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DESTINY―絆の紡ぐ物語―  作者: 花城 亜美 イラスト担当:メイ
第5章 魔の世界に生きる者
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5.勝利のきっかけ

それは、思いも寄らないもので。

 マルス達と盗賊達が互いを睨み合う中で、真っ先に動き出したのはイヴリスだった。

 挑発的な笑みを浮かべながら、自身の剣を振りかざして彼は四人に迫る。

 一番上の兄が動き出したのに合わせて、後ろにいたデボラとトイフェルも四人に向かってきた。

 敵が迫る中、ルストは槍の切っ先を敵に向けながら声を張り上げる。


「お二人共、今です!」


 ルストの合図に反応したアイクとパルはすぐさま彼の一歩前に出て、各々が溜めていた魔力を盗賊達めがけて解き放った。

 その瞬間、無数の鋭い氷の矢と凄まじい突風が盗賊達に襲いかかる。

 氷の矢を避けるために身を翻して体勢が崩れたところに突風が襲ってきて、洞窟内のこの広い空間で盗賊達は半ば強制的に三手に分かれさせられてしまう。

 盗賊達が魔法を受けている間に、マルス達はルストの指示でそれぞれ三方向に分かれた。


 風で大きく揺らいだものの、辛うじて消える事のなかった松明の炎が再びその勢いを取り戻す頃には、すっかり位置関係が変わっていた。

 入り口の方向から見て右ではアイクがデボラと、左ではパルがトイフェルと、そして中央ではマルスとルストがイヴリスと向かい合っている。


「危ねぇ危ねぇ、今のは驚いたぜ」


 おどけたような口調でイヴリスは言う。

 兄弟と分断させられた事には大した焦りなど感じていない様子だった。


「デボラ、トイフェル、そっちは任せたぞ。久しぶりに活きの良い奴らだ。楽しませてもらおうじゃねぇか」


 長兄の言葉にデボラとトイフェルは返事をする代わりに笑みを浮かべてみせる。

 その直後、イヴリスが動き出したのを合図にするかのように盗賊達は武器を構え、目の前にいる相手に襲いかかった。

 イヴリスの振り下ろした剣をルストが短槍で受け止め、デボラの鞭が繰り出す一撃をアイクは後ろに跳んで避け、トイフェルの素早い斬撃をパルが身を翻してかわす。


「はあッ!」


 ルストがイヴリスの剣を受け止めている間に、彼の背後から素早く出てきたマルスがイヴリスめがけて剣を振るう。

 イヴリスは瞬時に剣を短槍から離すと、自身めがけて振るわれたマルスの剣を受け止める。

 そのまま力任せに彼の剣を押し返し、体勢を崩した彼の胴体に蹴りを入れた。

 体勢が崩れたところに蹴りを入れられ、マルスは抵抗する間もなく地面に尻餅をついてしまう。

 ほんの数秒とはいえ無防備になってしまったマルスを守るようにルストが前に立ち、短槍を振り回してイヴリスを後退させる。

 すぐさまマルスは立ち上がって剣を構え直し、向かってくるイヴリスをルストと共に迎撃する。


 彼らの右側では、アイクがデボラと戦っていた。

 彼女の持つ長い鞭から繰り出される攻撃は軌道が読めず、アイクは苦戦を強いられている。

 鞭は放牧や馬の調教、酷いもので刑罰や拷問に使われるものだとしか認識しておらず、まさか武器として使用してくる相手がいると思っていなかった。

 意外さとは、時に人を困惑させ身動きを奪ってしまう事がある。

 初めはそのせいで上手く立ち回れずにいたアイクだが、少ししてその困惑が消え去り、どうにか動けるようにはなっていた。

 だが、今度は鞭による攻撃の軌道の読めなさに動きを制限されていた。


「あんた、なかなか良い男じゃない。綺麗な顔してりゃ、男でも女でも良い値段で売れるんだよねぇ……。あんたらを倒したら、どこに売り飛ばしてやろうかしらね」


 鞭を振るいながらデボラは形の良い赤い唇を吊り上げる。

 この盗賊達は窃盗、強盗だけでなく、時には人身売買のような事すらもしているらしい。

 その人道に反した事にすら手を染めている彼らにアイクは底知れぬ怒りを感じた。

 そして、ここで負けるわけにはいかないとより硬い決意を胸に抱く。

