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DESTINY―絆の紡ぐ物語―  作者: 花城 亜美 イラスト担当:メイ
第5章 魔の世界に生きる者
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9.変貌

恐ろしき本性と、マルスの迷い。

 イヴリスの呪い魔法によってアイクとパルが戦闘不能に陥り、もうこの場で立っているのはイヴリスとマルス、そしてルストの三人だけとなった。

 ルストが牽制している間に、マルスは倒れた二人の安全を確保するため、この空間の入り口付近まで移動させる。


 二人を横たわらせたマルスが一息ついた直後、不思議な事にアイクの体が徐々にぶ厚い氷に覆われ始めた。

 詳しい事は分からないが、恐らくクライスが主である彼を守ろうとしているのだろうとマルスは思った。

 聖霊は契約者の意思無しでは実体化出来ないものの、契約者自身を守る事は実体化せずとも可能だと以前言っていたのを思い出したからだ。

 多少はパルも守ってもらえるかもしれないと思ったマルスは、アイクの後ろにパルの体を横たわらせてから、剣を鞘から抜いてもう一度二人を見る。


「ちょっと休んでてね、二人共」


 任せて、と言うような口調ながらもどことなく迷いの浮かんだ表情でマルスは呟くと、駆け足でルストのそばに戻って行く。

 各々の武器を構え、二人と一人は睨み合った。


「マルスくん、躊躇いは無用ですよ」


「……はい」


 遠回しながらも、イヴリスの命を確実に狙っていけというルストの念押しにマルスは未だ迷いの消えない表情で頷く。

 彼のそんな表情は、ルストには見えていなかった。


 そして、ルストが槍を構え、イヴリスに向かって駆け出した。

 彼の振り下ろした短槍がイヴリスの剣とぶつかり、洞窟内にその音が木霊する。

 マルスは眉間に皺を寄せながら、ルストと拮抗して動けないイヴリス目掛けて剣を振り下ろそうとした。


 だが、イヴリスは器用に片足で体を支えつつ、もう片足でマルスの胴体に蹴りを入れてきた。

 それによってマルスの体はよろけ、剣はイヴリスの一歩手前の地面に振り下ろされる。

 ルストは彼が片足のみで体を支えているこの瞬間を見逃さず、強引に短槍ごと彼の剣を押して体勢を崩させ、その体を地面に倒れさせた。

 地面に尻餅をつく形で倒れたイヴリスに、ルストは間髪入れず短槍の穂先を突き出した。

 その鋭い穂先は真っ直ぐに彼の心臓に向かっていく。


「うおっ!」


 少々焦りの滲んだ声を上げながら、イヴリスは咄嗟に転がるようにして右に体をずらし、それを回避する。

 とはいえ、体勢が崩れた状態からの咄嗟の回避であったため、僅かに体の動きが遅れて左肩に赤い線のような傷が出来た。

 マルスもそれに続かねばと思い、まだ立ち上がれていないイヴリスに剣を振り下ろす。

 しかし、ルストより明らかに遅い動きと迷いの滲んだ攻撃は見切られており、イヴリスは彼の一撃を鼻で笑いながら剣で受け止め、勢いよく押し返した。


「うわ……っ!」


 押し返された力が想像以上に強く、マルスは大きく体を仰け反らせて後方に倒れ込んだ。

 イヴリスは彼を押した勢いに身を任せて立ち上がると、彼にとどめを刺そうと剣を振りかざした。

 だが、その瞬間にルストがすぐさま二人の間に入り、イヴリスの剣を受け止めて押し返すと、短槍を振り回して彼をマルスから離れさせる。


(ルストさんは、迷わないんだな……)


 倒れた際に痛めた臀部をさすりつつ剣を支えにして立ち上がるマルスは、目線の先でイヴリスと武器を交える彼の背中を見てそう思う。


 人というのは実に不思議なもので、自身と似通った姿をしたものの死を極端に恐れる。

 虫でも動物でも感じる痛みや苦しみは変わらないだろうに、それらへの躊躇は自分と似た姿のものよりも少ない。

 恐らく、自分に似ているからこそ、より鮮明にその痛みや苦しみを想像出来てしまうからなのだろう。

 マルスもそうだった。


 地上界に生きる子どもならば、誰しも魔物の存在は幼い頃から悪いものだと教え込まれてきており、それ故マルスは魔物を倒す事にあまり躊躇いは見せない。

 だが、ここで初めて人の姿をした相手の命を奪うつもりで戦わねばならないという状況になり、マルスは酷く躊躇いを感じていた。

 以前戦ったゼロスに対しても命を奪おうなどとは思っておらず、せめて戦闘不能にしてから話を聞けないかと思っていた。


 一方のルストは、用心棒をしていた頃の経験もあり、敵の命を奪うという事に躊躇いが無かった。

 これまで実に様々な魔物や悪人を相手にしており、油断や躊躇いを見せれば自分が死ぬ事を身に染みて感じてきたのだろう。

 だからこそ、彼は迷わなかった。

 否、迷ってはいけないと思っていた。

 そして何より、今の自分の全てであるエレノア夫人が大切にしているブローチを取り返すという強い意志が彼を突き動かしているのだ。


(ルストさんは、エレノアさんのブローチを取り返すために、あんなに迷い無く戦ってる……じゃあ、オレは?)


