5.待ち構える者
突如目の前に現われた瓦礫の巨人に、三人は呆気に取られていた。
出現が突然だった事にも驚きはしたのだが、それ以上に目の前の巨人が自分達の身長の倍はある巨体を持つ事に驚愕せずにはいられなかった。
「が、瓦礫のオバケ……!?」
「あれは……ゴーレム……? 物質を操る魔法で造られる魔物……」
思わず驚きの声を漏らすマルスの横で、出現した魔物の巨体を警戒して見つめながら、パルは己の知識から情報を引き出す。
彼女が言うように、この瓦礫の巨人――ゴーレムは、物質を操る魔法によって造られる魔物の中では最も有名なものだ。
「こいつが魔法で動いているという事なら、ここに人がいるのは間違いなさそうだな」
「でも、あれを倒さないと会わせてもくれなさそうだけど」
アイクの言葉にそう返しながら、マルスは目の前に立ちはだかるゴーレムの巨体を見上げる。
三人の中で一番身長の高いアイクと比べてみても、二倍は優にあるだろうと思われるその巨大な敵に本能は尻込みしかけていた。
だが、ここで退いては後にも先にも進めそうにない。
「ゴーレムみたいな魔物には……どこかに、体を動かす魔力の核が、あるはず……」
パルは以前どこかで読んだ魔道書の知識を何とか引き出す。
ゴーレムのような物質を操る魔法によって造られる魔物には、術者の魔力を体に送る核となる部分が必ずあるものなのだ。
彼女の言葉を聞き、今唯一魔法や魔力を確実に扱えるアイクは自身の魔力を通してその核を探す。
「……奴の体の中央に、強い魔力を感じる。恐らくそこが核だろう」
ゴーレムの体の中央を見据えてそう言い、アイクは黒い瞳を僅かに細める。
「そこを狙えば良いんだよね。よーし!」
彼と同じ場所に視線を向けながら、マルスは己を奮い立たせるように力強い口調で言った。
そして、その威勢のいい声に合わせて勢いよく鞘から剣を引き抜く。
体は入れ替わってしまっても、やはり慣れた戦い方を変える事は出来なかった。
普段の自分よりは小さな手になっている今、剣を握る感覚に違和感を覚えるものの、それを気にしている暇など無い。
どことなく収まりの悪い剣の柄をしっかりと握り締め、マルスは構えを取る。
アイクも鞘から剣を抜いて構え、パルも体こそいつもとは違うものの、いつもと同じ格闘の構えを取った。
「いくよッ!」
マルスの一声で三人はゴーレム目掛けて駆けた。
敵襲にゴーレムはその巨大な腕を振り回して迎撃しようとする。
巨大で硬い腕が繰り出してくる攻撃を掻い潜って、初めにその巨体を捉えたのはマルスの一撃だった。
パルの体が持つ高い瞬発力によって攻撃を軽く躱し、ゴーレムの懐に入ったマルスは思いきり剣を振り下ろす。
「……硬ッ!?」
ゴーレムの体に剣が当たった瞬間、金属音と共にパルの声でマルスの驚愕の言葉がその場に響いた。
剣から衝撃が腕に伝わり、腕が痺れるような感覚がする。
瓦礫という硬い物質が寄り集まって出来たゴーレムの体は非常に硬かったのだ。
その硬さは、以前オスクルの洞窟で戦ったドラゴンの皮膚を軽く上回るほどだった。
「なら、私が……!」
腕を振って痺れを誤魔化しているマルスの横を駆け抜け、ゴーレムの懐に入ったパルが回し蹴りを放った。
その鋭い一撃はゴーレムの巨体を直撃する。
しかし、怯んだのはゴーレムではなかった。
マルスの姿をしたパルは顔を歪め、蹴りを放った足を押さえてその場にしゃがみ込む。
一体どうしたのかとマルスは声をかけようとしたが、それよりも先にゴーレムが腕を振り上げたのが目に入り、咄嗟に彼女に向けて避けるよう声を張り上げた。
だが、その声掛けも虚しくゴーレムの一撃はパルを直撃し、その体は後方に弾き飛ばされる。
パルは攻撃が当たる瞬間、咄嗟に防御の構えを取ったためさほど大きな衝撃は受けなかった。
だが、そこから着地への受け身に移れず、何の抵抗も出来ないまま彼女は後方の地面に向かって飛んでいく。
「パルッ!」
彼女が地面に叩きつけられそうになるのよりも数秒早く、アイクが剣を投げ捨ててその落下地点に立ち、その場で両腕と両足を広げて彼女を受け止める構えを取る。
次の瞬間、広げたアイクの腕の中に弾き飛ばされたパルが飛び込んで来た。
しかし、想定していたよりもずっと重い体重が体を直撃し、彼はパルを抱えたまま後ろに倒れ込む。
