1.船出
次なる大地を目指して。
アクティア村を発った三人は東の方角へと数時間歩き、太陽が最も高い所に近づく頃に目的地である港町バルコに辿り着いた。
この港町バルコはグラドフォス大陸の「南の口」とも言われている場所で、ここから他の地方へ行く者や他の地方からグラドフォス大陸にやって来た者で町の中は溢れている。
船着き場の方には大小様々な船が泊まっており、波の動きに合わせてゆらりゆらりと揺れている。
潮の香りがする海風が吹き抜けていく町中は石造りの建物が並び、広場では各地から訪れている行商人達が露店を開いていた。
広場の様子に三人はグラドフォスの中心にある大きな噴水広場を思い出しながら、乗船券を購入するために広場を抜けて券売所を目指す。
船着き場の近くまで来ると、「乗船券」と書かれた看板と「待合所」と書かれた看板を軒先に付けた、そこそこ大きな建物が目に入り、三人は迷わずその建物の中に足を踏み入れる。
軒先の看板にあったように券売所は乗客の待合所の役割も兼ねており、中にはテーブルや椅子が置かれ、船の出航を待つ人々が寛いで過ごしている。
壁には大きな世界地図や各地の風景を描いた絵が貼られており、それらを見ているだけでもマルスは船旅への期待が高まった。
建物の中を見回しながら、三人は乗船券の売り場である奥のカウンターに向かって歩いて行く。
この時間はさほど混雑しておらず、二人ほど先客の手続きを待つ程度ですんなりと三人の順番が回ってきた。
「お次のお客様どうぞ」
前の客が手続きを済ませてカウンターを離れると、その接客をしていた若い女性の店員から声が掛けられる。
「アストルムまでの乗船券を三人分お願いします」
一行の財布を管理しているアイクが一歩前に出て、行き先と人数を店員に伝える。
アストルムとはこのグラドフォス大陸の北に位置する大きな島――エムロード島の最も栄えた街だ。
グラドフォス大陸からずっと南にあるエストリア帝国に向かうにはアストルムで船を降り、島の南端にある別の港町から出る船に乗るのが一番手っ取り早い方法だった。
「アストルムまでですね。一番早いのですと、今から二時間後の船がございますが、いかがいたしましょう?」
「それでお願いします」
店員から提示された乗船時間にアイクが頷くと、店員は三人分の乗船券を出してそこに目的地や運賃などの必要な情報を記入していく。
アイクはもう少し早い時間の船に乗れるだろうと考えていたのだが、今日は利用客が多いようだ。
アストルムは観光地としても有名であるため訪れる者は多く、それに加えて三人のようにエストリア大陸に行く目的で利用する者もいる。
そのため、船は常に一時間に一便、早ければ三十分に一便は出ているのだが、今日は二時間も待たねばならぬほど利用客が多いのだ。
とはいえ、そこまで先を急ぐわけでもないため、三人は気長に二時間を待つ事にした。
「お待たせ致しました。アストルムまで三名様のご利用ですね。お一人様二百五十ディールで、合計七百五十ディールのお支払いをお願い致します」
船賃を請求され、アイクは旅費を入れている財布から請求された額の金を払った。
支払いが済むと店員から三枚の乗船券が手渡される。
「では、良い船旅を」
「ありがとうございます」
店員がお辞儀と共に接客終わりの常套句を言うと、マルスは笑顔で感謝の言葉を返し、アイクとパルも彼に続いて同じ言葉を返した。
乗船券を手に入れた三人はカウンターを離れ、待合所として設けられている場所に戻る。
「二時間かぁ。それまで町の中の散策でもしない?」
「他にする事もないし、そうするか」
船の出航時間が来るまで町を散策しようというマルスの提案にアイクは言葉で、パルは頷いて賛成の意を伝える。
そうして三人は券売所を出て、出航時間までの暇潰しに町の方へと繰り出して行った。
* * *
暇潰しに出た三人は、港町の町並みを眺めながらあてもなく歩き、目に付いた露店に立ち寄っては商品を眺めたり、旅に必要な物を購入したりして過ごした。
