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DESTINY―絆の紡ぐ物語―  作者: 花城 亜美 イラスト担当:メイ
第4章 お前は誰だ?
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4.待ち構えるモノ

東の塔、そこで三人を待つモノ。

 町の東に聳える塔を目指して、三人は森の中を歩いた。

 町から見てもあまり遠くには感じなかったように、塔までの実際の距離も近く、数十分ほど歩いているうちに塔はもう目前に迫っていた。

 森の中であるのだが大した魔物も襲って来ず、ここまでは特にこれと言った苦労はしていない。

 余計な体力を使わなくて良かったものの、どことなく物足りなさを感じつつ三人は塔の入り口に立った。


 真下から見上げると首が痛くなるほどに塔は高い。

 僅かに痛みを感じた首をさすりながら、マルスは目の前にある塔の入り口に視線を戻した。

 入り口には木製の両開きになる大きな扉があり、塔の内部と外界を遮断している。


「思ったよりもすぐ着いたなぁ。魔物もあんまり強くなかったし」


「塔の中はそう簡単にいかないかもしれない。相手の力量が詳しく分からない以上、油断するなよマルス」


 拍子抜けした様子のマルスの呟きに、アイクはやや厳しく返す。

 ここまで安全に来られたから、その先も大丈夫などという保障はどこにも無い。

 まして、この塔で待ち構えているであろう「天才魔導師」が一体どれほどの力を持ち、何が目的で自分達に狙いをつけたのかも分からない以上、油断は禁物なのだ。


「なんでオレだけ?」


「お前が一番危ないからだ」


 彼の忠告を聞きながらも、どうしてパルには言わずに自分にだけ彼が言ってくるのか疑問に思ったマルスは首を傾げて尋ねる。

 彼から返ってきた答えは、実に簡潔なものだった。

 これまでのマルスを振り返ると、油断から危機やそれに近い状態に陥る事が多かった。

 その事を考えれば、彼の忠告がマルスのみに向くのは至極真っ当な事なのだ。

 自分のこれまでを振り返って反論が出来なくなったマルスは反省の念を抱くものの、素直に受け入れるのは何だか癪だという、この年頃特有のよく分からない意地で適当に返事をした。


