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DESTINY―絆の紡ぐ物語―  作者: 花城 亜美 イラスト担当:メイ
第5章 魔の世界に生きる者
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4.いざ、盗賊の巣窟へ

大切なブローチを奪還せよ。

 薄暗い洞窟の奥、壁に取り付けられた松明の灯りがぼんやりと不気味にその場を照らし出している。

 松明の灯りに照らされた仄明るいその場所には、三つの黒い影があった。


「あー……んだよ、これ全っ然大したお宝じゃないじゃねぇか。この世で一番価値があるとか何とか言ってたのによぉ……」


 至極期待外れだと言わんばかりの溜め息と共にそう呟いたのは、灰色の短い髪と縦長の虹彩を持つ赤い瞳をした青年だ。

 その手には柔らかな緑色の宝石がはめ込まれたブローチが握られていた。

 彼こそ、ブリックの街でエレノアからブローチを奪い取った盗賊である。


「すぐそういった言葉に食い付くからでしょ。ほんっとどうしようもない馬鹿なんだから」


 短髪の青年に冷たく言い放ったのは、同じく灰色の髪と赤い瞳を持つ女だ。

 長い髪を高い所で一つにまとめており、短髪の青年に比べて鋭い目付きをしている。


「お宝に関する情報はどんな小さいものでも聞き逃さないとこは、さすが兄貴ですね! オイラ、尊敬します!」


 彼女とは反対に、短髪の青年を励ますような賞賛するような言葉を言ったのは、これまた同じく灰色の髪と赤い瞳の少年だ。

 短髪の青年よりも幾らか長く、所々はねた癖のある髪をしている。

 彼は青年を兄貴と呼び、非常に慕っているようだ。


「こんなん持っててもどうしようもねぇし、後で適当に処分してくるか」


 短髪の青年はブローチに周囲の松明の光を当てながら、溜め息混じりに呟く。

 彼の手の中で松明の炎の光を反射して、緑の宝石は不安げに揺らめいていた。





 *   *   *





 太陽が随分と高い所から地上を見下ろす頃、マルス達とルストは盗賊達が潜んでいると噂の洞窟までやって来ていた。

 洞窟の入り口脇――ちょうど中からは死角になるであろう場所に身を潜め、四人は警戒しながら洞窟の中を覗き込む。

 その時、ルストは何かを感じて鼻で大きく息を吸い込んだ。


「ふむ……かすかですが、松明の独特な香りがしますね。何者かがいるのは間違いないでしょう」


 彼が感じ取っていたのは、洞窟の奥から漂ってくるかすかな松明の独特な匂いだった。

 マルス達も彼を真似て鼻で息を大きく吸い込んでみると、煙と松ヤニの独特な匂いが感じ取れた。

 薄いながらもやや刺激のある匂いに、マルスは僅かに顔を顰める。


 洞窟の中で松明が使用されているという事は、何者かがここにいるという事だ。

 それが件の盗賊なのかどうかは確かではないが、可能性は高い。


「では、気を付けて参りましょう。敵の強さも、どう襲ってくるかも分かりませんからね」


 ルストはそう言って短槍を肩に担ぎ直す。

 自身の言葉に三人が頷いたのを確かめてから、ルストは先頭になって洞窟内へと足を踏み入れて行く。

 彼が中に入って行くのを見て、三人は互いの顔を見合わせて「自分達も行こう」と言うように頷き合い、彼の後に続く。


 薄暗い洞窟の中をパルの魔法の光を頼りにしながら、四人は慎重に進んで行く。

 敵に勘づかれる危険をなるべく避けるため、いつもの洞窟探索よりも明るさは抑えられていた。

 奥へ進むほどに漂ってくる煙と松ヤニの匂いは濃くなって、四人の鼻腔を刺激する。


 洞窟はさほど複雑な造りではなく、いくつか分かれ道を間違える事はあれど、特に迷う事無く四人は進む事が出来ていた。

