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DESTINY―絆の紡ぐ物語―  作者: 花城 亜美 イラスト担当:メイ
第3章 氷の刃
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16.新たな仲間

新たな仲間と共に。

 四天王を名乗る少年ゼロスを辛くも撃退したアイク。

 だが、彼に勝ち、マルスとパルを守り、全滅を免れられたという一番望ましい結果になったものの、アイクの心には拭いきれない悔しさがあった。

 未熟な貴様一人くらいいつでも殺せる、そう言われたような気がしてならなかったのだ。

 完全とは言えない勝利が、ゼロスの強さにはまだ追いついていないという事実が、悔しさとなって彼の心に残っている。

 込み上げてくる悔しさに、無意識で拳を強く握りしめた。


「うっ……!?」


 拳に力が込められたその直後、突然アイクの全身に貫くような激痛が走った。

 同時に体の至る所から赤い血が滲み、服に付いた赤黒い染みを上塗りしながら地面にも落ちていく。

 透き通る青色の床に、血の赤色がいやに映えて見えた。


「ア、アイク!?」


 突如血を流して苦しみ出したアイクを見て、マルスは慌てた足取りで彼に駆け寄った。

 襲って来る痛みに耐え切れずアイクはその場に崩れるように座り込み、そんな彼をどうすればいいか分からないといった様子のマルスが慌てふためく。


「落ち着け。私の氷魔法が解けただけだ」


「で、でもっ……」


 いつの間にかそばに来ていたクライスが落ち着き払った声でマルスに言うが、彼はアイクが死んでしまうのではないかという焦りを顔に浮かべている。

 これほど苦しんでいる親友を前にして「落ち着け」と言われても、落ち着く事など出来るわけがなかった。

 マルスは一層慌てて、どうにか出来ないかと頭を抱える。


「マルス……手、貸して……」


 マルスが頭を抱えていると、祭壇の下からパルのか細い声が聞こえてきた。

 彼女はようやく体の不調が幾らか落ち着いたらしく、何とか体を起こしてマルスに手を伸ばしている。

 縋るような思いでマルスはすぐに階段を駆け降りて彼女のもとへ行き、伸ばされた手を取って立ち上がる助けをした。

 彼に支えられながら、パルは立ってアイクのもとへと階段を登っていく。


「大丈夫……すぐ、治してあげるから……」


 マルスに付き添われたまま彼女は、アイクのそばに座って優しい口調で声をかけた。

 彼女の声と言葉に幾らか安心感を覚えたアイクが、きつく顰めた表情を僅かに緩めると、彼女が両手を翳して瞼を閉じる。

 無風の空間であるというのに、彼女の髪は風に吹き上げられたかのように浮き上がり、さらにそばにいるマルス達の髪までもが揺れた。


 それは、彼女が魔力を集中させている証拠だった。

 普段見ないほどに彼女の髪が浮き上がり、周囲にいる自分達の髪までも揺れる様子から、マルスは彼女がかなり強力な魔法を使おうとしている事を感じる。


「大いなる、癒しの光を……!」


 十分な魔力が集まり、パルがゆっくりと瞼を開いた次の瞬間、彼女の手のひらから目映い青色の光が溢れ、その光は傷と血だらけのアイクを包み込む。

 目映くも温かな光に包まれ、体中の痛みが消えていくのをアイクは感じながら、彼はその光が持つぬくもりに身を委ねる。


 十秒ほどが経過し、彼女は翳していた手をゆっくりと下ろす。

 それと同時に、アイクの体を包んでいた目映い青色の光が小さくなり、音も無く消えた。

