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DESTINY―絆の紡ぐ物語―  作者: 花城 亜美 イラスト担当:メイ
第6章 海の底に眠りしは
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2.海の民

それは海と共に生きる者。

 パルが聞き取った、海の中から聞こえる「声」の主に会いに行くための手段を考えると共に、今夜の寝床を確保するため、三人は海に面した小さな村にやって来た。

 そこは漁村らしく、小さな船着き場に何艘かの木製の船が着けられており、浜辺には漁で使う大きな網が広げて干されている。


 三人はまず今夜の宿泊場所を確保せねばと、宿屋を探して村の中を進んで行く。

 村のほとんどの地面は砂で、普段歩く道とは違って少し気を付けていないと足を取られそうになる。

 夕陽に照らされた村には、波が寄せては引く心地よい音と海鳥の高くも穏やかな声が響いており、とてものどかで居心地の良い雰囲気が漂っていた。


 ゆったりとした雰囲気に心を預けながら、三人は村の中を歩く。

 その途中だった。


「待てぇぇぇっ!」


 穏やかでゆったりとした雰囲気を掻き乱すかのように、甲高い少女の声が響いてきた。

 何かを追いかけている様子だ。

 どこから聞こえるのか、とマルス達が辺りを見回すと、前方から魚を咥えた一匹の灰色の猫が駆けて来るのが見えた。

 そして、その猫を追っているのか、猫の後ろには怒りの表情を浮かべた少女が地面の砂を撒き散らしながらこちらへ向かって走って来る。


「ちょっと、その猫捕まえてーっ!」


 不意に三人はそう少女から呼び掛けられた。

 戸惑いながらも、一番前にいたマルスはすぐさま屈んで両手を構え、猫を捕まえようとする。

 だが、猫は彼の手が体を掴むよりも早く、彼の手から肩へ軽快な足取りでスルスルと登って行く。

 咄嗟に後ろにいたアイクが彼の肩にいる猫を捕まえようとするが、猫はそれすらも軽々と躱し、今度はアイクの頭の上に飛び乗った。

 そして、そこから地面に飛び降りた瞬間にパルが手を伸ばして猫の体を掴むも、滑らかな猫の毛はよく滑り、あっさりと彼女の手から猫は抜け出してしまった。


 そのまま猫は彼女の足の間をくぐり、遠くへと一目散に逃げて行く。

 随分離れた所で一瞬だけ立ち止まってその黒い瞳で三人を振り返ると、猫はとうとう見えない所に逃げ込んでしまった。

 振り返って三人を見た猫が「じゃあね、お馬鹿さん達」と言っているのを、パルの特殊な聴覚だけが聞き取っていた。


「ごめんなさい!」


 マルスが、猫が肩に乗った時、猫の咥えていた魚の顔が触れてしまった頬を何とも言えない顔をしながら手で拭っていると、先程猫を捕まえてくれと言ってきた少女が謝りながら駆け寄ってきた。

