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DESTINY―絆の紡ぐ物語―  作者: 花城 亜美 イラスト担当:メイ
第5章 魔の世界に生きる者
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6.足りない力

あと一歩、及ばなくて。

 少し時を遡り、まだパルとトイフェルが戦いを繰り広げる場所から一番遠い所で、アイクとデボラもまた、激しい戦いを繰り広げていた。

 何度も剣が空を切る音と鞭が空気を叩く音が響き、アイクが隙を作るために放つも打ち砕かれた氷魔法の破片が松明の光を反射して煌めいている。


 伸縮自在に変わる鞭から繰り出される不規則で軌道の読めない攻撃に、やはりアイクは苦戦を強いられていた。

 間合いを詰めれば短鞭の素早く鋭い攻撃を食らい、距離を取れば長鞭がまるで蛇のように襲って来る。

 思うように攻撃を当てられず、その上落ち着いて対処を考えている余裕もない。

 また、初めこそ治癒魔法も駆使しながら戦っていたのだが、デボラはその暇を与えないように攻撃を繰り返してきており、傷の痛みと疲労で相当の負担が彼の体にかかっていた。


「さーて、そろそろ決着をつけようかねぇ。久々に骨のある奴と戦えたのは嬉しいけど、もう飽きてきたよ」


 苦しげに呼吸をしながら剣を構えるアイクを見据えてデボラは言うと、空いている左腕を頭の高さまで上げる。

 その瞬間、彼女の周囲に無数の火球が現れた。

 まるで今にも獲物に襲いかかろうとする猛獣のように、炎達は赤々と燃え、アイクに狙いを定めている。


 そして、デボラが長鞭で地面を叩いた。

 鞭が地面にぶつかり、弾けるかのような音が響いたのを合図にして、無数の火球はアイクを目掛けて飛んで行く。

 アイクは火球に氷魔法をぶつけて相殺したり、剣で防いだりしながらどうにか身を守る。

 一部の火球は近くで戦うマルスとルストの方にも飛んで行ったらしく、マルスの驚く声が耳を掠めた。


 襲って来る火球の数に翻弄され、回避するも熱波による熱さと痛みに思考を邪魔され、アイクは回避と防御に徹するしかなかった。

 この状況をどうやって打破し、攻撃に転じるかなど考えている暇が無い。

 それでも、考えなければ動けないのが彼の性だ。

 どうにか、どうにか切り抜ける方法はないものか。

 彼の意識が再び思考を始めようとしたその時だ。


「ぼーっとしてんじゃないわよ!」


 デボラの声が響いたかと思うと、アイクの胴体を鞭の一撃が襲った。

 不意を突いて襲って来た魔力の込められた一撃は彼の体を弾き、地面に叩きつける。


「くっ……」


 アイクは立ち上がろうとしながら、背中を走る痛みに顔を歪める。


「アイクさん、前です!」


 突如、ルストの声が響いた。

 それに反応したアイクが顔を上げると、彼の目の前に巨大な炎の玉が迫っていた。

 先程までの火球達とは比べ物にならないような大きさだ。

 防御したところでどうにかなるような大きさではなく、まともに食らえば瞬時に体は灰と化すだろう。


 回避をしようにも炎はもう目前まで来ており、これでは確実に半身は犠牲になるに違いない。

 ルストもどうにかしようとしている様子だったが、イヴリスの猛攻によってそれを阻まれていた。


 まさに絶体絶命の危機だ。

 アイクは絶望的な表情を浮かべながら、どうにもならないと知りつつも剣を盾にして身を守り、祈るようにきつく目を瞑る。


 その直後だった。

 不意にアイクを包む空気が急激に冷え、迫っていたはずの熱波が掻き消された。


「ふむ……この禍々しい魔力……魔族のものか?」


 凜とした低い声がアイクの脳内に響いた。

 その氷のような涼やかな声は、焦りに支配されていた彼の思考を落ち着かせていく。

 アイクが恐る恐る瞼を開けると、彼の周囲を覆うように氷の壁が出現していた。

 その代わりとでも言うように、すぐ目の前まで迫っていたはずの巨大な炎の塊はまるで初めから無かったかのように姿を消していた。


「無事か? 我が主よ」


 姿こそ現さないものの、声の主――クライスが無事を確かめてくる。

 彼がその守護の力で自分を守ってくれたのだとアイクが理解するのに、そう時間は掛からなかった。


「ああ、助かった。……もう少し早くても良かったんだが」


「私は真に必要な時にしか力を貸さない主義だ。私の力を常に当てにしてしまっては、主にとっても何の利益にもならないだろう?」


 クライスに無事を伝えつつ、アイクはもう少し早く力を貸してくれても良かったと少々文句をこぼす。

 だが、クライスにも思惑があった。

 自身の守護聖霊としての力に頼りきってしまえば、アイクは己の力のみでは戦えない弱き戦士となってしまう。

 彼らが最終的に辿り着く場所にあるのは、邪神ハデスとの闘いだ。

 かつて神アジェンダの前に敗れ、封印されていたと言っても、ハデスもまた神の一人である。

 その力の前で、必ずしも自分が主であるアイクをそばで守護出来るとは限らない。


 いかなる状況であっても可能な限りは自身の力で抗える強き者でなければ、神の望む邪神の討伐は果たす事が出来ないと考えているクライスは、あえて彼の戦いを見守っていたのだ。

 同時に、アイク自身は盗賊達が()()普通の者だと思っていたために、外道の者とはいえ一般人相手に聖霊の力を借りて攻撃する事を躊躇っており、彼に力を貸すよう訴えなかった。


