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DESTINY―絆の紡ぐ物語―  作者: 花城 亜美 イラスト担当:メイ
第5章 魔の世界に生きる者
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1.ブローチに込められた想い

拾ったのは、大切な思い出。

 エヴァと別れてから、二日ほどが経った。

 一昨日は野宿を、昨日は旅人向けに平原の途中に建てられた宿に泊まり、広大な平原を歩いてきていた。

 そして今日、ようやく広大な平原を抜ける頃にはもう太陽が沈む準備を始めていた。

 思いの外平原を抜けるのに時間がかかり、今日はこのまま野宿になるだろうかとマルスは思いながら二人と並んで歩みを進める。


「今日は野宿になる?」


 僅かな期待を込めて、マルスはアイクにそう尋ねた。

 野宿はあまり時間や宿の利用客などの他者を気にしなくて良いため、宿に泊まるよりも気が楽でマルスは嫌いではない。

 だが、翌朝必ずと言って良いほど体のどこかが痛くなるのにはなかなか慣れず、その事を思うと柔らかい布団で寝られる宿が恋しかった。


「さっき地図で確認したが、近くに街があるらしい。陽が落ちるまでには着けると思うぞ」


「じゃあ、今日もベッドで寝れるんだ!」


 アイクの返答にマルスは嬉しげな表情を浮かべた。

 何となく、アイクは旅をしている以上野宿には慣れた方が良いと思っているのだが、やはり彼も宿で柔らかいベッドに寝られる事は素直に嬉しかった。


「お夕飯、何かな……?」


 食べる事に目がないパルは宿に泊まれる事以上に、宿での食事を楽しみにしていた。

 彼女の呟きにマルスはあれこれと食べたいものを挙げ、アイクはそんな彼に栄養の偏りを指摘する。

 三人は夕食の話題に花を咲かせながら、沈み始めた太陽が照らす道を街の方へと歩くのだった。




 *   *   *





 太陽が燃えるような橙色の光で地上を照らし、空は夜の色に染まり始めた頃に三人は街に辿り着いた。

 街の入り口に立てられている大きな看板には「ブリックの街」と書かれている。

 ブリックの街は煉瓦造りの立派で、どこかぬくもりも感じさせる建物が並ぶ大きな街だ。

 大きな街なだけあって、商店街の方は住民だけでなく旅人や行商人など様々な人で賑わっている。


 足を踏み入れてすぐ、街の掲示板であろう木の板に「盗賊注意!」と書かれた大きな紙が貼ってあるのが視界に入った。

 紙も文字の大きさも存在感があり、自然と三人の足は掲示板の方へと向く。


「街の内外で盗賊による被害が発生しています。戸締まり等の警戒を徹底し、出歩く際も気を付けるように。盗賊は三人組と見られ、全員灰色の髪と赤い瞳をしているとの事。情報提供は警備隊詰所まで」


