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DESTINY―絆の紡ぐ物語―  作者: 花城 亜美 イラスト担当:メイ
第4章 お前は誰だ?
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6.天才魔導師、現る

天才魔導師の思惑とは。

 ゴーレムとの戦闘が終わった安堵も束の間で、不意にどこからともなく響いてきた覚えの無い若い男の声に、三人は再び警戒の色を顔に浮かべた。

 三人は背中合わせになって警戒し、どこから何が来ても対応出来るようにする。


「誰だ!?」


 剣の柄を握りながら、マルスが声を張り上げる。


「そんな怖い顔すんなよ」


 緊迫した空気を纏う三人とは正反対に、おどけたような口調で先程と同じ声が聞こえてきた。

 ――その直後だ。

 倒したゴーレムの瓦礫の山、その手前に人が一人収まる程度の魔法陣が出現した。

 新手の魔物かと三人は一層警戒を強め、マルスとアイクが剣を半分ほど抜きかけた時、魔法陣から一人の青年が姿を現した。


 所々はねた癖のある煌めくような白銀色の髪と、それとは対照的な宝石のように澄んだ赤い瞳が印象的な端正な顔立ちの若い男だ。

 緑を基調としたローブのような衣服を身に纏っており、彼が魔導師である事は容易に想像が出来た。


「あー、その物騒なモンは引っ込めとけよ。別に戦うつもりなんてねぇからな」


 青年がそう言って、剣を半分まで抜きかけていたマルスとアイクに両手を向けると、突風が発生した。

 強烈な突風は剣の柄を握る二人の右手のみを直撃し、抜きかけていた剣を強制的に鞘に収めてしまう。

 一瞬の出来事に思わず二人は驚愕の声を漏らし、唖然とした表情で青年を見た。


「た、戦うつもり無いって……じゃあ、さっきのゴーレムは何だったんだよ!」


 青年のペースに飲まれてはいけないと思い、マルスはやや強がった口調でそう言い返す。

 彼の中でゴーレムを操っていた術者はこの青年なのだと答えが出ており、その青年が「戦うつもりは無い」と言うのならば何故戦いをけしかけてきたのかが気になったのだ。


「あれはここの防衛機能みたいなモンだよ。留守の間に変な奴が侵入して来たら困るだろ? だから、この階に侵入者が来たら勝手に動くようにしといたんだ」


 先程戦ったゴーレムは、青年が自身の住処であるこの塔に侵入者が来た際の防衛のためとして用意していたもので、今マルス達がいる階まで侵入者が来た場合、自動的に動き出すようにしてあったらしい。

 時折この塔に現われる侵入者は盗賊や山賊といった盗みが目当ての者が主だが、大抵はあの長い長い螺旋階段を見て塔を登る事を諦めるものの、中には上まで登って来る者もいる。

 そこでゴーレムをこの階に置き、侵入者を排除させていたのだ。


「でも、止める事も出来たんじゃ……」


「出来るけど、お前ら意外と見応えあって面白くてさ。聖霊なんて、普通に考えてありえねぇ奴と共闘してるし……お前ら、何モンだ?」


 青年はそう言ってアイクの傍らにいるクライスを見て、興味深そうにその赤い瞳を細めた。

 完全に青年のペースに飲まれかけていると感じたアイクが、彼のクライスに向ける好奇の視線を遮るように二人の間に立ち、口を開いた。


「先にこちらの質問に答えてもらおう。散々迷惑を被ったのだからな」


 これ以上彼のペースに飲まれないようにと警戒した口調と低い声でアイクは言う。

 一方の青年は、余裕ある態度を崩す様子は無く、「いいぜ」とだけ返してアイクからの質問を待った。


「まず、この塔に住む天才魔導師とは、貴方の事か?」


「んー天才ってのはこの辺の奴らが勝手に言ってるだけなんだけどなぁ……。けどまあ、この塔に住む魔導師ってのは俺の事だ」


 アイクの質問に青年は片手で後頭部辺りを何度か叩きながら答える。

 存外、自分に自信がある事が見て取れるような青年が「天才」と呼ばれる事を鼻にかけている様子を見せなかったため、三人は意外だと言わんばかりの表情を浮かべた。

 ひとまず、これでサレムの言っていた「天才魔導師」の正体が目の前の青年である事が分かり、ようやく元の体に戻れる希望の光が見えたマルスとパルは胸中で胸を撫で下ろしていた。