 ――じゃあ、オレは?

 マルスは心の中に浮かんだ自身への問いかけを口にしてみる。


 あの優しく温和そうなルストが非情になってまで大切な人の大切な物を取り返そうとしているというのに、自分はエレノアの大切な物を取り返すのにも、大切な仲間を助けるのにも迷ってばかりだ。


 ――迷うって事は、オレにとっての二人の存在はその程度のものなのか?

 ――ルストさんみたいに、大切なもののために非情になれないのはオレの弱さなのか?

 そんな考えが頭の中を埋めていく。 


「マルスくん、無理はしないで下さい。けれど、自分が今すべき事だけは忘れないで」


 ふと、イヴリスと刃を交えながらルストが声を掛けてきた。

 イヴリスに向ける厳しく険しい表情とは正反対の優しい口調だった。

 ルストはマルスが躊躇いで動けなくなってしまっている事を受け止め、無理をしてまで命を狙う真似はしなくて良いと伝えた。

 その代わり、自分のすべき事を忘れるなとも。


(……今オレがしなきゃいけないのは、アイクとパルを助ける事。盗賊を倒して、エレノアさんのブローチを取り返す事)


 マルスは改めて、自分が今しなければならない事を思い起こす。

 それはもう決まり切っていた事だった。


 ――じゃあ、オレは。

 もう一度、そう呟いてみる。


(オレは、オレに出来るやり方で、二人を助ける。ブローチも取り返す)


