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DESTINY―絆の紡ぐ物語―  作者: 花城 亜美 イラスト担当:メイ
第5章 魔の世界に生きる者
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15.君は優しい

君は、どうかそのままで。

 嵐の後のような穏やかな夜が明けた。

 エレノアと共に三人は朝食を取ってから、いつもよりはゆっくりと出発の準備をした。


 そして、太陽を朝陽と呼べる時間が過ぎた頃、三人はラコルト家の門の前でエレノアとルストに別れの挨拶をしていた。

 随分と久しく子どもと接していなかったエレノアは、三人と共に過ごした一夜が非常に楽しかったようで、別れを酷く惜しんでいた。


「本当に、ありがとうございました」


 アイクが感謝を伝えながら頭を下げる。


「はぁ……とても名残惜しいわ……」


 エレノアは溜め息混じりに呟く。

 その隣でルストも頷きつつ、笑みをこぼす。


「旅が終わったら、必ずまた来ます。旅の話、たっくさん聞かせますから、それまで待ってて下さい!」


 マルスは明るい笑顔を浮かべながら、名残惜しくて堪らないといった表情を浮かべるエレノアに言う。

 グラドフォスからそう遠くないこの街ならば、定期的に会いに来るのも可能だろう。

 その時は兄さんも一緒だといいな、とマルスは心の中で思う。


「お別れの前に、私から一つよろしいですか?」


 ふと、ルストが軽く右手を上げて発言の許可を求めた。

 三人とエレノアの視線が、自然と彼に向けられる。


「私は、奥様や旦那様、私の師匠、幼少期に育ててくださった教会の神父さま……本当に様々な方のおかげでここまで生きてこられた人間です。そして、お三方との出会いもまた、私にとってはかけがえのないものでございます」


 そう言われ、マルス達は盗賊達のいる洞窟に辿り着くまで彼が語ってくれた彼の過去を思い出す。

 幼少期は教会で育てられ、師と仰ぐ用心棒の男に出会い、彼と共に多くの魔物や悪党と戦ってきた。

 そして、ラコルト夫妻の護衛の中で師である男が命を落とし、どうにか生き残ったルストを夫妻は手厚く看病し、今日まで面倒を見てくれている。

 彼の人生は、人との出会いによって支えられ、人の優しさによって成り立っていた。


「人との出会いは大変貴重なものです。ですからお三方も、どうかこれまでの、そしてこれからの出会いを大切になさって下さいませ」


 ルストはそう言うと、優しく微笑んだ。

 人との出会いと優しさに人生を支えられてきた彼からの言葉は、非常に重みがあった。


 まだグラドフォスを発ってそう長くは経過していないが、ルイムの町長リークや町の人々、アベルや聖霊クライス、サレムやエヴァ、そしてエレノアやルストなど様々な人々と出会ってきた。

 この先の長い旅路、より多くの人々と彼らは出会う事だろう。

 出会いを大切に。

 その言葉をマルス達は深く胸に刻み、ルストに返事をしながら大きく頷いて見せた。


 そして、もうそろそろ出発しようかとアイクが口を開きかける。

 だが、それより僅かに早くマルスが口を開いた。


「あの、ルストさん。最後に一つ、聞いても良いですか?」


「なんでしょう?」


 ルストは柔らかな笑みを浮かべたまま、マルスの質問に耳を傾ける。


「どうやったら、オレも迷わないで戦えますか? ルストさんみたいに強くなれますか?」


 マルスから投げ掛けられたのは、そんな質問だった。

 その質問を投げ掛けた彼の思いは、彼と共に最後までイヴリスと戦ったルストにはよく分かった。

 戦いの中で迷ってしまった事を、彼は己の弱さだと感じているのだろうとルストは思う。


「……迷って良いんですよ、マルスくん」


 穏やかな声でルストはそう返す。

 だが、マルスは何とも言えない顔で小さく首を傾げていた。


「君はきっと、人より感受性の強い子なのでしょう」


「か、かんじゅせい……?」


 マルスは「感受性」という言葉の意味が分からないらしく、僅かに眉間に皺を寄せて瞬きを繰り返しながら隣のアイクを見た。

 見かねたアイクはやれやれといった顔をしながらも、彼に言葉の意味を小声で教えてやる。

 彼が言葉の意味を理解したところで、ルストは話を続けた。


「だから、他人の痛みも苦しみもよく感じ取れる。想像出来る。それ故、迷ってしまうのでしょう」


 彼の言う通り、マルスはイヴリスとの戦いの中で様々な事を思い、迷ってしまった。

 怒りで我を忘れるまでは、迷って思うように戦えなかったのだ。

 だが、怒りに身を任せてしまってはきっといつか大切なものすらも傷つけ、失ってしまうかもしれない。

 それではダメだと思ったマルスは、怒りの感情などに身を任せずとも迷わずに戦える術はないのかとルストに教えを請うたのだ。


「私もね、まだ用心棒の駆け出しの頃はたくさん迷いました。魔物だけでなく、時には極悪人とはいえ人の命を奪わねばならぬ事もありましたから……。師匠への憧れで飛び込んだ世界ではありましたが、こんなにも心の磨り減るような仕事だとは思ってもいませんでした」


