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DESTINY―絆の紡ぐ物語―  作者: 花城 亜美 イラスト担当:メイ
第4章 お前は誰だ?
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3.物知り爺さんの教え

元に戻るためには。

 マルスとパルの体が入れ替わってしまうという異常事態が発生し、その解決策をじっくりと考えるためにも、三人はひとまず朝食を取る事にした。


 その前に一つ、問題があった。

 それは、着替えだ。


 流石に寝間着姿のまま食堂に向かうわけにはいかないため、着替えをする必要がある。

 だが、マルスとパル――男と女の体が入れ替わったとなると、どうにもお互い着替えをするのが気まずく感じていた。

 世間一般に流れる、異性の露出した姿や下着姿を見る事が憚られる風潮は言うまでも無く二人にも流れており、先程から着替えを手にした二人は固まったまま動かずにいる。


「アイク、どうしたら良いと思う……?」


 マルスは思いきり眉間に皺を寄せて、アイクを見た。

 頭の良い彼ならば、何か良い方法が考えつくのではないかと思っていた。


「いや、俺に聞かれてもだな……」


 アイクは困り顔でそう返した。

 この状況にそもそも思考が追いついていない今の彼に、良い考えを導き出す余裕が無かったのだ。


「じゃあ……自分の体の着替えは、自分でやる……のは、どうかな……? 着替えをしてもらっている間は……目、瞑って……」


 ぽつりぽつりと、パルがそう提案する。

 自分の体の着替えは自分で行い、着替えをしてもらっている間は目を閉じて互いの露出を見ないようにするのはどうか、というのが彼女の提案だった。


「……そうしようか」


 アイクからパルの方に視線を移したマルスが、頷きと共に答える。

 苦肉の策とも言える提案ではあったが、今の三人にはそれ以上の良い案は思いつかなかった。


 そして、まずはパルの体をしたマルスの着替えが始まる。

 アイクは流石に中身がマルスとは言えど、パルの体をしている彼の着替えを見るわけにはいかないと、洗面所で自分の着替えをしながら待機する事にした。


 マルスは目を閉じ、パルは目の前にある自身の体が身につけている寝間着のボタンを外していく。

 目の前に自分の体があって、それを着替えさせていくというのは、何とも変な気分だった。

 あまり深く考えると変な思考に囚われそうで、パルは考えるのをやめて黙々と手早く着替えを進めた。


 マルスが自身の体を着替えさせる時も、同じように何とも言えない変な気分を味わっていた。

 そして、ようやく二人の奇妙な着替えが終わり、アイクを呼び戻したところで、三人は揃って朝食を食べに食堂へ向かうのだった。




 *   *   *

 



 朝食を取ってから、三人はこれからどうすべきかという話し合いを始めた。

 とはいえ、五分程考えている三人だが、時折唸り声を漏らしながら頭を抱えるばかりだ。


「うーん……あ、ねえ、クライスは何か分からないの?」


 何度目かの唸り声を漏らしてから、ふと思いついたようにパルの姿をしたマルスが右の人差し指を立ててアイクを見た。

 そこでアイクは紋章の刻まれた右手を胸の前に持ってきて、心の中でクライスに呼びかける。

 すると、彼の右手の甲から小さな青い光の玉が現われ、音も無く木製の床に触れた。

 次の瞬間、光が大きくなり、三人の前に煌めく銀髪と涼やかな青色の瞳を持つ青年――聖霊クライスが姿を現した。


「魔法の類いなのは確かだが……」


 実体化したクライスは入れ替わってしまったマルスとパルをじっと見つめてそう呟く。

 