 剣を握るマルスの手に力がこもる。

 このまま迷って足手まといになり続けるくらいなら、自分の迷わないやり方で二人を助け、ブローチを取り返そうと彼は思った。

 ルストが命を奪ってしまう前にどうにか降伏させ、二人の呪いを解いてもらい、ブローチも返してもらう。

 そして、兄弟揃って警備隊に引き渡して、これまでの反省をしてもらえば良い。

 甘い考えだと分かっていながらも、マルスは今そう思っていない限り動けそうになかった。


 ようやく体と意思が一つとなり、マルスは剣を構えてイヴリスに向かって行く。

 ルストと拮抗して動けないイヴリスを目掛け、マルスは剣を振り上げた。

 それが視界に入ったイヴリスは短槍を無理矢理押しのけると、振り下ろされる彼の剣を受け止め、力を込めて押し切ろうとする。

 だが、今度は先程までと違い、彼の剣は簡単には動かなかった。


 一瞬だけイヴリスはマルスの顔を見た。

 彼の青い瞳からは、ついさっきまであれほど鮮明に浮かんでいた迷いの色が無くなっていた。

 澄みきった深い海色の奥に、彼の確かな意志の光が見えた。

 迷いを消した者は強い、イヴリスもそれは魔族として生きてきた長い年月の中で理解している事だ。

 これは少しまずい展開かもしれない、と彼は初めてこの状況に焦りのようなものを感じ始め、忌々しそうにマルスの瞳を睨み付ける。


「マルスくん、そのままで!」


 ルストの声が聞こえた直後、横から槍の一撃がイヴリスの体を狙った。

 僅かながらルストの存在から意識が離れていたイヴリスは反応が遅れてしまい、どうにか回避するも右の脇腹が短槍に傷つけられ、そこから流れ出た血が彼の服を汚していく。

 イヴリスは自身の傷を見て、これでもかというほどの舌打ちをした。


「ああクソがッ!」


 口汚く、吐き捨てるようにそう叫ぶとイヴリスは剣に風の魔力を纏わせ、間髪入れずに振るった。

 その瞬間、またしても凄まじい突風と風刃が発生し二人を襲う。

 魔の風が発生するまでが非常に早く、僅かに防御の構えを取るのが遅れてしまい、二人の体は突風に吹き飛ばされ、そこへさらに風刃が襲いかかる。

 風刃に斬りつけられた痛みと地面に叩きつけられた痛みで顔を歪める頃には、二人とイヴリスの距離が遠くなっていた。


「チッ……地上界の野郎共相手にこの力を使う日が来るとはよぉ……。今なら、泣いて跪いて許しを請えば、痛くないように殺してやるぜ……?」


 武器を支えにしながら立ち上がる二人に向けて、イヴリスは怒気のこもった低い声で言う。

 だが、戦いの場において、降伏しろと言われて素直に降伏するような者はいない。

 二人は何も答えず、イヴリスを睨み付けた。


「何も言わねぇって事は、無残な死に方がお望みのようだなぁ? いいぜ……後悔なんてするなよ? こっちも、あんまし使いたくねぇ力でテメェらを殺るんだから……なっ!」


 口角を吊り上げながらそう言った直後、イヴリスは凄まじい速さで駆け出してきた。

 攻撃が来ると思い、マルスとルストは咄嗟に防御の構えを取るも、斬りつけられたり殴られたりする事はなく、それどころか彼は二人を無視して駆けて行く。

 彼が凄まじい速さで辿り着いたのは、壁際で気を失ったまま横たわっているデボラとトイフェルのもとだった。


「お前らを失うのは悲しいけど……偉大な兄貴の一部になれるんだから、文句ねぇよな」


 イヴリスは弟妹に向けて呟きながら、二人の体に剣を翳した。

 その瞬間、二人の体から赤黒い禍々しい色をした光の玉が一つずつ、イヴリスの剣に引き寄せられるように浮かび上がってくる。

 不気味な光の玉は剣に触れると、剣全体を覆うように広がった。


 そしてイヴリスは、あろう事か、禍々しい光を纏った剣を自身の胸に突き刺した。

 禍々しい光を放ちながら剣は彼の体に吸収されていく。

 そのあまりに衝撃的な光景に、二人には何が起きているのか理解が追いつかず、ただただ呆然とその様子を眺めている事しか出来なかった。


「う……ぐ……グオォォォォッ!」


 どこか苦しさを滲ませた雄叫びを上げた瞬間、イヴリスの体が禍々しい光に包まれる。

 光は禍々しい色ながらも非常に強烈な眩しさを放っており、二人は思わず目を瞑った。

 さらに、その光は凄まじい力を帯びているのか、彼の体が光で包まれた瞬間に突風のようなものが発生し、マルス達はそれに吹き飛ばされそうになった。


 しばらくすると、眩しさと突風が収まり、強烈な光と飛んでくる砂埃から目を守るために閉じていた瞼を二人は恐る恐る開く。

 そして、これでもかと目を見開いた。


「な、何、あれ……!?」


 マルスの口から、驚きでややひっくり返った声がこぼれた。

 ルストも呆然と目と口を開き、目の前にいるものを凝視している。


 呆然とする彼らの前には、一匹の異形の怪物が佇んでいた。

 それがイヴリスなのだと二人が理解するのに、さほど時間はかからなかった。


 体は先程までの彼よりも頭二つ分ほど大きく、目と口は裂けたように広がり、犬歯に当たる部分が異常なほどに鋭く伸び、尖った耳輪の特徴的な耳は大きく、より怪物じみたものへと変化している。

 そして、その両手はそれぞれが剣と一体化したかのような形状になっており、まさに破壊のために生み出された存在そのものだった。


「そうか……やはり、彼らは魔族……!」


 驚愕の感情が滲み出た声でルストは呟く。

 どういう事なのか理解の追いつかないマルスは、思わずルストに聞き返した。


「邪神は神の国を侵攻しようとした、と神話で語られているのはご存じですね? その際に邪神は、自らの力で戦いのための兵を生み出しました。それが……彼ら魔族です」


 ルストはそう答えて、怪物に変貌したイヴリスを睨む瞳を僅かに細めた。


「もっと早く気づければ良かった。あの瞳と耳は、魔族である者の特徴なのだと……。いや、そもそも魔族が現実に存在するとは……」


 かつては教会で生活していたルストは一般の者よりも神話に詳しかったが、やはり心のどこかで神話は作り話に過ぎず、全て架空の存在だと思っていた。

 架空のものと思っていた魔族が現に目の前にいる事に、彼は驚きを隠せなかった。


 一方でマルスは、兄を連れ去った、イヴリス達と似た特徴を持つ男も魔族だったのではないか、兄は魔界に囚われでもしているのではないかという考えが頭に浮かんでいた。

 だが、今はそれについて言及している暇は無い。

 戦いが終わったら詳しい事を聞いてみようと、今の自分がすべき事に考えを戻す。


「まさか地上界の野郎相手にこの力を使う日が来るとはよォ……」


 剣と化した両手に軽く視線を落としながら、イヴリスは溜め息混じりに呟く。

 マルスは彼を警戒して見つめているその中で、彼のそばで横たわるデボラとトイフェルの体が徐々に変色していくのに気がついた。


 土に似た冷たさを孕んだ暗い肌色。

 ああ、彼らは死んでしまったのだ、マルスはそう思う。

 あの見慣れない、生気の無い肌色は、戦争で命を落とした両親の亡骸と同じような色だ。

 忘れられない冷たい色。

 マルスは敵とはいえ、その死を前に胸が締め付けられるような感覚に襲われた。


 自分がもっと早くイヴリスを降伏させられていれば、彼が弟妹の力――否、命を吸収してしまうような状況は避けられたはずだ。

 マルスはそんな後悔の念に眉根を寄せ、青い瞳を僅かに揺らめかせた。

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