その途中、少し遅い時間になってしまったが、町の食事処で獲れたての新鮮な魚を中心とした昼食を取って腹を満たした。
そして、あと十分ほどで乗船券を購入してからちょうど二時間を迎えようかという頃、三人は町の散策を終えて船に乗るために船着き場にやって来ていた。
三人が来た時には既に十数人ほどの同じ船を利用する客が、木造の中型客船の入り口付近に列を作って並んでおり、三人もそれに倣って列の最後尾に並んだ。
間近で見る船への感想や船旅への期待を語り合いながら乗船許可が出るのを待つ。
談笑している内に三人の後ろにはさらに十数人ほどの客が並んでいた。
「お待たせ致しました! 足下にお気を付けて、順番にお乗り下さい!」
不意に船の入り口の方から、船員のものと思われる声が上がった。
ようやく乗船許可が出され、並んでいた客達はようやくかという表情を浮かべながら並んでいる順に船へと乗り込んで行く。
三人もその流れに乗って進んで行き、遂に船の入り口までやって来た。
「乗船券のご呈示をお願いします」
入り口に立っている男の船員に声を掛けられ、三人は各々の乗船券を呈示した。
船員は素早く乗船券の記載内容を確認し、乗船許可の証を判子で押印する。
「ありがとうございます。良い船旅を!」
にこやかに船員は言うと、船の奥に向かって腕を伸ばして三人に先へ進むよう促した。
三人は一言礼を言って軽い会釈をすると船の奥へと向かう。
先に船に乗り込んだ客達の後に続くようにして進んで行くと広い客室に出た。
客間には、テーブルを挟んで木製の長椅子が二つ対面するような形になっている席がいくつも設置されている。
三人の乗り込んだ船は数時間程度の船旅のために造られたものであるため、特に個室などは用意されておらず、乗客はこの広い客室で自由に過ごすのだ。
席はあらかじめ割り振られているので、乗船券に記載された席番号を見ながら指定の席を客達は探す。
三人も乗船券と各座席を交互に見ながら指定の席を探し、入り口から少し離れた所にある窓際の席に来てようやく乗船券に記載されたものと同じ座席番号を見つけた。
荷物を下ろして、パルの向かいにマルスとアイクが座る。
ひとまず腰を下ろして一息ついた時、出航を知らせる船員の声と鐘の音が船内に響いた。
その数秒後、船が揺れ、ゆっくりと窓の外に映る景色が動き出す。
「わぁ、動いた!」
船が動き出した事に興奮した様子でマルスが声を上げる。
彼は窓に張り付いて目を輝かせ、少しずつ加速していく景色の流れを見つめていた。
幼子同然の彼の姿にアイクとパルは笑みをこぼしながらも、窓の外に流れて行く海の景色を眺める。
「凄いなぁ。キューマ神殿に行く時もこれで行きたかったよ」
漕ぐ必要もなく、神殿に行く時に乗った手漕ぎ船とは比べ物にならない速さで進んで行く客船。
これに乗っていれば神殿に行くのがどれほど楽だっただろうかとマルスは思いながら、窓に映る青を見つめていた。
「それは俺も同感だな」
「大変そう、だったもんね……。あの時は、ありがとう……」
彼と同じく神殿の行きも帰りも船を漕がされたアイクは、漕いでいる時の辛さを思い出して苦笑いを浮かべながら彼の言葉に頷く。
パルも二人が苦しそうな表情で懸命に船を漕いでいた姿を思い出し、労いと感謝の意を込めて礼を伝えた。
感謝されると、過ぎた辛さは不思議と達成感に近いものに変わるものだ。
「ねえ、船の中探検してこない? アストルムまでまだ時間あるでしょ?」
「私も……船の中、見てみたい……」
ふと、初めて乗る船にずっと興味津々だったマルスが、船内を見て回りたいという希望を挙げた。
彼同様に初めての船に対して密かに心を躍らせていたパルも、船内を見て回りたいと思っている事を口にする。
「到着まであと四時間はある。ずっと座っているのも疲れるだろうから、少し散策してくるか」
「やった! よし、早く行こっ」
アイクの賛同も得られたところで、マルスは嬉しそうに立ち上がった。
彼に続いて二人も立ち上がると、金や乗船券などの貴重品や無くしては困る物だけを持って三人は船内の散策へと繰り出して行った。