「私も初めて見る魔法だ。一番手っ取り早い解除方法は、術者を特定し、その者に術を解かせるか……あるいは殺すか、だな」


「……なるべく穏便に済ませたいんだが……」


 解決の糸口を見出させてくれたものの、何とも物騒な提案までしてくるクライスにアイクは、なるべく穏便にと念を押す。

 クライスは彼の言葉に「そうか」とだけ返事をした。


「術者を特定……って事は、オレとパルを入れ替える魔法を使った人を探すって事だよね? それなら、パル出来ない?」


 マルスは顎に手を当てながら、己の理解出来る言葉に言い換えると、クライスからパルに視線を移した。

 強い魔力を持つ彼女ならば、魔法の使用者を特定する事は容易いだろうと思ったのだ。


「さっき、やってみたけど……マルスの体だから……魔法とか、いつもの力、使えない……」


 パルはいつものぽつりぽつりとした口調で、首を横に振りながら答えた。

 どうやら入れ替わったのはマルスとパルの人格のみらしい。

 今のパルには魔力も、いつもの怪力も、目に見えない存在と意思疎通する能力も無かった。


 そこで、人格のみが入れ替わっているのならば、パルの体に入っているマルスが術者を特定出来るのではないかと考えたアイクが、彼に力を使ってみるよう促した。

 しかし、普段から魔法はおろか魔力すら無いに等しいまま生きてきた彼にはまるで勝手が分からず、術者の特定は不可能だった。

 三人は再び頭を抱える。


「ふむ……私も調べてはみたが、如何せん私は氷魔法にのみ特化した存在だからな。術者がこの近辺にいる、という事しか分からん」


「俺も同じく。あまり他人の魔力を感知する力が強くないからな」


 クライスとアイクも術者の特定を試みてみたが、二人にはせいぜい術者がこの町の近辺にいるという事しか分からなかった。

 この漠然とした手がかりを基に、どうやって術者の居場所を暴き出すのかで、また三人は頭を悩ませる。


「そういえば、昨日町に出た時、凄く物知りなおじいさんに会ったんだ。ちょっと胡散臭い感じだったけど……自分で町一番の魔導師だって言ってたから、もしかしたら何か分かるんじゃないかな」