 アイクが貼り紙に書かれている文を読み上げる。


「盗賊かぁ……。オレ達も気を付けないとだね」


 アイクが読み上げた貼り紙の文を見ながら、マルスはそう呟く。

 大きく、様々な所から商人や旅人が訪れるこの街は盗賊にとって格好の盗みの場なのだろう。

 旅費や旅に必要な物を盗まれては困るため、三人は注意しながら今晩の宿屋を探して街を歩き始めた。


 ブリックの街は外部から訪れる者が多いためにあちこちで宿屋が軒を連ねており、たった一泊の宿を選ぶのにも一苦労だ。

 どの宿屋の外でも従業員が明るい声で呼び込みをしており、三人も幾度となく声を掛けられた。

 三人は財布と相談して宿屋を品定めしながら、街の中を進んで行く。

 雪国での思わぬ出費もあったため、なるべく宿代を抑えたいところだった。


「うーん、さっきの三軒並んでたとこの真ん中の宿屋か、本屋の前の宿屋が一番良さげかなぁ」


 行く先にある宿屋の看板に書かれた一泊の料金や、従業員の声掛けを聞きながらマルスは呟く。


「大体この先の宿も似たような料金だな。料金と質の良さを考えると、本屋の向かいの宿が良いと思う」


 アイクの考えにパルもこくこくと頷いて賛同を示す。

 きちんと物事を考えて答えを出す彼がそう言うのなら間違いは無いと思ったマルスも「そうしよう」と言って、来た道を戻ろうと振り返りかけた。

 だが、頭が後ろを向く寸前に、自分達の先を歩いていた女性が何かを落としたのが偶然マルスの目に入った。

 咄嗟にマルスは振り返りかけていた体を戻し、行き交う人の間を潜り抜けて女性が何かを落とした場所まで駆け寄る。

 急に彼が走り出したので、アイクとパルは慌ててその後を追った。


 マルスは先程女性が何かを落とした所まで来ると地面を見下ろす。

 運良く通行人に蹴られず、落ちた時の場所にその落とし物は転がっていた。

 すぐにマルスはそれを拾い上げる。

 彼が拾ったのは、ぬくもりを感じさせる不透明な緑色の宝石のブローチだった。

 特別高価なものには見えないが、落とした女性にとっては大切な物かもしれない。

 そう思ったマルスは、すぐさまこのブローチを落とした女性を探す。


 先程の一瞬だけ視界に映った落とし主は、茶色の落ち着いた雰囲気のドレスを着た良い身なりの女性だった。

 マルスは茶色のドレスを着た女性を探して、駆け足で先へ進んで行く。


「おいマルス、どこに行くんだ…っ……」


 追いついてきたアイクが呼びかけるが、その声は彼に届く事無く消えていく。

 またしてもどこかへ駆け出した彼をアイクとパルは駆け足で追いかけた。


 女性は身なりからしても想像がつくように、優雅なゆったりとした足取りで歩いており、見つけるのは容易かった。

 前方に先程一瞬だけ視界に捉えた茶色のドレスを着た赤茶色の髪の女性が見える。


「あのっ、すみません!」


 咄嗟にその女性の肩を掴んで、マルスは声をかけた。

 掴んだ力は強くなかったのだが、急に肩を掴まれた女性は驚きに肩を竦めて振り返る。

 そこでマルスは以前アイクに「女性にいきなり触れるものじゃない」と注意された事を思い出して、失礼な声のかけ方をしてしまったと焦った。

 だが、もう時を戻す事は出来ない。


「何かご用かしら……?」


 肩に触れたまま何も言わないマルスに、女性は不審そうな顔をして尋ねる。

 明らかに彼女に不審者だと思われている事を感じたマルスは、すぐに肩から手を離して言葉を紡いだ。


「すみません、急に……。あの、このブローチ、さっき落としませんでした?」


 マルスは一言謝ってから、女性に先程拾ったブローチを見せる。


「あら、まあ! 嫌だわ、こんなに大切な物を落としたのに気がつかなかったなんて……」


 女性はブローチの宝石に似た緑色の瞳を丸く見開いて驚いていた。

 やはりこの人がブローチの持ち主だったんだ、と安堵しながらマルスは彼女にブローチを手渡す。

 ちょうどその時、アイクとパルがようやく追いついてきた。


「全く、急に走り出したりして……」


「坊やに、私の大切な大切な宝物を拾ってもらったのよ。だから、そんなに怒らないであげて」


 何の断りも無く、自分達を置いて急に走り出した事にアイクが小言を言おうとしたが、女性が柔らかな口調でそれを咎めた。

 そう言われてしまっては彼も何も言えなくなってしまい、ばつの悪そうな顔で軽く頭を下げる。


「ごめんごめん、急に走っちゃって。この人が落とし物したのが目に入ってさ」


 女性のおかげでアイクの小言を逃れられた事に心の中で感謝しつつ、マルスは二人に謝って事情を説明した。

 それを聞いてアイクとパルはひとまず納得した様子だ。


「ちゃんと、持ち主のところに戻って、良かったね……」


 相変わらずマルスはお人好しですぐ周りが見えなくなる子だと思いながら、パルは小さく微笑んでそう言う。

 マルスは嬉しそうに頷いてみせた。


「本当に助かりました。何とお礼を言って良いか……」


 女性は微笑みながら、何度も頭を下げてきた。

 あまりに何度も感謝されるものだから、マルスは拾ったブローチが一体どれほど彼女にとって大切な物であるかが気になってくる。


「気にしないで下さい。そのブローチ、凄く大切な物なんですね」


「ええ、とても大切な物。このブローチ、中に絵を入れられる物でしてね……」


 思った事を素直に伝えてみると、女性はどこか憂いを帯びた表情になりながら三人にブローチを開いて見せた。

 中には小さな肖像画がはめ込まれており、その肖像画には幼い少年が描かれている。

 まだ歳は十にも満たないくらいだろう。

 赤茶色の髪と柔らかな緑色の瞳をしている、穏やかそうな少年だ。


「私の息子の肖像画よ。数年前に病気で亡くなってしまって……。まだ元気だった頃に描いてもらった絵なの。このブローチは私を息子に会わせてくれる大切な物。だから、本当にありがとう」