 一方のアイクは、目の前にあるのはパルの姿なのだが、注意を向けている相手はマルスで、自分でも誰に注意をしているのかが分からなくなりそうだった。

 どうにもパルに向けて注意をしているように思えてしまう。

 今日何度目かの「目の前にいるのはマルス」という言葉を胸中で繰り返して頭を納得させてから、もう二、三ほど彼に注意しておきたい事を言おうかと口を開きかけた。


 だが、マルスはそれ以上の小言は聞きたくないとでも言うように、入り口の扉を力任せに押す。

 蝶番が軋む何とも嫌な音がして扉が開くと、塔の内部が見えた。

 流石のアイクもそちらに気を取られて、出かかっていた小言は消えてしまう。

 周囲に警戒しながら、三人は塔の中に足を踏み入れた。


 塔の中はさほど広くはなく、一階から最上階手前らしき階までは、壁伝いに螺旋階段が伸びているだけの至極単純な造りをしている。

 登り道らしいものは、壁伝いに伸びる螺旋階段以外に見当たらなかった。

 だが、その階段の長い事長い事。


 三人が螺旋階段や塔の構造に気を取られていると、突然大きな音を立てて扉が勝手に閉まった。

 突然の事に三人は揃って肩を竦める。

 咄嗟にマルスが扉に駆け寄って、押したり引いたりしてみるが、扉は微動だにしなかった。


「開かない……なんで?」


 パルの怪力を持ってしても全く歯が立たない。

 アイクも彼と共に押したり引いたりしてみるものの、二人がかりでも扉は動く気配が無かった。


「……退路は絶たれたという事か……。進むしかなさそうだな」


「進むって……あれを?」


 マルスはそう言って、壁伝いに塔の上部へ続く長い長い螺旋階段を見上げた。

 道らしいものがその螺旋階段しかない以上、「天才魔導師」がいるであろう最上階に行くためにはそれを登らざるをえないのだ。


「あれを登る以外に方法が無いからな……仕方ないだろう」


 アイクはそう言っているものの、言葉の端々に螺旋階段を登る事への抵抗が滲み出ている。

 マルスもアイクも、この長い長い螺旋階段を登るのにはなかなか気が進まなかった。


「早く登ろ……。早く私の体、返してもらうの……」


 螺旋階段の最上部を見上げて溜め息をつく二人を他所に、パルはそう言って階段を登り始めた。

 一刻も早く体を元に戻してもらわねば、という強い意志を彼女から感じる。

 彼女だけを先に行かせるわけにはいかない、と思った二人は登る事を渋る気持ちを心の奥へ押しやって、すぐさま彼女の後を追った。


「なんか今日のパル、随分張り切ってるよね。……もしかして、そんなにオレの体嫌なの?」


 パルに追いついたマルスは、今日の彼女が何時になく張り切って階段を登っていく様子が気になってそう問いかけた。

 普段の彼女なら、これほど長い階段であればマルスやアイク同様に登る事を渋るはずなのだ。

 そのような様子など微塵も見せずに先を急ごうとするため、マルスは彼女がよほど自分の体でいる事が嫌なのではないかと思った。


「だって……いつもより、体重いし、ご飯はあんまり食べられないし……良い事一つも無い……」


 パルから返ってきた答えは、鋭い矢のようにマルスに刺さった。

 彼女の鋭利な答えによってマルスはその場に釘付けにされてしまう。

 確かに、男女の体格差がある以上パルにとってマルスの体は重い。

 そして、彼女の底無しの胃袋も今はマルスのものであるため、食事もいつもより少ない量しか取れなかった。


 マルスからしてみれば、軽くて身体能力にも優れ、底無しとも言える胃袋を持つパルの体は利点尽しだった。

 だが、パルにとってのマルスの体はそうでは無いらしい。

 鋭利な答えを突きつけられて呆然とするマルスを他所に、パルは上へ上へと階段を登っていく。


「……アイク……泣いてもいいかな……?」


「泣く暇があるなら登れ」


 その場に止まったまま動かない自分を追い抜いて登っていくアイクに、マルスは泣きそうな声でそう呟く。

 しかし、この長い長い螺旋階段を登るために、余計な体力を使いそうな事は控えるべきだと考えたアイクはやや厳しく返した。


「はぁい……」


 マルスの情けない返事が、塔の静寂に溶けて消えていった。




 *   *   *





 階段を登り始めてから十数分程が経過し、三人はようやく塔の中腹辺りまで到達していた。

 中腹ほどまでやって来た三人には、ある変化が生じていた。

 意気揚々と先頭に立って階段を登っていくのは、マルス。

 そして、そんな彼の後を追うように疲れた表情のアイクとパルが重い足取りで階段を登っている。


「おーい! 二人共、遅いよ!」


 先程の意気消沈具合はどこかへ行き、いつの間にか元気を取り戻したマルスが二人よりもずいぶん上の段から呼び掛ける。

 パルの体は、本来の自分の体よりもずっと軽いため、軽快な足取りで登っていく事が出来る。

 一方のアイクとパルは、「先行ってるよー」というマルスの言葉に適当に返事をして、重い足取りで呼吸を僅かに乱しながら階段を一歩、また一歩と登っていく。


「調子の良い奴だな……」


「マルスだもん……しょうがないよ……。自分じゃない人の体になるって……なんだか、新鮮だし……」


 軽い足取りで登っていくパルの姿をしたマルスの背中を見上げて、アイクは小さく溜め息をつく。

 彼の呆れたような呟きに、パルは呼吸を整えつつ応えた。


「新鮮って言えば……私も、マルスの体になって、気づいたんだけれどね……マルスって、思った以上に綺麗な顔、してるんだなぁって……」


 途方もないように感じる階段を黙々と登る事が退屈になってきたのか、パルはそんな話をし始めた。

 どういう事か、とアイクが聞き返すと、パルはまたぽつりぽつりとした口調で続ける。


「普段子どもっぽいから……あんまり、そういうところに意識、向かなかったんだけれど……今朝、マルスの体になって、鏡を見た時、そう感じたの……」


「男の顔立ちの良し悪しはあまりよく分からないが……城下町の若い女性の間で、顔立ちが良いと噂になっていたカイル兄の弟だからな。整っている方なんだろう」


 マルスはそれなりに顔立ちは整っている方だった。

 兄のカイルは城下町では評判の顔立ちの良さをしており、彼が失踪した六年前――彼が十四の頃はまだ幼さが残るものの、年頃の娘達から毎日恋文が届いたり、告白されたりしていたものだ。

 その弟であるマルスも、兄とはまた違う顔立ちの良さを持っている。

 だが、普段の幼げな言動故にそこにあまり注目がいかないのだ。


 中身がパルである今日のマルスは言動も落ち着いており、彼が本来持っている顔立ちの良さと、子どもと大人のちょうど境界にあるこの年頃特有の美しさが強く感じられた。


「マルスは……もうちょっと、落ち着いたら……女の子に、モテそう……」


 パルのそんな呟きに、アイクは「確かに」と言って頷いてみせる。

 再び「早くー!」というマルスの声が上から響いてきた。





 *   *   *





 二、三十分程階段を登り続け、三人はようやく最上階に辿り着いた。

 これほど長い時間階段を登る事がこれまであっただろうかと、三人は思う。


「はぁ、はぁ……疲れた……」


「かなり、しんどいものだな……」


 肩を上下させながら、アイクと、マルスの姿をしたパルは呼吸を整える。

 ここに来るまでに体力を削る事が、ここに住む魔導師の狙いかとアイクは頭の片隅で考えていた。 


「結構キツかったけど、オレはまだまだ元気だよ!」


 二人よりも少し先に最上階に辿り着いていたパルの姿をしているマルスは、もう呼吸が落ち着いたようで、二人とは対照的に平然としていた。


「でも、ここに人なんているの? なんか瓦礫が置いてあるだけだし」


 その場に膝をついて呼吸を整えている二人の傍らで、マルスが辺りを見回しながら言う。

 確かにこの最上階はただ広いだけの部屋で、人の姿らしきものは無い。

 どこかに他の部屋に続く扉や階段があるのではと思って辺りを探ってみるも、壁と天井にはそれらしい物は一切見当たらなかった。

 あるとすれば、何とも意味深に部屋の中央に置かれている瓦礫くらいだ。

 ここの情報を教えてくれたサレムが嘘をついているとは思えず、三人は一体どういう事かと首を傾げた。


 ――その時だ。

 突如、部屋の中央に置かれている瓦礫を包むように大きな魔法陣が出現し、光を放った。

 突然の出来事に三人が呆気に取られてその様子を見ていると、光の中で瓦礫が動き出し、寄り集まっていく。

 気づいた頃には、寄り集まった瓦礫は人のような形を形成していた。

 光と共に魔法陣が消えると、目の前には三人の身長の倍はあろうかという大きさの瓦礫の巨人が立ちはだかっていた。

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