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DESTINY―絆の紡ぐ物語―  作者: 花城 亜美 イラスト担当:メイ
第3章 氷の刃
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13.襲い来る脅威

 マルス達の視線の先――彼らが辿って来た道のある場所。

 そこには、暗い青色をした髪の少年が静かに立っていた。

 彼の手にはもう一本、飛んで来たものと同じ造りと装飾の短剣が握られている。


「ふん……一人は仕留め損ねたが、守護聖霊とやらの宝玉を破壊出来たのなら十分だ」


 低く冷たい声で少年は言う。

 クライスと似たような声質だが、少年の声はより鋭く冷たい、例えるならば氷柱のようなものだった。


 歳はマルス達とそう違いないだろう。

 暗い青色の髪が彼の持つ冷たい雰囲気を一層醸し出している。

 長い前髪で右目は隠れており、唯一見える左目は暗い髪色とは対照的な黄色で、殺気を宿して鋭く光って見えた。

 マルスとパルにとっては全く見ず知らずの少年であったが、アイクだけは彼に何となく心当たりがあった。


「お前は……」


 アイクが反応を見せると、パルが構えたまま少年から視線を逸らさず彼に、あの少年は何者なのかと聞き返す。


「宿屋で話した『妙な奴』だ。奴は……俺達が何者かを知っている」


 そう答える彼の言葉で、マルスとパルは目の前にいる少年が彼が宿屋で言っていた謎の人物である事を理解する。


「貴様を追ってきて正解だった」


 鋭い視線をアイクの方に向けながら、少年は一歩ずつ三人に近づいてくる。


「ずっと俺達を……いや、俺を追ってきていたのか……?」


 恐らく、ネーヴェの町の商店街で姿を見たあの時からずっと後を付けられていたにもかかわらず、今の今まで彼の存在に気づかなかった事にアイクは驚く。

 その傍らでマルスはパルに気づいていたかと尋ねるが、彼女は首を横に振った。

 少年は気配を消す事に相当長けているらしく、彼がなかなかの手練れである事を感じさせられた。

 とはいえ、マルスだけは宿屋で茶化したように、少年がやはり幽霊か何かでは無いかという思いを捨てきれずにいる。


「一応、名乗っておこう。俺の名はゼロス。魔界アヴィス四天王の一人だ」


 少年――ゼロスは低い声で静かにそう告げた。


「魔界アヴィスの、四天王……」


 魔界アヴィスの四天王という言葉に、マルスの額に嫌な汗が滲んできた。

 ほんの一瞬前まで浮かんでいた少年は幽霊かなどという思いは、途端にどこかへ飛んでいってしまう。


 魔界からの刺客が現われ、三人は今ようやく魔界の存在や魔王である邪神の復活を実感していた。

 そして、相手が魔王の手先である以上、自分達を抹殺しようとしているのは明白だ。

 マルスとアイクは各々の剣を構え、パルもすぐに応戦出来るよう軽く足を広げて拳を握っている。


「だが……貴様らはここで始末するから、忘れてもらって結構だ」


 マルス達の警戒する様子に僅かに目を細めてゼロスはそう言い、持っていたもう一本の短剣を構える。


「大人しく消え失せろ!」


 その言下、間髪入れずゼロスは三人に斬りかかってくる。

 彼の速さは驚異的なもので、気がついた頃にはもう彼が目前に迫っていた。

 始めの標的は、マルスだ。


「……っ!」


 あまりの速さに驚き、マルスは一瞬反応が遅れてしまう。

 慌てて防御の構えを取るが、反応が遅れたせいで力の入りきらないうちにゼロスの斬撃が叩き込まれた。


 マルスがよろけて体勢が大きく揺らいだその瞬間、ゼロスは素早い動きで斬撃と刺突を繰り返してくる。

 彼の短剣は確実にマルスの急所を狙っていた。

 どうにか剣で防ぎ、身を翻して避けるものの、その素早さに次第に攻撃を見切る事もままならなくなっていき、避ける度にマルスの顔や服には傷が増えていく。

 アイクとパルは何とか彼を助けようとしているが、ゼロスの素早い斬撃を見切り、止める事が二人には出来なかった。

 むしろ、下手に手を出せば逆にマルスの負傷を招いてしまいかねない。


「うわッ!?」


 マルスが太刀筋を追って避ける事にもう精一杯になっていたその時、不意に足下をすくわれて彼は思わず声を上げた。

 目の前にしか集中出来ていない彼に、ゼロスが足払いをかけたのだ。

 当然足下が無防備になっていた彼は、体勢を崩して転倒する。

 ゼロスはその隙を見逃さず、マルスの背後にある台座に突き刺さっていたもう一本の短剣を引き抜いて、彼の心臓めがけ振り下ろした。