 ブローチの中にはめ込まれていた肖像画は、女性の今は亡き息子を描いたものだった。

 それだけでも、ブローチがどれだけ彼女にとって大切な物なのかは容易に想像が出来る。

 そんな大切な物を拾って、手元に戻す事が出来てマルスは心底安堵していた。


「そんなに大切な物だったんですね……。拾ってあなたのとこに戻せて良かったです」


 マルスはそう言って笑顔を見せた。


「私にとっては、この世の何よりも価値がある物よ。貴方のような優しい人に拾ってもらえて良かったわ」


 彼の笑顔につられるようにして女性も明るい笑顔を浮かべた。

 そして、もう一度「ありがとう」と彼に丁寧に感謝を伝える。


「せっかく拾ってもらったのに、お礼の一つも出来なくてごめんなさいね」


「あなたの笑顔が見れたから、オレはそれだけで十分です」


 ありがとうと伝える事しかお礼が出来ないのを女性は謝ってきたが、マルスは笑顔を浮かべたまま笑顔が見れただけで十分だと返した。

 マルスのくせにやたらとクサい台詞を言ったな、とアイクは胸中で思ったが、彼は何の気もなく純粋にそう口にしただけである。

 何の気なしにこういったクサい事を言えるのは、ある意味彼の強みでもあった。


「ふふ、ありがとう。せめて貴方と、貴方のお友達に神の祝福がある事を祈るわ」


 女性は微笑みを浮かべながら、両手を組んで簡単な祈りを捧げる。

 そして、何度目かの「ありがとう」を伝えてから、三人に優雅な動作で手を振り、商店街の人の流れに姿を消していった。


「良い事するって気持ちが良いなぁ。あの人の大切な物を拾ってあげられて、本当に良かった」


 女性を見送った後、マルスは伸びをしながらそう呟く。

 彼は幼い頃から誰かのために何かをする事、誰かの笑顔のために動く事が積極的に出来る子だ。

 たまにその思いが行き過ぎて、自己犠牲になってしまいかねない時もあるのが玉に瑕ではあったが。

 誰かのために行動して、たとえそれが感謝されなくとも、相手の笑顔が見られればそれで良いと思える気心の持ち主なのだ。


「よほど大切な物だったようだから、落とし主の手元に戻す事が出来て良かったとは思うが……次からは、せめて一声かけるようにしてくれ」


 女性の話から落としたブローチがどれほど彼女にとって大切な物なのかを感じたアイクは、マルス同様にそれを彼女の手元に戻す事が出来たのを嬉しく思っていた。

 とはいえ、断りも無くいきなりマルスが自分達のそばを離れて行ってしまった事には、幾らか怒りのようなものを感じていた。


 心配性な面のあるアイクはマルスが走り出した時、彼に何かあったのではないかなど様々な不安や焦りを抱いたのだ。

 パルもやはり彼がいきなり駆け出していなくなってしまった事に驚いていたため、心配させないでほしいと言わんばかりにアイクの言葉に何度も頷いてみせた。


「ごめんごめん。次からはなるべく一声かけるようにするよ」


 マルスは軽い口調でそう答える。

 いざとなれば一声かけている暇は無いかもしれないという意味を込めて、彼は「なるべく」という言い方をしていた。


「さーてと、早く宿屋行って休もうよ。もう今日は足が限界かも」


「そうだな。明日からも歩くわけだから、早めに休んで明日に備えよう」


 一日歩いて疲労の溜まった腿の辺りを叩きながら言うマルスの言葉に、アイクは頷いてそう返した。

 そうして三人は元来た道を戻って、今夜の宿泊場所に選んだ本屋の向かいの宿屋を目指して、夕陽が照らす人で賑わった商店街を歩いて行く。

 商店街の喧噪の中に、三人の話し声と足音が溶けていった。




 *   *   *




 ほんの少し時を遡り、マルスが女性にブローチを返した時の事。

 ブローチの事を話す彼らのそばを通りかかる者がいた。


 灰色の髪に赤い瞳を持った、目つきの悪い男だ。

 その瞳は蛇目のように縦長の虹彩を持っており、何とも気味の悪い印象を与える。

 彼の目つきの悪さも相まってどことなく恐ろしげな雰囲気が漂っており、彼のそばを通り過ぎて行く者は自然と彼を避けるようにして歩いて行く。


「――この世の何よりも価値のある物よ」


 マルスと女性のそばを通り過ぎようとした時、男の耳にふとそんな女性の言葉が聞こえた。

 男は横目に女性の手の上に乗ったブローチを一瞬だけ見ると、そのまま何気ない風を装って先へと歩いて行く。

 彼の口角は欲望に吊り上がっていた。


 そして、彼は幾らか進んで人通りの少ない所まで来ると、近くの暗く狭い路地に身を隠した。

 路地から元来た道を覗いてみれば、先程の女性がブローチを手に嬉しげな表情でこちらの方へ歩いて来ているのが見える。


「へへっ、そのお宝いただくぜ……」


 欲望の滲み出た嫌らしい笑みを浮かべて、男は女性が路地の前を通りかかるのを待った。

 路地を吹き抜けていく風に彼の髪が吹き上げられ、一瞬だけ尖った耳輪を持つ耳が露わになる。

 蛇目のような赤い瞳と尖った耳輪を持つ耳。

 それは、かつて神と戦った邪神が創り出し、邪神と共に封じられた闇に生きる者達――魔族の特有のものだった。

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