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DESTINY―絆の紡ぐ物語―  作者: 花城 亜美 イラスト担当:メイ
第3章 氷の刃
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4.目指すべき場所と葛藤

 ひとまず空腹という感覚が消えたところで、マルスは何の話をしようかと考え始める。

 マルスにとって食事中の会話は、食事をより一層美味しくするスパイスだった。

 そのため、彼は昔からよく食事中に様々な話をし、話を振っては場を盛り上げる。


 とはいえ、食事そっちのけで話すのは良くないと幼い頃に母親によく言われており、成長してからは食事に集中出来なくなるほどの盛り上げ方はしない。

 一瞬考えて話題を決めたマルスが話し始めようと口を開いた時、彼よりも早くアイクが言葉を紡ぎ出した。


「……そうだ、二人共」


 珍しく自分から話題を切り出したアイクの声は、どこか重々しさすら感じるものだった。

 一体何の話か、とマルスとパルは同時に彼に視線を向ける。


「言いそびれていた事があるんだが……」


「言いそびれていた事?」


 そう聞き返すと、マルスは何の事だろうと首を傾げてパルと顔を見合わせた。

 そして、もう一度アイクの顔に視線を移す。


「魔界に行く方法についてだ」


 アイクの返答に今度はマルスとパルは同時に首を傾げた。


「俺達は聖霊に世界を魔王、つまり復活を遂げた邪神から守れと言われた。なら、そのためには魔界に行く必要があるだろう? だから、ルイムにいる時に色々考えていた」


 軽く相槌を打ち、レジェンダの洞窟で出会った聖霊とのやりとりを思い出しながら二人はアイクの話に耳を傾ける。

 アイクは持っていたスプーンを一度皿に置いて話を続けた。


「あの町には他の大陸からの商人もいたから、多少とはいえ情報収集も出来た。それで、ある情報を手に入れた」


 順を追って話していくアイクに、二人は早く続きを求めるような視線を向けつつ黙って聞く。


「ある所に、『邪神の口』と呼ばれる強大な闇の力を放つ大穴があるらしい。俺はそこが魔界に繋がっていると考えている」


 神妙な面持ちで言うアイクの言葉を聞いて、マルスはその「邪神の口」と呼ばれる穴を想像してみる。

 闇の力を放つ真っ暗で深い穴。

 時折吹き抜けては、焚き火の煙ごと暖かい空気を攫っていく寒風によるものとはまた違う寒気を彼は感じた。

 「邪神の口」という名前がまた如何にもと言わんばかりの嫌な感じがする。


「なんでその穴が、魔界に繋がってるって思うの?」


「地上界を滅ぼしたいのなら、何かしら魔界とこちらを繋げるものが必要なはずだ。その繋げるものが、『邪神の口』なんだと思う。俺の憶測に過ぎないが……」


 マルスの問いかけにアイクはそう答える。

 憶測と言ってはいるものの、ほとんど彼の中では確信に近いようだった。


「地上界に魔物が現われるようになったのは、今からおよそ百年前だ。そして、『邪神の口』が出現したのもおよそ百年前だとルイムで聞いた。つまり俺の見解としては、その大穴が魔界の闇の力を地上界に送る源であり、魔界に繋がる唯一の場所だ」


