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DESTINY―絆の紡ぐ物語―  作者: 花城 亜美 イラスト担当:メイ
第3章 氷の刃
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18.羨望

強くなる親友への、憧れと焦り。

 禍々しい彫刻の施されたランプに灯る怪しげな紫色の炎に照らされた薄暗い城の廊下に、かすかな足音が一つ聞こえる。

 否、ほとんど聞こえないと言っても過言ではない。

 音の少ない、気配を消すかのような歩き方でその足は進んでいく。


 暗がりからランプの光が当たる所まで足が進んでいくと、紫の灯りがその主の顔を照らし出した。

 足音の主は、アヴィス四天王の一人であるゼロスだった。

 灯りでほんのりと照らされる彼の左頬には、アイクの最後の一撃によって付いた僅かな切り傷が一筋、痛々しく残っていた。

 傷のある顔に不機嫌な表情を浮かべながら、ゼロスは廊下の突き当たりにある扉を開けて中に入る。

 そこは、いつも四天王達が溜まり場にしている部屋だ。


 ゼロスが中に入ると、四天王の一人である金髪の少女の姿があった。

 彼女は膝の上で本を開きながら、美しい模様の入った愛用のティーカップを片手に、優雅なティータイムを楽しんでいる様子だ。


「ゼロスにしては、珍しく追い詰められたみたいねぇ」


 ゼロスが戻ってきた事に気づいた少女はティーカップと本を置いて顔を上げ、彼の不機嫌な顔つきを見て小さく笑みをこぼした。

 そして優雅な動きで細く長い足を組み、彼女はゼロスの反応を窺う。


「……見ていたのか?」


「ちょっとだけ、ね。なかなか面白かったわよ」


 少女は艶のある唇に指を添えて、また笑みを浮かべる。

 大人の妖艶さと少女らしい可憐さが混在したその笑みは、普通の男ならば思わず見惚れてしまいそうなものだ。

 とはいえ、ゼロスは他人に対してあまり興味を抱く方ではないため、気にも留めていなかった。


 彼女はゼロスが三人と戦闘している様子をここで自身の魔法を通して見ていたらしい。

 見られていた事を知ったゼロスは、小さく溜め息をついて少女を睨む。

 だが、彼女はゼロスの睨んで来る視線を気にしている様子などまるで無かった。


「……聖霊の力は想定外だった」


「珍しいわね。貴方がそんな事を言うなんて」


 覗き見されていた事への不満が伝わっていないと悟ったゼロスは彼女から視線を逸らし、低い声でそう呟く。

 分析能力の高いゼロスが相手の力量を見誤る事はほとんど無い。

 だが今回は、守護聖霊がアイクに力を与えるという思わぬ事態があったせいで、彼の読みは外れてしまった。

 それによって、分が悪くなってしまったゼロスは撤退の選択をする羽目になったのだ。

 アイクとの戦いを思い出して僅かに苦い顔をする。


「……他の二人は?」


「リンゴちゃんなら、ゼロスが出ていってからどこかに出掛けていったわ。とっても苛立った様子だったわね」


 ゼロスは小さく溜め息をつくと、窓の前に立って外の景色に目を向けながら、他の四天王の行方を問うた。

 アベルの姿のみ見かけていた少女は、手慰みに艶やかな金髪の毛先を指に巻き付けながら、彼を見かけた時の様子を語る。


「リンゴちゃんの事だから、憂さ晴らしに魔物狩りかしら。多少なら良いけれど、あんまり狩りすぎるとハデス様に怒られちゃうわ」


 くるくると回していた指を止めると、巻き付いていた金色の髪が螺旋を描いて解けていく。

 髪が元に戻ってから、少女はゆっくりと視線を上げてゼロスを見た。


「あの子が狩りすぎて、あたしまで怒られるのは嫌だから……ゼロス、リンゴちゃんを迎えに行ってくださる?」


「なぜ俺が……」


「だって、リンゴちゃんの苛立ちの原因は貴方ですもの」


 唐突にアベルを迎えに行けと言われ、ゼロスは面倒そうな表情を浮かべて少女に目をやった。

 理由を問うと、アベルが憂さ晴らしとして魔物狩りに行った原因がゼロスにあるからだと少女は答える。

 そこで思い返してみれば、勇者三人組を倒すために城を出ていこうとした時のアベルとのやりとりが、彼の苛立ちの原因だとゼロスは悟る。


 ハデスが地上界侵攻のために生み出した魔物の数を、僅かであれど減らされるのも、それによってアベルだけで無く自分達までハデスに叱責される事も、ゼロスとしては避けたい事だ。