 しばらく進んで行き、一行は何度目かの曲がり道に差し掛かかる。

 先頭を歩くルストが、ここまでの道中もずっとしているように、立ち止まって曲がり角から先の道の安全を確かめる。


 ここに来るまでこれといった危険も無かったため、マルスはすぐにルストから「先へ進もう」という合図が出ると思っていた。

 だが、ルストは曲がり角の先を見つめたまま、マルス達に「ここで一旦止まれ」という意味を込めて左の手のひらを向けてきた。

 そして、身を潜めるようにその場に片膝をつく。

 三人もひとまず彼の真似をして、その場に片膝をついて彼の背を見つめた。


「パルさん、灯りを消して下さい」


 曲がり角の先を見つめたまま、ルストは押し殺した声でパルにそう言ってきた。

 パルが彼に言われた通りに魔法を解除して灯りを消すと、不意に目の前が真っ暗になる。

 だが、それもほんの一瞬の事で、曲がり角の先から僅かに漏れてくる橙色の揺らめく光がぼんやりと辺りを照らし、一番後ろにいるパルからもルストの姿が見えた。


「恐らく、この先に件の盗賊達がいます」


 灯りが消えたのを確認してから、ルストは再び曲がり角の先を警戒しながらそう告げた。

 彼の視界には、揺らめく橙色の光――松明に灯された炎の光と共に、三つの人影が映っていたのだ。


「どう攻めますか?」


「奇襲をかけるにも、この限られた空間では難しいものがあります。素直に正面から行きましょう」


 どうやって攻めるのか考えているであろうルストに、アイクは考えを問うた。

 彼から返ってきたのは、小細工無しに正面から攻めようという作戦だ。

 洞窟内がさほど広くない事に加え、ルストが視認した限りでは曲がり角を出てしまうと身を隠せるような場所が無いため、敵の不意を突いて奇襲を仕掛けるのは不可能に近かった。


 ルストは正面から攻める考えを伝えてから、魔法の使えるアイクとパルに、自分が合図を出したらすぐに何でもいいから攻撃魔法を使うよう指示をした。

 敵を分断させるためだ。


「行きますよ」


 自身の指示に二人が頷いたのを見てからルストは立ち上がり、短槍をしっかりと握りながら身を潜めていた曲がり角を出た。

 マルス達も彼に続いて行く。

 曲がり角を出ると、先程彼が見ていた炎の灯りと三つの人影がマルス達の視界にも映った。


 やや湾曲した道を十五歩ほど歩いて行くと、洞窟内のどこよりも広く開けた空間が現れる。

 そして、そこには三つの人影の持ち主達がいた。


「なんだぁ? 執事のジジイとガキ共がこんなとこに迷い込んだか?」


 真っ先にそう声を上げたのは、一番奥で岩の上に腰掛けている灰色の短髪の男だ。

 彼はいかにも四人を馬鹿にしている口調で言いながらケラケラと笑う。

 その傍らの岩に腰掛けていた、同じ色の髪と瞳をした少年が小馬鹿にしたような笑みを浮かべ、女が鋭い眼光で四人を睨んでいた。


「貴方達が、噂の盗賊ですか?」


 彼らの嘲笑にも睨みにも怯む事無く、ルストは冷静な声で問いかける。

 マルス達はルストの後ろに控えつつも、目の前にいる三人から視線を逸らさずに警戒を続けていた。

 アイクとパルは時折ルストにも視線を向け、魔法を放つ合図が出るのを待っている。


「あーいかにもいかにも。オレ達が街で噂の盗賊三兄弟だ」


 短髪の男から返ってきた答えで、彼ら三兄弟が件の盗賊達だという事が確かな事実になる。

 そして、もう一つ確かめなければならない重要な事をルストは問いかけた。


「昨日の夕刻ブローチを強奪されたと、ある女性から聞きました。その強奪した人物が、灰色の髪と赤い瞳の男だったとも。……貴方達の中の誰か、という事で間違い無いでしょうか?」