「ていうか、その呼び方やめろよ。もっと気軽に……って、俺まだ自己紹介してなかったな」


 まだ敵とは判断しかねる状況であるため、アイクは一応の敬意を払って青年を「貴方」と称したのだが、どうもその呼び方は気に入らなかったらしい。

 青年はそう言って一人自己紹介を進めていく。


「俺はエヴァ。本名はエヴァレス=リフ・エルフォードって言うんだけど……長えし、家出てきたから実質捨てたようなモンだし、エヴァでいいぜ」


 青年――エヴァは名乗ってから、笑みを浮かべて見せた。

 その笑い顔は口調に似合わず、どことなく気品を感じさせるものだった。

 

(エルフォード……どこかで聞いたような……)


 自己紹介を聞いていたアイクの頭にエヴァの苗字である「エルフォード」が引っ掛かる。

 地上界ヒュオリムにおいて、苗字は原則的に一定の階級以上の者でなければ名乗る事が出来ないものだ。

 アイクは苗字を名乗る事を許されている階級の者であり、その階級に属する以上いくつもの苗字を耳に、あるいは目にしてきた。

 その記憶の中に「エルフォード」の苗字があるのだが、どこで聞いたのか、どの国のものなのかが思い出せない。


 傍らでエヴァの自己紹介を聞いていたマルスとパルは、彼が苗字を持つ者――すなわち、上流階級の者である事に驚いた顔をしていた。

 粗野な言葉遣いからは想像も出来なかったという意外さを感じると共に、先程の笑い顔のように時折現われる気品にも合点がいった。


「……では、エヴァ。俺の仲間に妙な魔法をかけたのは、エヴァなのか?」


 エヴァの苗字に気を引かれはするものの、今はそれよりも優先すべき事――マルスとパルを入れ替える魔法をかけた人物が彼であるのかを確かめるために、アイクは再び口を開いた。


「あーそうだった、そうだった。本当はそっちのちびっ子とあんたを狙ったんだけど……ちょっと手違いで、あっちのお間抜けそうなのに当たってさ」


 エヴァはさほど悪気は無いような物言いでアイクの質問に答える。

 彼の言う「あんた」とはアイクを、「ちびっ子」とはパルを、そして「お間抜けそうなの」とはマルスを指していた。

 マルスとパルは何とも嬉しくない呼び方に眉根を寄せる。


「何故、俺達を狙った?」


 アイクも彼の呼び方には何とも言えない顔をしつつ、どうして自分達に狙いを付けたのかを問う。


「俺、今ある魔法を創る研究をしててさ。そこそこ魔力強い奴に効果が無いとダメなんだよな。サレムの爺さんでまた試そうかと思ってたんだけど……ああ、あの爺さんそこそこ魔力強いからさ。俺ほどじゃねぇけど」