 だが、それらを避けるためにアベルを迎えに行く事もひどく面倒に感じていた。


「はい、いってらっしゃい」


 重々しく溜め息をつくゼロスに向けて、少女はそう言って指を一振りした。

 すると、ゼロスの足元に魔法陣が現れ、そこから溢れる淡い紫色の光に彼は包まれる。

 少女が転移魔法を使用し、その力で無理矢理にアベルのもとへ送られる事に気づいたゼロスは彼女を睨み付けた。


「よろしくねぇ」


 彼の睨みなど意に介さず、少女は笑みを浮かべてひらひらと手を振る。

 するとその直後、文句を言おうとしたゼロスの口が言葉を発する前に、彼の姿は光と共にその場から消えてしまった。


 ゼロスがいなくなってから、少女のアネモネのような紫色の瞳は窓から見える魔界の空に向けられる。

 彼女の紫の瞳は、どこか物憂げに空の毒々しい色を映していた。




 *   *   *




 地上界ヒュオリムでは、マルス達がクライスの力でシュトゥルム大氷窟からネーヴェの町に戻ってきていた。

 自分達を包んでいた青い光が消えると、目の前には氷窟の冷たくも美しい景色ではなく、ネーヴェの町の穏やかで温かな雰囲気を纏った景色が広がっている。


「おぉ、すごい! 本当に戻ってきた!」


 転移魔法での移動は生まれて初めてであり、本当に一瞬で町まで戻ってきた事への驚きを隠せず、マルスは視線の動きに合わせて体を回して興奮げに辺りを見回す。

 彼が回るせいで、背中にいるパルは体調の悪さに拍車がかかったように感じ、頼むからじっとしてほしいと彼を窘めた。

 つい興奮で彼女の体調から意識が飛んでいたマルスは、慌てて動きを止めて彼女に謝った。


「念のため、医者を呼んでくる。マルスはパルを連れて、先に宿屋に戻っていてくれるか?」


 二人のやりとりが終わったところで、アイクがそう言った。

 治癒魔法ではどうにもならない不調に陥ってしまったパルの容態を、一度しっかり医者に診てもらった方が良いと彼は考えていた。


「いいけど、アイクは大丈夫なの? オレが行こうか?」


 パルを連れて先に宿屋へ戻れと言われたマルスは、心配そうな顔でアイクを見て尋ねる。

 治癒魔法で傷は治せても、流れ出た血液は元に戻らない。

 ゼロスとの戦闘でそれなりの量の血を流したため、あまり体調は思わしくないはずなのだ。


「いや、診療所までは俺が行く。多少だが貧血気味なんだ。パルを背負って宿屋まで行ける力が出ない」


 マルスが心配した通り、アイクはやはり軽い貧血になっているらしい。

 そのため、マルスに診療所まで行くのを代わってもらったところで、今の彼にはパルを背負って宿屋まで行ける力が無かった。


 先に宿に着いてから、マルスに呼びに行ってもらう事も考えたが、程度は軽いながらも彼もまた負傷している。

 加えて、ずっとパルを背負っていた疲労も幾らかあるだろう。

 三人共どこかしら怪我や不調を抱えている今、二度手間になるのは避けたかった。


「私、歩けるよ……」


 幾らか体調も魔力も回復してきたらしいパルが、そう言ってマルスの背から降りようとする。

 自分さえ歩ければ、アイクにもすぐ休んでもらう事が出来ると思ったからだ。

