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DESTINY―絆の紡ぐ物語―  作者: 花城 亜美 イラスト担当:メイ
第3章 氷の刃
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9.せっかくの雪なのだから

 ネーヴェの町を出たマルス達はパルの耳を頼りにしながら、町の人々がオルム雪原と呼んでいる広大な雪原を歩いていた。

 ネジュス地方に入って魔物に殴り飛ばされるまでに歩いていた交易路のように、今三人が歩いている道も炎の魔石が埋め込まれた、雪の少ない特殊な道だ。

 暮らしや商売に必要な資源を採取するなどの目的で人々が町の外に出る事も多く、その経路確保のためと交易路以外にもこうして炎の魔石を利用した道はいくつかあった。


 そのいくつかある道の一つを、パルの耳に届く声を追って歩いて行く。

 ネジュス地方に足を踏み入れたばかりの時とは違い、天気はとても良く、灰色の雲の隙間から差し込んでくる日光を浴びて、降り積もった雪が煌めいていた。

 だが、天気が良いと言っても、肌を刺すような寒さは相変わらずだ。


「晴れているというのに、信じられない寒さだな……」


「でもこの外套のおかげで、だいぶマシだよ」


 呼吸するたびに口から出ていく白い息を見つめているアイクの呟きにマルスは答えながら、彼が町で購入してきた外套に顔を埋める。


 自分達がグラドフォスで使用していたものとは違い、編み目から冷風が抜ける事も無く、保温効果も高い。

 炎の魔石の力を利用して作られているおかげで、何もせずとも内側は温まっている。

 ネジュス地方に来たばかりの時は寒さで震えや鳥肌が止まらなかったのだが、今はそういった寒さを感じないため快適だった。

 ここに来たばかりの時にもこの外套があれば良かった、とマルスは思う。


「どうだ、パル。声には近づいているか?」


「だんだん、近づいてる……。まだ少し、かかりそうだけど……」


 感謝しろ、とマルスに言ってから、アイクは先頭を歩くパルに視線を向けて例の声にはどのくらい近づいているのか尋ねる。

 彼の質問に答えながら、パルは冷えてきた指先を温めようと両手をこすった。


「アイク、これでもくらえ!」


 自分達を呼ぶ声の正体は一体何者なのだろうかとアイクが考えながら、パルの背中を追って歩いていると、不意に後ろからマルスの声と同時に雪玉が飛んできた。

 マルスが投げつけた雪玉は見事にアイクの後頭部に当たり、彼の青がかった黒髪に少量の雪を残して地面に落ちる。


「……おい、これはどういう事だ」


「せっかく雪がこんなにあるんだから、雪合戦でもしながら行こうよ!」


 髪に付いた雪を払い落としながら、アイクはマルスを睨み付けた。

 だが、マルスの方は彼の睨みなどまるで気にせず、雪合戦という言葉に心を踊らせながら新たな雪玉をせっせと作っている。


「子どもか、お前は」


「隙ありっ!」


 呆れてアイクが視線を逸らしたその瞬間、マルスの投げた雪玉が再び彼を直撃した。

 今度は彼の額より少し上に命中し、前髪に付いた雪が真っ白な地面に落ちていく。

 マルスは二度も連続してアイクに雪玉を当てられた事に満足げに笑う。

 その次の瞬間だった。


「ぎゃっ!」


 突然額辺りに雪玉がぶつかり、驚いたマルスは悲鳴を上げた。

 僅かな痛みと冷たさを感じると同時に、額から白い雪が地面に落ちていく。


「隙あり、だ」


 先程マルスが言った台詞をわざとらしい口調で真似しながら、アイクは口角を上げる。

 いくら他の二人より大人っぽいとはいえど、やはりアイクもまだ子どもだ。

 マルスにやられっぱなしなのがどうにも気に食わなかった彼は、マルスに雪玉を投げ返したのだった。


「アイク、やるなぁ。でも、これならどうだっ!」


 雪玉をぶつけられて怒ったアイクとは反対に、マルスは彼が相手をしてくれた事に嬉しげな顔をしながら、新たな雪玉を作って投げつけた。

 先程までの怒りもいつもの大人っぽい雰囲気もどこかへ行き、年相応な子ども染みた笑みを浮かべてアイクは飛んでくる雪玉をかわす。

 だが、そのせいで雪玉は彼の後ろにいたパルの後頭部を直撃した。

 その衝撃で、彼女の頭が揺れる。


「……あ」


 途端にマルスとアイクは揃って声を漏らし、表情が固まった。

 パルは振り返らずに無言で後頭部に付いた雪を手で払い落とす。

 背を向けたまま彼女はゆっくりとした動作で雪玉を二つ作り上げ、それを両手に持って二人の方に体を向けた。


 彼女と目が合った瞬間、二人は焦りの表情を浮かべる。

 そしてその直後、二人の額を彼女の投げた雪玉が直撃した。


 彼女の怪力から繰り出された雪玉は、まさに蛇に睨まれた蛙状態である二人の体を容易く倒した。