マルスの体をしている今の彼女の体重は、普段の彼女よりも重くて当然だった。
パルを助けねば、という思いに突き動かされた彼は、一瞬だけ彼女が今マルスの体をしている事を忘れてしまっていたのだ。
そのせいで今の彼女の体重を想定した体勢を取れなかったのだ。
「ご、ごめん……アイク……」
「大丈夫だ。体はマルスのものだと分かっていながら、ついいつものパルだと思ってしまった……。怪我は無いか? さっき足を押さえていたみたいだが……」
すぐさまアイクの体の上から降りて、起き上がるのに手を貸しながらパルはひどく申し訳なさそうにその顔を覗き込んだ。
その顔を見返して無事を伝えてから、アイクは彼女に先程の様子について尋ねる。
「怪我、じゃないんだけれど……マルスの体じゃ……私の戦い方に、合わないみたいで……」
まだ痛みが残るのか、パルは脛の辺りを手でさする。
パルの格闘技は、彼女の高い身体能力に加えて、攻撃と同時に来る幾らかの反動や痛みに慣れた体があるからこそ成立するものだ。
だが、今の体はマルスのものであるため、当然その反動や痛みには慣れていない。
それに加えて敵が硬い相手という事もあり、通常よりも反動や痛みは大きかった。
このままでは思うように戦えないため、どうしたらいいかとパルは頭を悩ませる。
ちょうどその時、ゴーレムのすぐそば――自身の剣が届く範囲で剣を振るっていたマルスの体目掛けて巨大な腕が横から襲いかかってきた。
咄嗟にマルスは地面を蹴って後ろに飛び退いた。
「おわ、っとと……っ!」
着地した直後に何とも不安定な体勢になったかと思うと、マルスはそのままよろけて尻餅をついてしまった。
飛び退いた瞬間はしっかりとした体勢であり、よろける心配など無い様子だったにもかかわらず転んだ彼をアイクは不思議そうな表情で見ながら、無事を確認すると共にどうしたのかと尋ねる。
「パルの体軽くってさ。オレが思ってる以上に動いちゃって……」
マルスの体よりはずっと軽く、動きも軽やかなパルの体では時折彼が思う以上に動いてしまう事があるらしい。
今の回避の瞬間も普段の感覚で地面を蹴って飛び退いてしまい、想像以上に地面を蹴った反動が起こったようだ。
不慣れな感覚の体で戦うマルスに、普段通りの戦い方が出来そうにないパル。
目の前に佇む巨大な敵と同じくらい大きな問題が三人に立ちはだかっていた。
「オレはもう少し動けば、何とか感覚は掴めそうだけど……パルはそうもいかないよね」
ゴーレムから距離を取って警戒しつつ、三人はこの状況をどう乗り切るかを考える。
パルには戦闘から身を引いていてもらおうかとも考えたが、アイクと普段通りには動けないマルス二人では、目の前の巨大な敵相手にはやや力不足だと感じていた。
「ならば、私が手を貸そう」
三人が警戒の視線をゴーレムに向けつつ頭を悩ませていると、不意にクライスがそう声をかけてきた。
その声を聞いたアイクが紋章のある右手を前に出すと、青い光と共に聖霊クライスが姿を現す。
彼がマルスの姿をしているパルに向けて手を翳すと、彼女の両脚が青い光に包まれ、次の瞬間にはそこに数センチほどの厚さの氷が纏わり付いていた。
「これで両脚はある程度保護した。完璧に、とまではいかないだろうが、普段に近い動きをしても反動や痛みに耐えられるだろう。とはいえ、あまり長く保つものでは無い。なるべく手早く決着をつける事だな」
「ありがとう、クライス……」
自身の両脚に纏わり付く氷を見つめながら、パルはクライスに感謝を伝える。
感謝の言葉を向けられた彼は、返事をする代わりにゆっくりと瞬きをしてその言葉を受け止めていた。
「これで戦う準備は万全だね。いくぞっ!」
パルが戦える状態になった事を確認したマルスは鼓舞するように声を上げると、剣をしっかりと握って駆け出した。
彼の後にアイクとパルも続く。
マルスはなるべく脆そうな部分に狙いを定めて剣を振るった。
脆い部分は斬りつける度に亀裂が走り、時折瓦礫の屑が宙に舞って地面に落ちる。
何度目か彼が剣を振り下ろした時、剣の刃が偶然にも瓦礫同士の隙間に入り込んだ。
そのまま剣を思いきり振り切ると、ゴーレムの体を構成する瓦礫が剥がれるように落ち、地面に音を立てて転がった。