 どんよりとした空気が漂い始めたところで、ふと先程同様に右手の人差し指をぴんと立てて、マルスは昨日出会った老人の事を思い出す。

 彼は昨日町に着いてから、アイクに頼まれた買い物がてら一人で町を散策しており、その途中で物知りな老人と出会っていた。

 その老人は自身を「町一番の魔導師」と称しており、胡散臭いとは感じつつも、自分でそう言うくらいなのだから術者の特定も可能だろうとマルスは思ったのだ。


「他に頼れる当ても無いし、その老人を頼ってみるのが一番良いかもしれないな。マルス、案内を頼めるか?」


「うん、任せて」


 アイクの言う通り、今の三人には他に頼れる当てが無い。

 ひとまずその老人のもとへ行き、相談してみるという事で話がまとまり、三人は部屋を出る準備をした。

 元々宿屋には一泊するとしか伝えていなかったので、ひとまず荷物は全て持って出る事にして、三人は各々の荷物を片付けていく。

 一応何かあっては困るので、とマルスとパルは自分の荷物は自分で持つ事にした。

 そうして、準備が整った三人は、マルスの言う「物知りな老人」を探して宿屋を後にするのだった。




 *   *   *




 マルスが先導しながら、三人は物知りな老人の家を目指して町を歩いて行く。

 普段の自分ではない体のマルスとパルは何となく周囲の目が気になったが、事情を知らない周囲の者からすれば特に気になるような事は無かった。

 いつもは感じないような安心感を覚えつつ、マルスは先を急ぐ。


 それからマルスは何度か曲がり道を間違いながらも二人を先導して町を歩き、人で賑わっていた商店街の外れにやって来た。

 外れまで来ると、建物の数も道行く人の数も極端に減り、賑わいのある商店街とは対照的なやや閑散とした雰囲気が漂っている。

 落ち着きのあるその場所を進んで行くと、目を引く橙色の小さな丸い実をいくつも実らせた一本の木が三人の視界に入った。

 木のそばには小さな一軒家が建っており、マルスはやや足早にその一軒家に向かって行く。


 一軒家の入り口に立ったマルスは、アイクとパルがいる事を一度確認してから、そっと扉を叩いた。

 木の板を叩く軽やかな音が響き、三人が扉をじっと見つめて待っていると中からこちらに向かって来る足音が聞こえる。

 そして、ゆっくりと扉が開き、中から一人の老人が顔を覗かせた。


「どちら様かのぉ?」


「こんにちは、サレムお爺さん! あの、昨日会ったマルスです! 実はちょっとお爺さんの力を貸してほしくて……」


 顔を覗かせた老人にマルスは元気よく挨拶をして名乗ってから用件を伝える。

 だが、サレムと呼ばれた老人の方は「一体誰だったか?」とでも言いたげな顔で、首を傾げて頭髪同様に白い顎髭を弄っていた。

 サレムが戸惑うのも無理は無かった。

 昨日彼が出会ったマルスとは、茶髪に深い青色の瞳をした()()なのだ。

 記憶と一致しないマルスの姿を見ても、サレムは反応する事が出来なかった。


「おや、君は昨日会った元気の良い子じゃないか」


 サレムは少し考えてから、マルスの後ろに控えているアイクとパルにも視線を向け、彼の目が()()パルの姿を捉えた時、そう言って反応を示した。


「……こんにちは……?」


 どう反応していいか分からないパルは、首を傾げつつとりあえず挨拶をする。

 サレムは「昨日の元気はどうしたのか?」とでも言いたげな顔で彼、もとい彼女の挨拶に軽く会釈を返す。

 中身がパルであるマルスには、いつものような明朗快活な雰囲気が無く、それとは正反対の大人しく控えめな雰囲気を纏っていたからだった。


「はて……おぬしと連れのお嬢さんから、何とも妙な気配がするのぉ……」


 しばらく不思議そうにマルスの姿をしたパルを見つめていたサレムは、眉間に皺を寄せながらマルスとパルに顔を近づける。


「あの、実は、オレとパルの中身が何かの魔法で入れ替わったみたいで……」


 サレムがこちらの異変に勘づき始めていると思ったマルスは、事情を伝えようと口を開く。

 その途端、サレムは目を見開いてパルの姿をしたマルスを見た。


「なんじゃおぬし!? お嬢さんではなく男だったのか!?」


 ひどく驚愕した様子でサレムは声を上げた。

 目が飛び出そう、という表現が相応しい表情だ。


 魔法で入れ替わってしまったという事情を伝えはしたのだが、サレムは自身を「オレ」と呼ぶ目の前の少女に気を取られていた。

 無論、世界には自身を「オレ」と呼ぶ女がいないわけではないのだが、女は女らしく男は男らしくという保守的な考え方を強く持つ老人には、驚き以外の何物でもなかった。

 サレムの言い方は間違いでは無いのだが、何とも変な誤解をされているような気がして、マルスは返答に困ってしまう。


「え、ええっと……確かにオレは男なんですけど、この体は仲間のパルっていう女の子のもので……。二人共、変な魔法で入れ替わっちゃったんです」


 自分でも受け入れがたい今の状況をマルスは説明していく。

 なるべく変な誤解を招かないようにと、彼は慎重に言葉を選んで話を進めた。


「なるほど。どうりで二人から妙な気配を感じるわけじゃ」


 不思議そうな顔をしながらもマルスの話を一通り聞き終えたサレムは、納得したように頷いて顎髭を弄る。

 ようやく状況が分かってもらえた、とマルスは心の中で胸を撫で下ろした。

 サレムが状況を理解したところで、どうにかこの奇怪な魔法の術者を特定して欲しいという用件を伝えると、サレムは三人の困り果てた顔を見て快諾してくれた。