 マルスが眩しさから目を守っていた手を下ろし、座り込んでいたアイクの姿を見ると、彼の体中に刻まれていた痛々しい傷は無くなっていた。

 まるで怪我などしていないかのように思えるほどだ。

 しかし、彼の服に滲んだ赤黒い染みや、斬撃を受けて出来た服の切れ目から覗く肌に残る血の痕が、ゼロスとの戦闘が現実である事を物語っている。


「痛く、ない……?」


「ああ、嘘のように痛みが消えた。ありがとう、パル」


 心配げな表情で見つめてくるパルを安心させるように、アイクは優しく微笑んで答える。

 彼女はその笑みに安堵して胸を撫で下ろし、まだ力無い様子ながらも同じように微笑みを浮かべた。

 その次の瞬間、二人の傍らにいたマルスが突然、目に涙を浮かべながらアイクに飛び付いた。


「ホントに良かったよぉぉ!」


「っ、おい! マルス!」


 唐突に抱きつかれて驚かない者はいない。

 驚きとマルスの勢いで体が倒れそうになるのに何とか耐え、咄嗟にアイクは両手で彼の体を押し返す。


「アイク死んじゃうかと思ったんだよぉ! 生きてて本当に良かったぁ……」


「二人を守れずに死ぬのは、騎士にあるまじき失態だからな。……と言うより、苦しいから放してくれ……」


「あっ、ごめんごめん」


 そう言ってマルスはアイクを放してやる。

 相手が異性だろうと同性だろうと、素直に感情を行動に表すのはマルスの癖だった。

 彼が心底心配し、自身の無事を喜んでくれている気持ちは確かに伝わっており、アイクはそれを嬉しく思っていた。


「マルス、力を貸してくれて助かった」


 アイクがそう言いながら手に持った剣を彼の前に出す。

 父の形見の剣が手元に戻され、マルスはアイクの感謝の言葉から自分が彼の力になれた事に喜びを感じて笑みを浮かべた。


「困った時はお互い様でしょ。どういたしまして」


 アイクから剣を受け取ったマルスは笑顔を浮かべたまま、剣を鞘に収めた。


「……ところでさ、その人誰?」


 剣を片付けたマルスは、いつの間にかアイクの隣に現れていた人物を指差して問う。

 彼が指しているのは、聖霊クライスだった。


「本来の姿で会うのは初めてだな。改めて、私は聖霊クライスだ。神アジェンダの命によって、世界を救う選ばれし者を守護すべく生まれた存在……アイクの守護聖霊だ」


「えっ、あの玉からしてた声!? へぇ……ちゃんと体あったんだ……。てっきりあの玉が体なんだと思ってた……」


 レジェンダの洞窟で出会った聖霊の体が虹色の炎であったように、ずっと宝玉がクライスの本体だと思い込んでいたマルスは、ひどく驚いた顔で彼を見た。


「失礼な奴だな。お前が私の主でなくて良かった。お前には()()()鹿()の主がお似合いだ」


 クライスは呆れたように目を細めてマルスを見ながらそうこぼした。

 最後の一言だけは囁き程度の声量で、マルスの耳には届いていない。


「なんか言った?」


「いいや、何も」


 最後の方に何を言ったのか聞き取れず、聞き返してきたマルスに対して、クライスは何とも素っ気なく返事をした。

 マルスは軽く首を傾げて怪訝そうな表情を浮かべながらも、それ以上は気にしなかった。


「パルの言っていた声の正体が、まさか守護聖霊だったなんて……思いも寄らなかったな」


「私はこの地で何百年も眠っていたが……ここ百年ほどで闇の力が強くなっているのを感じていた。アジェンダ様の危惧した時が来るのだろうと考えた私は、眠りから目覚め、現われるであろう選ばれし者を……お前達を導くためにずっと声を送っていた。それを偶然か必然か、そこ賢者の少女が聞き取ってくれたというわけだ」