 負ける気など毛頭無いのだが、万に一つ負けてしまうような事になっては自分含め全員の身がどうなるか分かったものではない。


「お前達に負ける気は無い!」


 アイクは鞭が繰り出す攻撃を必死にかわしながら、デボラに向かって駆けた。

 しなる鞭が空気を切る音を立てて彼に襲いかかる。

 どうにか身を翻して避けるが、回避の出来そうにない一撃が彼に向かう。

 避けられないと分かった瞬間、咄嗟に剣を握っていない左手を盾にした。


「う……ッ!」


 空気を叩く音と共に鞭がアイクの左手の甲から手首にかけてを直撃した。

 強い衝撃が走ったかと思うと、直後に鋭い痛みが左手を襲った。

 左手が酷い痛みと共に、まるで熱した鉄棒でも当てられたかのような熱を帯びている。

 その熱を帯びた痛みに、意識とは関係無く涙が滲んでくる。


 だが、怯むわけにもいかず、アイクは左手を勢いよく振って痛みを誤魔化し距離を詰める。

 襲いかかる鞭を避け、どうにか剣の届く間合いまで迫った。

 剣を振るうもデボラはそれを軽くかわしてしまう。

 回避した直後、デボラは鞭を振るった。

 長い鞭を至近距離にいる自分に当てる事は難しいのではとアイクは思った。


 しかし、デボラが鞭を振るった瞬間、長かったはずの鞭は突如その長さを変えた。

 一瞬の事に驚きはしたものの、その瞬間を見逃さなかったアイクは咄嗟に剣を盾にする。

 剣の刃と短鞭がぶつかる音が響いた。


「あんた、なかなかやるじゃないか」


 デボラが形の良い唇を吊り上げる。

 その直後、彼女はアイクの剣から鞭を離すとそれに魔力を込めて再び振るった。

 アイクは剣で防ごうとするが、鞭は先程短くなったように今度は長くなり、彼の胴体を直撃した。

 魔力の込められたその一撃は重く、胴体を刺すような痛みが襲ったかと思った瞬間に体が後方に弾き飛ばされる。


「う、っ……」


 アイクは苦しげな声を漏らしながら、腹を押さえて立ち上がる。

 剣を構え直してデボラと彼女の武器を注意深く見つめる。

 彼女の鞭は彼女の魔力に反応してその長さを変え、攻撃範囲を変えられる物だ。

 どう攻めていくべきかとアイクは考える。

 デボラは不敵な笑みを浮かべながら、彼がどう出てくるかを窺っていた。


 そして、アイクから一番離れた場所――中央から見て右側では、パルとトイフェルが戦っていた。

 両者共に素早い動きを得意としており、パルの蹴りとトイフェルの短剣による攻撃が何度も交差し、ぶつかる。

 どうにか敵の素早さについていっているパルだが、攻撃を見切って避けるのに手一杯で、なかなか上手く反撃が出来ない。

 彼女の体力が削られる一方で、底を突くのも時間の問題だろう。

 体力が尽きた瞬間、それはすなわち敗北の瞬間だ。


 負けるわけにはいかないと自分に言い聞かせて、パルは素早く息を吸い込む。

 その瞬間、トイフェルの短剣が頭付近を目掛けて突き出された。

 咄嗟にパルはその刺突を回避するも完全には回避出来ず、左の頬にうっすらと赤い線が引かれる。

 僅かな痛みが襲ってくる中で、パルは至近距離にいた彼の胴体に両手で触れると、息を吸い込んだ瞬間に溜めていた魔力を解き放った。

 刹那、突風がトイフェルを勢いよく吹き飛ばした。


 吹き飛ばされたトイフェルは後方の岩壁に叩きつけられる。

 呻き声と悲鳴の混じった声が聞こえた。

 恐らくこの程度で倒れる相手ではないのだろうと思い警戒しつつも、パルはこの僅かな休息で呼吸を整える。


「っ、痛って~」


 岩壁に背中を強打した痛みに顔を歪めながら大袈裟な声を上げて、トイフェルが立ち上がる。

 岩壁に叩きつけられたというのに大袈裟な声を出せるという事は、恐らく彼にとってはそれほど大した衝撃ではなかったのだろう。

 思いの外平気そうな様子だったため、パルは彼が普通の人よりも体が頑丈なのだろうかと思った。


「おいおい、トイフェル。しっかりしろよ」


 二人の近くでマルスとルストを相手にしているイヴリスが、弟の様子を見かねて声をかけた。

 自分達から僅かとはいえ目を逸らすという、こちらを舐めていると言わんばかりの余裕を見せるイヴリスに立腹したマルスが斬りかかる。


