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DESTINY―絆の紡ぐ物語―  作者: 花城 亜美 イラスト担当:メイ
第7章 海に揺られて
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3.助けて、兄さん

マルスの手を掴んだのは。

 客室を出たマルス達は、視界に捉えた船の左方の光景に思わず足を竦ませた。

 船の進行方向の左には、海上に出ている部分だけでも船の二倍近くある巨大な水竜がいたのだ。

 水色の鱗に覆われた蛇のような長い体と煌めく黄色の瞳を持つその水竜は、海そのものが肉体を得たかのような美しさで、今のような状況でなければその美しさに目を奪われていた事だろう。


 そして、船の左方では戦える船員達が武器を手に、水竜と対峙していた。

 船に取り付けられた大砲や手にした弓矢、魔法などの遠距離でも可能な攻撃を放ち、船員達は少しでも水竜を遠ざけようとしている。

 水竜の方も負けじと波を起こしたり、船を長い尾で叩いて衝撃を与えたりして船員を船から落とし、着実に戦力を減らそうとしていた。


「あんな、デカい生き物がいるんだ……」


 これまでの人生で見た事のあるどの生物よりも巨大なその水竜に、マルス達も乗客達も思わず避難の足を止めそうになってしまう。

 だが、水竜が自身の尾で何度目か船底を蹴り上げた衝撃で皆の意識は避難の方に引き戻され、悲鳴を上げながら避難用の小舟がある船の右方へ急ぎ足に向かって行った。

 大きく揺れ、軋むような音が響く船の上を縁に掴まりながらマルス達は慎重に進む。

 避難船に乗り込む順番はもうすぐ巡ってきそうだ。


 しかし、水竜の尾が苛立ったように一際強く船底を蹴り上げたその時だった。

 凄まじい衝撃が走ったと同時に、轟音にも近しい木材の折れる音が耳を刺した。

 ぐわんと船が大きく揺れたかと思うと、木の裂ける音を響かせながら船が底から割れ始めたのだ。

 船上は一層焦燥と混乱に包まれ、悲鳴や泣き叫ぶ声、神に祈る声が大きくなる。

 我先にと乗客達は互いを押しのけ合って避難船を目指し、中には一刻も早く逃げたい衝動で船員の制止も振り切って海に飛び込む者すらいた。


 その間にも船は割れ続けていく。

 尾が直撃したのは船底の中心に近い場所であるため、船の頭尾は空へ、中心は海底へと向かって行く。

 まだ避難出来ていない者は、悲鳴を上げながら必死に船の縁に掴まる。

 そして、遂に船は完全に真っ二つに割れた。

 割れた船は垂直になろうとしながら、恐ろしいほどにゆっくりと沈んでいく。

 何人もの乗客や船員が悲鳴と共に海に落ち、底の見えない青の中に姿を消してしまう。


 マルス達はどうにか船の縁にしがみついて耐えていた。

 だが、船の傾斜はきつくなる一方で、耐えられず落ちていく者の体や船に積まれていた物が降ってきて、いずれ三人も海に落ちるのは時間の問題だ。

 いっそ今のうちに海に飛び込んだ方が賢明だろうか、アイクはそう考え始めていた。

 その時、水竜が高い声で鳴き、食らい付くかのように割れた船に体当たりを仕掛けてきた。


「うわああああッ!」


 体当たりの衝撃は凄まじく、とうとうマルス達は悲鳴と共に空へ投げ出される。

 以前エヴァに塔から突き落とされた時とは比べものにならない恐怖と浮遊感が襲う。

 宙に投げ出されてからの記憶は曖昧だった。

 気づいた時には体が冷たい海水に沈み、海面に打ったらしく背中に痺れるような痛みが走っていた。

 呼吸が出来ず、マルスはすぐさま海上を目指そうとしたが、痛みと苦しさで上手く泳ぐ事が出来ない。

 もがく最中(さなか)、彼の青い瞳に煌めく巨大な黄色の瞳が向かって来ているのが映った。


「……ッ!?」


 マルスは声にならない悲鳴を上げる。

 水竜はマルス含め海に落ちた者達を食らおうとしていたのだ。

 巨大な口を開け、水竜はマルスに迫って来る。

 自身を食らおうとする、鋭い牙の生えた巨大な口。

 それが眼前に迫ったところで、恐怖と酸素不足によってマルスの意識は途絶えてしまった。




 *   *   *




 外界の音が一切聞こえない青の中を、マルスの体はゆらりゆらりと漂う。

 海の中は静かだ。

 海上は阿鼻叫喚とも言える混乱に包まれていたというのに、海の中はまるで何事もなかったかのような静寂に包まれている。


(ああ……オレ、この感じ知ってる……)


 ぼんやりとする意識の中、マルスは胸中で呟く。

 海の中の静けさには、心地よさすら感じてしまう。


(ちっちゃい時に、湖に足滑らせて落ちて……)


 走馬灯だろうかと心の片隅で思いながら、マルスは過去を思い出す。

 まだ彼が七歳の頃、いつものようにアイク、パルとグラドフォスの森にある湖近くで遊んでいた時だ。

 彼は足を滑らせて、湖に落ちてしまった。

 あっという間に服は水を吸って重くなり、もがいても体は底に引っ張られるかのように沈んでいく。

 アイクとパルが必死に助けようとしたが、まだ幼い二人の体では手が届かない。

 自分は溺れ死ぬのだと本気で思った。

 そして、あの時も今と同じように、湖の中は恐ろしいほどに静かだった。


(でも……あの時は、兄さんが助けてくれた……)


 溺れた自分を助けてくれたのは兄カイルだった。

 あの時自分の手を掴んで兄の手の感触を、マルスは今も鮮明に覚えている。

 岸に引き上げられてから、泣き出しそうな顔の兄に説教された事も。


 ごぽり、とマルスの口から肺に残された空気が出ていく。

 苦しさが増して、意識が遠退き始める。


(助けて、兄さん……)


 再び闇に沈んでいこうとする意識の中、マルスは兄に助けを求めた。

 それが、叶う事のない願いと分かっていながらも。


 ――マルス。


 不意に、懐かしい声に名前を呼ばれたような気がした。

 その直後、ぼんやりとした視界にこちらへ向かって来る黒い人影が映る。

 逆光のせいで顔が認識出来ないその人影は、マルスに向かって手を伸ばしてきた。


(にい、さん……?)


 マルスは薄れ行く意識の中、右腕をその人影に向かって伸ばした。

 人影に兄の姿を重ねていた。


 そして、遂にその手がマルスの手を掴む。

 冷たい海中でも感じられたその手のぬくもりに、マルスは安心しきったかのように意識を手放していた。

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