「ああ、この安っぽそうなブローチか! すげぇお宝だって聞いたから奪ったのによぉ……全然大した宝じゃなくてがっかりしてたんだ」


 ルストの言葉で、男は懐から緑色の宝石がはめ込まれたブローチを取り出した。

 それは紛れもなくエレノアの宝であるブローチだ。

 早くも犯人を見つけられた事に四人は小さく胸中で喜びはしたものの、ブローチを盗んだどころか貶めるような男の物言いには酷く腹が立った。

 高価な物ではなかったとしても、大切な一人息子の思い出が込められたそれは、エレノアにとってこの世の何よりも価値ある宝なのだ。


 マルスは何か言い返してやりたくなった。

 だが、口を開くよりも早くマルスがそう思ったのを察したアイクが自身の肘で彼を小突く。

 どうしたのかと言いたげな表情を向けてくる彼に、アイクは声を出さずに唇を動かして「やめておけ」と伝えた。

 マルスは一瞬怪訝そうな顔をするも、少し冷静になったらしく、前のめりになっていた体を元に戻す。


「そうであればそのブローチ、返していただけないでしょうか? 貴方にとっては大した物ではなかったとしても、持ち主の方にとっては大切な物なのです」


 ルストはあくまでも丁寧に、なるべく戦闘を避けるような言い方で交渉をする。


「オレ達に返してくれなんて言ってきたのは、お前らが初めてだ。みーんなオレ達を怖がっていやがるからなぁ。良い度胸してるじゃねぇか」


 男は二ヤニヤと笑いながらこちらに近づいてくる。


「でも、返せって言われると返したくなくなるのが盗賊ってモンなんだよなぁ」


 ルストのすぐ前まで来ると、男は彼の顔の前でブローチを摘まんで見せびらかすように揺らした。

 明らかな挑発行為だ。

 だが、ルストがその挑発に動じる事はなく、目の前の男から視線を逸らさない。


 その一方でルストの後ろに控えているマルスは男の顔を、否、その瞳を瞬きも忘れて凝視していた。

 無論、彼のそんな様子には誰も気がつかない。


(あの目……あの時の奴と、同じ目だ……)


 マルスは胸中でそう呟く。

 まるで蛇の瞳のような縦長の虹彩を持ち、血のような赤色をした瞳。

 特徴的で、どこかおぞましさを感じるその瞳にマルスは見覚えがあった。


 忘れもしない、自身が十歳になったばかりの頃、グラドフォス近郊の森で兄を連れ去っていった地上界の者ならざる雰囲気を持った男の瞳。

 その男の瞳も、目の前にいる盗賊の男と同じだった。

 そして、盗賊の男と兄弟である女と少年も同じ瞳をしている。


 兄を連れ去った男とは異なる風貌をしているものの、その瞳があまりに似ているため、マルスはこの盗賊達が兄を連れ去った男と関係しているのではないかと思った。

 行方の分からぬ兄に一歩近づけたような気がして、マルスの心は高揚していた。

 ブローチの奪還と、彼らから兄に繋がる情報を聞き出す事。

 マルスの心により強い決意が宿った。


「最近あんま骨のある奴と戦えてなくて、退屈してたとこなんだ。どうだ? お前らがオレ達に勝ったらこいつを返すってのは」


「なるべく戦闘は避けたかったのですが……致し方ありません。良いでしょう」

 

 話し合ってブローチを返してもらうという事が不可能だと見込んだルストは、ゆっくりと頷いて男の出してきた条件を飲んだ。

 男は彼がそう返事をしたのを聞いて満足そうに笑みを浮かべると、先程まで自身がいた場所に戻る。


「イヴリス、あんな弱そうな人間共、相手にする価値も無いんじゃないの」


「まあそう言うなって、デボラ。どうせお前も退屈してただろ? ちょうど良い玩具じゃねぇか」


 男――イヴリスは岩に腰掛けて、長く引き締まった足を組んだまま声を掛けてきた女――デボラにそう言った。

 デボラは彼の言葉に小さく溜め息をつくと、組んでいた足を解いてその場に立ち上がる。

 そして、彼女が右手を胸の辺りまで上げると、長い鞭がどこからともなく現れて彼女の手に収まった。


「さっすが兄貴! 良い事考えますね!」


「だろぉ? 分かってるじゃねぇか、トイフェル」


 イヴリスの言葉に笑顔を浮かべて自身の武器であろう短剣を右手に握るのは、一番幼げな容姿のトイフェルと呼ばれた少年だ。

 兄のイヴリスを尊敬しているのか、彼を見るトイフェルの瞳は煌めいていた。

 兄の方も弟からの尊敬の眼差しを嬉しく思っているらしく、誇らしげに胸を張って鼻を鳴らす。


「さあ、殺し合いを始めようぜ」


 どこか狂気を感じさせるような笑みをマルス達に向けるイヴリスの右手には、先程のデボラ同様にどこからともなく現れた剣が握られていた。

 武器を手に盗賊達の瞳は獲物を捉えた獣のように鋭くなる。


 ルストが静かに短槍を構えるのに合わせ、マルス達も各々の戦闘態勢を取った。

 アイクとパルは「お二人共、準備を」と言うルストの声で、敵に勘づかれないように注意しながら魔力を集中させ始める。

 張り詰めた空気に揺らめく松明の光を反射して、それぞれの瞳が鋭く光っていた。

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