 魔物の多くは、地上界に元から存在する野生動物に強い闇の力が影響を及ぼして変容したものだ。

 その魔物達が現われるようになった時期と「邪神の口」が現われた時期が重なるとすれば、「邪神の口」が魔界に繋がっているという話にも合点がいく。


「だから、その穴から魔界に行けるかもって事かぁ……」


 納得したように呟くマルスに向けて、アイクは小さく頷いてみせる。


「その穴、どこにあるの……?」


 黙って聞いていたパルが静かな声で、そう質問を投げかけた。


「ある国の管理下にあるという話だ。危険だからな」


「ある国……?」


 パルがさらに質問を重ねると、アイクは躊躇うように一呼吸おいてから口を開いた。

 彼のその躊躇うかのような様子に、マルスとパルは訝しげな表情を浮かべつつ彼の返答を待つ。


「……魔導国家エストリア帝国だ」


 重々しい声でアイクが告げた答えに、マルスとパルは大きく目を見開いて僅かに眉間に皺を寄せた。


「え、じゃあ……オレ達、エストリアに行かなきゃいけないって事?」


 まだスープの残る食器を地面に置いてマルスが聞き返してくる。

 動揺が隠せていないその口振りからは、言わずともエストリア帝国に向かう事を渋っているのがアイクにも感じ取れた。

 一方のパルも静かに皿を置いて、より一層戸惑いの表情を浮かべている。


 二人がこのような反応を示す理由をアイクは分かっていた。

 ほんの八年前、グラドフォスはエストリア帝国と戦争をしていた。

 そして、その戦争の中で二人の両親は、帝国兵に殺されるという形で命を落としてしまったのだ。

 エストリア兵に両親を殺されている二人が、帝国に対して抱く想いは並々のものではない。

 その事を知っているからこそ、アイクは自分達の行く先がエストリア帝国であると告げる事を躊躇ったのだった。


「二人にとっては、行きたくない所だろうが……」


 アイクは視線を落とし、苦い顔をして言う。

 二人が行く事を渋るのは分かってはいたし、最悪の場合は拒否される事も考えていた。

 もし二人が拒否したら何か他の方法を探そう、アイクはそう思う。

 もっとも、他の方法など思いつきもしないし、あるかどうかも分からないのだが。


 マルスもパルも暗い表情で俯き、一言も発さずにいる。

 つい先程まで話し声で賑やかだったこの場は水を打ったように静まり、時折聞こえてくるのは焚き火の中で空気が弾ける音だけだ。

 流れる沈黙がアイクには恐ろしく感じられた。

 もう少し考えてから、他の選択肢を探してから、二人に告げるべきだったかと彼は思い悩む。

 時機を間違えたかとアイクが苦い顔をしていると、不意にマルスがゆっくりと顔を上げて彼を見た。


「……オレ、行ってもいいよ」


 顔を上げてそう答えるマルスの声は、驚くほどに穏やかだった。

 思ってもいなかった答えに、彼のその落ち着いた様子に、アイクは驚きを隠せない。


「本当に……いいのか?」


「……うん」


 聞き返してくるアイクに対して、僅かに微笑みを浮かべながらマルスは小さく頷く。

 理由は分からなかったが、アイクにはその微笑みに安堵する自分がいるのを感じた。


「だって、エストリアに行くしか道は無いんでしょ? まあ、アイクの事だから、きっとオレ達が拒否した時は何か他の道を探そうとか、色々考えてくれてるのかもしんないけど……。でも、あんまりアイクに悩んで欲しくない」


 彼の言葉を聞いたアイクは、またしても驚いた顔をした。

 いつも鈍感な彼が、自分が思い悩んでいる事を見抜いていたからだ。


 マルスにとっては、世界の命運が賭かっている中で自分の個人的な感情に左右されて、その結果が遠回りとなり、世界の滅亡の時を迎えてしまうのは避けたい事態だった。

 そして何より、自分達の過去を考慮したアイクが、顔には出さなかったもののつい先刻まで悩み抜いて打ち明けたのだと察していた。


 口うるさい面が多いアイクだが、彼がいつも何かと自分達のためを思っては考え、時には悩みさえしている事をマルスはよく知っている。

 恐らく、ここで拒否すれば、彼はずっと一人で悩み続けるに違いない。

 自分とパルも一緒に協力したとしても、友達想いな真面目で正義感の強い彼の事だから、寝る間も惜しむほどに考え込むだろう。

 いつまでもアイクにばかり負担は掛けられない、そう思ったマルスは賛同を示したのだった。


「ありがとう、マルス」


 マルスの優しさを感じたアイクは救われたような、安堵したような表情で彼に礼を言う。

 彼の言葉に返事をする代わりに、マルスは明るく笑ってみせた。


「……パルは?」


 一度アイクから視線を逸らして、マルスはパルに声を掛ける。

 だが、彼女は何も答えはせず、ただただ俯いていた。


 口に出せずにいたが、パルは行くのが怖かった。

 行けば、目の前で両親を失ったあの日を思い出してしまう気がして怖かった。

 憎しみや悲しみの感情で、己を見失ってしまうかもしれない気がしていた。


 勿論パルは、エストリア帝国の人々が全て悪い人というわけではない事をきちんと理解している。

 世界を救うという、自分達に与えられた使命を果たすには、行かざるを得ない事も。

 それでも、エストリア帝国に行くのにはどうしても気が進まなかった。


「……今は……まだ、行きたくない……」


 決意したマルスにも、自分達のために思い悩んでくれたアイクにも酷く申し訳ないと思いながら、絞り出すような声でパルは小さく答えた。


「そう、だよな……」


 アイクは彼女の答えに頷いて、それ以上何も言えなくなる。

 今の彼女にはどのような説得も無意味だと感じたのだった。


「……ねぇ、パル。今はとりあえずエストリアに向かってみようよ。他に道が無いわけなんだし……」


 この時ばかりは、珍しくアイクではなくマルスが説得し始めた。

 今の彼女の心情を誰よりも理解し、寄り添えるのはマルスしかいないとアイクは思い、何も言わずに彼に任せる事にした。


「……でも……」


 パルは変わらず苦い顔をしている。


「エストリアまでは長いんだからさ、その間に出来る限りの気持ちの整理をしてみてよ。それでもやっぱりダメなら、オレとアイクでエストリアで話を聞いたりしてみるから。あ、でも魔界には一緒に行ってもらうからね。パルの力が無いと、魔王は倒せないだろうし」


 マルスは彼女のそばに行って、彼女の顔を覗き込んで穏やかな口調で言った。

 グラドフォス地方からエストリア帝国まではかなり距離がある。

 辿り着くまでの時間に出来る限り考えてもらい、どうしても無理と言うならば、エストリアでの情報収集や「邪神の口」への立ち入りの交渉は自分とアイクがすれば良い、とマルスは提案した。

 それを聞いたパルは、また考えるような素振りを見せる。


「……分かった……。頑張って、考えてみる……。わがまま言って、ごめんね……」


「大丈夫だよ。ありがとう、パル。あ、でも、考えすぎるのはダメだからね」


 顔を上げて、まだ迷いの消えない表情を見せながらも答えたパルにマルスは優しく笑いかけて感謝し、冗談めいた口調で考えすぎないようにと伝えた。

 彼の笑顔と冗談めいた口調は、張り詰めていたパルの心を緩めていく。

 次第に彼女の眉間に寄っていた皺が消えていくのが見て取れ、アイクは心の中でマルスに感謝した。




 *   *   *




 ようやく今後の話がまとまり、すっかりぬるくなった夕食を食べ終えた頃には、三人の雰囲気は元に戻っていた。

 その後、片付けをし終えた三人は、明日は雪道を歩く事を考えて早めに眠る事にした。


 勢いが弱まり、僅かな赤色がちらつく程度になった焚き火を囲んで寝転び、寒くないよう外套と共に毛布を被る。

 横になってから少しの間は談笑していた三人だったが、気づいた頃には眠ってしまっていた。

 ネジュス地方の方から吹き込む風が、漂っていた煙を攫い、新鮮な空気を彼らのもとに置いていった。

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