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DESTINY―絆の紡ぐ物語―  作者: 花城 亜美 イラスト担当:メイ
第6章 海の底に眠りしは
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6.海の神殿

澄み渡る青色の底で。

 海の中の美しさは、マルスの想像を遙かに超えたものだった。

 澄んだ青色がどこまでも広がっており、波間から差し込む太陽の白い光がゆらゆらと揺れながら海底を照らしている。

 まるで空を飛んでいるような錯覚を抱くほどに青く澄み渡った海だ。

 そして、魚達は赤、青、黄色、銀色……色とりどりの鱗を日光に煌めかせながら、その美しさをマルス達に見せつけるかのようにゆっくりと泳いでいく。

 マルスは海にも負けず劣らず澄んだ同色の瞳を煌めかせ、海の美しさと魚達の優美さに見とれていた。


「凄い……! 海の中ってこんなに青くて綺麗だったんだ! なんだか空飛んでるみたい……。魚も色んな色でキラキラしてるし、それに……」


「マルス、その……一ついいか?」


 美しい光景にはしゃいであれこれと感動を口にするマルスに、アイクが控えめに声を掛ける。

 いつになく控えめな声で自分の喋りを止められ、マルスは一体何事かと彼を見た。


「お前の感動を言葉にしたい気持ちは分かるが……あまり空気を無駄にすべきではないと思う」


 言われた言葉の意味が理解出来なかったマルスは、返事も出来ずにきょとんとした顔で瞬きを繰り返しながらアイクをじっと見る。

 もう一度、分かりやすく。そう訴えている顔だった。


「この水泡の空気は、地上と違って限りがある。どの程度保つかは分からないし、神殿までの距離もまだ分からない。だから、あまり無駄にしない方が良いと思うぞ」


 カナンが魔法で創り出した水泡の中は空気で満たされており、地上と変わらず呼吸をして喋る事も可能だ。

 だが、その空気は有限のものだった。

 もう幾らか高度な魔法であれば、自動的に空気を作り出す事が可能なのだが、そこまで高度な魔法はカナンには使えない。

 もっとも、有限だからこそ、もしもマルス達が嘘をついて神殿に侵入しようとしているような輩であった場合の()()()()()はしやすいのだが。


 水泡内の空気がどれほど保つのかも、神殿までの詳しい距離も分からない以上、余計な事をして空気を無駄にするのは避けるべきだ。

 分かりやすく噛み砕かれて伝えられたアイクの言葉を聞き、マルスは咄嗟に目を見開いて両手で口を押さえた。

 今更口を押さえたところで消費された空気は戻って来ないのだが。

 どうりで自分と同じく海に潜るなど初めてであろうアイクとパルが何も喋らずにいるわけだ、とマルスはようやく気がついた。


 しばらく空気を無駄にしまいとマルスが口を両手で押さえたまま泳いでいると、先頭になって泳いでいたカナンとティアが止まった。

 彼女達に合わせて三人も止まると、カナンが先の方を指さす。

 水泡に入っていないカナンとティアは水中での会話が出来ないため、先程からこうして行き先を指さしで伝えていた。

 彼女が指し示す方を見ると、海底に古い造りの神殿らしき建造物が待ち構えているのが視界に入る。

 神殿まではまだ幾らか距離があり、マルス達からは両手ほどの大きさに見えた。


 目標がようやく見え、早くそこに辿り着きたいという思いと共に泳ぐ速度も上がっていく。

 気がつけば、まだまだ遠くに見えていたはずの神殿がもう目の前に迫っていた。


「思ってたよりも立派な神殿だなぁ」


 神殿を前にしてマルスはそう呟く。

 神殿は白を基調としていて、屋根の部分は深い海の底のような暗い青緑色をした石造りの立派な建物だった。

 昨晩カナン達から聞いた話からして、この神殿は随分昔に造られたものだろう。

 何百年、否それよりもさらに長い間海底にあったはずの神殿は、その年月を感じさせないほどに綺麗なままの状態だ。


 ここに来るまでに見かけた、乗り捨てられたか難破したのであろう海底に沈んだ船の残骸は海藻や貝達の住処になっており、海の一部と化していた。

 だが、その船よりも遠い昔から海底にいる神殿には海藻や貝達が棲み着いたり、寄り付いたりしたような形跡はまるで見られなかった。

 遥か昔と変わらぬ美しさと威厳を持つ神殿は、やはり神聖なものなのだという事をマルス達は感じる。