 ルストもまた、若い頃は迷った。

 彼が相手にしなければならなかったのは、魔物や凶暴化した獣だけではなく、山賊や強盗などの悪人とはいえ人もだった。

 その中で彼は、どれほどの悪人だとしても人の命を奪う事は正しい事なのかと何度も迷ったのだ。

 だから、マルスの思いも何となく彼には理解出来た。

 

「怒りに身を任せれば、心を殺して非情になれば、確かに迷いません。そして、迷わないからこその強さを得られる」


「でも、それじゃあ……あの時のオレみたいに周りが見えなくなって、自分だけじゃなくて周りも危険な目に遭わせてしまいます……」


 マルスはイヴリスとの戦闘を振り返りながら、ルストにそう返す。

 怒りに身を任せている間は、確かにイヴリスを追い込む事は出来た。

 命を奪う事への迷いや躊躇いを怒りで見失ったからこそ、あの時のマルスは普段とは比べ物にならない強さ――迷いなき強さを得られたのだ。


 だが、それは盲目的な強さでしかなかった。

 マルスは自分の身を危険に晒すどころか、ルストすら危険な目に遭わせてしまったのだ。

 それを本当に強さと言うのだろうか、とマルスは引っ掛かりを感じていた。

 

「ええ確かに、それでは独りよがりの強さでしかありません。真の迷いなき強さとはきっと、自身も周囲も見通しながらも、敵に真っ直ぐに向かっていける、そういうものなのでしょう」


 ルストは穏やかな声で答える。

 真の迷いなき強さとは、迷いが消えるからこそ自身も周囲も全てを見通しながら、敵に真っ直ぐ向かっていける、そんな澄み渡った強さを言うのだと彼は語った。


「あの時の私も、独りよがりの強さでしかありませんでした。私もまだまだ、という事ですね」


 イヴリスとの戦いを振り返り、ルストもまたそう反省した。

 彼もブローチを破壊された怒りに身を任せて突っ込んでいき、イヴリスを追い込みはしたものの、自分が怒りから生じた隙を突かれて窮地に陥った事を思い出していたのだ。


「真の迷いなき強さとは、どうすれば得られるものなのでしょうね。私にも未だ分からぬものでございます。……だから、たくさん迷って良いんです」


 ルストはもう一度、柔らかな声で「迷って良い」とマルスに言った。

 マルスの倍以上生き、戦いに身を置いてきた彼にもまだ、真の迷いなき強さとはどうすれば得られるものなのかは分からなかった。

 だからこそ、迷って良いのだと伝えたのだ。


「迷って、悩んで、考え抜いたその先に、きっと真の迷いなき強さというものがあるのだと思います。君はまだ若い。たくさん迷って、悩んでみて下さい。君ならきっといつか、真の迷いなき強さを見つけられると私は思っていますよ」


「……はい」


 ルストからの言葉をマルスは返事と共に受け止めた。

 彼の海色の瞳には、確かな意志の光が煌めいていた。


「……それからマルスくん」


「なんですか?」


 話に一段落ついたかというところで、ふとルストが再び口を開く。

 マルスは首を傾げながら彼の言葉を待った。


「君はとても優しい子だ。だからどうか、その優しさを忘れないでいて下さい」


 微笑みを浮かべながらルストはマルスにそう言った。

 イヴリスとの戦いで優しさ故に迷い、立ち止まってしまう彼を見たルストだからこそ言える言葉だ。


「確かに、優しさは時に迷いや弱さになってしまう事があるかもしれません。ですが、君のその優しさで変わるものも、救えるものもきっとあるはずです」


 ルストは、彼が優しさを自分の弱さだと感じて悩んでいた事もそれとなく感じ取っていた。

 だが、それは決して弱さなどではないのだと彼に伝えたかったのだ。


 マルス達が旅をする詳しい理由は聞かなかったが、大切な人を探し出し、守らなくてはならないものを守るための旅なのだという事は聞いていた。

 その中で、彼らが出会うのは優しさやあたたかいものばかりではない。

 世の中には相容れないものや悲しい事、苦しい事、そういった物事も溢れている。

 それらに直面する事も何度だってあるだろう。

 マルスの優しさはそれらを変える事も、救う事も出来る可能性を秘めた強さなのだとルストは感じていた。


「……はい」


 マルスは微笑みを浮かべ、しっかりとした声で返事をした。

 その表情はどこかくすぐったそうにはにかんでいながらも、自分にも何か出来るかもしれないという可能性への期待に満ちていた。


「それじゃあ、ルストさん、エレノアさん。本当にありがとうございました! いつか、また」


 笑顔を浮かべたまま、マルスは別れの挨拶を告げた。

 エレノアもルストも、彼の言葉に強く頷いて「いつか、また」と返す。

 そして、マルス達は感謝の意を込めて頭を下げてから、二人に背を向け歩き出した。


 眩しい朝陽が三人の背中をあたたかく照らしている。

 三人の後ろ姿が見えなくなるまで、エレノアとルストは彼らを見送り続けるのだった。

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