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DESTINY―絆の紡ぐ物語―  作者: 花城 亜美 イラスト担当:メイ
第6章 海の底に眠りしは
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1.呼び声は海風に乗って

海は広く、そして深い。

 ブリックの街を後にした三人は、船に乗って次なる大陸へ向かうため、港町バルコを目指していた。

 アイクが何度も地図で現在地を確認しながら、三人は着実に海の方へと向かっている。

 太陽が真上から傾き始めた頃には、地平線の先に海の青が広がっていた。


「そういえばオレ、船も海も初めてだなぁ。グラドフォスから出た事なかったし」


 まだ幾らか距離のある海の青を見つめながらマルスが呟く。

 グラドフォスは内陸にある国故に、国から出た事のない彼は海というものを初めて見るのだ。

 どれほど広いのか、どれほど深いのか、彼はあれこれと想像を膨らませる。


「海を見たのは……一回だけ、あるよ……」


 パルはそう言いながら、幼い頃に花屋を営んでいた両親と花を売りに海沿いの町や村に行った時の記憶を思い出す。

 とはいえ、その時に訪れたのはグラドフォスの北に位置する場所であったため、今目指しているグラドフォスから南に進んだ方の海を訪れるのは初めてだった。

 遠い記憶の中にある海を思い出しながら、パルは視線の先に見える海の青を見つめる。


「俺は社会勉強の一環で船に乗った事は何度かあるな。これから行く港町のバルコも一、二度訪れた事はある」


 アイクは貴族故の教育の一環で船に乗り、他の地方に行った経験が多少とはいえあった。


「やっぱり貴族サマは違うねぇ。羨ましい」


「言っておくが、旅行とは違うからな。海が如何なるものかを学んだり、他の地方がどのような場所で、何が発展しているのかを学んだりする社会勉強のためだ。お前じゃあ、三日も保たないぞ」


 庶民である自分とは違い、様々な国に行く機会の多いであろうアイクに向けてマルスはわざとらしい口調で言う。

 アイクはそのわざとらしい口調で言われた言葉に短い溜め息をつくと、羨ましいと言うマルスに現実を教えてやった。

 父親などに連れられて他の国や地方を訪れた際は観光よりも、その土地の有識者や権力者から様々な話を聞いたり、実際に歩いて自身の目で見ながらその土地の利点や欠点を考えさせられたりと、学ぶ事に割かれる時間が圧倒的に多い。

 頭を使う事が苦手なマルスには、始まって数時間ですら耐えられなくなるだろうとアイクは思うのだった。


 彼の言葉にマルスが不満げな顔をして何か言い返してやろうと口を開く。

 だが、それよりも早く耳に届いてきたのはパルの儚げな声だった。


「また……声が、聞こえる……」


 その言葉にマルスとアイクは、視線を互いからパルへと向ける。

 彼女のそんな言葉を聞くのは、これで三度目だった。

 一度目は旅のきっかけとなった聖霊の呼ぶ声、二度目はアイクの守護聖霊であるクライスの呼ぶ声。

 これまでの流れを考えれば、またしても自分達を呼ぶ聖霊の声だろうかとマルスとアイクは思う。


「また聖霊の声だろうか……」


「あ、ねえねえ、クライスは誰の声とかって分かったりしないの? 同じ聖霊なんだしさ」


 自分達に何か伝えたい事のある聖霊か、マルスかパルの守護聖霊となる者か、とアイクが思考を巡らせていると、マルスが彼の方に顔を向けて彼の守護聖霊であるクライスに声を掛けた。

 聖霊であるクライスならば、同じ聖霊の事を何か知っているだろうとマルスは思ったのだ。


「他の聖霊の事ならば、ある程度知ってはいる。賢者の少女が聞き取った声の主にも、おおよその見当はつくが……私が答えを教えるよりも、自分達で正体を確かめてみるといい」