 台座のそばに転がったままの自身の剣を取りに行きながらアイクが言うと、クライスは目を閉じながらここまでの経緯を説明した。


「まあ何はともあれ、魔王討伐のための強力な味方が出来たんだ。声を追って来て正解だったな」


 剣を鞘に収め、そう言いながらアイクはマルス達のそばに戻る。

 聖霊クライスの仲間入りに、マルスも心強さを感じているらしく、アイクの言葉に大きく頷いていた。


「じゃあ、声の主のクライスが仲間になった事だし、そろそろここを出ようよ。パルの手当てもしないといけないからさ」


 そう言ってマルスは隣にいるパルに視線を向ける。

 怪我に加えてアイクに強力な治癒魔法を使用した事もあり、彼女はまだ体調が思わしくないようで、浅い呼吸を繰り返して座ったまま殴られた鳩尾の辺りを押さえている。

 マルスが少しでも苦しさを紛らわせられないかと、ずっと彼女の背中をさすってやっていた。


「そうだな。長居していても、時間が無駄になるだけだ」


 アイクも苦しげな彼女に視線を向けてから、マルスの言葉に小さく頷いた。


「でも、ここからどうやって出よう……。またあの狭いとこ、通らなきゃいけない?」


 早速ネーヴェの町に戻ろうかというところで、ふとマルスがそう言って何とも嫌そうな顔をする。

 この空間に来る際に通った狭く、暗く、息苦しいあの細道を再び通って戻るなど考えたくもなかったのだ。

 まして、今のパルの状態を考えれば尚更だ。


「お前達、何とも変な道を使ってここに侵入したようだな」


「まあ……色々あったからな……。それに、この場には入り口らしいものがないようだから、何にせよあの抜け道を通る他なかったんじゃあないか?」


 マルス達の会話を聞いていたクライスが、訝しげな表情を浮かべる。

 彼の言葉を聞いたアイクが、この空間と洞窟を繋ぐ道は例の細道――と言っても、自然に出来た岩壁の亀裂に過ぎない――しかないのではないかと答えた。


「馬鹿を言うな。入り口なら確かにある。シュトゥルム大氷窟の最深部に、神に選ばれた証を持つ者のみをこの場へ導くよう仕掛けがしてあるはずだ」


 クライスから告げられた正規な出入り口があるという事実に、マルスとアイクは思わず「え?」と揃えて声をこぼす。

 何もあんなに暗く狭い道を必死になって通るより、思い切って洞窟の最深部を目指せばもっと楽にこの場に辿り着けたかもしれないと二人は思った。


「……あの時は最深部に向かう正規の道を探す余裕なんてなかったんだ。しょうがない、と言う他ないよな」


 シュトゥルム大氷窟に入ってからの出来事を思い出しながら、アイクが自分達を納得させるように言う。

 彼の言う通り、氷窟の入り口を破壊し、それに巻き込まれないよう逃げる事に必死だった三人には氷窟内に引き返して最深部を目指す事など考えられなかったのだ。


「……そういえば、入り口あんなにして来ちゃったけど、戻れるのかな……?」


 アイクの言葉を聞いたマルスが、氷窟の入り口の惨状を思い返して不安げな声で誰にともなく問いかける。

 入り口付近まで辿り着けたとしても、その先にある融解したり亀裂の入ったりしている氷の上を歩くのは危険だろう。

 さらなる崩壊を招く恐れも考えられる。

 ネジュス地方の極寒の気温などを鑑みれば、氷自体は放っておけばいつか元の状態に戻るのだろうが、それを待っているわけにはいかない。


「そ、それに……洞窟の入り口あんなにしちゃったら、ネジュス地方の人達に怒られるよね……?」


 マルスはさらに困った事になりそうだと、不安の強まった顔をアイクに向けた。

 ネジュス地方の人々にとって大切な資源の採掘場であるこの洞窟の入り口を、思い切り破壊してしまった事にマルスは後ろめたさを感じていたのだ。

 彼にそう言われ、アイクも困った表情を浮かべながら、どうにか出来ないかと眉間に皺を寄せて考える。

 マルスの言葉が聞こえた、洞窟破壊の張本人であるパルは誰よりも気まずそうな顔をしていた。


「ああ、今日はいやに騒がしいと思ったら、洞窟の氷を荒らしたのはお前達だったのか」


「ごめん、なさい……」


 氷窟で起きた惨事をこの場で感じ取っていたらしいクライスは、その時の事を思い返しながら呟く。

 彼が氷窟の管理のような事もしているのではと思ったパルは、ひどく申し訳なさげな表情で彼に謝罪をした。


「謝罪する気持ちがあるなら、力を貸してやろう」


 彼女に謝罪の気持ちがある事を確認したクライスは変わらず凜としながらも、どこか優しさの滲んだ声音でそう言って、三人に自分のそばに来るよう促す。

 貧血気味のアイクはややふらついた足取りでクライスのそばに行き、マルスは先程の治癒魔法の負荷も相まってまだ体調が悪いパルを背負ってその後に続いた。


 三人が自分の周囲に来た事を確認してから、クライスは手で印を組み、魔力を集中させる。

 すると、直後に彼と三人の足元に一つの大きな青い魔法陣が現れ、そこから溢れた青い光が四人の体を包んだ。

 その光の目映さに思わず三人は目を瞑った。

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