「トイフェル、あんまりお嬢ちゃんを傷物にするんじゃないよ。綺麗な方が女は金になるんだから。あと、なるべく生け捕りにしな」


「気を付けるけど、オイラ手加減苦手だし……。ちょっと傷付いても許してよ、ねーちゃん」


 離れた場所から飛んでくるデボラからの注意にトイフェルは頭を掻きながら答える。

 この盗賊達の思う通りにさせてなるものか、とパルは強く思い拳を握りしめる。


「ってわけだから、あんまり暴れんなよっ!」


 トイフェルはくるりと短剣を回し投げて落ちてきたそれを器用に掴むと、素早く構え直してパルに向かって駆けてきた。

 パルはすぐさま集めた魔力でいくつも火球を作り出し、間合いを詰めようとする彼めがけてそれらを放った。

 それぞれ不規則な動きで飛んでくる火球をトイフェルは短剣で防いだり、身を翻して回避する。

 火球の一つ一つは強力な物ではないのだが、彼の動きを錯乱させるには十分だ。

 体力が幾らか回復したパルは、彼を錯乱させる火球の動きに乗じて間合いを詰めていく。


 蹴りの届く範囲まで距離を詰めたパルは、トイフェルが火球を避けるために僅かに体勢を崩したその瞬間を見逃さなかった。

 軸の崩れた胴体を狙い、右足で思いきり回し蹴りを放つ。

 当たった感触が、確かにした。


「……危ねぇー」


 不意を突いたはずだった。

 確かに当たった感触がしたはずだ。

 しかし、聞こえてきたのは悲鳴でも呻き声でもなく、どこか飄々とした声だった。

 そして、パルの足はトイフェルに当たってはいるものの、彼の左手に受け止められた形になっており、彼の胴体に大した一撃を与えられていなかった。


「オイラ、魔法にはあんまり強くないから避けるのに必死になってたけど、獲物から目を逸らすのは良くなかったなぁ」


 トイフェルは自省するような呟きをこぼす。

 その間もパルの足は掴まれたままであったが、いつの間にか腕で抱え込むように掴まれ、その上短剣を突きつけられており、下手に動く事が出来ない。


「うーん、ねーちゃんにあんま怒られたくねーけど、生け捕りにすんならオイラこれしか出来ねーからなぁ。悪く思うなよ……っ!」


 そう言った直後、トイフェルは拳でパルの鳩尾を狙った。

 避ける事も出来ないパルは咄嗟に両腕で防御する。

 だが、彼の力は相当強く、体は後方へ弾き飛ばされ、防御のために構えた両腕が蹴りによって体を強く圧迫したために呼吸が一瞬出来なくなった。


「う、ぅ……っ……」


 パルは苦しげな呻き声を漏らして、後方の地面に倒れ込む。

 背中にも地面に叩きつけられた痛みが走り、全身の痛みと軽い呼吸困難で意識が遠退きそうになる。


「パルさん!」


 遠退こうとしている意識の中で、どこからかルストの声が聞こえた。

 その瞬間、パルの体が淡い暖かな青色の光に包まれる。

 音も無く光が消えた頃には、彼女の体を襲う痛みと疲労感が消え去っていた。

 誰よりも早く彼女の危機を察知したルストが治癒魔法を彼女にかけたのだ。


「ありがとう……ルストさん……」


「礼には及びません。ご武運を!」


 パルが感謝の言葉を投げかけると、ルストはイヴリスと武器を交えながらもそう返してきた。

 彼の言葉に頷くと、パルはトイフェルを見据える。


 トイフェルの素早さは脅威だ。

 今の自分では不意を突かない限り大した攻撃にはならないだろう、とパルは思う。

 何か、何か彼の隙を作る方法は無いものかと頭を悩ませる。

 隙を作った後の攻撃については、彼を行動不能にする一つの方法を思い付いていた。

 だから、どうにかして隙を作りたかった。


「ちぇっ、振り出しに戻っちゃったじゃん。まあ、もう一回やれば良い話だけどっ!」


 舌打ちをしてそう呟くと、トイフェルは今度こそパルを戦闘不能にしようと再び武器を構えて駆けてくる。

 この直後に起きた事を、パルはしばらく忘れないだろう。

 自分の今日の運の良さと、いつもなら頭を悩ませるおっちょこちょいな幼馴染みの油断から生まれる動きを。


 こちらに向かって駆けて来るトイフェルに、それはぶつかった。

 それは、パルを心配するあまり集中が切れ、油断したところをイヴリスの攻撃に襲われて体勢を崩し、よろけたマルスの体だ。