 姿を見せないまま、声のみでクライスはマルスの問い掛けに答える。

 クライスには、パルが聞き取った声の主が何者なのかの見当はついているようだ。

 ちなみに、彼は契約者のアイクを「主」、勇者の紋章を持つマルスを「勇者の少年」、賢者の紋章を持つパルを「賢者の少女」と呼んでいる。


 彼が三人に答えを教える事は簡単だ。

 だが、自分の力でその正体を突き止め、知る事の方が三人にとって良いのではないかと考えたクライスは、あえて答えを言わずに自力で正体を確かめてみるよう言ったのだ。


「うーん……確かに、それはそうかも。そういう未知との出会いも含めて冒険だもんね!」


 マルスは答えを教えてもらえなかった事には、一瞬だけ残念そうな表情を浮かべた。

 しかし、未知の存在の正体を自力で突き止める事こそ冒険の醍醐味の一つであると、いつぞやに読んだ冒険譚に書かれていた事を思い出し、途端に海色の瞳を煌めかせる。


「じゃあ、早くその声の正体を突き止めに行こうよ! パル、どこら辺から聞こえるの?」


「……このまま、真っ直ぐ……海の方から、聞こえる……」


 声が聞こえた方向をパルから聞くと、マルスは意気揚々とした足取りで先へ進んで行く。

 期待に瞳を煌めかせる彼の様子に、アイクとパルはどこか安堵したような表情を浮かべていた。

 一応解決したとはいえ、昨晩の酷く落ち込んだ彼の様子が朝からずっと頭を離れなかった二人は、まだ彼が沈んだ気持ちを引きずったままではないかと心配していたのだ。

 だが、今の彼の表情には昨晩のような暗い影は無く、いつもの明るい太陽のような輝きがあった。

 いつも通りの彼の様子に微笑みをこぼしながら、意気揚々と先へ進む彼の後に二人も続いた。





 *   *   *




 パルの耳を頼りに歩き続け、気がつけば太陽がもう沈む準備を始めようかという頃になっていた。

 その頃には遠くに見えていた海がもう目の前まで来ており、太陽の光を反射して煌めきを放つ青に三人の目は釘付けになっていた。

 特に初めて海を見たマルスは海と同じ色の瞳をこれでもかと煌めかせて、どこまでも果てしなく続いているかのような青を見つめていた。


「これが、海……!」


 感嘆の溜め息がマルスの口からこぼれる。

 海の美しさは、彼の想像以上だった。

 澄み渡った深く美しい青が、太陽の光を反射して煌めく様子はまさに宝石のようだ。

 小川や池や湖には無い美しさを彼は感じていた。


「凄い……こんなに綺麗で、広くて……」


 マルスは海の美しさだけでなく、海の広大さにも目を引かれていた。

 彼が十六年生きてきた中で見た何よりも、海は大きく広いのだ。

 比較的大きな国であるグラドフォスよりも大きく、グラドフォス周辺に広がる広大なエルブ平原よりもずっと広い。

 どこまで続いているのか想像もつかないようなその広大さに、彼は驚きと感動を覚えた。


「……あ、それで、声はどの辺りから聞こえる? この近く?」


 海の美しさと広大さに目を奪われていたマルスは、ふと目的であった「声」の事を思い出してパルを見た。

 パルは目を閉じて、意識の全てを耳に集中させる。


「近く……なんだけれど……」


「けれど?」


 パルは目を閉じたまま、僅かに眉間に皺を寄せて悩むような表情を浮かべる。

 どうしたのかとでも言いたげな顔でマルスは軽く首を傾げ、彼女の言葉の続きを待った。


「うーん…………もしかしたら……海の中、かもしれない……」


「海の中!?」


 彼女の言葉にマルスとアイクは思わず声を揃えて反応した。

 海の方から「声」が聞こえると彼女は言っていたが、まさか海の中からするものだったなど思ってもいなかったからだ。

 「声」を聞き取れるパルも同じく、まさか海の中からの呼び声だとは思っていなかったらしい。

 目を開けた彼女は、もしかしたら陸から少し離れた所に小さな島か何かあるのではないかと、海を見渡してみる。

 だが、どこにもそれらしき島など無く、ただただ青い海がどこまでも広がっているだけだった。


「……うん……海の中で、間違いなさそう……」


「嘘でしょ……」


 海の中で間違いないと言う彼女の言葉に、マルスもアイクも唖然とした顔をして眼前に広がる海を見る。


「海の中なんて、どうやって行くんだよ……。泳いで見つかる程度なら良いけどさ……」


「ただの洞窟や雪国ならまだしも、海の中か……」


 マルスとアイクは遠い目をしながら呟く。

 マルスが言うように、少し泳いで会えるくらいならば大した問題にはならない。

 だが、これまで出会った聖霊二人の時を思い出すと、両者共に洞窟の奥深くで眠っていたため、今回もまた簡単に会えるような所にはいないのだろうと三人は思う。

 自分達を呼ぶ声の主は海の底にいるに違いない、三人はそう思わざるを得なかった。


 では、どうやって海の底になど行けるのか。

 三人が直面したのは、声の主がいる場所への移動手段という最も初歩的だが深刻な問題だった。

 これまでの聖霊二人に出会ったレジェンダの洞窟もシュトゥルム大氷窟も、歩けば何とかなった。

 しかし、今回ばかりは歩いてどうにかなる場所ではなさそうなのだ。

 泳いでみたとしても、海の底は遠く、地上と違って自由に呼吸が出来ない。

 三人の力ではどうにもならなさそうな問題だった。


「……一回話し合おっか。あ、ほら、あそこに村っぽいのあるし、もう陽も暮れちゃいそうだし」


 この問題については一度話し合わなければならない、そう思ったマルスは少し離れた所に見える小さな村を指さした。


「確かに、そうだな。ここで頭を抱えていてもどうしようもないし、議論するなら安全な所でした方が良い。それに、海近辺の村なら何か手掛かりが見つかるかもしれないからな」


 アイクはマルスの言葉に頷きながらそう言った。

 いつの間にか沈む準備段階にあったはずの太陽はもう沈み始めており、眩しい白ではなく暖かな橙色の光を放っていた。

 このまま野宿してあれこれと考えるよりも、安全の確保出来る村でじっくり考える方が賢明だろう。

 彼の意見にマルスとパルは賛同を示した。


 そして、夕陽に照らされる海を横目に見ながら、三人は少し離れた所に見える村へと向かって歩みを進めるのだった。

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