表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
DESTINY―絆の紡ぐ物語―  作者: 花城 亜美 イラスト担当:メイ
第3章 氷の刃
36/128

7.忍び寄る影

 マルス達が巨大な魔物に襲われ、吹雪の彼方へ姿を消してしまった頃、魔界アヴィスにある魔城の廊下ではアベルが青髪の少年を付け回していた。

 どうにかアベルを撒こうと少年は早足で城内を歩き回るも、しつこく彼は後をつけてくる。

 何度目かの「いい加減にしろ」という言葉を言おうと少年は曲がり角の手前で立ち止まって、彼の方を振り返る。


「ねー、ボクが行きたいんだけど」


 立ち止まって振り返る青髪の少年に、アベルは駄々をこねるような口調で言う。

 子ども染みた口調で訴えてくる彼を鋭い視線で見下ろしながら、少年は小さく溜め息をこぼす。


 彼が「行きたい」と言うのは、言うまでも無く彼らが仕える魔王――邪神ハデスの脅威となる、神に選ばれた存在のマルス達を始末しに行く事だ。

 もっとも、彼はマルスと戦う事しか頭に無く、他の二人はおまけ程度にしか考えていないのだが。


「馬鹿を言え。貴様はこの前、完全に使命を忘れて遊んでいただろう?」


「う、それは……」


 以前同じ目的で三人への接触を図ろうとした時、アベルはすっかりその目的を忘れてマルスとの魔物退治にうつつを抜かしていた。

 青髪の少年に痛いところを突かれ、アベルは言葉を途切れさせる。

 それは変えようの無い事実で、自分の落ち度を認めている彼には言い返す言葉が見当たらなかった。


「だから、今回は俺が行く。一刻も早くハデス様に奴らの首を差し出さねばならない」


 彼の以前の失態を鑑みた少年は、今度は自分が赴き確実に三人を始末しようと考えていた。

 アヴィス四天王の中では最もハデスへの忠誠心が強い彼は、主君たるハデスのために一刻も早く脅威となる神に選ばれた者、言わば勇者達が消える事を望んでいる。

 そして、彼が地上界で生きる事を拒み、世界の敵となる事を選んだ理由ともなる彼の過去のためにも、ハデスが地上界を滅亡させる事を望んでいた。


 少年にきっぱりと断られたアベルは、眉間に皺を寄せて唇を尖らせ、赤い瞳を細めて睨むように少年を見上げていた。

 その顔には悔しさと苛立ちの混じった表情が浮かんでいる。


「あぁもう! バーカバーカ! この陰険鉄頭!」


 言い返す言葉を失ったアベルは、幼子のように喚いて少年の悪態をつく。彼の吐き出す悪口は幼稚なものだった。

 すっかり聞き慣れた少年は今更それに対してどうと思う事も無く、ただ冷めた目で彼が一通り文句を言い終えるのを眺めていた。


「馬鹿に馬鹿と言う資格はない。残念だったな、リンゴ」


 一通りアベルが文句を言い終えたところで、少年は見下したような笑みと共にそう言い返す。

 特に最後の「リンゴ」の部分はわざとらしく強調した。

 丸い頭と赤い髪が特徴的な彼は、アヴィス四天王の一人である金髪の少女から「リンゴ」というあだ名を知らぬ間に付けられている。

 アベル自身、リンゴが嫌いな事もあって、そのあだ名で呼ばれる事が嫌で堪らないため、彼にとっては一番の悪口だった。