 ある魔法を創る研究のため、そう答える彼の赤い瞳に僅かな憂いの影がかかる。

 だが、それもほんの一瞬で、サレムの名前が挙がった頃にはどこかへ消え失せていた。

 その僅かな憂いの影にただ一人、マルスだけが気づいていた。


「それで俺達に目を付けたと」


「そ。特にそっちのちびっ子、俺がこれまでに見てきた中じゃ二、三番目くらいに強い魔力を感じた。俺の研究にはぴったりの逸材だよ」


 アイクにそう答え、エヴァはパルに視線を向けた。

 もっとも中身が入れ替わっている今、視線はマルスに向けられているようなものだったが。

 マルスは心の中で「今のパルはこっちじゃないんだよねぇ……」と呟きをこぼす。


 一方のマルスの体をしているパルは、彼の言葉に幾らかの嬉しさを感じていた。

 非常に強い魔力を持っていた母の力を確かに受け継いでいるのだと感じられたからだ。

 とはいえ、エヴァはあくまで研究材料として褒め言葉めいた言い方をしている事も彼女は分かっており、何とも複雑な心境でもあった。


「で、どんな魔法だった? なんかこう……気分良くなったりとか、体が楽になったりとかしたか?」


 何とも言えない表情を浮かべている三人を他所に、エヴァは自身がかけた魔法が一体どのようなものだったのかを尋ねてくる。

 彼の口振りからは、その魔法が何やら気分や体調が良くなるようなものである事を望んでいるようだった。


「生憎だが、エヴァが望んでいるようなものでは無いな。マルスとパルの体が入れ替わるなどという、とんでもない事態を引き起こしてくれたが」


「へぇ、体が入れ替わったのか! 俺の求めてる魔法じゃねぇけど、それはそれで興味深いな……」


 エヴァはそう言うと、先程クライスに向けていた好奇の光を瞳に宿してマルスとパルに詰め寄ってきた。

 彼への警戒が幾らか薄れていた時に急に詰め寄られ、二人は咄嗟に一歩後ずさる。

 だが、逃がさないとでも言うかのように彼に肩を掴まれ、逃げ場は無くなってしまう。

 二人が戸惑いと僅かな危機感を感じているのを他所に、エヴァは「じゃあ、今はこっちがお間抜けそうなので、こっちがちびっ子か」と二人を交互に見て呟いていた。


「お、お前の変テコな魔法のせいで、オレもパルも大変だったんだからな! オレなんてパルにいっぱい痛いとこ突かれるし……。早く元の体に戻してよ!」


 ここで怯んでは元の体に戻るという目的が果たせそうにないように思い、マルスは威勢良くエヴァに文句を言って、早く元に戻すよう催促した。


「それが人にものを頼む態度かよ」


 催促するマルスに向けて、エヴァは意地の悪い笑みを浮かべてそう返す。

 その瞬間、突然パルがエヴァに詰め寄り、彼の胸ぐらを掴んだ。


「それが迷惑かけた相手にする態度……? ふざけないで……早く私の体、返して……!」


 凄まじい形相でパルはエヴァを睨み付ける。

 迷惑を被ったのはこちらだというのにもかかわらず、上からものを言う彼の態度に酷く憤りを感じたらしい。

 マルスもアイクも同様に憤りを感じてはいたのだが、体が入れ替わってから今まで何一つ良い事など無かったパルの憤りは二人の何倍もあった。


「な、何だこいつ……めちゃくちゃ怖ぇんだけど……」


「早く、元に戻して……。出来ないなんて、言わせない」


 凄みを利かせて脅しをかけるかのような言葉をパルは言い放つ。

 彼女に胸ぐらを掴まれ、脅しめいた言葉を向けられて初めてエヴァはその表情を変えた。

 引きつった顔で冷や汗を額に浮かべ、彼女の睨み付けてくる視線から逃れるように顔を逸らす。


「……素直に従っておいた方が身のためだぞ」


 哀れみの視線を彼に向けながら、アイクは呟くような声でそう言った。

 自分がエヴァの立場ならばどれほど恐ろしい事かと考えて、彼が哀れに思えたのだ。


「わわ、分かった! 戻してやるから、放してくれ!」


 アイクから哀れみの視線を向けられている事から、今の状況がいかに危ういものなのかを理解したエヴァは、慌てた口調でパルの言葉に返事をした。

 念を押すようにもう一度だけ彼を睨み付けてから、パルは言われた通り彼を解放する。

 ひとまず解放されたエヴァは胸を撫で下ろしてから、やや乱れた服の襟元を整えた。


「……よーし、いくぞ」


 一呼吸おいてからエヴァはマルスとパルに両手を翳して、意識を集中させる。

 すると、彼の手のひらから淡い光が放たれ二人の体を包んだ。

 次の瞬間、二人は()()自分の体から引っ張り出されるような感覚に襲われる。