「ところで、今あの盗賊を()()と言ったな」


 氷の結界の中でアイクは体勢を立て直しつつ、デボラを見据えて言う。

 デボラは悔しげに顔を歪めながら、何度も鞭と火球を結界にぶつけていた。


「ああ。感じるこの禍々しい魔力……邪神ハデスに連なる者の持つものだ。そして、あの蛇の如き深紅の瞳と尖った耳輪は、魔族特有の容姿だ」


 クライスの言葉を聞いて、アイクは改めて盗賊の容姿に注目する。

 この洞窟で初めて顔を合わせた時も、そして今も、こちらを睨み付けてくる瞳は蛇のような縦長の虹彩を持つ深紅の、明らかに異質な瞳だった。

 地上界に暮らす種族の容姿はそれなりに把握している彼の知識の中に、あのような瞳を持つ地上界の種族は存在していない。


 そして、初めこそよく見えていなかったが、戦いで動き回る事によって髪が風で払われたために、耳輪の尖った特徴的な耳をアイクは確かに見ていた。

 特徴的な瞳と耳の形。

 それは、いつだったかに読んだ神話に関する書物にも記されていた。


 ――邪なる神は、己の力で生み出した「魔族」と呼ばれる者達を率いて天空界に攻め込んだ。

 彼らは皆一様に、邪神と同じ蛇の如き深紅の瞳と剣の切っ先の如き耳輪を持っていた――


 書物に書かれていたその文章をアイクは戦いながら思い出していた。

 その文と合致する容姿から、彼は盗賊達が魔の世界に生きる者――すなわち、魔族と呼ばれる者達なのではないかという、彼にとっては信じ難い仮説に辿り着いていたのだ。

 そして、その仮説はクライスの言葉によって正しい事が証明された。

 とはいえ、魔族の存在もまたつい最近まで神話という作り話の中の存在だと思っていたために、まだ信じ切れない自分もアイクの中にはいた。


「クライス、力を貸してくれないか。正直、彼女の強さは俺一人の力では手に余る」


 ひとまず信じる、信じないは別にして、まずは彼女を倒さねばというところに考えを戻したアイクはクライスにそう呼びかける。

 正直に、デボラは強かった。

 このまま自分一人で戦い続けたところで、勝機は見出せそうにもなかった。


「良いだろう」


 そう答えるクライスの声が頭に響くと、アイクの紋章がグローブの中で青い光を放つ。


「いつまでそこに隠れてるつもりだい!?」


 苛立ったデボラの声と共に、炎を纏った鞭の一撃が氷の結界に叩き込まれた。

 先程から彼女の攻撃を受け続けて脆くなっていた結界が、硝子の割れるような音を立てて崩れていく。

 その刹那、崩壊した氷の結界の中から、一撃の氷の刃が放たれた。

 氷刃はデボラに向かっていくが、彼女は不敵な笑みを浮かべて魔力を込めた長鞭を振るい、それを真っ二つに砕いてしまう。

 先程まで使用していた氷魔法と大して変わらないじゃないか、と彼女は鼻で笑った。


 しかし、割られた氷刃が地面に落ちる事はなく、それぞれがデボラへと向かっていく。

 高を括って油断していた彼女は、一瞬驚きに目を見開いた。

 そして、舌打ちをしながら炎を纏わせた長鞭を頭上で振り回し、まるで炎を纏うようにして自身の体を氷刃から守る。

 氷刃は炎を纏った鞭に当たると、今度こそ消滅してしまった。


「今のは驚いたわ」


