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DESTINY―絆の紡ぐ物語―  作者: 花城 亜美 イラスト担当:メイ
第3章 氷の刃
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15.氷の刃

反撃、開始。

 アイクを戦闘不能に追いやったゼロスは遂に、祭壇の下にいるマルスとパルの前に立った。

 起き上がれないパルを守るために、マルスは痛む体を膝立ちで支えながら彼女の前に出て剣を構える。

 だが、ゼロスに投げ倒された時に利き腕である右腕を打ってしまったらしく、剣の重さを上手く支えられていない。


 碌な抵抗も出来ないであろう二人を見下ろしながら、ゼロスは短剣を構える。

 このままではまずい、とマルスは焦るが他に抵抗の手段は見当たらない。


「誰にもあの方の邪魔はさせない。消え失せろ!」


 髪色とは対照的な黄色の瞳に鋭い殺気が宿ったその瞬間、ゼロスは両手に持った短剣を二人に向けて振り下ろした。

 死の間際、人はその瞬間をひどく長く感じるものだ。

 振り下ろされる短剣が描く太刀筋は、マルスの目に恐ろしいほどにゆっくりと映る。


「……っ!」


 死が迫る恐怖の中でマルスはせめてパルを守らなければと思い、庇うように彼女に覆い被さった。

 もし自分が倒されたとしても、覆い被さっている事で少しくらいは動けない彼女をゼロスの攻撃から守れると思ったのだ。

 体の下からパルが悲痛な声でマルスの名を呼ぶ。

 やめて、と言っているように聞こえたが、それでもマルスは体を離さなかった。

 今度こそ本当に死ぬと思い、その痛みに耐えられるように、そしてあるのかも分からない三人が生き残れる希望を願うようにマルスはきつく目を瞑る。


 しかし、どれだけ時間が経とうとも一向に剣が当たった感覚はしない。

 では死んだのかとも思ったが、庇っているパルの体に触れている感覚ははっきりとある。

 一体何がどうなったんだろう、とマルスが思っていると体の下からパルのか細い声がした。


「マルス……もう、大丈夫だよ……」


「……え?」


 彼女の大丈夫という言葉にマルスは訝しげな顔をしながらゆっくりと頭を上げる。

 次の瞬間、ゴンッという鈍い音と共にマルスの頭に衝撃と痛みが走った。


「いてっ!」


 涙目で痛む頭を押さえながら何にぶつけたのかと頭上を見ると、そこには彼の体を守るように氷の壁が出来ていた。

 その氷の壁に彼は頭をぶつけたのであり、そしてそれが盾となり振り下ろされたゼロスの短剣を受け止めていたのだ。


 マルスと同様に、ゼロスもまた驚きにその目を見開いていた。

 彼が驚きで一瞬動きが止まっている内に、障壁に触れている彼の二本の短剣が氷に覆われていく。

 彼が気づいた頃には短剣と共に自身の手首辺りまで氷に覆われており、その場から動けなくなっていた。

 そして、彼が顔を顰めた次の瞬間、氷の障壁が彼の方に向けて爆発とも言える勢いで砕け散り、彼の体と武器は後方に弾き飛ばされた。


「二人共、無事か!?」


 弾き飛ばされたゼロスと入れ替わるようにして、痛々しい傷を負ったままのアイクが二人のもとに駆け寄ってきた。

 驚いたままのマルスに代わってパルが自分達の無事と彼への礼を伝える。


「え、これアイクがやったの?」


 パルが彼に礼を伝えている事で、自分達を守った氷の障壁を作り出したのが彼だとマルスはようやく気がつく。

 ああ、とマルスの問いかけにアイクは短い返事をして頷いた。


「だが……こんな防御魔法、初めてだ。それに体中に力が漲ってくる……」


 アイクはそう呟き、自身の手のひらを見つめる。