 だが、最後に氷を元に戻すために使用した風魔法の負荷も新たに体にかかっている彼女は、実のところまだ歩くのも苦しいはずだった。


「パルは休んで待っていてくれ。俺は少し気だるい程度だが、パルはまだ顔色が悪いし、それほど体調が良くなっていないだろう?」


 アイクはマルスの背から降りようとした彼女の肩をそっと押さえて、それを制する。


「でも……頑張ったのは、アイクだし……私より、アイクが休まなきゃ……」


 ゼロスと戦って自分達を守ったのは、他でも無いアイクだ。

 彼女はそれを分かっているからこそ、敵にやられ、治療しかする事が出来なかった自分がアイクより先に休む資格は無いと思っていた。


「パルのおかげで、この程度で済んでいるんだ。それに、魔法の負荷は普通の疲労なんかよりも大きいはずだ。だから、今は先に休んでいて欲しい」


 彼女の頭を軽く撫でて、アイクはそう言う。

 確かに魔法による疲労は普通のものより強く、それがいつになく重くのし掛かっている今、パルは早く横になりたいのが正直なところだ。

 それに加えて、彼の言葉と撫でる手があまりにも優しくて、パルはこれ以上反論する事が出来なかった。


「分かった……ごめんね、アイク……。ありがとう……」


 パルはひどく申し訳なさげな表情を浮かべながら、ここは素直に彼の言葉に甘える事にした。

 謝罪と感謝を伝えてくる彼女に、アイクは優しく微笑んで気にするなという意を込めて頷いた。

 彼女の頭から手を離すと、アイクは診療所のある方向に体を向ける。


「ついでにマルスは医者に頭でも診てもらうか? 多少は馬鹿が治るかもしれない」


「さらっと酷い事言わないでよ」


 足を踏み出しかけたところで、アイクはおどけた口調でマルスに向けてからかいの言葉を投げた。

 さらりと彼から投げ掛けられたからかいに、唇を尖らせてマルスは文句を言い返す。

 だが、そのからかいが場を和ませるための冗談だという事をマルスは何となく理解しており、加えて今は二人の体調が心配だったために、いつものような言い争いには発展しなかった。


 喧嘩に発展しなかった事に安心しながら、パルが二人のやりとりに思わず笑い声をこぼすと、マルスもアイクもそれにつられるように笑い出した。

 疲れ切った三人の様子が、見る間に和やかに変わっていく。

 笑い合うだけで疲れが消えたかのようになった三人を、クライスは傍らで不思議そうに眺めていた。

 ひとしきり笑い、三人の笑い声が収まったところでクライスがそっと口を開く。


「我が主よ、私はお前の紋章に宿っている。必要な時はいつでも呼ぶと良い。ただし、呼び出すには主自身の意思が必要だ。気絶しているような状態では、契約者である主を守る事は出来たとしても、あとの二人は助けられない可能性の方が高いと覚えておいてほしい」


 クライスは診療所の方へ体を向けていたアイクのそばに来てそう告げた。


「ああ、了解した。これからよろしく頼む、クライス」


 彼の言葉に返事と信頼の意を込めた挨拶をするアイクに続き、マルスとパルも「よろしく」と彼に一声かけた。

 三人の「よろしく」という言葉を受け止めてクライスはゆっくりと頷くと、小さな青い光の粒となってアイクのグローブに――その下に隠れる紋章に吸い込まれるように姿を消した。