 偶然にもよろけて後ずさったマルスが、駆けて来るトイフェルにぶつかったのだ。


「うわ……っ!?」


 トイフェルも予想していない出来事だった。

 驚きの声を上げると、彼も体をよろけさせてその場に止まる。

 何にぶつかったのかと視線がパルからマルスの方へ向けられる。

 体勢は崩れ、視線が完全に自分から逸れ、見て分かるほどの大きな隙が出来た。


「風よ……!」


 今しかない、そう思ったパルはこの機会を逃すまいと両手を自身の後方に向け、瞬時に溜めた魔力を解き放った。

 彼女の両手からは突風が放たれ、後方の地面にぶつかると共に彼女の体を前方へ押し出した。

 風魔法を放ってから間髪入れずにパルはまた新たに魔力を両手に集める。

 風の起こした勢いで、彼女は一瞬のうちにトイフェルの目の前まで移動した。


「……っ!」


 突如パルが目の前に現れ、すっかり油断していたトイフェルは驚きの表情を浮かべた。

 彼が迎撃するために武器を振り回そうとする。

 だが、それよりも早くパルの左足が彼の右手を直撃し、握られていた武器を蹴り飛ばした。

 その直後、パルは両手で彼の目の辺りを覆うように触れる。


「お願い……」


 祈るようにパルが呟くと、彼女の両手に集まった魔力が解き放たれる。

 魔力はどことなく妖しげな薄紫色の光となってトイフェルの頭を包んだ。

 彼はパルを自分から離そうと彼女の腕を掴んで必死に抵抗するも、彼女も自身の怪力をここぞとばかりに活かして離れないようにする。


「離せ……っ……何すん……だ……」


 暴れていたトイフェルだが、次第に抵抗する力も弱くなり、言葉も力無く途切れていく。

 数秒が経過した頃には、パルの両腕を掴んでいた手が力無くだらりと垂れた。

 それきり彼は動く気配が無い。


「……おやすみ……」


 パルはそう呟いて両手を彼の顔から離す。

 覆われていた目は瞼を閉じており、気が抜けるほどに安らかな顔をしていた。

 耳を澄ませば、かすかな寝息も聞こえてくる。

 パルはトイフェルに催眠魔法をかけたのだった。

 完全に意識を失い、眠りに落ちたトイフェルの体をパルはその場に横たえる。


 催眠魔法は、一か八かの賭けだった。

 状態異常を引き起こす魔法は、相手の魔法に対する耐性や精神状態など様々な要因に左右されるため、効くか効かないかは使ってみなければ分からない。

 そんな一か八かの魔法にパルが賭けたのは、トイフェルの発言とマルスが作り出してくれた隙があったからだ。


 パルが錯乱のために炎魔法を使用した直後、トイフェルは「魔法にはあんまり強くないから避けるのに必死になってたけど」と言っていた。

「魔法にはあんまり強くない」とは、つまり、魔法への耐性が低いという事ではないかとパルは踏んだ。

 それに加え、マルスがぶつかった事で彼に大きな油断が生じた。

 油断している時ほど、状態異常を引き起こす魔法はその効力を増すものなのだ。

 条件が整っていたからこそ、パルは催眠魔法に勝負を賭けたのだった。


 どうにか盗賊の一人を戦闘不能にする事ができ、パルは安堵の溜め息をつく。

 胸中で、自身の今日の運の良さとマルスのおっちょこちょいさに感謝した。

 それから、いつトイフェルが目を覚ましても大丈夫なようにと、予めルストから全員に手渡されていた縄で彼の体を縛る。


「……不思議な形……」


 トイフェルを縄で縛っている途中ふと彼の耳が目に入り、パルはそう呟きをこぼした。

 耳輪の尖った、特徴的な形の耳だった。

 地上界の種族は、一部の種族を除いて、皆丸い耳輪をしているはずだ。


 それならば彼は例外の種族なのだろうか、とパルは思うが、そうでない種族はかなり目立つ身体的特徴を持っているはずだ。

 彼にそれらしいものは無い。

 一体彼は何の種族の者なのだろうか、とパルは小さな疑問を抱きながら縄の端と端を結び合わせた。


 盗賊は、あと二人。

 ブローチはまだ敵の手の中だ。

 刃がぶつかる音と鞭の空気を叩く音が辺りに響いていた。

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