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DESTINY―絆の紡ぐ物語―  作者: 花城 亜美 イラスト担当:メイ
第3章 氷の刃
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8.天国と幽霊と

 アイクが買い出しに行っている頃、宿屋ではベッドの上に寝そべったマルスがぼんやりと天井を眺めていた。

 もう少し休むと言って残ったマルスだが、すっかり眠気がどこかへ行ってしまったらしい。

 眠気もなくなり、特にする事もなくずっと寝そべっていたが、飽きっぽいマルスはそれすらもそろそろ退屈に感じてきていた。


「パル、早く起きないかなぁ」


 起き上がって伸びをしてからベッドを降り、マルスはパルのもとへ行って様子を見る。

 彼女は至極穏やかな寝顔で、静かに眠っている。

 早く起きて話し相手にでもなってくれないかと、その寝顔を見ている時、不意に彼女が口を開いた。


「ん……マルス……それ、私の……」


「……っ! びっくりしたぁ……寝言か……」


 彼女を起こしてしまったかと思い、マルスは一瞬心臓が飛び跳ねた。

 睡眠を妨害された時のパルの寝起きの悪さはなかなかのものだ。

 前に一度寝ている彼女を誤って起こしてしまった時、寝ぼけた彼女に人差し指の骨を折られかけた事があった。

 彼女自身は寝ぼけているため加減などしてはくれず、その時は彼女の怪力を直に受ける羽目になった。


 以前の事を思い出して恐怖を感じたが、彼女を起こしたわけではない事にマルスはひとまず安堵した。

 そして胸を撫で下ろしながら、再び彼女の寝顔に目をやる。


「何の夢見てんのかな……」


「……私のケーキ……食べた……。死刑と死刑……どっちが、いい……?」


 ぼんやり寝顔を眺めていると、ぽつりぽつりと何とも恐ろしげな寝言がパルの口から紡がれる。

 その寝言が至極穏やかな声で紡がれていくのが、また何とも恐ろしかった。


「え、ちょ、死刑と死刑って選択肢無いの? オレ殺されるの?」


「じゃあ……死刑……」


 選択肢が死刑しか無い事にマルスが戸惑っていると、ゆっくりパルの両手が伸びてきて戸惑う彼の首に触れる。

 ややひんやりとした彼女の手のひらが妙に恐怖感を与えてくる。

 そして、首に触れた彼女の両手は、突然戸惑うマルスの首を思いきり絞め上げたのだ。

 寝ぼけている、と言うよりはまだ眠っている彼女には現実での力加減が分からない。

 気道が狭まっていく感覚が強くなっていくと共に、徐々に呼吸が出来なくなっていく。


「ぐァァァァ! パル、ねえ! 死ぬ死ぬ死ぬ!」


 悲鳴を上げてもがき苦しみながら、マルスはパルを必死に起こそうと精一杯の声を出す。

 だが、彼女が起きる気配は無く、マルスはどんどん意識が遠退いていく。


(あぁ……綺麗な花畑が見える……)


