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DESTINY―絆の紡ぐ物語―  作者: 花城 亜美 イラスト担当:メイ
第6章 海の底に眠りしは
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11.安堵

無事で、本当に良かった。

 ルナに呼び声が届かず、パルは落胆した表情を浮かべながら足下に視線を落として立ち上がる。


「パル! 大丈夫?」


 立ち上がってルナのいた場所を見つめていると、背後からマルスの声がした。

 いつの間にかマルス、アイク、アテナの三人が彼女のそばまで来ており、怪我はないかと心配そうな表情を浮かべている。


「うん、大丈夫……。あのね……あのルナは……エヴァが探してるルナで、間違いないと思う……。どうしてか分からないけど……ルナの右腕から、エヴァの魔力を感じた……。だから……きっと、彼女だと思う……」


 先程対峙していたルナが、エヴァの探しているルナであるという事に確信を抱いたパルはその事を伝える。

 想定よりもずっと早く彼が探すルナを見つけ出せた事をマルス達は嬉しく思った。

 だが、同時に一つの疑問と複雑な思いを抱く。


「でも……なんで、ルナは邪神の手下になったんだろう……。ルナは無事だけど、地上界の敵になってるなんて、エヴァにどう伝えたらいい?」


 マルスはそう呟いてちらりとアイクを見た。

 賢い彼ならばこういう時にどうするのが最適なのか、その答えを出してくれるだろうと思っていたからだ。


「…………俺にも、今回ばかりはどうすべきかすぐには考えつかない。エヴァが彼女をどれほど想っているかは、完全ではないにせよ理解しているつもりだ。だからこそ慎重に考える必要がある、としか今は言えない」


 重い口調でアイクは答えた。

 いつもならば最適な答えをすぐに出してくれる彼だが、この問題の重さを理解しているからこそ時間を取って慎重にならなくてはいけないと考え、この場ですぐに答える事をしなかった。

 マルスはなんとなく彼がそう答えるのを分かっていたようで、「そうだよね」と返して何度か頷く。


「……まあでも、ルナが邪神の手下だっていうなら、必ずまたオレ達の前に現れると思う。だから、頑張って説得する方法だとか、エヴァにどう伝えるかを考える時間はあると思うんだ」