「そうか、なら……二人共、瓦礫同士の隙間を、腕の付け根辺りを特に狙え!」
マルスの攻撃でゴーレムの瓦礫の一部が剥がれ落ちるのを見たアイクが、二人に向けてそう指示を出した。
隙間を狙えば瓦礫を崩す事が出来るのであれば、一気に破壊するのは難しくとも弱体化させてから破壊する事が出来るのではないかと踏んだのだ。
二人は彼の指示に頷くと、二手に分かれて左右の腕を狙う。
マルスは軽い体を活かしてゴーレムが振り下ろした左腕をかわし、腕が地面についている間にそこを素早く駆け上った。
肩の上まで辿り着くと、マルスは腕の付け根にあたる部分の瓦礫の隙間に剣を突き刺した。
ゴーレムは左腕を振るって上に乗っているマルスを振り落とそうとするが、彼も振り落とされないようにと突き刺した剣にしっかりと掴まる。
ゴーレムが気を取られている間に、アイクとパルはゴーレムの右腕目掛けて駆けた。
パルが力任せに巨大な右腕を蹴り、間髪入れずにアイクが氷魔法で氷弾を放つ。
突然、隙だらけだった右腕を攻撃され、ゴーレムは大きく体勢を崩した。
巨体がゆっくりと倒れ始めるのに合わせてマルスは突き刺していた剣を抜く。
そして、その肩を蹴って跳躍し、地面目掛けて落下していくのに身を任せながら、渾身の力で腕の付け根部分の隙間に剣を振り下ろした。
「うおおおッ!」
パルの体が持つ怪力と、地面へと彼を引き寄せる重力が相まって凄まじい力となり、彼の振り下ろした剣はゴーレムの体から左腕を切り離してしまう。
ただの瓦礫に戻ったゴーレムの左腕が音を立てて地面に落ち、それに続くようにその巨体も地面に倒れ込んだ。
その隙にパルは渾身の力を右足に込めて、残っているゴーレムの右腕の脆そうな部分に蹴りを放つ。
「はああ……ッ!」
あまりの勢いと力の強さに彼女の脚を保護していたクライスの氷が砕け、それと同時にゴーレムの右腕も脆い部分が砕けて地面に落ち、ただの瓦礫へと戻っていく。
「アイク、お願い……!」
「任せろ!」
パルの言葉に力強く応えながら、アイクは剣を構えてゴーレムに迫る。
「クライス!」
アイクが呼びかけると、傍らに控えていたクライスがその右手を彼に向けてかざす。
すると、アイクの強まっていく剣の柄を握る力に反応するかのように、彼の紋章がグローブの中で青い光を帯びた。
次の瞬間、剣は氷の力に包まれ、その刃は煌めく氷を纏う。
アイクは氷の刃をゴーレムの胴体、その中央目掛けて振るった。
渾身の力で振るわれた剣は、ゴーレムの硬い胴体に食い込んだ。
だが、それではまだ魔力の核に達しはしない。
その時、クライスが涼やかな青い瞳を細めると、再びアイクの紋章が青く光った。
すると、纏った氷が槍の切っ先の如く鋭い氷柱を何本も伸ばし、瓦礫の隙間を押し広げると共に、脆い瓦礫を貫いては破壊していく。
それに合わせてアイクは剣をさらに奥へと押し込んだ。
氷柱の先端が遂にゴーレムの体を貫通した直後、彼の剣が魔力の核ごとその胴体を真っ二つに斬り裂いた。
核ごと胴体を断ち切ったアイクの剣が、ゴーレムの背後の空を斬ると同時に、魔力を失ったゴーレムの体はただの瓦礫へと戻り、騒々しい音を立てて地面に崩れ落ちる。
山を形成して崩れた瓦礫は動く様子は無く、時折小さな欠片が山を転がり落ちる僅かな音を立てる程度で、辺りは急に静けさを取り戻した。
「ふぅ……よし、勝った!」
安堵の息をついてから、マルスは拳を掲げて勝利を喜ぶ。
これだけ巨大で頑丈な相手をどうにか自分達の力で撃破出来た喜びは、三人共大きかった。
「アイク、クライス、ありがとう。二人がいなかったら、どうなるかと思ったよ」
瓦礫からアイクとクライスに視線を移して、マルスは素直に感謝を伝えた。
互いの体が入れ替わってしまい、思うように立ち回れなかったマルスとパルだったが、彼らの協力があったおかげでそんな状況の中でもどうにか戦い、ゴーレムを撃破する事が出来たのだ。
パルも同じ事を感じており、マルスの言葉に頷いてから「ありがとう」と二人に感謝した。
アイクとクライスは二人からの感謝の言葉を頷いて受け止める。
その直後だった。
「あーあ、そいつ倒しちまったのかよ。結構力作だったんだけどな」
不意に知らない、若い男と思われる声がどこからともなく響いてきた。




