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DESTINY―絆の紡ぐ物語―  作者: 花城 亜美 イラスト担当:メイ
第4章 お前は誰だ?
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2.オレがお前で、お前がオレで

非常事態、発生。

 雪国を抜けてから数時間歩き、三人は目指していた町リュフトに辿り着いた。

 疲れが溜まっていた三人は町に入ってから、いつものように町を見て回る事無くすぐさま宿屋へ直行した。


 疲れの滲んだ表情で三人は宿屋で宿泊の手続きを行い、案内された部屋に入る。

 荷物を置いて身軽になってから、三人は翌日から辿るべき経路を確認し、その後は各々が好きなように夜までの時間を過ごす事にした。


 マルスは町を見て回るついでにアイクに頼まれて必要な物の買い足しに行った。

 アイクは契約を結んで新たに仲間となったクライスと部屋で話をし、パルは部屋の本棚にあった花の図鑑を黙々と読み、各々の自由な時間を楽しんだ。


 そして、いつの間にか太陽は沈み、代わって月が空から地上を見守る時間が訪れた。

 三人はいつもより早めに夕食をとってから風呂に入り、すぐ寝床に着く。

 雪道を歩いて来た疲れが抜けない三人は、いつものように何かを喋るという事も無く、ベッドに寝転んでからそう時間の経たないうちに眠ってしまった。




 *   *   *




 そして、その翌朝。

 異変に気がついたのは、まさに目覚めの時間だった。


「んー……よく寝たぁ……」


 目を覚ましたマルスは、欠伸をこぼしながら体を起こす。

 体を起こしてから両腕を思い切り天井に向けて伸びをし、もう一度欠伸をこぼした。


(あー変な夢見たなぁ……。ユウタイリダツ、ってやつみたいな……)


 マルスは自分の意識が体から抜けていくような不思議な夢を見たらしい。

 珍しく彼が一番に起きた原因は、変な夢を見たせいだった。

 夢の内容を思い出しながら、カーテンの隙間から差し込む日光の眩しさに何度か目を擦り、ようやく目がしっかりと開けられるようになったマルスは、とある違和感を覚える。


(あれ……オレ昨日寝たの、このベッドだったっけ? なんか、目を閉じる前に見た景色と違うような……)


