかりで、詳しい事はよく分からないが……ここが何かの船で、俺達が生きている事は確かだ」


 アイクがそう答えると、彼の隣でパルも同じだと言うように頷いていた。

 確かに静止してみるとゆったりとした揺れが僅かに感じられ、壁にある小さな窓からは青い空を飛ぶ海鳥達の姿が見える事から、ここが船なのだという事は理解出来る。

 しかし、この船が一体何の船なのかはまだ二人にも分からないらしい。

 マルスがようやく目覚めたので、助けてもらった礼を伝えに船長なり船員なりを探しに行こうかと彼らが考え始めていると、不意に部屋の扉を叩く音がした。

 返事をすると扉が開き、室内に一人の男が入って来た。


「よう、目ぇ覚めたみたいだな。良かった良かった」


 年齢は三十代前半といったところだろうか。

 男の日に焼けた肌は褐色で、紺色のスカーフを巻いた頭は夕焼け空のような朱色の短髪、瞳は焦げ茶色で澄んだ光を宿している。

 彼が部屋に入って来た時、三人は幾らか警戒した。だが、彼の屈託のない明るい笑顔からは彼の人柄の良さが窺え、いつの間にか警戒が薄らいでいた。


「具合はどうだ? 怪我は粗方魔法で治したつもりだが、どっか痛む所はねぇか?」


「大丈夫です。調子も凄く良いです」


 男に体調を尋ねられ、マルスはベッドから立ち上がり、笑顔を浮かべてすっかり元気になっている事を伝える。

 アイクとパルは彼の隣で頷いてみせ、自分達も体調に何ら問題はない事を伝えた。


「そうか、それならもう心配いらねぇな」


 三人の様子を見て男は安心したように笑顔を浮かべる。


「ああ、自己紹介しとくぜ。オレの名前はレオギス。この海賊団ユスティア・イグニスの船長だ。レオとでも呼んでくれ。船長でも良いぞ。レオ様とかでも」


 男――レオギスははきはきとした声で名乗る。彼なりに三人を笑わせようとしたのか、後半は冗談めいた口調だった。

 だが、彼の自己紹介に含まれていたとある言葉に三人は気を取られており、彼の冗談はほとんど耳に入っていない。


「え、えっと……レオさんは、海賊、なんですか……?」


 急に緊張したような、戸惑いの滲んだ声で三人の抱いた思いをマルスが口にする。


「……ははーん……お前ら、さてはオレを極悪人だとでも思ってやがるな?」


 三人が抱いた思いを感じ取ったレオギスはにやりと笑う。

 彼の言葉に三人は頷きはしなかったが、図星だった。

 三人の知っている海賊とは、船や海辺の街などを襲って略奪する事を生業としている野蛮な集団だ。

 その海賊の船に今自分達が乗せられているのだと思うと、いくら助けてもらったとはいえ、警戒せずにはいられなかった。


「オレ達は弱きを助け、悪を挫く正義の海賊だ。先々代の時代には、それなりに悪い事もしてたみてぇだが、今はすっかり足を洗って海の治安を維持する役目を担ってる。だから安心しな」