 振り下ろされる短剣を防ぐ術は無く、マルスは死を覚悟した。


「マルス……っ!」


 パルの声が響くと同時に、ゼロスの振り下ろした短剣はマルスの心臓ではなく、氷の床に深々と突き刺さった。

 マルスにとどめを刺そうとしたほんの一瞬だけ、あの素早い動きが緩んだのを見逃さなかったパルが、咄嗟にゼロスの腕に向けて蹴りを放ったのだ。 


 すぐさまゼロスは刺さった片方の短剣を引き抜こうと、低くなっていた体勢を戻す。

 彼の行動が制限されているうちに、パルは追撃を狙った。

 どうにか彼の動きを止められればと思ったパルの回し蹴りが、真っ直ぐに彼のうなじ付近に向かっていく。


 だが、見ずとも追撃を予測していたゼロスは床に刺さった短剣に顔を近づけるように頭を下げ、彼女の蹴りを避けた。

 とはいえ、敵が手練れだと認識していた彼女は避けられる事を見込んでおり、すぐに体勢を直して前蹴りを放つ。


 今度こそ一撃加えられると彼女は思った。

 しかし、いつの間にか刺さっていた短剣を抜き、屈んだ体勢で二本の短剣を構えたゼロスは彼女の蹴りを受け止めた。

 そして、そのまま受け止めた足を横に払い、体勢を崩した彼女の鳩尾を殴った。


「う……っ!」


 痛みと共に吐き気と呼吸を遮られる苦しさが襲ってきて、パルは呻き声のような悲鳴を漏らす。

 彼女の体は力無く祭壇の下へ向かう階段の手前まで転がった。


「パル! この野郎ッ!」


 パルが負傷し怒りが湧いてきたマルスは、いきり立ってゼロスに斬りかかる。

 だが、怒りから繰り出されるマルスの太刀筋はすぐに見切られ、攻撃は受け流されてしまう。

 そして、二本の短剣で挟まれる形で剣が押さえつけられ、そのままマルスはゼロスに剣ごと体を横へ投げ倒された。

 地面に叩きつけられたマルスは思わず呻き声を漏らす。


「風よ……」


 マルスが体勢を立て直せないうちに、ゼロスは左手をかざして魔力を集め、風魔法を放ってきた。

 凄まじい突風がマルスを、そして彼の後方でうずくまっているパルに襲いかかる。

 二人の体はその突風で、弾かれるように祭壇の階段下まで吹き飛ばされてしまった。


 階段下の床に背中から叩きつけられ、マルスは再度呻き声を漏らす。

 先程投げ倒された時に打った脇腹辺りもまだ痛んでおり、上半身が痛みのせいか重く感じる。

 どうにか体を起こして顔を上げると、傍らでパルが倒れたまま腹を押さえて苦しんでいるのが目に入った。


「パルっ、パル! 大丈夫!?」


「うう、っ……」


 マルスは痛む体に鞭を打って彼女に駆け寄り、酷く不安そうな声で呼びかける。

 だが、彼女は苦しげな青い顔をしたまま何も答えられず、呻き声を漏らしているばかりだ。

 必死に痛みと吐き気に耐えている様子だった。

 彼女の苦しげな様子を何とか出来ないか、マルスは自身の痛みなど忘れ、普段大して使わない頭を必死に回転させて考える。


「回復薬は? 飲める?」


 怪我をした時の治癒は基本的にパルやアイクの魔法に頼っているが、もしもの時に備えて常備している回復薬の存在を思い出したマルスは彼女にそう尋ねる。

 しかし、彼女は力無く首を横に振った。

 込み上げてくる吐き気のせいで、何かを飲み込むような事が今の彼女には辛いのだ。

 一番良いと思った方法が使えず、マルスは落胆しながらも他の手立ては無いかと考える。


「えっと、えっと……こういう時は魔法! そうだ魔法だ!」


 治癒魔法を使おうと閃いたマルスは、パルに向け両手のひらをかざす。


「よぉーし、癒しの光を……!」


 そしてマルスは気合い一発、治癒魔法を唱えた。


 しかし、何も起こらない。

 いつもパルやアイクが使うと現われる淡い光も見えない。


「…………あれ?」


「……マル、ス……」


 何故何も起きないのだろうと首を傾げるマルスに、やっと少し話せるようになったパルが声をかける。


「マルス……魔法、使えない……でしょ……」


「……あ」


 苦しさの抜けない弱々しい声で彼女はマルスにそう言った。

 そう言われたマルスは、今ようやく自分が魔法を使えない事を思い出す。

 旅に出て初めての緊急事態と、何とかしてパルを助けなければという思いで慌てた彼は、魔法が使えないという事をすっかり忘れていたのだ。

 少し冷静になった彼は、緊急事態であっても何も出来ず、役に立てない自分を酷く悔しく思った。

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