 昨晩、ベッドに寝転んでから目を閉じるまで見えていたのは、洗面所や浴室に繋がる扉と一つのベッド。

 だが、今視界に映る景色には洗面所への扉は無く、ベッドは二つ。


 どういう事か、とマルスは首を傾げた。

 すると、さらりと僅かな音を立てて、背中の方から何かが肩に掛かった。

 突然視界に入ったそれを見てみれば、それは黒くさらさらとした長い髪だ。


「……え」


 思わずマルスは声を漏らした。

 自分の髪は確か母似の茶色だったはずとマルスは思う。

 父親は黒髪で、父に外見が似た兄は黒髪だったが、まさか突然自分の茶髪が黒髪に変異するとは考えにくい。


「な、なんで……」


 長い黒髪を掴んで凝視するが、まるで原因は分からない。

 そして、マルスは今の「なんで」と言った自分の声に新たな違和感を覚える。


「オレってこんなに声高かったっけ?」


 確かにいつもより声が高くなっていた。

 もともと男にしては声が高い方だという事を自覚しているが、それにしたってこの声の高さはおかしかった。

 何度か声を出して確かめてみるが、やはり自分の声ではない。


 嫌な予感がしてきたマルスは、慌ててベッドから飛び降りて洗面所へ向かう。

 洗面所へ向かう途中、彼は自身の体がいつもよりずっと軽く、目線も低いように感じていた。

 ますます募る嫌な予感で心臓の鼓動が速くなっていくのを感じながら、勢いよく洗面所への扉を開けて鏡の前に立った。


「えっ……」


 マルスは鏡に映る自分を凝視して固まった。

 鏡に映るのは深い青色の瞳と柔らかな茶髪の少年――ではなく。

 淡い青色の瞳と長くさらさらとした黒髪の、見覚えがある少女の姿。


「えェェッ!?」


 マルスはあまりの衝撃に、他の二人がまだ寝ている事も忘れて叫び声を上げる。

 その直後、寝室の方から慌ただしい足音が聞こえ、その主が洗面所の扉を勢いよく開けて飛び込んで来た。


「どうした!? ()()!」


 勢いよく洗面所の扉を開け放って入ってきたのはアイクだった。

 叫び声を聞きつけてきた彼は酷く焦った顔と声で、目の前にいる人物に向かって()()と呼びかけた。

 そう、マルスの姿が、どういうわけかパルに変わっていたのだ。


「オ、オレ……なんで、パルに……」


 震える声で呟きながら、鏡に映る自分ではない自分の姿とここに来たアイクを交互にマルスは見る。

 まるで状況が分からないアイクは、軽く首を傾げながら何があったのか推測していた。


「ど、どうしよう、アイク……!」


 マルスはどうにかしてくれと言わんばかりの勢いでアイクに詰め寄り、彼の寝衣の胸元を掴んだ。

 普段ではあり得ないほど近い距離にいる彼女に、アイクの頬が見る間に紅潮していく。

 彼はまだ目の前にいる彼女が本当のパルではない事に気がづいていない。


「なんでオレ、パルになってるんだよぉ!」


 泣きそうな声と表情でマルスはそう訴える。

 その言葉で、ようやくアイクは目の前の()()に起きている異変に気がついた。


「……まさか、マルスか……?」


 僅かに身を引いてパルの顔を覗き込み、アイクは目の前の彼女がマルスなのではないかという、信じがたい憶測を確かめるために恐る恐るといった口調で尋ねた。

 するとパル――否、マルスは何度も頷いて自分の存在を彼に訴える。

 アイクの憶測が確信に変わり、彼はこれでもかと目を見開いてマルスの姿を凝視した。


「な、何があったんだ?」


「知らないよ! 起きたらこんな事になってて……」


 一体何事なのかとアイクが尋ねると、マルスは酷く困り果てた顔でそう答えた。

 マルス自身には何の心当たりも無い。

 目覚めて気がついたらこのような事になっていたため、彼自身も理解が追いついておらず、それ以上の説明は出来なかった。


 救いを求めるようにマルスはアイクを見る。

 彼がパルの姿をしているため、アイクは自然と上目遣いに見つめられている形になり、緊張で考えるどころでは無くなっていく。

 だが、姿は彼女のものであっても、今目の前にいるのはマルスだ。

 必死にアイクは「これはマルスだ」と自分に言い聞かせて、冷静さを取り戻そうとした。


「わ、分かったから、少し離れてくれないか……」


 どうにか目の前にいるのがマルスだと認識が出来たものの、パルの顔が至近距離にある事にアイクは耐えられそうになかった。

 マルスは適当に謝りながら彼から離れ、再び途方に暮れた顔を彼に向ける。


 少し落ち着いてからアイクは顎に手を当てて、なぜマルスがこうなったのかと考える。

 マルスも幾らか落ち着きを取り戻したようで、彼の仕草を真似をして考える素振りをした。


「……今、パルの体の中身がマルスなんだよな?」


「うん、そうだよ」


 しばらく互いに無言で考え込んでいると、ふとアイクが確かめるように尋ねてきた。

 なぜ改めてそんな事を聞くのかと思いながら、マルスは頷きと共に答える。


「そうなると、マルスの体は……まさか、な……」


 アイクは今自分の頭を過ぎった嫌な考えに顔を顰める。

 その考えを何となく感じ取ったマルスは、驚きと焦りの表情を浮かべてアイクを見た。

 パルの体の中身がマルスならば、その逆の事態もありうるのだ。


「た、確かめに行こう!」


 互いに顔を見合わせてマルスが言うと、二人は慌ただしい足音を立てながら寝室への扉を勢いよく開けた。


