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DESTINY―絆の紡ぐ物語―  作者: 花城 亜美 イラスト担当:メイ
第3章 氷の刃
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5.水も滴る……

 夜が明け、太陽が昇ってそう時間の経っていない頃にアイクとパルは目を覚ました。

 だが、二人が起きてもマルスはまだ呑気に幸せそうな寝息を立てて眠っている。


 薪を足して火を点け直した焚き火の上で、昨晩の夕食の残りを温める片手間でアイクが彼を起こそうと試みているが、夢でも見ているのか彼は幸せそうに顔を綻ばせるばかりだ。

 呼んでも、つついても起きる気配の無い彼にアイクが呆れたような溜め息をこぼしたところで、長い髪をいつも通りの二つ結いにし終えたパルが、眠る彼のそばにしゃがみ込む。


「マルス、起きて……」


 パルはそう言うと、幸せそうに緩んだ彼の両頬を指で掴み、横に引き伸ばした。

 彼の丸い頬が横に伸び、何とも間抜けな顔になる。

 思わずアイクも笑ってしまいそうになる顔だが、一向に起きる様子は無い。

 いつもならば、この状態を数分保っているとじわじわ感じる痛みで彼は目を覚ますのだが、今日はいつになく眠りが深いようだ。


 戦ったり、長時間歩いたりと、慣れない事を続けている疲れが出ているせいだとパルもアイクも感じ、このままもう少し彼を寝せておいてやりたいところではあった。

 だが、三人はこれから雪国に足を踏み入れる。

 日が暮れる前に町などに着かなければ非常に危険であるため、外が明るい時間帯を無駄にする事は出来ない。

 こうなったら「最終手段」しか無いと思い、パルは彼に向けて右手をかざした。


「あまりやり過ぎるなよ」


「大丈夫……」


 彼女の「最終手段」が何なのかを知っているアイクが、念のため声を掛ける。

 アイクの言葉に頷くと、彼女は軽く魔力を右手に集中させて弱い雷魔法をマルスめがけて放った。

 殺傷能力は無く、非常に弱いものだが、幾らかの衝撃を与えるにはちょうどいい雷撃だ。


「いだだだだッ!」


 当たった瞬間、マルスは驚きと痛みに対する悲鳴と共に飛び起きた。

 一体何事か、と言ったような顔つきで自分の体と辺りを落ち着き無く見ている彼に、至極穏やかな声でパルが挨拶をする。


「おはよう、マルス……」


「あ……おはようございます……」


 驚きの抜けない表情でマルスは彼女に挨拶を返す。

 そして、マルスはまた自分が起きないせいで、彼女の「最終手段」が行使され、目覚めたのだという事を理解した。

 グラドフォスにいる時であれば文句を言いたいところだが、今は旅の途中だ。

 時間を大切にしなくてはならない事を理解している彼は、一瞬出そうになった文句を吸い込んだ空気と共に喉の奥に押しやった。


 マルスの目が完全に覚めたところで、傍らで他人事のように眺めていたアイクが温まった朝食を配り、マルスとパルも焚き火の周りに座った。

 手渡された朝食を食べると、その温かさが寝起きで下がっている体温を優しく上げていく。

 幾らか冷えていた体が徐々にぬくもりで満たされていくのを感じながら、三人は朝食を食べ進めた。




 *   *   *




 朝食を食べ終え、体が幾らか温まったところで、三人は片付けをすると共にネジュス地方に向かうための準備を整えていた。

 出していた自分の荷物を片付けたマルスは、寝起きのせいで着崩れていた服を着直したり、ブーツを履き直したりしている。


 アイクは荷物を片付けて焚き火の周りが綺麗になると、パルに焚き火を消すよう頼んだ。

 彼からの頼みに短い返事をすると、パルは焚き火の前にしゃがむ。

 そして、水魔法で焚き火を消すために、小さいながらもまだ赤々と燃えている炎に向けて両手を翳した。

 彼女の両手に魔力が集まっていき、今にも水となって手のひらから溢れそうになる。

