3.共に行きましょう
人生色々あるものですから。
ブローチを取り戻す依頼を受けてから、三人は女性と共にブローチを盗まれたという場所に向かっていた。
その道中、女性と三人は自己紹介をしてようやく互いの名を知った。
女性の名はエレノア・ラコルトといい、このブリックの街に住む貴族だった。
エレノアに連れられてやって来た、ブローチを盗まれた場所は昨日三人と彼女が出会った場所からそう離れていない、人通りの少ない通りだ。
薄暗い路地が道の脇にいくつかあり、隠れて待ち伏せするには絶好の場所と言っても過言ではない。
「そこの路地から出てきた男に、ブローチを奪われてしまったの……」
エレノアは路地の一つを見つめて言う。
その路地の入り口は商店街の方から歩いてくるとちょうど死角となっており、路地に誰かがいても気づけないだろう。
「盗んだ男って、どんな人だったんですか? 特徴とか……」
「そうね……髪は灰色で……目は赤っぽい色だった気がするわ。驚いてしまって、しっかりと姿を確認出来なかったのだけれど……」
軽く顎に指を添えて考える素振りを見せながら、エレノアは記憶にある限りの盗人の特徴を挙げていく。
とはいえ、当時の彼女は驚きと恐怖で冷静ではなかったため、その盗人の詳細な身体的特徴などはあまり覚えていないようだ。
現時点でひとまず分かった「灰色の髪と赤い瞳の男」という情報を三人は忘れないよう覚える。
その時、考え込むようにやや俯きながら話を聞いていたパルが、何かを思い出したようにふと顔を上げて口を開いた。
「その盗んだ人……街の入り口の掲示板に書いてあった盗賊の、一人かな……?」
彼女の言葉でマルスとアイクは「確かに」と言わんばかりの顔をして互いを見た。
このブリックの街の入り口に大きめの掲示板があり、そこにはでかでかと「盗賊注意!」と書かれていた。
そして、そこに記載されていた盗賊の情報は「灰色の髪に赤い瞳の三人組」だった。
髪と瞳の色が一致するというだけではその三人の誰かが犯人だと断定はしきれないものの、可能性は非常に高い。
「ああ、きっとそうだわ。ここ数年、街を騒がせている盗賊に違いないわ」
パルの発言にエレノアは何度か頷いてそう言う。
三人組の盗賊の噂は、この街に住む彼女も勿論知っていた。
だが、まさか自分が盗賊の被害者になるとは、実際に被害に遭うまで思いもしなかった。
加えて当時気が動転していた事もあり、すぐにその盗人が噂になっている盗賊の一人だとは気づけなかったようだ。
「じゃあ、とりあえずその三人組の盗賊の情報を集めてみよっか」
まだ確定とは言えないものの、エレノアのブローチを盗んだ犯人が噂の盗賊の一人だと踏んだマルスは、盗賊の情報を集めようと持ち掛ける。
彼の言葉にアイクとパルが頷いた時、ふと商店街とは反対の方からこちらに駆けてくる慌ただしげな足音が聞こえてきた。
「奥様ぁぁ! 探しましたぞ!」
そう叫びながらこちらに向かって走って来るのは、執事服に身を包んだ背の高い初老の男だ。
エレノアよりはいくつか年齢は上だろう。
加齢によるものではない彼の白髪はきちんと整えられていたであろうに、走ってきたせいで乱れている。
エレノアのすぐそばまで駆け寄ってくると、彼は肩を上下させて荒い呼吸を繰り返しながらひどく安堵したような表情を浮かべた。
「ご無事で、何よりです……! このルスト、どれほど心配した事か……!」
「ごめんなさい、ルスト。大切なブローチだから、居ても立ってもいられなくて……」
ルストと言った初老の男は自身の胸に右手を当て、眉尻を下げて僅かに眉間に皺を寄せながらエレノアに言う。
彼の黒い瞳は心なしか潤んで見え、その様子から、どれほど彼がエレノアを心配していたのかは三人にも見て取れた。
「あのブローチが、奥様にとってどれほど大切な物なのかは存じております。ですが、私にとっては、奥様はかけがえのない存在なのです。どうか、ご自分の事も大切になさって下さいませ。それに、奥様の身に何かあったら、旦那様もひどく悲しまれます……」
「本当にごめんなさい……でも、もう大丈夫よ。この子達が、ブローチを取り返すと言ってくれたの」
「ああ、本当にありがとうございます! 奥様のために……」
エレノアが三人を紹介すると、ルストは頭と膝がくっつくのではないかと思わせるほどに深々と三人に頭を下げてきた。
