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DESTINY―絆の紡ぐ物語―  作者: 花城 亜美 イラスト担当:メイ
第3章 氷の刃
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14.そして力は与えられる

アイクはただ一人、敵に立ち向かう。

 魔界アヴィスの四天王を名乗る少年ゼロスの急襲によりパルが戦闘不能に陥り、マルスも負傷するという危機的状況に三人は追いやられていた。

 階段下でうずくまるパルと、自身も負傷しながらも彼女に寄り添っているマルス。

 そして、階段を登った先の祭壇にはアイクが一人、ゼロスと対峙していた。


「二人共、無事か!?」


 アイクが剣と警戒の視線をゼロスに向けながら、声だけを二人に向けて安否を問う。


「とりあえず大丈夫! でも、まだパルが動けそうにない。だからアイク、そっちは任せた!」


 パルに気遣いの視線を、ゼロスには警戒の視線を交互に向けながら、マルスは問いかけに答える。

 動けないパルにいつゼロスがとどめを刺そうと襲ってくるか分からないため、彼女のそばにいる者が必要だった。

 加えて、マルスもまだ体が上手く動かせそうにないため、ゼロスの相手をアイクに任せ、彼女を守りながら回復を待つのが得策だと思っての答えだ。


 アイクに治癒魔法をかけてもらおうとも思ったが、魔法を発動させるだけの意識をこちらに向けている内に、ゼロスに攻撃される可能性も十分にある。

 パルに続けてアイクまで動けなくなるほどに負傷してしまえば、ここで全滅もあり得るのだ。


「ああ、任せろ!」


「貴様一人で俺に勝てるとでも?」


 力強く答えるアイクに冷ややかな視線を向けて、挑発するようにゼロスは言う。


「せめてマルスが動けるようになるまで、時間が稼げれば十分だ!」


 自分を鼓舞するかのような口調でアイクは言い返す。

 圧倒的な強さを目の当たりにした今の彼には、勝てる自信が無かった。

 だが、勝てなくともせめて全滅を免れられる道を探さねばならないという使命感が、彼を突き動かしていたのだ。

 だからこそ、無理矢理にでも自身を奮い立たせ、ゼロスに対して感じている恐怖を振り払おうとした。


 剣の柄を握り直し、アイクはゼロスに向けて斬りかかった。

 ゼロスは短剣を構え、彼の攻撃を迎え撃つ。

 激しい金属音と共に二人の刃がぶつかった。

 アイクの剣の方がリーチは長いものの、その差を補って有り余るほどのゼロスの素早さは脅威だ。

 ゼロスの二本の短剣から繰り出される斬撃は鋭く、正確に急所を狙ってくる。

 迷わず命を狙いに来ている彼の太刀筋の正確さと鋭さに、彼が戦闘慣れしているのだとアイクは感じていた。


 急所狙いの攻撃を回避する術は、武術の訓練で何度か手解きを受けた事はあった。

 だが、訓練と実戦では危機感も、感じる恐怖もまるで比べものにならない。

 辺りの気温は酷く低いというのに、汗が止まらなかった。

 恐怖で太刀筋が緩まぬよう必死に戦う事だけに集中しながら、今まで散々仕込まれてきた騎士団流の剣術とディルニスト家流の剣術でゼロスに対抗する。


「二つの流派を使いこなしているのは、称賛に価するな」


 喋る余裕も無いアイクとは反対に、ゼロスは落ち着き払った口調でそう言う。

 口調とは裏腹な素早い動きから繰り出される斬撃は確実にアイクの剣を受け流し、隙を突いて彼の体を狙ってくる。

 ゼロスの短剣が掠り、頬からは極小の赤い雫が、青がかった黒髪からは切り離された細かな毛先が宙を舞った。

 アイクが一方的に傷を負うばかりで、どれだけ剣を振るおうとも一撃すら当たらない。