 水色の髪を横で一つに結んだ、黄色い瞳の可愛らしい少女だ。

 こっちこそごめん、とマルスは猫を捕まえられなかった事を謝ろうと口を開きかける。

 だが、ちょうどその時、駆けて来る彼女の足が砂によって滑り、彼女の体が先頭にいるマルス目掛けて突っ込んで来た。


「きゃあぁっ!?」


「うわッ!?」


 少女とマルスの悲鳴が響いた瞬間、マルスは少女に押し倒される形で後ろに倒れ込んだ。

 鈍い痛みがマルスの背中や臀部に広がる。

 幸い、砂だらけの地面は普通の地面よりも柔らかく、大事には至らなかった。


「いてて…………あっ、大丈夫!?」


 痛みに顔を歪めながら頭を持ち上げると、自分の上に倒れ込んでいる少女が視界に入り、マルスはすぐさま上体を起こして少女の無事を確かめる。


「あ、う、うん! ごめんなさい、すぐ退くね!」


 転んだ驚きにしばらく気を取られていた少女だったが、マルスの声で自分が今彼の上に乗っている状態な事に気がつき、謝りながら慌てて立ち上がる。

 少女が立ち上がった事で体が少し軽くなったマルスは、腕を支えにして立ち上がり、服の背面に付いた砂を手で払った。


「本当にごめんなさいっ!」


 立ち上がったマルスに向け、少女は両手を合わせながら勢いよく頭を下げて再度謝罪をしてきた。


「だ、大丈夫だよ、そんなに謝らなくて……君が怪我してないならそれで良いからさ。それより、こっちこそ猫捕まえられなくてごめんね」


 頭を下げる少女にマルスは自分達も猫を捕まえられなかった事を謝ってから、彼女の頭を上げさせた。


「ほんと、ごめんなさい……。あの猫の事はそんなに気にしないで! あいつ、よく魚を取って行く泥棒猫だから、いつもの事と言えばいつもの事だし」


 猫が逃げて行った方に睨むような視線を向けながら、少女はそう言う。

 漁業を行っているこの村は猫にとって絶好の餌場であり、先程の猫が魚を掻っ攫っていくのも日常茶飯事らしい。

 それならば、魚を咥えたままでも軽々と捕まえようとする自分達の手から逃げて行った猫の器用さに三人は納得がいった。


「……それにしても、この村にヒュム族の人が来るなんて珍しいね」


 小さく溜め息をついて少女は猫の消えた場所から三人に視線を移す。

 彼女の言葉と、ようやく小さな騒動が終わって落ち着きを取り戻した事で、三人は少女が自分達とは異なる外見をしている事に気が向いた。


 身長はマルスに比べて頭一つ分ほど低く、年齢も少し下だろう。

 姿形にさほどの大差は無いが、少女の耳はまるで魚のひれのようだ。

 そして、三人と同じような肌をしていながらも、手首から肘にかけてと大腿部、そして目元から頬にかけては薄い水色の鱗のような肌をしている。

 少女は魚が人の体を得たかのような見た目をしていた。


「君は、えっーと、何族って言うんだっけ……」


 様々な種族の者が行き来するグラドフォスで少女と同じような見た目をしている者を見た事があるマルスは、その種族の名前を思い出そうとするも、なかなか出て来ない。


「……シャウム族だ」


「ああ、それだそれだ! シャウム族! あんまりグラドフォスでは見ない種族だから、なかなか名前出て来なかったよ」


 少々呆れた顔で傍らにいたアイクがマルスに耳打ちして、その種族の名前を教えてやった。

 ようやく思い出す事が出来たマルスは霧が晴れたかのような表情を浮かべて、少女をもう一度見る。


「お兄さん達はグラドフォスの王都から来たんだね。確かに、あそこは内陸だから、あんまり私達シャウム族は暮らしていないかも。魚を売りに行ったりはするけどね」


 少女の種族であるシャウム族とは、別名で「海の民」とも呼ばれている。

 魚のひれのような耳と部分的な鱗の肌といった外見の特徴を持っている他、驚異的な潜水能力を有しているためにそのように呼ばれているのだ。

 シャウム族はその驚異的な潜水能力を活かして海辺などでの漁業を生業としている者が多く、内陸にあるグラドフォスの王都で暮らす者は少ない。


「お兄さん達はこの村に何か用事があって来たの? この村にシャウム族以外の人が来る事ってあんまりないから」


「うーんと……何て言うか……海の中から聞こえた声、みたいなものを追ってて……」


 この小さな漁村はシャウム族しか住んでおらず、わざわざこの村まで赴いて魚を買ったり、観光する者などほとんどいないようで、少女は三人がここを訪れた理由を尋ねた。

 彼女の質問にマルスはどう答えて良いか分からず、馬鹿正直にありのままを伝えてしまう。

 普通の者からすれば随分とおかしな答えだ。

 アイクは彼女に自分達が変な目で見られぬように何か補足をと考えるものの、取り繕うほど自分達の不審者らしさが強調されてしまいそうで口が開けない。

 少女の方は首を傾げて「声?」とマルスに聞き返していた。


「……あっ、もしかしたら、その声って海の聖霊様の声の事かな?」


「海の聖霊様?」


 少女から返って来た思いも寄らない反応に、三人は声を揃えて少女の言った言葉を口にしていた。


「うん。あのね、この海……ラルジュ海って言うんだけど、この海の底には海の聖霊様が眠っているって言われてる神殿があるんだ」


 少女の言葉に三人は目を見開いて、互いの顔を見合う。

 もし彼女の話が本当ならば、パルの聞き取った声が海の底から聞こえたものだという事も一層信憑性が高くなった。


「その神殿には、どうやって行けるの?」


 マルスは神殿への行き方を少女に尋ねる。

 素性も目的もよく分からない連中にそのような場所への行き方を教えるものかと思ったアイクは、自分達の目的を伝えようかと口を開きかけた。

 だが、それよりも早く言葉を発したのは少女の方だった。


「お兄さん達は、聖霊様に会いたいの?」


 怪しむような口調ではなく、純粋な疑問として少女はそう聞き返してきた。


「俺達はグラドフォスから旅をしていて、世界各地の聖霊が眠る場所を訪ね歩いているんだ」


 アイクは胸中で、我ながら随分と適当な返答だと思いながらもそう答えた。

 もう少し踏み込まれるようなら、より詳しい訳を説明しようと考えつつ、アイクは少女の反応を待つ。


「そうなんだ。じゃあ、神殿に行けるかどうか聞いてあげよっか?」


 少女から返ってきた反応は、三人の思いも寄らぬものだった。

 まさかこんなにも早く、あっさりと聖霊のいる神殿への行き方を知る事が出来るとは思ってもいなかった。


「えっ、いいの?」


 少女はあまりにもあっさりとそう答えたために、思わずマルスは本当に良いのかと聞き返してしまう。

 彼の言葉に、少女は可愛らしい微笑みを浮かべたまま頷いてみせた。


「俺達を怪しんだりはしないのか……?」


「うーん、まあ、他所から来た人から急に神殿に行きたいって言われたら怪しむけど……聖霊様の声が聞こえるなんて嘘ついて来るような人いないでしょ? この前亡くなったばば様――長老の奥さんも、聖霊様とか動物の声が聞こえる人だったから、嘘じゃないって私は思うよ」