そのお辞儀の深さに一瞬三人は驚くも、すぐさま彼の頭を上げさせる。
「彼は我が家の執事のルストよ」
「ラコルト家にお仕えしております。ルストと申します」
ルストのお辞儀の深さにエレノアは思わず小さく笑いをこぼしつつも、頭を上げた彼を三人に紹介した。
名乗りながらルストは右手を左胸に当ててお辞儀をする。
今度は先程の大袈裟なお辞儀ではなく、軽く頭を傾ける程度の品のあるものだった。
三人もルストに名乗ったところで、これまでの事を彼に伝える。
ブローチを盗まれ、エレノアが街中を探し回っていた事は彼も知っており、今の今までずっと彼女を探していたらしい。
彼女からブローチを盗んだ犯人が街で噂になっている盗賊の一人なのではないかという話を伝えると、ルストは顎に拳を添えながら自分の知っている情報を記憶から引っ張り出して三人に話してくれた。
「正確な情報ではないかもしれませんが……盗賊達は近くの森にある洞窟を根城にしているとか。そして何より、強いのです。街の警備隊の者でも苦戦を強いられ、未だ捕らえる事が出来ずにいるほどで……」
ルストは己が知っている盗賊の情報を挙げていく。
それを聞いている内に、三人は少しだけ後悔した。
自分達がこれから相手にするであろう盗賊の強さを知ったからだ。
勿論、見くびっていたというわけではない。
敵は他人の大切な物を平気で奪うような連中で、形振り構わず狡猾な手段でもって抵抗してくる可能性は高く、侮れない相手だ。
とはいえ、もし戦う事になっても、幾らか戦闘を経験した自分達ならどうにか戦える相手だろうと思っていた。
だが、ルストの話を聞いて、それは甘い考えだったのだと三人は思う。
よくよく考えてみれば、今の三人の力で倒せるような相手だったなら、とうの昔に警備隊が捕らえているだろう。
それが出来ていないという事は、盗賊が相当な実力を持つ者達だという証拠だった。
しかし、エレノアに「オレ達が絶対にブローチを取り返します!」とはっきり宣言してしまった以上、後に退く事は出来ない。
彼女の期待を裏切る事は出来ないのだ。
「そんなに強そうな相手なのね……。貴方達に任せるのは、やっぱり良くないかしら……」
「で、でも、それじゃ……」
ルストの話を聞いて、エレノアはやはり三人を行かせるのは間違いなのではないかと思った。
だが、三人が行かねば彼女の大切な家族の思い出が込められたブローチはどうなるのか。
もしかしたら、永遠に彼女の手元には戻って来ないかもしれない。
それを考えると、三人には素直に彼女の心配を受け止めて頷く事は出来なかった。
三人も、エレノアも、どうするのが良いのかと考え込んでしまい沈黙が流れる。
沈黙する四人の様子を傍らで見ていたルストは、遠慮がちに口を開いた。
「私も、出来る事ならば奥様のブローチを取り返したいです。けれど、まだ若い君達の心配をなさる奥様の気持ちもよく分かります」
ルストはまず双方の思いを頷きと共に受け止める。
「そこで、どうでしょう。この私が同行するというのは」
「えっ、ルストさんが!?」
ルストが口にしたのは、思いも寄らぬ提案だった。
正直、彼に戦う力があるのか疑問に思ってしまったマルスは、反射的に聞き返してしまう。
「こう見えても、奥様に拾っていただくまでは用心棒として生計を立てておりましてね。多少とはいえお力になれるかと」
柔和な微笑みを浮かべながら、ルストはそう言った。
物腰柔らかで丁寧な彼からは、かつては用心棒だったなどとは想像すらつかない。
とはいえ、彼が嘘をつくような人物ではない事はこの短時間でも理解しているため、三人は意外には思っても疑う事はなかった。
「ルストさんが一緒なら、心強いです。凄く強そうですし」
マルスが思った事をそのまま口にすると、ルストはどこか照れくさそうにはにかんだ微笑みをこぼす。
「ルストも一緒なら、私も安心だわ」
彼の強さはそれなりに把握しているのに加え、彼ならば危険な時の引き際を見極めて動いてくれるだろうと思ったエレノアは信頼の眼差しを彼に向けた。
ルストはその信頼を受け止めて、左胸に右手を当てて丁寧に頭を下げるのだった。
* * *
それから三人は、一度泊まっていた宿屋に戻って荷物を回収してから、エレノアの自宅であるラコルト家の屋敷を訪れた。