「そうだな。考えるだけの時間は多少なりともある。しっかり考えて、答えを出すのが得策だろうな」


 マルスが言ったように、ルナがアヴィス四天王の一人である以上、今後も三人に接触してくる可能性は大いにあり、その中で彼女を説得出来る可能性も無いわけではない。

 また、エヴァにはこちらから接触を図ろうとしない限り、しばらくは再会する事もないだろうとマルスは思っていた。

 彼と再会するまでの時間がいくらかあるのならば、彼にどう伝えるべきか慎重に考える余裕もある。

 まずは時間をかけてルナを説得するなり、エヴァへの伝え方を考えた方が良いというのがマルスの考えだった。

 彼のその意見にアイクは頷いて同意を示しながら言葉を返し、パルもこくこくと何度か頷いてみせた。


「さーてと、そろそろアタシも口を挟ませてもらって良いかしら?」


 ルナとエヴァについての話に一段落がついたのを見計らって、ずっと傍らで様子を見ていたアテナが声を上げた。

 すっかり彼女の存在が意識から抜けていた三人は一瞬だけ驚いた表情を浮かべると、すぐに彼女の方に視線を向ける。


「もう、放置されてて寂しかったわ。でも、何やら大切そうな話だったから別に良いけれど」


 腕を組んでどこかおどけたような口調でアテナは言う。


「ごめん、アテナ……」


「ああパルちゃん、そんな真に受けないで! しょんぼりした顔も可愛いけれど……ご主人様には笑っていてほしいわ」


 すっかり彼女を放置していた事を申し訳なく感じたパルは、眉尻を下げて彼女に謝罪をした。

 アテナとしては軽い冗談のつもりであったため、パルが落ち込んだような表情を浮かべたのを見て、彼女の両頬を軽く指で摘まんで頬と口角を引き上げる。

 アテナのその行為にパルは思わず小さな笑い声をこぼした。

 パルに笑顔が戻ったのを見てアテナも笑みを浮かべると、彼女の頬から手を離して傍らにいるマルスとアイクの方に体を向けた。


「自己紹介が遅くなっちゃったわね。アタシは水と風を司る聖霊アテナ。そして、賢者の紋章を持つパルちゃんの守護聖霊よ。よろしくねっ」


 明るい笑顔を浮かべて、聖霊アテナは名乗った。

 彼女の明るく人懐っこい雰囲気にはマルスもアイクもすぐに気を許し、自分達も彼女に名を伝える。

 その直後、アイクの意識に彼の守護聖霊であるクライスが実体化する許可を求めてきた。

 アイクが彼の申し出を快く受け入れると紋章が一瞬青く光り、そこから小さな青い光の玉が現れて地面に降り立つ。

 すると、青い光を放ちながら聖霊クライスがその場に姿を現した。


「久しいな、アテナ」


「あら、クライス! 本当に久しぶりねっ。何百年ぶりになるかしら? 無愛想なのは相変わらずみたいねぇ」


 交わされたクライスとアテナの言葉から、三人は彼らが旧知の仲である事を知った。

 久しく会っていなかった相手との再会をクライスも嬉しく思っているらしく、その表情は穏やかで口角も僅かに上がっている。

 彼のそんな珍しい表情にマルス達は驚いていたが、それ以上に「何百年ぶり」という言い回しにも驚いた顔をしていた。

 マルス達ヒュム族の寿命は長くとも七、八十歳ほどで、地上界で最も寿命の長い種族でも百五十歳ほどが平均的だ。

 だが、クライスとアテナにとっての「久しぶり」の年数はそれを軽く上回っており、改めて聖霊は神に近しい存在なのだと三人は感じていた。


「クライスの主はこっちのアイクちゃんなのね。てことは、マルスちゃんは()()()の主になるわけか……」


「ア、アイク、ちゃん……?」


 アイクとマルスに視線を向けてアテナが呟く。

 彼女は男女問わずちゃん付けして呼ぶのが癖らしく、聞き慣れない呼び方をされたアイクは酷く戸惑った様子で彼女に呼ばれた名前を口にしていた。

 マルスの方は幼い頃から近所の老婆達にそう呼ぶ者がいた事もあり、ちゃん付けで呼ばれる事にはこれといった反応は見せなかった。

 それよりもマルスは彼女が口にした「あいつ」という言葉の方がよほど気になっていた。


()()()って誰? オレの守護聖霊って事?」


「そういう事になるわね。でも、ちょーっと面倒な奴なのよ」


 気になってマルスはアテナに尋ねてみた。

 やはり彼女の言う「あいつ」とは、マルスの守護聖霊となる人物で間違いはないらしい。


「ちょっと? あれのどこがちょっとだ。あんな――」


 クライスがそう口を挟んできた。

 アテナの言う「あいつ」とは彼も面識があるようで、どうにも彼は「ちょっと」という表現が納得出来ないらしい。

 だが、それを指摘しようとした途端、アテナが彼に飛び付いてきてその口を手で塞いだ。


「しーっ! そんな奴なら会いたくないとか言われて、アジェンダ様からの使命を果たせなくなったりでもしたら困るから控えめに言ってんのよ!」


 アテナは口早に小声でクライスにそう耳打ちする。

 彼女の声は幸いにもほとんどマルスには聞こえていなかったらしく、マルスは首を傾げて彼女とクライスを見ていた。


「あっ、それより! 入り口にいたシャウム族の子達って、あなた達の知り合いでしょう? 早く様子を見に行きましょっ」


「あっ、そうだ、カナンとティア!」


 誤魔化すように紡がれたアテナの言葉で、マルス達は姉妹の存在を思い出した。

 先程ルナと戦っている中でアテナが言っていたのだが、姉妹はこの神殿の入り口付近でルナの魔法によって眠らされているらしい。