「パル、どうだ? 神殿から呼び声は聞こえるか?」


「うん……。間違いなく、この中から聞こえる……」


 神殿から聖霊の呼び声が聞こえてくるかとアイクに問われ、パルは神殿を見つめて小さく頷く。

 彼女の言葉を聞いたマルスは、今度はどんな聖霊に会えるのかと期待に胸を膨らませながら神殿を見上げる。


 数秒ほど神殿を見上げて佇んでいると、ふとカナンが手招きをして三人を呼び寄せた。

 何事かと思いながら三人が彼女のそばまで行くと、彼女は自身の前にある神殿の外壁を指さす。

 そこは他の外壁と同じ白の石で出来ている事に変わりはないものの、他の部分と違って精巧な彫刻が施された場所だった。

 中央には明るい水色にほんのり淡い緑色が混じったシアン色の美しい宝玉が埋め込まれており、波間から降ってくる日の光によって柔らかな輝きを放っている。


「ここが入り口?」


 マルスがそう尋ねると、カナンは首を縦に振る。

 しかしながら、入り口だというその彫刻が施された面はどこからどう見ても壁の一部にしか見えず、本当に入る事など出来るのかと疑問に思うほどだ。

 三人がその壁を見つめていると、カナンがマルスの右手を軽く引いた。

 そして彼の右手を指さし、次は壁の中央に埋め込まれたシアン色の宝玉を指さす。


「ここに触ればいいの?」


 マルスの問いにカナンはまたしても首を縦に振る。

 それからカナンは彼の後ろにいるアイクとパルの右手を指さし、彼と共に宝玉に触れるよう促した。

 顔を見合わせてから宝玉に視線を向け、マルス達は恐る恐るといった様子でゆっくりと宝玉に右手を伸ばす。

 水泡越しに三人の指先が宝玉に触れたその時、宝玉がシアン色の目映い光を放った。

 同時に宝玉の輝きに反応するかの如く三人の右手の紋章もそれぞれ色の異なる光を放ち、その光は着用しているグローブすら透過する。

 マルスの赤い光、アイクの青い光、パルのシアン色の光、そして宝玉の光が合わさって目を開けていられないほどの目映い光となった。


 思わず閉じた瞼の外側に強い光を感じながら収まるのを待っていると、不意に体が前に引っ張られるような感覚がした。

 何事かと僅かに開いた瞼の隙間からマルスが見たのは、紋章と宝玉が生み出した光に自分達が吸い込まれていく光景だった。




 *   *   *




「――っと、ちょっとあんた、いつまで寝てるつもり?」


 マルスの耳に聞こえてきたのは、呆れたようなカナンの声だ。

 彼女の声で意識が覚醒したマルスは、自分が硬い床のような平らな所で倒れている事にまず気がつく。

 瞼を開けながらゆっくり体を起こすと、マルスは少々驚いたような表情を浮かべた。

 そこは海の中ではなく、どこかの建物の中だ。

 辺りから水が無くなった事で水泡は消え、カナンとティアも普通に喋る事が出来るようになっていた。


「ここは、どこ……?」


「聖霊様がいる、キューマ神殿だよ」


 座り込んだまま辺りをぐるりと見回してこぼれたマルスの呟きに、そばで彼の様子を見ていたティアが応えた。

 やはりあの壁面は入り口で間違いなかったようで、いつの間にか神殿――キューマ神殿の内部に入っていたらしい。

 あの引っ張られたような感覚がした時に中に入っていたのだろうとマルスは思う。


「まさか、本当にあんた達が言い伝えにある神の選んだ連中だったとはね」


 意外だったと言わんばかりの口調でカナンが言う。

 巫女の力を用いずとも神殿に入る事の出来た三人を見て、カナンはようやく彼らの言っていた事が嘘ではなかったと認めたのだ。


「ほら、お姉ちゃん。言う事があるんでしょ」


 ティアはそう言って姉の顔を見上げる。

 妹と目が合ったカナンは僅かに眉間に皺を寄せ、閉じた唇をむず痒そうに動かしていた。


「…………疑って悪かったわね」


 絞り出すような声でカナンの口から出て来たのは、三人に向けた疑いに対する謝罪の言葉だ。

 あまり他人を顧みたり、自省したりする性格ではないと思っていた彼女からの、予想もしていなかった謝罪の言葉に三人は何と返して良いか分からなかった。

 呆気に取られた三人は瞬きも忘れてカナンの顔を凝視し、その場には数秒の沈黙が流れる。


「……だから謝るのは嫌いなのよ!」


「でも、ちゃんと謝れたじゃない」


