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DESTINY―絆の紡ぐ物語―  作者: 花城 亜美 イラスト担当:メイ
第4章 お前は誰だ?
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8.アイクの疑念

 エヴァの頼み事を引き受けてから、三人は少しの間彼の淹れた紅茶を飲みながら時間を過ごした。

 やはり最初に挙がったのは、聖霊クライスと三人の関係、三人が何者であるのかという話題だ。

 出会った当初から気になって仕方のなかった事にようやく触れられ、エヴァはこれまでにないほど期待と好奇に瞳を輝かせて三人の話に耳を傾ける。


「うーん、どこから話せばいいかな……」


 これまでの経緯は、普通の者にとっては何とも信じがたいことばかりで、マルスはどこから説明すべきか頭を悩ませて唸り声を漏らす。

 悩む彼にアイクは最初から話せば良いのではないかと助言した。


 どこか一つを取り上げて話すにしても、結局のところ全ての根本には一番最初のグラドフォスでの出来事があり、それを切り離して話を進めるのは難しい。

 そして何より、好奇心旺盛なエヴァならばどこまでも掘り下げようとしてくるだろう。

 下手に掻い摘まんで話したところで、最終的には最初から最後まで語らされるに違いない。


「じゃあ、一番最初から話すね。オレ達、グラドフォスにある洞窟に探検に行って――」


 マルスは時折アイクとパルの訂正や補足説明を挟まれながらも、これまでの事を順番に語っていく。

 レジェンダの洞窟での出来事、神から与えられた使命、右手の紋章、そして魔王の事。

 謎の声に導かれてネジュス地方に行き、アイクの守護聖霊クライスと出会ったところまでをマルスは語った。


 エヴァは時々理解しきれないところを聞き返してくる以外は、興味深そうに三人の話を黙って聞いていた。

 あれこれと質問が飛んでくるかと思っていた三人だったが、存外彼が口をほとんど挟まずに話を聞いてくれている事に驚いていた。


「――とまあ、こんな感じかな」


 一通り話をし終えたマルスは、喋り続けたせいで乾いた喉を潤すためにカップに残っていた紅茶を一気に飲み干す。

 彼の話を黙って聞いていたエヴァは何度か頷きながら、その内容を頭の中で整理していた。


「まさか、本で見たような御伽話が本当だったとはな……。魔界があるのも本当だったのか……」


 驚きを隠せない声でエヴァは呟く。

 幼い頃から好奇心旺盛な彼はこれまでに数多くの本を読み漁ってきており、神話の類いの話にも普通の者よりは幾らか深い知識を持っている。

 世間一般にはあまり伝わっていない、いずれ訪れる可能性のある危機から世界を守る勇者の話も、ある程度彼は知っていた。

 だからこそ、普通の者ならなかなか信じがたいような話でも受け入れる事が出来ていた。


「しかも、お前らが神に選ばれた勇者だなんてな……。あんまパッとしねぇけど、その紋章に守護聖霊、間違いじゃねぇんだろうな……」


 いつぞや神に選ばれし者の話を読んだ時、選ばれし者とはきっと屈強かつ聡明な人物なのだろうと思っていたエヴァだったが、今目の前にいる選ばれし者達はその予想とはまるで違った。

 特別強そうというわけでも、賢そうだというわけでもない。

 ましてや自分と大して年齢も離れていないであろう年端のいかない子どもだ。

 しかし、彼らの右手に刻まれた紋章と聖霊クライスの存在が、確かに彼らこそが選ばれし者達なのだという事を物語っていた。


「まあ、オレ達も直接魔王なんて見た事あるわけじゃないし、本当に魔界なんてあるのかなぁなんて、ちょっと思ってたりはしたんだけどね。でも、クライスに会ったり、魔王の手下みたいな奴と戦ったりして、何となく実感湧いてきたかな」


 そう言うマルスの言葉を聞きながら、アイクとパルは同感だと言うように頷いていた。

 現在までの経緯を振り返ってみると、三人がようやく魔界や魔王の存在を明確に意識出来たのはネジュス地方での一件からという、ごく最近の事だった。

 彼らもしばらくの間は疑念を抱いていたのだという事を知り、それが確信に変わるような出来事を体験してきたのだという話を聞いている内に、エヴァも魔界や魔王の存在にますます実感が湧いてきていた。