「こちらも、形振り構っていられないからな!」


 防御の体勢を解いたデボラに向かって駆ける。

 駆けながらアイクが右手を彼女の方へ翳すと、彼女に向けて何本もの氷の矢が放たれる。


「ふん、さっきと同じじゃない」


 デボラはそう言って鞭を振るい、自身に向かって飛来する矢を叩き落としていく。

 だが、これまでと比べて氷の矢はその強度を増しており、デボラはより多くの魔力を鞭に込める必要があった。

 こちらの魔力を消耗させる魂胆か、と思った彼女が舌打ちしたその瞬間、氷の矢に乗じて距離を詰めていたアイクが剣を振るった。

 矢の方に意識の多くが向いていたデボラは僅かに反応が遅れるも、すぐさま鞭を短くして彼の剣撃を捌く。


「クライス!」


 アイクが剣を振るいながらクライスに呼び掛けた。

 その直後、彼の紋章がグローブの中で再び光を帯びると、彼の剣が見る間に魔力を纏った氷に覆われる。

 魔力を纏う氷に覆われた剣をアイクは振るった。

 氷を纏った剣による攻撃を受けた鞭は徐々に凍り付いていく。

 氷は短鞭の持つしなやかさを奪い、さらにそれを握るデボラの手の人差し指と親指を侵食し始めていた。


 デボラはその様子を忌々しく睨み付けると、自身の武器に再び炎を纏わせた。

 魔力を纏う炎の熱は、鞭と手を凍り付かせようとしていた氷を溶かしてしまう。

 鞭がそのしなやかさを取り戻したところで、彼女は炎を纏わせたまま短鞭を振るってアイクの剣撃を迎え撃つ。


 デボラの炎の魔力は、彼の剣を覆う氷の魔力を上回っていた。

 武器同士がぶつかる度に、アイクの剣に纏われた氷が炎の魔力に押し負けて溶け、押し負けた魔力は氷と共に消えていき、剣は何の強化もされていない状態へと戻っていく。

 このままではまずいと思ったアイクは、体勢を立て直そうと彼女から距離を取ろうとした。


「この程度で勝とうなんて、舐められたもんだねッ!」


 距離を取ろうとアイクが一歩下がったその時、デボラが鞭を振るった。

 刹那、鞭は長鞭へと姿を変え、炎の魔力を纏った一撃がアイクを襲う。

 アイクは咄嗟に剣を薄い氷で覆い、盾にして身を守った。

 咄嗟に生み出した氷は薄かったものの、炎から自身と剣の刀身を守ってくれた。

 しかし、魔力を纏った一撃はやはり強く、アイクの体は後方へ弾き飛ばされてしまう。


「やはり、まだ私の力と主の力の親和が足りぬな……」


 地面に叩きつけられたせいで背中を強打した痛みに顔を歪めつつ、起き上がろうとするアイクの意識に再びクライスの呟くような声が聞こえた。

 互いの力が親和するほど守護聖霊の加護は強くなるのだが、まだ二人の力はさほど馴染んではいない。

 その要因は、共にいる時間の少なさであったり、アイクがクライスの力にまだついていけていなかったりと様々ある。


 どうすれば、この、あと一歩デボラに力の及ばない状況を打破出来るかをクライスは考えた。

 だが、親和の問題は、時間や契約者自身の事であったりと、クライス自身が今すぐどうにか出来る要因が無いに等しい。

 何か、アイクの力を呼び起こす決定的な何かが必要だった。

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