 一撃も与えられずに傷が増え、防戦一方に追いやられるアイクは、次第にこの危機的状況をいつ脱する事が出来るのかという焦りに思考を支配されていた。

 徐々に彼の太刀筋に乱れが生じ始める。


「賞賛には値する、が……」


 ゼロスは彼の集中と太刀筋の乱れを感じ取り、僅かに目を細めた。

 直後にゼロスは振り下ろされた彼の剣を二本の短剣で挟むように止めてしまう。

 今まで受け流されていた自身の剣が突然止められた事で、アイクは驚きで動きと共に思考も一瞬停止した。


「型に填まりすぎだな。感情や思考の乱れが生じた時、そして型を崩された時に出来る隙が大きい」


「……っ!」


 ゼロスは止めたアイクの剣を力を込めて勢いよく押し上げた。

 押し上げられた勢い、手首の軋むような痛み、そして驚きで緩んだ力。

 それらが相まってアイクの剣は彼の手を離れ、その切っ先で弧を描きながら台座の後ろに落ちた。

 氷の床に剣が当たり、金属音が虚しげに響く。


 アイクが呆気に取られた瞬間、ゼロスは隙だらけの彼の胴体に蹴りを入れた。

 鈍い痛みが腹の辺りを襲うと同時に、彼は体勢を崩されて尻餅をつく。

 その直後、ゼロスは無防備になった彼に向けて間髪入れず片方の短剣を振り下ろした。


「ぐァ……ッ!」


 悲鳴と共に鮮血が溢れた。

 咄嗟に回避はしたものの完全には避けきれず、アイクは左肩を斬りつけられてしまったのだ。

 感じた事も無い程の鋭い激痛が左肩に走り、傷口から赤々とした血が溢れ、服や地面を汚す。

 アイクは痛みに顔を歪め、完全に倒れ込んだ。

 痛みを堪えようと左の二の腕をきつく握り、呻き声を漏らしながら歯を強く食いしばる。


「アイクッ!」


 マルスが悲痛な叫び声を上げて、彼のもとに駆け寄ろうとした。

 だが、負傷による痛みが体に走り、マルスは前のめりに転んでしまう。


「俺は、っ……大丈夫、だ……」


 浅く荒い呼吸を繰り返し、痛みに顔を歪ませて脂汗を浮かべながらアイクは言う。

 大丈夫だと彼は言っているが、誰が見ても大丈夫などという状態では無かった。


「貴様は最後に消してやる。仲間が死に行くのを、そこで見ているがいい」


 ゼロスは戦闘不能状態のアイクを見下ろしながら酷く冷たい声で言い、階段下で動けずにいるマルスとパルの方へと歩み出す。

 マルスがどうにか立ち上がろうとしているが、今頃になって怪我の痛みが強くなったようで脇腹を押さえながら膝立ちするのが精一杯だった。


「そんな事、させてたまるか……っ!」


 アイクは己の怪我を顧みず、体に鞭を打って上体を起こした。

 立つ事もままならない彼は、今にも階段を下りようとしているゼロスの足にしがみつくかのようにしてその歩みを止める。

 彼の血がゼロスの衣服や靴を赤く汚した。


「邪魔だ」


 ゼロスは冷えきった低い声でそう言うと、大して力の入っていないアイクの腕から自身の足を引き抜き、彼の左肩を蹴った。

 さほど強い蹴りでは無かったが、力の入らない体を倒すには十分であり、さらに傷口を刺激された痛みでアイクは声にならない悲鳴上げて倒れ込んだ。


「もう動けないだろう? そこで大人しくしていろ」


 痛みに悶えるアイクを見下ろしながらゼロスは言うと、マルスとパルの方に短剣を向けて再び歩き出す。

 ゼロスの見下す声が、親友のもとに死を運ぼうとする足音が、そしてマルスの悲痛な声が朦朧とする意識の中でアイクの耳に響く。


「マルス……パル、っ……!」


 アイクはゼロスの後ろ姿に、マルスとパルに向けて手を伸ばす。

 伸ばしたところで届きもしなければ、救えもしないと知りながらも。


 だが、ここまでかとアイクが絶望に飲まれかけたその時だった。

 不意にアイクの視界が青い光に包まれ、あまりの眩しさに彼は思わずきつく目を瞑った。


「……アイク、聞こえるか」