「それじゃあ、マルス。パルを頼んだ」


 クライスが吸い込まれていった右手を何度かさすってから、アイクはマルスにそう言い、町医者のいる診療所への道を歩き出した。

 歩いて行く彼の背中をマルスは見送り、パルを背負ったまま宿屋へ向かう道を歩き出す。

 炎の魔石が埋め込まれた道にうっすらと積もった雪に足を取られて転ばぬよう、マルスは慎重に一歩ずつ歩みを進めて行く。


「オレも、もっと強くなんないとな……」


 歩いている途中、ふとマルスがいつになく低く真面目な声で呟いた。

 その呟きが、彼の背に揺られているパルの心に何となく引っ掛かりを作る。

 普段と違う真面目なその声と言葉の端々に、彼の焦りや不安のようなものを感じたからだ。


「どうしたの……急に……」


「いや、さっきのアイク見ててさ……こう、羨ましくなったんだ。何て言うか……本当に強いなって思った」


 感じた疑問をそれとなくパルが尋ねてみると、マルスは素直な感情を打ち明けてきた。

 マルスとアイクは幼い頃から互いに切磋琢磨し合ってきたライバル同士で、どちらも相手に負けたくないという想いを強く持っている。

 そのため、彼がこれほど素直にアイクに対して羨望の感情を抱く事は、近くでずっと彼を見てきたパルにとっては珍しく感じられた。


「オレも、早く強くなりたい。今のオレじゃあ、さっきのゼロスとかいう奴にも勝てそうにないし、むしろ足手まといになってた気がするし……」


 空からふわりと落ちてきた雪が地面に着いて溶けるように、次第にマルスの声量が小さくなっていく。


 二つの流派の剣術を使いこなし、魔法も操る事が出来るアイク。

 そしてつい先刻、彼は氷の力を司る聖霊クライスと契約を結び、その守護の力を得た事でさらに強い存在となった。

 マルスはそれが堪らなく羨ましく、それと同時に自身の無力さを痛感していた。


「オレがもっとちゃんと戦えたら……魔法だって使えたら、パルが体調崩したり、アイクがあんな怪我しなくて済んだはずだろうしさ。……ごめんね」


 初めて聞くような重々しい声での謝罪だった。

 彼の謝罪の言葉は、今この場にいないアイクにも向けられていた。

 だが、彼の言葉は謝罪の感情以上に、弱い自分を責める感情の方が色濃く滲み出ている。

 パルは今の彼の様子が、ネジュス地方に入る前に狼の魔物を倒した時の彼と同じように感じた。


「そんな事、無い……大丈夫だよ……」


 パルには、どう返してやっていいか分からなかった。

 気休めにしかならないだろうと思いながらも、いつも彼が自分達に言ってくれるように「大丈夫」という言葉を返す。

 うん、と一言だけ小さな声でマルスの返事が聞こえた。


 それきりマルスは何も喋らなくなり、冷えた空気と共に沈黙が二人を包む。

 その沈黙は何とも気味が悪く、パルはひどく居心地悪く感じた。

 マルスと一緒にいてこれほど暗く息苦しい沈黙が流れるのは、パルにとって初めてだったからだ。

 いつでも明るく、話題の尽きない彼と一緒にいて話の小休止以外の沈黙が流れるなど、パルの中ではあり得ない事だった。

 気持ちの悪いその沈黙に耐えられなくなったパルは、この空気をどうにかしなければと思っておずおずと口を開く。


「……マルスは、マルスで……少しずつ強くなれば、いいんじゃないの……?」


「でも……」


 何か言い返そうとしているが、マルスはそれ以上言葉を紡げずに口をつぐんでしまう。


「焦らなくて、いい……。焦ってばっかりだと……大事なもの、見えなくなっちゃう……」


 今一番伝えておきたい、否、伝えておかねばならないと思った言葉をパルは彼の背中に向けて言った。

 今度は彼からは何も返ってこない。

 返事も無く沈黙するマルスの表情が見えず、それがますますパルの不安を煽る。

 体を預けている彼の背中が急に氷のように冷たくなった錯覚がパルを襲った。

 壁のように自分と彼の間に硬く冷たい氷が現われたようだ。


「……だから、マルスはマルスで、頑張ればいいの……」


「そうなの、かな……」


 この氷を溶かさなければと思い、パルは彼の肩を掴む手に力を込めてそう言った。

 今度は返事が聞こえてくる。

 だが、ようやく聞こえた声はひどく朧げで、声と共に彼の口から出た白い息が雪国を覆う灰色の空に溶けていった。

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