 二人を守った防御魔法はアイク自身どこかで覚えた記憶も無く、つい先刻初めて使用出来たものだった。

 ただ二人を守りたいという気持ちがそのまま力になった、としか言い様が無いのだ。

 彼は自身の飛躍的な力の向上に驚いている様子だった。


「私の力で、お前の眠っている力を少し引き出してやった。まあ、まだ序の口に過ぎんがな」


 凜とした声が響くと共に、太陽の光を浴びて煌めく雪のような銀髪と涼やかな青色の瞳をした中性的な顔立ちの青年――聖霊クライスが、アイクの横に立っていた。

 突如姿を現わした見知らぬ青年に、マルスとパルは驚きに目を丸くする。


「今は十分過ぎるくらいだ」


 既にクライスの姿を知っているアイクは二人のように驚く事無く、彼に笑みを向けてそう答えた。


「お前の傷口は私の氷魔法で塞いでおいた。だが、一時的に出血を止め、痛覚を麻痺させているだけに過ぎない。あまり長くは持たんぞ」


 クライスにそう言われて自身の傷口を見ると、ゼロスに斬りつけられて出来た傷に薄い氷が張り付いていた。

 氷によって冷却された部分の血管が収縮する事で血液の流れを抑え、さらに張り付いた氷が傷口から外に出ようとする血を遮っている。

 そして、氷の冷却効果によってアイクの傷口周辺の痛覚は麻痺しており、耐えがたかった痛みを今はごく僅かにしか感じない。

 今の状態なら、普段通りに動けると彼は確信した。


「ああ、分かった。マルス、剣を貸してくれないか?」


 クライスの忠告に返事をしてから、彼はマルスに剣を貸して欲しいと求めた。

 彼自身の剣は、ゼロスに祭壇で弾き飛ばされてからそのまま放置されている。

 剣よりも何よりも、マルスとパルを守らねばという思いに突き動かされて来た彼は、剣を放置したまま祭壇から駆けつけてきたのだ。

 今から取りに行こうにも、既にゼロスが祭壇に向かう階段の前に立ちはだかっており、それは叶わなかったのだ。


「もちろん! あんな奴、さっさとやっつけちゃってよ!」


 マルスは大きく頷いて、彼への信頼をその青色の瞳に映しながら彼に快く剣を手渡した。

 彼から伝わってくる信頼を剣と共に確かに受け取ったアイクは力強く頷いて、剣をゼロスに向けて構える。


「やはり宝玉を破壊した程度で消せるほど、甘い存在ではなかったか……」


 二本の短剣を構えながら、ゼロスはアイクと彼の横にいるクライスを睨むように見る。

 宝玉を破壊してもクライスの存在が消滅しないという事は、彼の想定の範囲内ではあったようだ。

 だが、ごく短時間の内にアイクがクライスと契約を結び力を得た事、完全に戦闘不能に追いやったアイクが聖霊の力で再起した事は、彼の予測には無かった。


「甘く見てもらっては困る。私の事も、我が主の事もな」


 クライスは腕を組みながら、涼やかな青色の瞳を細めてゼロスを睨み返す。


「今度は、負けはしない」


 しっかりとした落ち着きのある声でアイクが告げると、ゼロスは挑発するように目を細めた。

 その瞬間、アイクは地面を蹴って駆け出しゼロスに迫った。

 アイクの振り下ろした剣と、ゼロスの構えた短剣が音を立ててぶつかる。

 何度も何度も二人の刃が交わり、激しい金属音が神殿内に響いた。


「どうした? 先程と同じ展開だぞ? 隙が大きいと言ったはずだ」


 ゼロスが言うように、戦況は先刻とさほど変わり無いように思われる。

 だが、一つだけ決定的に違うものがあった。

 それは、アイクの心持ちだった。


 先刻はゼロスから感じる恐怖で思考を支配されていたが、今は体に漲るクライスとの契約で得た力と、剣と共に託されたマルスからの信頼が、恐怖を払拭するほどの自信となって彼の中にある。