 レオギスが言うには、彼らの海賊とは海の治安維持を主として行う正義の海賊――俗に言う義賊であるらしい。

 人柄の良さそうな彼が人を襲ったり、略奪行為をしたりするような姿がとても想像出来なかった三人は、彼の海賊団が義賊であると分かって納得した表情を浮かべていた。


「ごめんなさい、レオさん。助けてもらったのに、嫌な反応しちゃって……」


「良いって、良いって。世間一般じゃあ、海賊は悪の集団だと思われてるし、実際ほとんどの海賊がそうだからな。ああ、あと敬語はやめてくれ。堅苦しいのは苦手なんだ」


 助けてくれた恩人に対して、多少なりとも嫌悪感の混じった反応をしてしまった事を申し訳なさそうにマルスが謝罪すると、レオギスは快く許してくれた。

 さっぱりとした性格で、誰とでも分け隔てなく関わる事が出来るのであろう彼の人柄の良さを改めて三人は感じ、助けてくれたのが彼で良かったと心底思った。


「それと、この流れでちょいと言いにくいんだけどな……お前らを……って言うより、お前を助けたのはオレじゃねぇんだ」


 そう言って、レオギスはマルスに視線を向ける。


「えっ、そうなの?」


 早速敬語をやめたマルスは、その告白に驚いた反応を見せる。

 彼が言うには、マルスだけは彼らが直接助け出したわけではないらしい。

 隣でアイクとパルも一体どういう事かと言いたそうに、視線を彼に向けていた。


「客船が怪物に襲われたって聞いたから、オレ達も救助に向かったんだ。んで、助けられるだけ客を助けて……そっちの二人もすぐに救助した」


 レオギスはそう言ってアイクとパルを指さす。

 そこでまだ名乗っていない事に気づいた三人は、すぐさま自分達の名を彼に伝えた。


「それでな、マルス、お前だけはその時見つけられなかったんだ。たぶん、怪物の起こした波で流されたりでもしてたんだろうな。オレ達は助けられるだけ助けて、ひとまずその場を離れようとしたんだけどよ……」


 客船の乗客救助に向かったレオギス達は助けられるだけの乗客を救い出したのだが、その中にマルスは含まれていなかったのだ。

 しかし、マルスは今こうして生きてここにいる。

 一体誰が助けてくれたのか、マルスはそう思いながら話の続きを待った。


「びっくりしたぜ? いきなり船の上にお前を抱えた若ぇ兄ちゃんが現れて、『この子を頼みます』ってお前を預けてきたんだ」


「えっ……」


 その話を聞いたマルスの中に、凄まじいほどの感情の波が押し寄せて来る。

 期待という一言では言い表せない感情で、色々な思いが混じったその感情は彼自身ですら今の自分が何を感じているのか分からなくなるほどだった。

 心臓が鼓動を加速させ、瞳からは押さえ切れない感情が涙となって溢れて来そうだ。


「その兄ちゃんも乗客の一人だと思ったんだが、ちょいと目を離したらいなくなっててな。奇妙な兄ちゃんだったぜ」


「ねえ、その人どんな人だった? 髪の色は? 目の色は?」


 マルスは無意識にレオギスに詰め寄りながら矢継ぎ早に質問を投げ掛ける。

 彼の表情は真剣そのもので、思わずレオギスはたじろいで後退った。

 咄嗟にアイクが「落ち着け」と引き止めたため、彼は我に返ったものの質問への答えを急かすような視線をレオギスに送っていた。

 一方で彼を引き止めたアイクも、傍らにいるパルも、彼ほどではないものの、期待の滲んだ視線を無意識に向けていた。


「え、ええと……髪は黒かったな。目は確か……青だったような気がする。オレも驚いてたもんだから、あんまりはっきりはしねぇが。まあ、あと覚えてるっつったら、顔の綺麗な兄ちゃんだったって事ぐれぇだな」


 レオギスからの答えを聞いて、マルスは涙が溢れそうになった。黒髪に青い瞳、どちらも兄の容姿と合致するものだったからだ。

 マルスは母親と同じ茶髪を、兄は父親と同じ黒髪をしているのだ。

 そして、兄は弟から見ても端正な顔立ちをしており、年齢の近い少女達に人気があった事もマルスはよく覚えている。


 とはいえ、黒髪に青い瞳で端正な顔の男なら、広い地上界にはいくらでもいるだろう。それでも今のマルスは、自分を助けてくれたのは兄なのだという確信を抱いていた。

 ぼんやりとした意識の中で、強く握られた右手にマルスは視線を落とす。


「夢じゃないよね、兄さん」


 誰に言うでもない呟きをこぼし、マルスは右手を握って小さな微笑みを浮かべるのだった。

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