「そうだ、エヴァ。何でも、魔界に通じるという大穴がエストリア帝国の管理下にあると聞いたのだが……何か知らないか?」


 これまでの事についての話に一区切りがついたところで、アイクがそんな話を持ちかけてきた。

 ネジュス地方に行く前夜、彼が魔界に行く方法としてエストリア帝国が管理しているという大穴――邪神の口と呼ばれる場所について話してくれた事をマルスとパルは思い出す。

 その大穴が出現したのは今から百年ほど前の事だ。

 それほど昔からあるものならば、エストリア帝国出身のエヴァは何か知っているのではないかとアイクは考えていた。

 エヴァは「邪神の口、ねぇ……」と呟いて、何かを思い出そうとするように顎に指を添えて考える素振りを見せる。


「エストリアで管理してんのは確かだけど、国民が下手に近づかないように、余計な不安を与えないようにってかなり隠されてたみてぇだからなぁ……。悪い、俺もあんま詳しい事は知らねぇんだ」


 邪神の口については、エストリア帝国内でもあまり公にはされていないようだ。

 皇帝にかなり近い立場である魔導兵団長を務める家系のエヴァですらも、詳しい事は知らなかった。

 もう少し情報になりそうな事は無かったかと、エヴァは時折小さく唸り声をこぼしながら帝国にいた頃に見聞きした邪神の口に関する話を思い出していく。


「まあ当然だけど、良い噂は聞かねぇな。ほんの八年くらい前だったか? 穴から溢れる闇の力が強まったとか何とかって小耳に挟んだ事はあったな。それで、当時の皇帝の様子がおかしくなっただとか、体調を崩しただとか……色々噂が飛び交ってた」


 やや俯き気味になって記憶を辿っていたエヴァが、ふと顔を上げてそのように語った。

 彼が言うには、八年ほど前に邪神の口から放たれていた闇の力が強まり、そこから当時の皇帝の様子がおかしくなったらしい。

 八年ほど前と言えば、グラドフォスとエストリア帝国の戦争が勃発した時期だ。


 エヴァの話を聞いて八年前の戦争を思い出したアイクは、一人胸中で思いを巡らせていた。

 当時の戦争について、彼には前々から不可解に思う点があった。

 それは、何故エストリア帝国が大きく距離の離れたグラドフォスを狙ったのかという事だ。

 

 エストリア帝国がグラドフォスに侵攻してきた理由を、アイクは「領地拡大と資源確保のため」というように聞いていた。

 だが、領地を拡大したいのであれば、まずは自国の周辺から広げて行き、それを利用して自国よりも遠い地を侵略しようとするのが普通ではないかと彼は考えていた。

 ところが、帝国は自国周辺を侵略する事は一切せずにグラドフォスに直接攻めてきたのだ。


 そして、資源確保のためという理由にも、アイクは腑に落ちないところがあった。

 エストリア帝国は自然資源の少ない地方にあり、その資源不足を補うようにして魔法が発展した国であるが、いくら魔法が発展したとはいえ、帝国で生きる人々を支えるのに自然資源は必要不可欠だ。

 資源不足が問題になっている帝国が資源の豊富なグラドフォスに狙いをつけたという事には、アイクは納得している。


 しかし、資源の豊富な国は帝国の周辺にいくつかあるにもかかわらず、わざわざ遠く離れたグラドフォスを狙う必要性を感じなかったのだ。

 自分なら、もしどうしてもグラドフォスの領地とそこにある自然資源を手中に収めたいのであれば、先に周辺の資源豊富な国を侵略して資源を確保してから、万全な状態で遠く離れたグラドフォスを攻めるだろうとアイクは考える。