 二人は同時に悲鳴を上げて道の上に後ろから倒れ込む。

 炎の魔石の効力で他よりは雪の量が少なかったが、道の上に積もった雪のおかげで倒れてもほとんど痛みは感じなかった。


「私も……雪合戦、やる……」


 パルはまた両手に雪玉を持ち、やる気満々な様子でそう言った。

 表情の変化こそ微弱だが、両手に持った雪玉が、否雪玉を持った両手が、彼女がやる気に満ちている事を伝えてくる。


「二人対私でいいよ……」


「流石にそれはパルに悪い」


 顔に付いた雪を片手で払いながらアイクは立ち上がり、やや後方でまだ地面に倒れたままのマルスにも手を貸してやりながら、パルの言葉に言い返す。


「でも……私がどっちかと組んだら……残った一人、死ぬかも……」


「それもそうだな……」


 アイクは女相手に男二人で挑むのはどうかと思い、誰かが彼女と組むべきではないかと提案したが、そもそも彼女を普通の少女と思う事が間違いだった。

 幼い頃の雪合戦の記憶を思い出してみれば、一度でも彼女に二人が勝てた事は無い。

 小柄で身軽な体を活かした回避と、華奢な体のどこから湧いてくるのかも分からないような怪力から繰り出される雪玉に、いつも二人揃って負かされていた。


「パルが良いなら、二対一で構わないよ」


 負けるものか、といった顔でマルスは新たな雪玉を作りながら答える。


「よぉし、今日こそパルに勝つからな!」


「いい加減、一勝くらいはしておきたいところだな」


 マルスとアイクはそれぞれ雪玉を手にパルと向かい合うと同時に、三人の雪合戦が始まった。

 悲鳴とはしゃぐ声が広く静かな雪原に響いていく。

 幼い頃に戻ってはしゃぐ今だけは、アイクは町を出る前からずっと感じていた嫌な予感を忘れる事が出来た。




 *   *   *




 魔物が現われれば勝負を中断しながら三人は雪合戦を続けつつ、パルの耳に聞こえる声を辿って歩いていた。

 彼女の耳に聞こえる声がかなりはっきりとしてきた頃、マルスとアイクはあまりに強すぎる彼女を前に戦意喪失していた。


「もう無理! パル強すぎ!」


「こっちがやられる一方だ……」


 降参したようにマルスとアイクは言う。

 パルの瞬発力と身軽さでは二人が投げる程度の速さの雪玉はまるで当たらない上に、彼女の怪力から繰り出される雪玉の威力は半端ではない。

 おかげで二対一にもかかわらず、マルスとアイクは一方的に彼女にやられていた。


 雪合戦など久しぶりで、幼い頃と違って体格差がはっきりした今なら彼女に一勝出来るのではないかと二人は思っていたのだが、その考えは甘かった。

 彼女の力もまた、彼女の体と共に成長している事が今はっきりと分かったのだ。


「参りました」


 二人は声を揃えて両手を上げ、パルに降参の意思を伝えると、彼女は嬉しそうに小さな笑みを浮かべて拳を胸の前で握った。


「これで何回負けたんだろ……。どうやったらパルに勝てる?」


「百年……修行してくるが良い……」


 マルスは幼い頃にした雪合戦を振り返り、何回彼女に負けたかを指折り数える。

 どうすれば勝てるのかという彼の問いかけに、パルはまるで歴戦の戦士のような口調で答えた。

 百年か……と傍らでアイクは苦笑いを浮かべて呟きをこぼしていた。


「……あ」


 そんな会話をしながら歩いていると、ふとパルが声をこぼして、分かれ道の前で歩みを止める。

 彼女に合わせて二人も歩みを止めると同時に続いていた会話も止まった。


「ここ……ここから声、する……」


 そう言ってパルは分かれ道の左側の先を指さした。

 彼女の指さす先には、岩肌に大きく口を開けた巨大な洞窟がある。


「この洞窟からするの?」


 マルスはそう尋ねながら洞窟の入り口へ駆けて行き、中を覗き込む。

 どうやら中は氷で覆われているようで、その氷が外の光を反射して普通の洞窟よりも内部が明るく見えた。


「シュトゥルム大氷窟と言うそうだ。その名の通り、辺り一面氷に覆われているらしい」


 いつの間にか地図を広げて場所を確認していたアイクがそう言った。


 彼の言葉通り、このシュトゥルム大氷窟は内部がほとんど氷に覆われた特殊な洞窟だ。

 良質な氷と、氷の力を宿す魔石が豊富であるため、ネジュス地方の人々に重宝されている。


「へぇ、氷の洞窟かぁ。早く入ってみようよ!」


 氷の洞窟という、普通の洞窟との違いがマルスの好奇心を強く刺激したらしく、幼子のように目を輝かせて二人を急かす。

 彼の輝く瞳は、雲の隙間から降り注ぐ日光のように眩しかった。

 相変わらず物好きだと思いながらも、二人はマルスに急かされて共に洞窟へと足を踏み入れていった。

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