 目を閉じると、不意に先程聞いた聖霊クライスの凛とした声がアイクの耳に聞こえてきた。

 彼の声に反応して目を開くと、目の前には先程までいた神殿のような場所ではなく、辺り一面が台座にあった宝玉の青色をした空間が広がっている。

 さらに、先程まで目の前にあったゼロスの姿はおろか、マルスとパルの姿さえもどこにも無かった。

 そして、あれほど酷かった怪我の痛みすら感じない。


「クライス、無事だったのか……?」


 目の前に広がる光景に目を瞬かせながらも、アイクはクライスの無事を確かめる。

 その直後、彼の前に光を纏いながら一人の男が姿を現した。

 光を反射して煌めくやや長めの銀髪に、聡明さを感じさせる澄んだ青色の瞳、一瞬女性と見間違えそうになるような美貌を持つ青年だ。

 言われずとも、アイクはその青年が聖霊クライスなのだと悟る。


「あの宝玉は、私の守護すべき主が現れるまでの一時的な依り代に過ぎない。あれが破壊された程度で私は消えぬ。とはいえ、急な出来事故に実体に戻るまで時間がかかってしまったがな」


 台座にあった青い宝玉はあくまでクライスの仮の依り代であり、それが破壊されても彼自身は問題無いらしい。

 彼の無事が知れて、アイクは安堵したように息をついた。


「クライス、ここはどこなんだ? 俺は、死んだのか……?」


 酷く不安げな声でアイクは問うた。

 あの状況で突然見知らぬ空間に来たのだから、自分が死んだのかと思っても無理は無かった。


「いいや、お前は死んでなどいない。ここは、お前の紋章から私とお前を繋ぐ場所。お前の意識の中、と言うと少々語弊があるが……そのように捉えてもらって構わない」


 クライスの答えを聞き、アイクはグローブを外して自身の右手の甲に刻まれた紋章を見た。

 この空間は神に選ばれた者を守護する聖霊であるクライスと、その主たる資格を持つアイクを繋ぐ場所らしい。

 紋章を介して互いの意識を共有出来る場なのか、とアイクは推測した。


「……時にアイク、お前は力が欲しいか? 仲間を守るための力が」


 自身の紋章に視線を落としているアイクに向けて、唐突にクライスはそう尋ねてきた。


「仲間を守るための、力……」


 反芻するようにクライスの言葉を繰り返す。

 アイクの心には、一つしか答えは浮かんでいなかった。


「欲しい。強欲なのかもしれないが、それで二人を救えるというのなら」


 紋章の刻まれた右手を胸の前で握りながら、アイクは視線を上げてクライスを見る。

 その黒水晶のような瞳は、迷いの無い真っ直ぐな光を宿していた。


「……お前の言、確かに受け取った」


 アイクの答えにクライスはそう返すと、紋章の刻まれた彼の右手を掴んだ。


「神に選ばれし騎士の証を持つ者アイク。お前を守護し、力を与える契約をここに結ぼう」


 その言下、アイクの紋章が白い光を帯びた。

 何が起きているのかとアイクが目を白黒させていると、この空間を満たしていた青い光が集束して彼の右手にある紋章に吸い込まれていく。


 青い光が全て彼の紋章に吸い込まれ、気がつけば辺りは白一色になった。

 その代わりとでも言うように、普段は焼き印のように褐色をしている彼の紋章は美しい青色に光っていた。

 そして、体の底から力が漲ってくるのを感じる。


「さあ、行くぞ。我が主として、その力を存分に使え」


 凜とした声で言いながら、クライスは掴んでいたアイクの右手を放す。


「……ああ」


 アイクは体に漲る力を感じながら、もう一度胸の前で右手を握って静かに答える。

 青く光る彼の紋章も、彼の澄んだ黒水晶の瞳も、迷い無き清らかな光を放っていた。

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