 沈黙と凝視してくる三人の視線に耐えきれなくなったカナンは、僅かに顔を赤くしてそっぽを向いた。

 その傍らで姉の反応を少々面白がりつつも、姉が謝罪の気持ちを言葉に出来た事にティアは嬉しげな表情を浮かべている。


 思った事を何でもそのまま言葉にしてしまうカナンの性格上、彼女が謝罪をするという事を意外に感じる者は多い。

 だが、彼女は自分の言動を省みて、自身に非がある事を認めるまでに人より時間が掛かるだけなのだ。

 これまでも他人と衝突した後、どこかむず痒く感じながらも謝罪の言葉を口にしてきたのだが、やはり今の三人と同じように呆気に取られた顔をされる事がほとんどだ。

 毎度毎度、自分が謝罪をする度に意外そうな表情を浮かべて凝視されるのは、カナンには慣れる事も耐える事も出来ないものであった。

 

「お姉ちゃん、きつい言い方ばっかりするから嫌な気持ちにさせちゃう事が多いんだけど……でも、悪気があるわけじゃないの。人より素直過ぎるって言うか……。悪い人じゃないって事は、妹の私が保証するよ」


 ティアは驚いた表情のままでいる三人に向けて言う。


「ごめん、オレ達もカナンの事ちょっと誤解してた。怖い人なのかもって。だから、ちゃんと知れて良かった」


 ティアの言葉を聞いて、マルスはカナンに対して抱いていた思いを素直に打ち明けた。

 同時に、それが誤解であった事も。

 まだ出会って数時間しか経っていない上に、口数の少ないカナンとは妹に比べて関わる時間も少なかった。

 誰であっても、関わりの少ない相手ほど第一印象でその人となりを判断してしまうものだ。


 別れの時も今日中、遅くとも明日と早い段階で必ず訪れる。

 そうなればカナンに対しての印象は、出会った時や多少言葉を交わした時に感じた「怖い」だとか「無愛想」だとか、あまり良くないもののままになってしまうだろう。

 そうなる前に、カナンがどのような人物なのか理解出来た事をマルスは嬉しく思っていた。


「カナンってやっぱり良い人だよね。オレ達の事を疑ったのだって、神殿や村の伝統が大事だからでしょ。それに、さっきパルに魔法の事教えてくれてたし」


 そう言ってマルスは明るい笑みをカナンに向ける。

 彼は何となくではあったが、カナンの心の奥底にある優しさに気がついていた。

 ただ、今のティアの話を聞くまではそれらよりもカナンへの畏怖の感情の方が大きかったのだ。


「……っ、無駄口叩いてないでさっさと先に進みなさいよ」


 カナンは相変わらずの口調でそう言いながら三人に背を向けてしまう。

 背を向けるその一瞬に見えた彼女の顔は、先程よりも赤くなっていたようにマルスには見えた。


「アタシ達は船で待ってるから」


「あれ、二人は一緒に来ないの?」


 背を向けたままティアを連れて神殿を出ようとするカナンにマルスの声が掛けられる。

 彼女は巫女で、妹もいずれは巫女に選ばれる人物であり、立ち入りを咎められるような立場ではないはずだ。

 そして、どうせここまで一緒に来たのなら最後までとマルスは思っていた。


「村のしきたりで、私達は聖霊様のお姿を直接見ちゃいけないの。まあ、これは神様に言われた事じゃなくて、ご先祖様達がそういう風に決めた事なんだけどね」


「あんた達は聖霊様と直接会うんでしょ? 同行したら、村のしきたりを破る事になるわ」


 首を傾げているマルスに姉妹は事情を説明した。

 アクティアの村では、神聖な聖霊の姿を直接その目に映す事は失礼な事であるとされている。

 儀式などでキューマ神殿に入る際は、聖霊が眠るとされる最奥の部屋の手前、そこにある聖霊を模した石像に祈りを捧げるのだ。

聖霊に直接会う事が目的であるマルス達について行けば、そのしきたりを破ってしまう可能性が高いため、カナンとティアは海上に置いてきた船で三人の帰りを待つ事にしたのだった。


「それなら仕方無いね。じゃあオレ達、行ってくるよ」


 二人の事情を理解したところで、マルス達は神殿の奥へと続く道に体を向ける。


「神殿ぶっ壊すような真似したら承知しないから」


「魔物とかはいないから大丈夫だとは思うけど、気を付けてね」


 カナンは相変わらず厳しい物言いで、ティアは明るい口調で三人に声を掛ける。

 その言葉を頷いて受け止め、三人は神殿の奥へと向かって歩き始めた。

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