 不安げに尋ねてくるアイクに、少女はにこやかに答える。

 確かに「聖霊の声が聞こえた」というような、仮に嘘だったとしたら明らかに怪しげな事をわざわざ理由として述べてくる者はそうそういない。

 そして何より、亡くなったばば様がパルと同じ能力を有しており、彼女の言葉を信じない事は少女にとってばば様を信じない事と同義になってしまうのだ。


「それにね、さっき猫を捕まえようとしてくれたし、茶髪のお兄さんは私が転んだのに巻き込まれても文句言わなかったし、それどころか心配してくれたでしょ。『君が怪我してないならそれで良い』ってさ。だから、信じて大丈夫だと思ったの」


 少女は三人が猫を捕まえるのに協力してくれたり、マルスを巻き込んで転んでしまっても彼がひどく優しい言葉をかけてくれた事を嬉しく思っていた。

 そして言いはしなかったが、この村を訪れた理由を問うた時、マルスが馬鹿正直に答えた事から三人――特にマルスが嘘のつけない性格なのだと感じていた。

 だからこそ、少女の中で三人は信じて良い人達になっていたのだ。


「んーじゃあ、一個だけ試すね。これが当てられたら、お兄さん達を心から信じるよ。えっと、まずお兄さん達の中で聖霊様の声が聞こえる人は誰?」


 それでもまだ本当に信じてもらえたのか不安そうな表情を浮かべているアイクを見て、少女はそう問い掛けてきた。

 彼女の問いに、パルが静かに手を上げる。


「じゃあ、お姉さんに質問! さっきの猫、いなくなる前に何て言ってた?」


「え、えっと……じゃあね、お馬鹿さん達……って……」


 少女からの唐突に向けられた質問の意図が分からず、パルは首を傾げながら先程猫が去り際に言っていた言葉を答える。


「……うん、やっぱりお兄さん達は信じて大丈夫そうだね」


「どういう事なの?」


 パルの答えを聞いた少女は満足そうに頷いているが、三人にはその意図がまるで分からず、マルスは訝しげな顔をしながら聞き返した。


「さっきの猫、よく魚を盗んで行くから村の子ども達で追いかけ回してたんだけど、逃げるのが上手で……それを見てたばば様が『あの猫はいつも、じゃあね、お馬鹿さん達って言ってるわ』なんて言ってたの。ばば様と同じ猫の声が聞こえるなら、聖霊様の声が聞こえたのも嘘じゃないって信じられるよ」


 少女は、先程三人が捕まえ損ねた猫がよく去り際に「じゃあね、お馬鹿さん達」と言っているのをばば様から聞いていた。

 ばば様と同じ力を持ち、同じ言葉を聞き取ったのであれば、少女にとって三人は十分信頼出来たのだ。


「そういうわけだから、神殿に行けるか聞いてみるね! さっ、行こ行こ」


 少女はやや強引な物言いでそう言って、村の奥に向かって歩み始めた。

 僅かに戸惑いつつも三人は少女の後に続く。


「あっ、そう言えば、まだ名前教えてなかったね。私はティア! よろしくね!」


 少し進んだ所で、急にまだ互いに名乗っていなかった事を思い出した少女はぴたりと足を止め、振り返って自身の名を告げた。

 少女――ティアに倣って、三人も彼女に名乗る。


「じゃあ、マルスくんに、アイクさんに、パルちゃんだね」


 三人の名前を聞き取ったティアは、順番に敬称を付けて名前を呼んでいく。


「なんでオレは『くん』で、アイクは『さん』なの? 同い年なんだけど……」


「えー……雰囲気? アイクさんの方が大人っぽいから」


 同い年であるのに、自分とアイクの敬称が違う事を疑問に思ったマルスはティアにそう尋ねる。

 彼女はアイクが大人びた雰囲気をしているため、彼とマルスを呼び分けたらしい。


「オレ、年下の子にも子ども扱いされてない……?」


「いつもの事だろう」


 何とも言えない顔で小さく肩を落とすマルスに、アイクはしれっと皮肉めいた事を呟く。

 その傍ら、これまでまともに女の友達などいた事のなかったパルが、歳の近いティアに「パルちゃん」と呼ばれた事への嬉しさを隠せていなかった。

 それに気づいたのか、ティアは彼女を前に呼んだ。

 そして、一緒に先頭を歩きながらお喋りを始める。


 パルははにかむような微笑みを浮かべながら、歳の近い同性との慣れない会話に一生懸命な様子で話していた。

 その様子をマルスとアイクは後ろで互いに小突き合いをしながら、微笑ましそうに見ているのだった。

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