 眠らされているだけとはいえ、マルス達は二人の安否が途端に心配になってきた。


「さっ、みんなアタシの周りに集まって。入り口まで一気に行くわよ」


 そう言ってアテナは三人を自身の周囲に呼び集める。

 三人が彼女のそばに近づくと同時に、クライスは小さな光となってアイクの紋章へと姿を消した。

 そして、アテナが両手を床に翳すと足下にシアン色の魔法陣が展開される。

 魔法陣からは目映いシアン色の光が放たれ、四人を包んだ。

 次の瞬間には光が消え、四人の姿もこの空間から消え去っていた。




 *   *   *




 気がつくと、マルス達はキューマ神殿の入り口まで戻って来ていた。

 場所を移動してすぐに、アテナは聖霊を直接見てはいけないという掟を持つシャウム族である姉妹の事を配慮して、パルの紋章の中に姿を消した。

 そして、三人が自分達の居場所が変わっている事に気づいてすぐ、ティアの声が三人の耳に入ってきた。


「お姉ちゃん、お姉ちゃんっ」


 声のした神殿の入り口付近に視線を向けると、ティアと倒れているカナンの姿が見え、三人は急いで駆け寄って行く。

 ルナと戦っている間は二人共眠っていたようだったが、ティアは先に目を覚ましたらしい。

 目を覚まして、倒れている姉を見つけた彼女は相当焦ったのだろう。

 今も焦った表情で姉の体を必死に揺すって呼び掛けており、三人がそばに来ている事には気づいていない。


「ティア、大丈夫!?」


 マルスが声を掛けると、ティアは驚いたように顔を上げた。

 だが、声を掛けてきたのがマルスだと分かった瞬間に安堵した表情になり、それから泣き出しそうな表情になる。


「あのね、お姉ちゃんが起きなくて……っ……このまま起きなかったら、どうしよう……」


 ティアは姉の手を握り締めてそう答える。

 このまま姉は起きないのではないかという彼女の不安を感じ取ったパルは、泣き出しそうな彼女の隣にしゃがんでそっと姉の額に手を当てる。


「…………大丈夫……。かけられてるのは、ただの催眠魔法……。少しずつ魔力、弱くなってるから……もう少しすれば、必ず目を覚ますよ……」


「ほ、ほんと……?」


 パルはカナンにかけられた魔法の状態を自身の魔力を通して感じた。

 その状態をティアに伝えると、彼女は縋るような目でパルを見て聞き返してくる。

 彼女を安心させるようにパルは小さな微笑みを浮かべて頷いた。


「はぁ……良かったぁ……」


 ティアは安堵の溜め息をついた。

 それから顔を上げて三人に視線を移す。


「三人も無事で良かった。あの女の人はどうしたの? なんだか三人の事を探していたみたいだけど、あんまり良い感じはしなかったから……」


 ルナはここを訪れた目的こそティア達に伝えはしなかったが、姉を脅迫してまで神殿内に導かせたその行動から、何か三人に良くない事をしようとしているのではないかとティアは感じていた。


「うーんと……あんまり詳しくは言えないんだけど、とりあえずは大丈夫だよ。あの女の人は退散してったから」


 ティアの質問にマルスはそう答える。

 ルナの正体や目的を知らない彼女に詳しい事を知らせては、不安を煽ったり、ここまでルナを連れて来てしまった自分達を酷く責めたりするのではないかと思ったマルスは、あえて詳しい事を語らなかった。

 敵の言葉にもまんまと乗ってしまうほどに正直で単純なマルスが、今ばかりはティアの事を配慮して多くを語らなかったのを、傍らのアイクは少々驚いたような顔で見ていた。

 とはいえ、アイクもティアの問い掛けに答えるならば、マルスと似た伝え方をしていただろう。


「とにかく、オレ達は大丈夫だし、聖霊様にもちゃんと会えたよ。それよりもカナンの事が心配だから、早く村に戻ってカナンを休ませてあげようよ」


 マルスはルナと自分達から話題を逸らし、カナンのためにも早く村に戻る事を提案した。

 いくら無事であるとは分かっていても、確かに姉をずっとここにいさせるよりは村でゆっくり休ませた方が良いだろうとマルスの言葉でティアは思った。


 彼の言葉に頷くとティアは立ち上がる。

 村に戻るという事に四人の目的が切り替わったところで、アイクがまだ眠っているカナンを背負った。

 準備が出来ると、神殿外側の入り口と同じ造りと装飾の壁の前にティアが立って三人を呼んだ。


「ここ、開けられる? 私は巫女じゃないから開けられないし、お姉ちゃんもこの状態じゃ開けられないから……。三人なら入り口も開けられたし、きっと出口も開けられると思う」


 壁の方に視線を向けてティアはそう言った。

 巫女であるカナンの意識がない上に、ティアも巫女ではないため出口を開ける事が出来ない。

 入り口を開ける事が出来た、神に選ばれし三人ならば姉や自分に代わって出口も開けられるはずだろうとティアは思っていた。

 彼女の言葉を受けて、三人は壁の前に立つ。

 そして、カナンに教えられて入り口を開けた時のように、各々紋章がある右手で中央のシアン色の宝玉に触れた。


 その瞬間、宝玉が光り輝き、三人の紋章もそれぞれ異なる色の光を放つ。

 光は一つの目映い輝きとなり、マルス達と姉妹を飲み込んでいく。

 輝きが静かに収まった頃には、神殿内から人の姿は消えていた。

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