 体の入れ替わったマルスとパルを自身の前に立たせると、サレムはそっと二人の肩に触れ、目を閉じて意識を集中させる。

 すると妙な緊張感が辺りを包み、二人だけで無く、後ろで様子を見ているアイクもただただ黙ってサレムが目を開くのを待った。


 そして、少しするとサレムは瞼を勢いよく見開いた。

 沈黙を破るかのように勢いよく開かれた瞳に、三人は思わず肩を竦める。


「ふむ……何となく予想はしておったが……」


「……誰だったんです……?」


 肩に触れたまま呟くサレムに、マルスはおずおずと答えを求める。

 サレムは二人の肩から手を離すと、この町の東の方角を指さした。

 マルス達は首を傾げながら、老人の皺だらけの指が指し示す方向を見る。

 皺だらけの指が指す方向には森が広がっており、その木々の中から天に向かって聳える一つの塔があった。


「あの塔に、数年前から住み着いている魔導師がおってな。儂の魔力は、そやつがおぬしらにその奇怪な魔法をかけた張本人だと言っている」


 指を下ろし、サレムは忌々しげにその塔を睨んだ。

 求めていた答えは聞けたものの、マルスは彼が何故そのような顔で塔を睨み付けるのかが気になった。

 何かあったのかと、マルスはそれとなく尋ねてみる。


「あの塔に住んでおるのは、まだ若い魔導師じゃ。名をエヴァと言う。若いながらも実に優れた魔導師でな。奴の才能には、儂も一目置いておる」


 サレムは静かにそう語る。

 睨み付けていたわりにはその人物を持ち上げるような物言いで、どういう事なのかと三人は訝しげな表情で話に耳を傾ける。


「じゃがな……儂はあやつが大っ嫌いなんじゃ!」


 突然吐き捨てるように声を荒げたサレムに、三人は驚いて再び肩を竦めた。

 咄嗟にパルが彼を宥めるように、その肩をさする。


「確かにあやつには大いに才能がある。じゃが、その才能の使い方に問題があってのぉ」


 サレムは長い顎髭を撫でながら、思い切り眉間に皺を寄せる。


「奴は自作の魔法やら魔法薬を作っては、他人を使って……いや、儂を使って実験するような奴なんじゃ。儂もその実験の被害者の一人でな……見ろ、ここ!」


 再び突然声を荒げて、サレムは己の右頬を指さした。

 一体何をされたのか、と三人は指さしている老人の右頬を凝視するものの、何かこれと言ったものは見つけられない。

 怒りで赤くなってきている頬に、深い皺と細かな皺があるという事くらいしか三人には分からない。


「え、えっと……」


「奴の奇怪な魔法で皺を一本増やされたんじゃ!」


 戸惑った様子でマルスが声を漏らすと、サレムは凄まじい気迫でそう答える。

 思わず三人は心の中で声を揃えて「皺……?」と呟いていた。

 サレムは増やされたのがこの皺だと指さすものの、元々皺だらけの頬ではどれが彼の言うものなのかまるで分からない。


「そ、そんな皺の一本くらい分かりませんって」


 気迫に気圧されつつも、マルスはそう言ってサレムを宥めようとする。

 心配しなくても大丈夫だという意味でそう言う彼をサレムは凄まじい眼光で睨み付けた。


「皺が一本増えたんじゃぞ!? 儂の若さが一つ減ったんじゃぞ!?」


 サレムの鋭い気迫が直接向けられたマルスは肩を竦めて息を飲んだ。

 そして、これ以上何かを言うのが怖くなり、慌てて頭を下げて謝った。

 興奮して顔を真っ赤にし、鼻息を荒くしているサレムが倒れてしまわないか心配になったパルが、再び彼の肩をさすって宥める。

 少しすると幾らか怒りが落ち着いてきたらしく、サレムの顔の赤みが引いていき、彼は深呼吸を何度かしていた。


「ふぅ……取り乱してすまんな。ともかく! あやつは大迷惑な奴じゃ。他にも、魔法で白髪を一本増やされたり、魔法薬で一日中口を開く度にシャボン玉が出る状態になったり、今まで散々な目に遭わされたからな! おぬしらにその奇怪な魔法をかけたのも奴で間違い無いじゃろう」


 サレムはまだ眉間に皺を寄せたまま、大きく息を吐き出してからそう言った。

 ようやく落ち着きを取り戻した老人に、三人は心の中で胸を撫で下ろしていた。

 それと同時に、何故その魔導師はサレムばかりに魔法や魔法薬の実験をするのか疑問に思った。

 とはいえ、今はそれを考えている場合ではないと、その疑問を頭の隅に押しやる。


「教えてくれてありがとうございます、サレムお爺さん」


「礼には及ばんよ。まあ、奴は儂が一目置いているだけの魔法の才があるからの。行くのならば用心して行くんじゃよ」


 マルスが感謝の言葉を伝えると、アイクとパルはその後ろで頭を下げる。

 三人の様子にサレムは何度か頷いて応えると共に、東の塔に行くのならば念のためと忠告をした。

 とはいえ、その魔導師がサレムにこれまでかけた魔法も、自分とパルにかけた魔法も何か怪我に繋がるようなものではないため、マルスは何となくその魔導師がそこまで悪い相手ではないように思った。


 サレムの忠告を聞いてから三人はもう一度感謝を伝えると、早速東に聳える塔を目指して町の出口へと歩き出した。

 三人は東の塔に住む天才魔導がどのような人物なのか、何故自分達やサレムを含む他者に自作魔法を試すような事をするのかと、未知なる相手への思いを巡らせる。

 並んで歩く三人を塔へと誘うかのように、風が東の方角へ吹き抜けていった。

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