 その自信が彼を落ち着かせ、いつもの冷静さを呼び戻しており、ゼロスの素早い太刀筋を幾らか見切る事が出来るようになっていた。


「お前は、俺が型にはまり過ぎ、だと言っていたな?」


 多少の傷を負いつつも、落ち着いた様子でゼロスの攻撃を回避しながらアイクは言う。

 先刻は喋る余裕すらも無かった相手が、明らかに様子が変わった事にゼロスは僅かに眉根を寄せた。


「ならお前は、俺の行動を見切り過ぎているが故に隙が大きい」


 アイクは僅かに口角を上げて不敵な笑みを浮かべてみせる。

 その笑みにゼロスが訝しげに眉をひそめた瞬間、アイクが地面を蹴った。


 すると、ゼロスの足元に青い魔法陣が現われ、そこから何本もの鋭く尖った氷柱が突き出してきた。

 これもまた、クライスによって覚醒したアイクの新たな力だった。

 避けて彼から距離を取らざるを得なくなったゼロスは舌打ちをして、すぐさま身を翻しその場を離れる。


 ゼロスはアイクの太刀筋も、彼の取るであろう行動すらも先程の戦いでほとんど予測がついていた。

 速さも強さも圧倒的にゼロスに劣っているとアイクが感じ、恐怖している事もだ。


 敵との距離が近いほど人は一層焦りや恐怖を感じやすく、思考や行動も単調になるものだ。

 だから接近戦に持ち込めば、魔法を放つだけの魔力を溜める事も、単純な剣撃の応酬以外の抵抗手段を考える事も出来ないと踏んでいた。

 そうなれば、後はアイクの体力が無くなった瞬間を狙えば確実にとどめが刺せると。

 だが、アイクも馬鹿では無かったのだ。


「凍てつく刃よ!」


 距離を取ったゼロスに向けて間髪入れず、アイクは魔力を込めて剣を振るった。

 剣が空を切った直後、剣の軌跡が氷を纏った刃となって凄まじい速さでゼロスに向かっていく。

 面倒そうに舌打ちして、ゼロスは三日月型の氷の刃を短剣で叩き落とす。

 技自体の威力も速さも、ゼロスには大した脅威にはなっていない様子だ。

 だが、それはアイクの想定の範囲内だった。


 弱いものでも、数の多さで時に格上の存在を圧倒する事は出来る。

 アイクは何度も剣を振るってはいくつもの氷の刃を放ってゼロスの気を引きながら、それらに乗じて間合いを詰めていく。

 とはいえ、闇雲に攻撃してもゼロスの戦闘能力を考えれば、避けるべきものと避けなくてもいいものを見極めるのは容易いだろう。

 そうなれば、気づかれずに間合いを詰められないと考えたアイクは、出来る限りゼロスの急所や致命傷になりそうな所を狙った。

 その策略によってゼロスは飛んでくる氷の刃のほとんどを捌かねばならなくなり、彼の策略通り彼が迫っている事に気づくのが遅れてしまった。


「はあッ!」


 気合いを込めた声と共にアイクは渾身の力で斬り上げ、気づいたゼロスは咄嗟に二本の短剣で防御の構えを取った。

 金属同士のぶつかる大きな音が、静かな神殿内に響く。

 その直後、二本の短剣が地面に音を立てて落ちた。


「なっ……!?」


 僅かな反応の遅れによって渾身の力で斬り上げてきたアイクの剣を受け止める事が出来ず、ゼロスの短剣が弾かれたのだ。

 すぐさまアイクは驚愕の表情を浮かべている彼の喉元に剣の切っ先を突きつけて、抵抗出来ないようにする。


「ここまでだ」


 アイクはゼロスを睨んで牽制しながらそう告げる。

 彼の数歩後ろでは、ようやく立てるようになったマルスが剣こそ無いものの、臨戦体勢をとって共にゼロスを牽制していた。


「……ふん、そのようだな」


 ゼロスはアイクの睨み付けてくる目と彼の後ろにいるマルスを一瞥してから、降参の意を持った呟きをこぼす。

 強敵と思っていた相手が思いの外あっさりと負けを認め、アイクは剣を向けたまま訝しげに眉を寄せた。


「今は分が悪い。だから、今はこれで退く。だが……」


「っ、動くな!」


 ゼロスは突きつけられた剣を恐れるという事も無く、アイクの剣の切っ先を指で挟んで退ける。

 その力が案外強かったらしく、思わずアイクはよろけてしまった。

 ゼロスはその隙を突いて彼から距離を取ると、彼に背を向けて自身の武器を回収する。


「次に会う時は、覚悟しておけ」


 短剣を拾い上げたゼロスは変わらずアイクに背を向けたまま、前髪で隠れていない左目で一瞬だけ彼を睨んだ。

 その黄色の瞳に宿る殺気に、悪寒と足が竦むような感覚がアイクを襲う。

 彼がその場を動けない様子を見てからゼロスは視線を戻し、そのまま闇へと姿を消してしまった。


「……っ、おい! 待て!」


 消えていくゼロスの背中を見たアイクは我に返り、すぐさま彼を止めようとした。

 だが、その時にはもう彼の姿はどこにも無く、呼び止めるアイクの声が空しく辺りに響き渡るだけだった。


「……逃がしたか……」


 アイクはゼロスが先程まで立っていた場所を悔しげに見つめる。


(本当に、相当な手練れだ。敵である俺達に背を向けてもあの余裕を崩さなかった……)


 驚きの表情を見せはしたものの、ゼロスは追い詰められたというのにまるで焦るような様子は無く、それどころかこちらに背を向けさえしてきたのだ。


 いつでも殺す事は出来る。

 だが、今は生かしておいてやる。


 そう言われているかのようにアイクには感じられていたのだった。

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