彼女の屋敷に不要な荷物を預け、彼女に見送られながら三人はルストと共に街外れに広がる森へと向かって行った。
ルストを先頭に一行は森の中を進んで行く。
彼は自身の武器であろう短槍を右手に持ち、肩で軽く担ぐようにしながら先頭を歩いていた。
普段は三人並んで歩くか、突き進んでいくマルスを先頭にして歩く事がほとんどの三人にとっては、先頭にマルスではない他の者が立って歩いているのに慣れず、何となく奇妙な気分だった。
とはいえ、ルストがまだ子どもである三人を気遣って先頭を歩いているのだという事を三人は察しているため、その事には特に触れなかった。
「ルストさんって、その格好のまま戦うんですか?」
木々の隙間から降り注ぐ日差しの眩しさを手で遮りながら、マルスはふと疑問に思った事をそのまま口にしてみる。
彼の言う通り、ルストは出会った時と変わらず上品な執事服をきっちりと身に纏っていた。
「ええ、まあ。長らくこの格好で仕事をしていると、この格好が一番しっくりきますし、動きやすいですからね。それに、用心棒をしていた頃はいついかなる状態でも、依頼人を守れるよう鍛錬していたものです」
執事服の襟元を正しながら、ルストはそう答えた。
常日頃から執事服を着ている彼にとっては、執事服は普段着も同然だった。
それに加えて用心棒時代の経験もあり、執事服は彼にとっての普段着でもあり戦闘服でもあるのだ。
動きにくそうに見える服装でも彼が動ける事、慣れというものの凄さに三人は揃って感心の声をこぼした。
「しかし、用心棒に執事と、色々な経験をなさってきているのですね」
その身を懸けて依頼人を守る用心棒と、主の身の回りで庶務を行う執事。
他者のために働くという意味では似た職業だが、その仕事内容はまるで違う。
違いの大きな職業を経験してきている事に、先程から感心と興味を抱いているアイクはそうルストに言う。
「人生、何があるか分かりませんからね。そうそう、皆さんくらいの年頃までは教会で育てられて、そのまま神父になるため修行していたりもしましたよ。その途中で、私の用心棒としての師匠にあたる方にお会いして……彼への憧れで私は教会を出て、彼と共に用心棒としての道を歩み出したのです」
昔を懐かしむようにルストは黒い瞳を遠くへ向けながら語った。
それから彼は、自分が執事としてラコルト家に仕えるようになるまでを語ってくれたが、彼の人生はまさに波瀾万丈そのものだった。
彼の話では、用心棒として師匠である男と様々な街や国へ行き、共に様々な依頼をこなしてきた。
だが、彼が三十代に差し掛かり、仕事もすっかり手についてきたという頃、師匠である男が依頼の途中で命を落としてしまったらしい。
共に行動していたルストは、命からがら魔物を倒したものの、彼自身も大怪我を負ってしまい、しばらくは用心棒の仕事など出来ないような状態になった。
その時の依頼人こそ、彼が今仕えているエレノアと彼女の夫であった。
夫妻は彼を保護し、自分達の屋敷で療養させた。
街一番の医者に治療を頼んだり、師匠である男を手厚く葬ったりと、出来る限りの事を夫妻は全てやってくれた。
そして、彼がまた用心棒として働けるようになるまで夫妻は彼を執事として雇い、彼の生活を保障したのだ。
「もうとっくに、用心棒として再び働ける体にはなりましたが……奥様と旦那様の優しさにたくさん触れてきた今、もうラコルト家を離れるなどという選択肢は消えてしまいました。私の残りの生涯を、ラコルト家に、奥様と旦那様に捧げる所存です」
ルストはそう語りながら、その顔に優しげな笑みを浮かべていた。
彼の話を聞いたアイクは一人胸中で、自身も人の上に立つ事があるのならば、ラコルト夫妻のように目下の者にも分け隔てなく優しさを向けられる者であろうと強く思うのだった。
「今度は、お三方のお話を聞かせて下さい。グラドフォスからここまで旅をされてきたのでしょう?」
一通り自身の身の上話をし終えたルストは、今度は三人の話を聞かせてほしいと言ってきた。
三人は快くそれを受け入れ、ここまでの旅の話をした。
雪国に足を踏み入れた時に起きた災難の話では、三人も当時を思い出して笑い、ルストも驚きの表情を浮かべたものの彼らにつられるように笑っていた。
他愛もない話をしながら、三人は森を奥へ奥へと進んで行くのだった。