 だが、帝国はそのような素振りを見せる事も無かった。

 どう考えても非効率的で、徒に兵と資源を酷使しているようにしか思えなかった。

 やはり何かがおかしいのではないか、という疑念がエヴァの話を聞いた事でアイクの中で大きくなっていた。


「――ク、アイクってば。ねえ!」


「ん、あ、ああ。どうした?」


 ぐるぐると一人で思考を巡らせていたアイクは、マルスの呼ぶ声で現実に引き戻される。

 ちゃんと聞いてた?と尋ねてくる彼に、アイクは考え事をしていたと伝えて軽く謝った。


「よく分かんないけど、どうせまた難しい事でも考えてたんだろ。眉間に皺寄ってるもん。老けるよ」


「アイクの、お父さんみたいな顔、してた……」


 マルスはからかうような口調で言って、皺の寄ったアイクの眉間を指で押した。

 押された事でアイクの頭が僅かに揺れる。

 パルが「お父さんみたいな顔」という言い回しをするからには、今の自分が相当考え事に耽っていたのだとアイクは自覚した。

 周囲を忘れて考え事に耽っている時、彼はよく父親に似た顔をするのだ。


「何でもない。エストリアの事を少し考えていただけだ。それで、話はどこまで進んだ?」


 まだ押された感覚の残る眉間に触れてアイクは適当に返事をする。

 そして、何を考えていたのか聞きたげなマルスが口を開くよりも早く、自分が考え事に耽っている間にどこまで話が進んだのかを尋ねた。

 ここで自分の憶測に過ぎない事を話しても埒が明かなくなる、そう彼は考えたからだ。


「うーんとね、邪神の口の話してから、オレ達の今の目的地がエストリアってとこまで話して……」


「それから……ここを出たら、どこに行くのか……って話、してた……」


 マルスとパルは、アイクが考え事に耽っていた間の話の流れを伝える。

 この塔を出たらどこへ向かうのかという話になり、マルスが行き先をアイクに確認しようと声をかけたところで、彼は自身の思考の世界から現実に引き戻されたのだ。


「ここから南にずっと行って、港町で船に乗るんだよね?」


 アイクが話の流れを理解したところで、マルスは今後の経路を確認する。

 ざっくりとした確認ではあったが、アイクは彼の言葉に頷いた。


「こっから南の港町って言うと……バルコか? かなり距離あるじゃねぇか」


 いつの間にか立ち上がっていたエヴァが、壁に貼られていた大きな地図を指で辿り、この塔から南にあるバルコという港町を指した。

 三人もその地図に視線を向けると、地図上に赤いインクで何カ所か印が付けられているのが目に入る。

 印はエストリア帝国周辺とこの塔の周辺に集中していたため、恐らく彼が幼馴染みを探して訪れたが、手がかりが無かった場所なのではないかと三人は思った。


 エヴァはこの塔から港町バルコまでの距離を見て顔を顰める。

 バルコに辿り着くまでにはかなりの距離があり、歩いて行くのにもそれなりに日にちがかかるのだ。

 それを想像して彼が顔を顰めるのも無理は無かった。


「でも、旅に出た以上かなり歩くのは覚悟してたし……それに、世界が危ないかもしれないのに、歩くのが嫌だからなんて理由で止まってられないよ」


 マルスも距離の事を考えると歩く気力が失せてしまいそうなのだが、そのような理由で歩みを止めるわけにはいかない。

 力強い口調でマルスがそう答えると、アイクとパルもその傍らで頷いていた。

 彼の力強い声で歩く気力が高まってきたところで、そろそろここを発とうと思った三人は立ち上がり、エヴァに声をかけようとする。

 だが、それよりも早くエヴァが口を開いた。


「そうだ、せっかくだから、俺の新作魔法を試させてくれねぇか?」


 一体何がせっかくだと言うのか、三人はそう思いながらエヴァを見た。

 つい先刻まで悪意は無いとはいえ彼の自作魔法で散々迷惑を被っていた事を思い浮かべながら、また酷い目に遭ったらどうしようかとマルスは心の中で呟く。

 しかし、エヴァはやる気に満ちた表情を浮かべており、何とも断りづらい雰囲気だ。


「一応聞くけど、それって安全……? また変な事になったりしない……?」


「大丈夫大丈夫。サレムの爺さんに試して初めて発動した時は、ちょっと危なかったけど、ちゃーんと改良したから問題無いぜ」


 不安げに尋ねるマルスに、エヴァは自信ありげに答えた。

 初めてその魔法を使用出来た時の話を聞くと不安が募る一方なのだが、天才と称される彼の魔法の才能を鑑みれば信頼しても良いような気もする。

 二つの感情にマルス達が悩まされているのを他所に、エヴァは三人のそばまで来ると右手を床に翳した。

 その瞬間、この部屋に案内された時と同じ魔法陣が足下に展開される。


「え、ちょっ、待って……!」


 制止をかけようとするマルスの声も虚しく、三人はエヴァと共に魔法陣から放たれた光に包まれて部屋から姿を消してしまった。

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