「リンゴって言うな! ボクは馬鹿でも、リンゴでもないっ!」


 少年の態度がますます癇に障り、アベルは一層大きな声で喚き散らす。

 それを皮切りにしたように、いつも見下されている事に鬱憤が溜まっていた彼は、怒鳴るような声で文句に文句を重ねる。

 すっかり周りが見えなくなっているアベルの様子を見ながら、少年は徐々に気配を潜め、彼に気づかれないうちに廊下の曲がり角の先へ姿を消した。


 気配を消す事に長けている少年は、よくこうしてアベルを撒く。

 今回もまた気づけば姿の無い少年にさらに苛立ちが募り、行き場を無くしたその感情をアベルは喚いて外に出すしか出来なかった。

 喧しい彼の声は、静かな城内に響き渡っていた。




 *   *   *




 巨大な魔物に殴り飛ばされてから、一体どれほど時間が経過しただろうか。

 ようやく意識を取り戻したマルスは、重たい瞼をゆっくりと開く。

 淡い光が視界に入ってくるが、寝ぼけ眼の彼にはその淡い光ですら眩しく感じた。

 何度か瞬きを繰り返し、明るさに目が慣れてきたところで、マルスはゆっくりと体を起こす。


「ここ……どこ……?」


 視界に広がるのは、見知らぬ部屋の景色。

 理解出来るのは、ベッドで寝ていたという事のみだ。

 ひとまずここが天国では無い事を理解はしたが、何となく心配になった彼は頬を指で抓ってみる。

 鈍い痛みがじんわりと頬に広がり、自分が生きている事を実感した。


 一体ここがどこなのかと首を傾げつつ自分の体に視線を落とすと、服がいつもと違う事に気がつく。

 簡単な作りの寝衣のようだ。


 ここがどこで、どうしてここにいるのか、マルスはまだぼんやりとした頭で記憶を辿って行く。

 覚えているのは、ネジュス地方にやって来た事、寒さと雪の多さに驚いた事、巨大な魔物に殴り飛ばされた事。

 そして、魔物に殴り飛ばされてから自分が、アイクとパルがどうなったのかの記憶が無い事に気がついた。


 顔を上げて辺りを見回すと、少し離れた所にもう二つベッドが並んでおり、その一つにはパルの姿が見えた。

 彼女の姿を見てその無事を知ったマルスは、安心したように胸を撫で下ろす。

 その隣のベッドの近くには、ディルニスト家の家紋が刻まれたアイクの剣があった。

 しかし、アイク本人の姿が見当たらずマルスが不安に駆られたその時、ふと部屋の扉が開く音がした。


「ああ、やっと起きたか」


 音に反応して扉の方を見ると、そこには二人分の服を抱えたアイクの姿があった。

 彼の無事も確認出来たマルスは、深く安堵の溜め息をつく。

 マルスが不安に駆られていた事を何となく察したアイクは、安堵している彼の姿に僅かに微笑みをこぼす。


「心配させて悪かった」


「ううん、無事で良かった。……あ、ねえアイク、ここはどこなの?」


 アイクの謝罪の言葉に頷いてから、マルスは今自分達がどこにいるのかを尋ねた。

 一番早く意識を取り戻した彼ならば、ある程度状況を理解していると踏んだのだ。


「ネジュス地方で一番大きな町ネーヴェの宿屋だ。俺とパルもあの魔物に殴り飛ばされて、運良くお前と同じ辺りに、それもこの町のそばに落ちたらしい。それで、たまたま町の外に出ていた人が俺達を見つけて、ここまで運んでくれたんだ」