 まだカーテンの開いていない寝室は薄暗い。

 その薄暗い空間には、一つの人影が佇んでいた。

 人影はゆったりとした動きで自身から一番近い窓に歩み寄って行き、カーテンを掴むと左右へ引く。

 カーテンが開け払われた窓から眩しい朝陽が薄暗い部屋に差し込んできた。

 差し込む日の光はマルス達には逆光となり、視線の先にいる人影の形をはっきりと彼らの目に映す。


 二人はその人影が、長い髪を持つ、華奢で背が小さな見慣れたものであって欲しいと願った。

 だが、期待とは案外簡単に裏切られるものだ。

 視線の先にある人影は、二人が期待する姿のものよりも背が高く短髪だった。

 確かに見慣れたものではあったが、二人が望んでいたそれとは明らかに違う。


 人影が持つ短い髪の毛先の茶色が、朝陽を浴びて柔らかく光っている。

 日光を浴びながらその人影は小さく欠伸をこぼすと、二人の方にくるりと体を向けた。


「おはよ……」


 人影がこぼした声は、やや高いとはいえ明らかに男のものだ。

 そして、ようやく見えたその容姿もやはり男のもので、柔らかな茶色の髪と深い青色の瞳をしていた。

 そう、マルスの姿をしていたのだ。


「思った通りだったか……」


 溜め息混じりにアイクが呟き、右手で額と目元を覆って唸るような声を漏らす。

 こうなっているだろうとアイクは確信していたが、心のどこかでは何事も無いのではないかという僅かな希望を捨てきれずにいた。

 だが、嫌な予感というものは大抵当たるものだ。

 自身の嫌な予感が現実のものになり、アイクは溜め息をこぼす他無かった。


「あれ……私が、もう一人いる……」


 首を傾げながら、ぽつりぽつりと話す独特の口調と「私」という一人称から、目の前にいる少年――マルスの中身がパルになってしまっている事実がより確かに伝わってくる。

 パルの方はまだ寝惚けているのか、自分の体がマルスのものに変わっている事に気づいていない。

 それどころか、もう一人自分がいる夢を見ていると思っているようだ。


「違うよ、オレだよ!」


「なんで……マルスみたいな喋り方、するの……?」


 マルスの訴えに対して目が覚めきっていない、ぼんやりとした声でパルは聞き返す。


「オレはマルス! なんか、オレとパルの体が入れ替わっちゃったみたいで……ほら、今のパル、オレの体してるから!」


 寝惚けた彼女にマルスはどうにかこれが夢ではなく現実で、姿は違えど自分はマルスである事を必死に説明する。

 彼に自分の体を見てみるよう言われたパルは首を傾げながら自分の手を見て、それから足元に視線を落とす。


 手はいつもより大きめでやや骨張っており、男らしさがあった。

 そして、見下ろす足までの距離が普段よりも長いように感じる。

 徐々に覚醒し状況を理解し始めたパルは目を見開いて、すぐさま洗面所に飛び込んだ。


 鏡の前まで滑り込むようにして行くと、パルは恐る恐る鏡を、鏡に映る自分の姿を見る。

 鏡に映るのは、黒髪と淡い青色の瞳の少女――ではなく、茶髪と濃い青色の瞳の少年。


「嘘……本当に、マルス……」


 呆然とした顔でパルは自分の頬をペタペタと触る。

 肌はいつもより僅かに手触りが粗い。

 輪郭も丸みが強く、頬の肉付きも厚くなっている。

 鏡に映る姿、手に伝わってくる感触から、自分が()()()なのだと考えざるをえなかった。


「アイクは、何とも無いの……?」


「ああ、俺はな」


 驚きに目を丸くして頬に手を当てたまま、パルはアイクの方に顔を向けてそう尋ねる。

 アイクは特に変わった点が無い事を伝えるように両手を広げてみせた。


「なんで、私とマルスだけ……?」


 何故アイクは何とも無く、自分とマルスだけがこうなってしまったのか。

 パルはもう一度自分の体に視線を落として考える。

 マルスも彼女同様に考えてみるが、全く思い当たる節が無かった。


 しばらく三人が寝衣姿のまま洗面所で考え込んでいると不意に、ぐぅ、とパルとマルスの腹が同時に小さな音を立てた。

 その気の抜けた音に、場の空気が緩む。


「……ひとまず、朝食をとってからにしないか?」


 呆れたような、だがどこかいつもと変わらぬ事に安堵したような表情を浮かべて、アイクがそう提案した。

 非常事態に三人は朝食の存在をすっかり忘れていたのだ。

 このままここで考え込んでいても埒が明かず、空腹に耐えられなくなるのも時間の問題だろう。


「そうだね。腹が減っては………なんだっけ?」


「戦が出来ぬ、だよ……」


 マルスは彼の提案にうんうんと頷きながら、もっともらしい諺を言おうとするも、いまいち知識があやふやな彼は言葉を詰まらせる。

 正しい諺の続きが出てこない彼を見かねたパルが、そっと耳打ちして教えてやった。


「ああ、それそれ。腹が減っては戦が出来ぬ」


 ぽん、と手のひらに拳を乗せてマルスが今度こそ正しい諺を言う。

 ちゃんと覚えて、とパルが言うと、彼は適当な返事をした。


 そんなやりとりをする二人の姿を、アイクは何とも言えない顔をして眺めていた。

 どこからどう見ても、パルがマルスにものを教わっているようにしか見えないのだ。

 見慣れない、何とも異様な光景にアイクは何度も瞬きを繰り返すのだった。

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