 次第にマルスの目には、現実の世界でなく天国の景色が映り始めていた。

 美しい花畑が見え、そこを流れる川の向こう岸には亡き両親の姿が見える。

 抵抗も虚しく、とうとうマルスが意識を手放しかけたその時、部屋の扉が慌てたように音を立てて開いた。


 入ってきたのは、買い出しを終えて戻ってきたアイクだった。

 マルスの悲鳴を聞きつけ、血相を変えて部屋に飛び込んできたアイクはその場に買ったものを放り出して慌ててパルの手を彼の首から放させた。


「はーッ、はーッ! 死ぬかと思ったぁ……」


 ようやく呼吸が出来るようになったマルスは、首元を押さえて何度も大きな深呼吸を繰り返す。

 手は離れたものの、まだ首にはパルの手の感触が残っている気がした。


「寝ているパルには迂闊に近づかないと、お前はいつになったら学んでくれるんだ……。とりあえず、大丈夫か?」


「う、うん……何とか……。助かった……」


 まだ首元を押さえたままマルスはアイクの言葉に頷きながら答える。

 大事にならなかった事にアイクは安堵しながら放り出した荷物を拾っていると、その傍らでいつの間にか目を覚ましたパルがゆっくりと起き上がった。

 今の一連の出来事など露知らず、パルは目をこすりながら呑気に二人に「おはよう」と挨拶をする。


「あ、お、おはよ……パル……」


 マルスは彼女への恐怖心を引きずりつつ、挨拶を返す。


「マルス、うるさかった……」


「誰のせいだと思ってるんだよぉ……!」


 案の定、全くの無意識で先程の一連の動作をしていたパルはまるで他人事のような物言いだ。

 まだ若干乱れている呼吸を繰り返しながら、マルスは彼女に聞こえないように文句を呟いた。


 少し待ってパルの目がしっかりと覚めてから、マルスは今の一連の事情を説明した。

 彼女はひどく申し訳なさそうにマルスに謝ると共に、また寝ぼけてマルスに悪い事をしてしまったと自分の悪癖を呪った。

 そんな彼女をマルスは快く許し、今後は大事が無い限り寝ている時は近づかないようにすると約束し、彼女もまたこのような事態にならないよう努力すると約束した。


「話もついたようだから、少し今後の事について話そう」


 事態の収拾がついたところで、これからの話をしようとアイクが口を開いた。

 アイクは買ってきた物を部屋のテーブルに置き、マルスのベッドの隣にある自身が寝ていたベッドに腰を下ろす。

 彼の言葉に頷いたマルスは、自身の寝ていたベッドに戻って腰掛けた。


「パル、例の声はまだ聞こえているのか?」


「うん、聞こえるよ……前より、ずっとはっきり……」


 アイクにまだ「声」は聞こえるのかと問われ、パルは耳を澄ませながら答える。

 彼女の耳には、ネジュス地方に足を踏み入れた時よりもはっきりとその「声」が聞こえていた。


「どこら辺から聞こえるとか、分かる?」


「この近くからする……。でも……ここ、どこ……?」


 パルはマルスの問いかけにそう答えてから、さらに尋ね返してきた。

 まだ起きたばかりのパルは、今自分達がどこにいるのかを知らないのだ。

 そんな彼女にアイクが、ここがネーヴェという雪国の町の宿屋である事、三人揃って魔物に殴り飛ばされてからの経緯を説明した。


「この町の近場なら、これから向かってみるか」


 パルが今の状況を理解してから、アイクは「声」が聞こえるのがこのネーヴェの町の近くならば、これから探索するのはどうかと提案する。

 彼の提案に賛同したマルスとパルは、同意を示して何度か頷いて見せた。


「じゃあ……準備、しなきゃ……」


「あ、それなら……はい、パルの服」


 雪国を探索するならば、まだ太陽の光が眩しい今の時間が望ましいだろうと思い、出発の準備をしようとベッドから立ち上がったパルにマルスが預かっていた彼女の服を手渡す。

 一言礼を言ってからパルは服を受け取った。


「俺達は外で待っているから、着替えが終わったら呼んでくれ」


 これから着替えをする彼女を気遣ったアイクが、マルスを連れて部屋を出て行く。

 二人が部屋を出て行ってからパルはなるべく二人を待たせないようにと、手早く着替えを始めた。




 *   *   *




 パルが着替えを終えてから、三人は出発の準備をしていた。

 ここでもう一泊する予定のため、必要最低限の物だけに荷物を絞り、不要な物はベッドやテーブルの上に置いていく。

 身支度を整えている最中、ふとアイクが思い出したように口を開いた。


「そういえば、買い出しの帰りに妙な奴に会ったんだが……」


「妙な奴?」


 アイクの話に興味を持ったマルスが、訝しげな表情を浮かべながら準備する手を止めて彼の方に顔を向けた。


「ああ。俺達のこの紋章が何かを知っているような口振りだった」


 アイクはそう答えながら、一番準備が捗っていないであろう彼に手を動かすよう促す。

 あ、と一声こぼしてからマルスは耳だけアイクの方に向けつつ準備を急いだ。


「普通の人は、分からないよね……?」


「よほど神話に精通していない限り、知り得ないはずだろうな」


 傍らでもう準備を終えたパルが、自分の寝ていたベッドを軽く整えながらアイクに尋ねる。

 彼が言うように、自分達の持つ紋章については神話の研究を専門にしているような、神話への知識が深い者でなければ知らないはずなのだ。


 事実、世間一般に広まっている神話では神が邪神を封印し、その後地上界が創られたというところで話が終わっており、レジェンダの洞窟で聖霊が言っていたような邪神の復活を危惧して神が取った行動については一切述べられていない。