 だがその時、不意に彼女のそばで片足立ちになってブーツの紐を結び直していたマルスの体が大きくよろけた。


 次の瞬間、マルスの体は無防備な状態のパルにぶつかり、しゃがんでいた彼女はひっくり返ってしまう。

 焚き火に向けられていたはずの彼女の手はひっくり返った事で全く意図せぬところに――洞窟の天井に向けられた。

 彼女は驚いた拍子に魔法を発動させてしまい、彼女の手のひらから水が放たれ、天井にぶつかると水は彼女の上に降り注いだ。

 炎を消すはずだった水がパルの上に降り注ぎ、彼女の服や髪を濡らしていく。

 その途端に、焚き火を挟んで二人の正面にいたアイクは驚きと焦りに目を見開いた。


「あっ、ご、ごめん! パル!」


 自身の頬や髪に多少水がかかった事で、マルスは自分のそばに、それもパルに水が降り注いだ事に気がつく。

 明らかに自分の不注意のせいで彼女が水を被る事になってしまい、マルスは慌てた様子で彼女の手を引いて起こしながら謝罪した。


 起き上がった彼女の毛先から音も無く雫が地面を目掛けて落ちていく。

 反応が返ってこないため、恐る恐るマルスは彼女の顔を下から覗き込むように見た。

 すると、顔に張り付いて水を滴らせる前髪の隙間から鋭い視線がマルスを射貫き、その恐ろしさに彼は思わず小さく悲鳴を漏らす。


「ご、ご、ごめんなさいパル様! もう絶対に立ってブーツの紐を直したりしません!」


 恐怖と焦燥の表情を浮かべたマルスは驚くべき速さと勢いでその場に土下座をして謝った。

 魔物との戦闘でも見ないような素早さだ。

 傍らで事の成り行きをひやひやしながら見ていたアイクは、彼の動きに僅かに驚いた顔をしている。


「……次やったら……絶対に許さないからね……」


 必死さが滲み出ている彼の謝罪にパルはあれこれと文句を言う気にはなれず、やや低めの声でそう一言だけ言って、濡れて張り付いた前髪を手でよける。

 マルスは説教でもされるか、痛い目に遭うかと思っていたが、想定していた事は何もされなかったため僅かに安堵していた。


「乾かすから……ちょっとあっち、向いてて……」


 パルは二人に向けてそう言って自分が二人の視界に入らないようにしてから、外套で体を隠しつつ手早く服を脱いで、極力弱めた炎魔法で服を乾かしていく。

 幸いにもいつもと違って外套を着ていたため、その下に来ていた服は思ったよりも濡れてはいなかった。


 とは言え、これから雪国に足を踏み入れるため、体温を守る服が濡れていては都合が悪い。

 湿り気が無くなるまで服と外套をしっかりと乾かしてから着直すと、もう振り返って見ても大丈夫だと二人に伝えた。


「髪、いいの? まだ濡れてるけど……」


「うん、いい……。時間、かかるし……フードに入れておくから、大丈夫……」


 マルスが言うようにパルの髪はまだ水で湿っていたが、彼女は先を急ぐ事を考えて、少し拭く程度にして乾かしはしなかった。

 炎魔法を使った髪の手入れは、魔力の調節が面倒なのだ。

 服ならば燃えてしまっても最悪買い換えが出来るが、髪は切るしかない。

 亡き母を真似て伸ばしている髪を切る事になるのは、今のパルには避けたい事態だった。


「準備、出来たよ……」


「よし、早速ネジュス地方に向けて出発するか」


 出発の準備が改めて整った事をパルが伝えると、今ばかりは落ち込んで反省しているマルスに代わってアイクが出発の声掛けをする。


 たまにはしっかり反省してもらう事も大事だとパルは考えたが、せっかく見知らぬ場所へ行くのだからマルスにはいつも通り明るくいて欲しいと思い、歩き出したところで「気にしなくていい」と伝える代わりに彼の肩を優しく叩いて微笑んだ。


 彼女の微笑みで許してもらえたと安心したマルスは、まだ反省の色を残しながや微笑み返し、いつものように二人より半歩ほど前に出て歩く。

 彼のその様子にパルはまた小さく笑みを見せ、アイクは二人の様子がいつも通りになった事に安堵して彼の後に続いた。

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