 さらに次の瞬間には、二人の目に上空から自分達の姿を見下ろしている光景が映し出された。

 その光景はまさにマルスが昨夜から今朝にかけての夢で見たものと同じで、自分とパルの体が入れ替わったのはエヴァの力によるのだと改めて感じていた。


 自分達の姿を上空から見下ろしている光景が三秒ほど続いたかと思った瞬間、二人はまたしても引っ張られるような感覚に襲われる。

 今度は吸い寄せられるように上空から地面へと引っ張られ、地面に激突してしまうのではないかと二人は咄嗟に目を瞑った。


「……どうだ……?」


 目を瞑ってから少しして、恐る恐る尋ねてくるエヴァの声が聞こえた。

 そこで二人は元に戻るための魔法の詠唱が終わったのだと分かり、ゆっくりと瞼を開く。

 目に映る景色は先程の上空からの景色ではなく、初めと同じエヴァやアイクと目線の合う、元通りの景色だった。


 だが、一つだけ違う点がある。

 それは景色を見ている位置――自身の立ち位置だった。

 二人の位置が先程と違うという事、それはつまり互いの体が入れ替わったという事だ。


 入れ替わった景色と自身の体に視線を向けてから、マルスとパルは互いの姿を見合う。

 先刻まで目に映るのは自分の姿という、まるで鏡を見ているかのような状況だったが、今マルスの目にはパルの姿が、パルの目にはマルスの姿が映っていた。

 遂に二人は元の体に戻る事が出来たのだ。


「……も、戻ったぁぁ!」


「やっと……私の体、返ってきた……」


 ようやく元の体に戻る事が出来た喜びに、二人は嬉しげな声を上げる。

 そして、嬉しそうに自分の体をぺたぺたと触っては、互いに見合って元に戻ったのだという事を何度も確かめていた。

 傍らで見ていたアイクは二人が元に戻った事に安堵の微笑みを浮かべている。

 一方のエヴァは、無事に二人を元に戻す事が出来て、パルに命を脅かされる心配が無くなり胸を撫で下ろした。


「これで満足か? ……あー、その、まあ……悪い事したな」


 元に戻れた事を喜ぶ三人に、エヴァはたどたどしく謝罪をしてきた。

 パルに脅されたのが相当応えたらしい。


「反省してくれてるなら、いいよ。エヴァだって、悪気があったわけじゃないんでしょ?」


 もう少ししっかりと反省してもらうべきかとアイクとパルが考えているのを他所に、マルスは呆気ないほど快く彼を許してしまう。

 エヴァの方ももう幾らか文句を言われる事を覚悟していたのだが、思いも寄らずあっさりとマルスに許されてしまい、思わず間抜けな声を漏らした。

 どういう事かとアイク、パル、エヴァの三人はマルスに視線を向ける。


「そりゃ、びっくりはしたし、パルやサレムお爺さんにもすごく迷惑だったと思うけど……。エヴァが研究してる魔法って、多分何かを治したりするための魔法なんじゃないかな? そんな魔法を創ろうとしている人に悪い人はいないって、オレは思う。だから、もういいよ」


 マルスはそう答えた。

 エヴァがマルスとパル、そしてサレムを巻き込んだ理由は「ある魔法を創る研究のため」であり、そして、彼はマルスとパルに「気分良くなったりとか、体が楽になったりとかしたか?」と言って魔法の効果を尋ねてきた。

 その事から、彼の研究している魔法とは治癒や解毒といった類いの魔法なのではないかとマルスは予想していたのだ。


 そのような魔法は、誰かを助けたいと思っていなければ創れない。

 マルスがそう思うのは、ほんの一瞬だけエヴァの宝石のように澄んだ赤い瞳を曇らせた憂いの影に、彼が気づいていたからだった。

 マルス自身は直接的には口にしなかったものの、彼の言葉と自分を見てくる優しげな青い瞳から、エヴァは彼が自分の中にある本当の狙いに――助けたい()()がいるという事を見抜いているのだと察していた。

 エヴァは頭を掻いて大きく長い溜め息をつく。


「ただのアホかと思ってたけど……なーんでそういう変なとこ鋭いかなぁ……」


 エヴァは溜め息混じりに呟く。

 自分の目の前にいる三人の中で唯一、何の取り柄も無さそうだと思っていたマルスに自分の心の底にあるものを見抜かれてしまった事が、エヴァにとっては悔しかった。

 だが、上から人を見下すような態度や、嫌みばかりの言葉の奥に隠していた自身の本質に気づいてくれる者が()()()()()()事を嬉しく思っていた。

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