 幸せで喜ばしい結末を、未来への不安が無い安心感を求めるのは生き物の本能に近い。

 それ故に、将来訪れる可能性のある脅威について述べられていない神話が広く世間に知れ渡っているのだろうと、アイクは考えた。

 彼自身も教育の一環で神話については学んでいるのだが、教養程度で学ぶ神話にはやはり自分達の紋章の事は一切触れられていなかった。

 もっとも彼の場合は、彼の背負う運命を知った父親が紋章に関する事には触れさせないようにしていた、という理由もあった。


「じゃあ、その人もそういう学者さんとか、神話に詳しい人なんじゃない?」


「まあ、そうとも考えられるが……」


 アイクはマルスの返答に軽く頷くが、彼の中にある引っ掛かりは消えない。

 もしその相手がマルスの言うような学者などの神話に明るい者ならば、わざわざあのような意味深な言い方をするだろうかとアイクは考える。

 それに何より、不気味なほどの速さで姿を消したのが気になって仕方無かった。

 何とも嫌な予感がして、アイクはその不気味な体験をそのまま二人に伝える。


「気になったから引き止めようとしたんだが……俺が振り向いた時にはもういなくなっていたんだ。何だか、怪しい……嫌な感じがした」


「何それ、怖っ!」


 アイクの不気味な体験を聞いたマルスは、思わず身を引いて大袈裟なほどに驚く。


「アイク……きっと幽霊見たんだな……。後で教会行ってお祓いしてもらった方がいいよ」


「幽霊なんて見ていない」


 恐怖を感じたのか、マルスは自分のベッドを下りてパルのそばに行きながら、気の毒そうな目でアイクを見た。

 突然哀れむような視線を向けられたアイクは、眉根を寄せて彼を睨んだ。


「パル、しばらくアイクに近寄っちゃダメだからね」


「なんで……?」


 彼の睨みなど意に介さず、マルスは彼に近寄るなとパルに耳打ちする。

 しかしながら、この静かな部屋で耳打ちをしてもアイク本人に筒抜けだった。


「もしかしたら、その幽霊がアイクに取り憑いているかもしれないだろ。それで、オレ達も幽霊に取り憑かれたりしたら嫌でしょ?」


「取り憑かれるのは、嫌。アイク、かわいそう……」


 ひそひそと話すマルスとパルの言葉に、怒りがふつふつと湧いてくる。

 別に自分は何かに取り憑かれているわけではなく、あくまで真面目な話としてその不気味な出来事を語ったのだから、そのように解釈された事に腹が立ったのだ。


「おい、お前達……勝手に話を変な方向に持っていくな! 俺はあくまで真面目に……」


「冗談だって、冗談! もう、時々ほんとに冗談通じないんだから……」


 思わず声を荒げて怒る彼の言葉を遮って、マルスは彼を宥める。

 時々冗談が通じなく、真に受けてしまうのはアイクの悪い癖であり、それは筋金入りの頭の固さをしている父親から受け継いだものだった。

 勿論、本人にその自覚は無い。

 とはいえ、マルスの話を変な方向に脱線させるという悪い癖も相まっているのだが。


「全く……」


 不機嫌な顔つきでアイクは呟きながら、まだ湧き上がってくる怒りを押さえ込むように腕組みをする。

 流石に申し訳なくなったパルは、そんな彼に小さく謝罪の言葉をかけた。


「まあ、気にしなくても大丈夫じゃない? 今のところは」


 謝ってくるパルとは対照的に、大して悪びれる様子も無くマルスは至って呑気に答え、アイクが出会った謎の人物について話を戻す。

 きちんと謝罪をしてきたパルを許す事は出来たが、反省の色がまるで見えないマルスにアイクはまだ睨むような視線を向けたまま彼の言葉を聞いていた。


「そう簡単に言うな。……何となく、嫌な予感がする」


「でもそれより、今はパルの言う声の方が大事でしょ。それに、そこに行けばもしかしたらその人の事が分かるかもしれないし」


 最後の方は無理矢理こじつけたような理由ではあるが、マルスが言いたいのはまず目先の目的を優先させようという事だった。

 パルの言う「声」の主を探し当てる事が最優先であり、明るい今の時間帯を無駄にしないようにと思ったマルスは、自分のベッドに戻ってそばに立てかけておいた剣を腰に差す。

 下ろしていた髪を結びながら、パルは彼の言葉に同感だと頷いていた。


「まぁ……それもそうだな。目先の事を考えた方が良さそうだ」


 少し考えてアイクも今はマルスの考えが最も合理的だと思い、同意だと伝えながら立ち上がって、立てかけてあった剣を腰に差す。

 髪を結い終えたパルは、結び目がほどけないように整えながらベッドから立ち上がった。

 マルスもずっと履いていた宿屋のサンダルを脱いで、いつものブーツに足を通す。

 交易路である洞窟で、立ちながらブーツを履き直していたせいでパルに水を被らせてしまった事を思い出した彼は、ベッドに一度腰を下ろしてその紐を結んだ。


 マルスがブーツを履き終え、アイクから新しい外套を受け取り、準備が整った三人は部屋を出て町の外へと向かって行った。

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