 三人は魔物に殴り飛ばされ、今いるネーヴェの町のそばに運良く落ちてきたらしい。そして、偶然三人を見つけた町人が三人をこの宿屋まで運んでくれたというのだ。

 自分達の運の良さとこの町の人の優しさに、マルスは深く感謝した。


「俺達を助けてくれた人はもう行ってしまったが、礼は俺が言っておいた。それと、俺達の服、濡れていたから宿屋の人が乾かしてくれた。ほら、お前のだ」


「ありがとう」


 アイクは手に持っていたマルスの服を手渡す。

 受け取った服は丁寧に洗濯もされていて、旅の途中で付いた泥や血による汚れが綺麗に落ちており、ほんのり洗剤の良い香りがした。


「俺はこれから町に出て、買い出しをしてくるつもりなんだが……マルスはどうする?」


「オレはもうちょっと休みたいから、ここにいるよ」


 買い出しに行ってくると言うアイクに対してマルスはそう返しながら、小さく欠伸をこぼした。

 暖かい部屋で、柔らかいベッドに寝られる今の時間をもう少し楽しみたいマルスはここに残る事を選んだ。


「そうか。なら、パルの事もよろしく頼む。服も起きたら渡しておいてくれるか?」


「うん、分かった」


 部屋の奥のベッドでまだ小さな寝息を立てて眠っているパルに一度視線を向けてから、アイクはマルスに彼女の服を預ける。


「じゃあ、行ってくる」


 マルスは部屋を出て行くアイクにひらひらと手を振って見送る。

 部屋の扉が閉まってから、マルスは再びベッドに寝転んで二度寝を始めるのだった。




 *   *   *




 宿屋を出てから、アイクは今後の旅に必要なものを買い揃えに商店街に向かった。

 魔物に出遭った頃の荒れた天気が嘘のように外は晴れており、灰色の雲の隙間から眩しい日光が降り注いでいる。

 アイクはついグラドフォスにいた時の癖で、無意識に太陽の位置から時間を割り出していた。

 今はちょうど昼になったばかりだと分かってから、もう父親の存在や門限など気にしなくても良いという事に気がつく。癖は抜けないものだと小さく溜め息をこぼした。


 アイクは切らす事の出来ない傷薬と食料を調達し、それからネジュス地方で広く着用されている外套を三人分購入した。

 この外套は、炎の魔石を利用した特殊な布で出来ており、ネジュス地方の強烈な寒さも防いでくれるという優れ物だ。

 少々金銭的に痛くはあるが、この寒さでは背に腹は替えられない。

 パルも目覚めたら、グラドフォスから持ってきた冬用の外套を売り払ってもいいか確認し、多少の資金に出来ないかと彼は考えていた。


 一通り買い物を終え、買い忘れた物は無いか確認しながらアイクは宿屋への帰路を歩いていく。

 商店街は想像よりも賑わっていて、すれ違う人とはうっかりしているとぶつかりそうだ。

 建ち並ぶ店の商品を見ながら、周囲の人々にも注意を向けて歩く。


 幾らか人通りが減った所まで来た時、不意に冷たい風が商店街を歩く人々の隙間を吹き抜けていった。

 顔以外に唯一露出している手が一層冷えて、直に寒風にさらされている手の甲が僅かに痛く感じる。

 買った物が入った袋を抱えながら、アイクは手をこすって寒さを紛れさせた。

 その時に何となく右手の甲に刻まれた紋章が目に入った。


「いつも着けているグローブが無いと、紋章が丸見えだな……」


 アイクはそのまま紋章を見つめて呟く。

 服だけ寝衣から着替えて出てきただけなので、いつもしているグローブは無く、そのおかげで紋章は丸見えだ。

 もっとも、この紋章を見ても普通の人は入れ墨か何かだとしか思わないだろう。


(これが全ての始まりなんだよな……)


 紋章を見ながら想いを巡らせる。

 生まれた時から右手の甲に刻まれていたこの紋章が、まさか神に選ばれた者の証で、今こうして旅をしている理由になるとは思ってもいなかった。

 自分は、否自分達は何とも数奇な運命を背負っているのだと改めて思い、アイクが少しの間紋章に気を取られながら歩いていると、彼は暗い青色の髪をした少年とすれ違った。


「それが神に選ばれし者の証、か……」


「え……?」


 アイクはすれ違ったその少年を、商店街を歩く人々の一人としてしか認識していなかったため、全く気に留めていなかった。

 だが、今耳に入った少年の呟きにアイクは驚きの表情を浮かべて咄嗟に振り返る。

 しかし奇妙な事に、すぐさま振り返ったにも係わらず少年の姿はどこにも無かった。

 自身の周囲を何度か見回してみるが、どこにもその姿は見つからない。


「何だったんだ……今のは……。なぜ、この紋章の事を……?」


 薄気味悪さを感じ、寒さも相まって思わず鳥肌が立った。

 鳥肌の立った腕を軽くこすりながら、アイクは訝しげな表情で先程の少年の呟きを思い出す。

 よほど神話に詳しくなければ知り得ないはずの紋章の事を、先程の少年は知っているかのような口振りだった。

 ただ単に彼が神話に詳しい者であると考えれば幾らか納得は出来るのだが、彼とすれ違った時に感じた言葉にし難い違和感、何とも嫌な感覚がアイクの心に引っかかりを作っていた。

 敵なのか、それともパルの言っていた声の主なのか、アイクは色々考えてみるが、どれも確信が持てない憶測ばかりだ。


(ひとまず、二人に話してみるか。俺一人で考えても埒が明かない)


 今一人であれこれ憶測するよりも、二人にも報告して共に考え、その正体を突き止める方が得策だと思い、アイクはやや足早に宿屋を目指した。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