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DESTINY―絆の紡ぐ物語―  作者: 花城 亜美 イラスト担当:メイ
第3章 氷の刃
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3.寒くて暑くて、あたたかい

 駆け込んだ洞窟は交易路なだけあって、内部が整備されていた。

 地面は平らで非常に歩きやすく、壁に人工的に埋め込まれた光の魔石のおかげで洞窟の中だというのに足下がよく見えるほど明るい。

 いつものように、パルが光魔法で照らす必要は無かった。

 また、壁には魔除けの力を持つ紋章が洞窟の奥の方まで刻まれており、この付近に出現する魔物の侵入を防いでいる。


「他の洞窟も……全部こうならいいのに……」


 薄暗くなく、地面は平らで、魔物も現われず、両端に出入り口があるために空気の通りが良い洞窟。

 ここに来るまでに訪れたレジェンダの洞窟やオスクルの洞窟と比べて、格段に快適である事を実感しながらパルがぽつりとこぼす。

 確かに、とアイクも彼女同様にその快適さを感じて頷く。


「えぇ、それじゃつまんない! 洞窟は複雑で、歩きにくかったりするから面白いんだよ」


 二人とは逆に、洞窟は複雑で探索しにくいものであるべきだと反論するマルス。

 昔から何度も読んだ冒険譚に出てくるような薄暗く、複雑で、歩きにくい洞窟は彼にとって理想の塊なのだ。

 彼のその意見に対してアイクとパルはさらに反論を返す。

 そんな三人の会話は、入り口の方から聞こえる雨が地面を叩く音よりもずっと大きく洞窟の中に響いていた。




 *   *   *




 幾らか洞窟の中を進んでいくと、空間の広くなった場所に三人は辿り着いた。

 中央辺りには焚き火をしたと思われる黒い跡がこびりついており、入って左奥の方には焚き火用の薪が積み重ねられている。

 この場所はちょうど洞窟の中腹に当たり、グラドフォス地方とネジュス地方を行き来する人々の休息の場として利用されている場所だった。

 三人はこの場で一夜を明かす事にし、焚き火の黒い跡のそばに荷物を下ろすと、隅に積み重ねられていた薪を焚き火の跡の上に置いていく。


「なんだかちょっと寒いなぁ」


 薪を適当に置きつつ、マルスは指先の冷たさを誤魔化すように時折拳を握ったりしている。

 彼の言う通り、洞窟の入り口付近を歩いている時よりも肌に感じる寒さが増していた。


「雪国に向かってるから……仕方ないよ……」


 そう答えて、パルは置き終えた薪に手をかざして弱い炎魔法を唱えた。

 彼女の手から吹き出るようにして放出された赤い火が一本の薪につくと、少しずつ他の薪にも移って赤々とした焚き火になっていく。

 洞窟内が赤い光に照らされ、空気が弾けるかすかな音が辺りに響いた。


「風邪を引くと悪いから、外套でも被っておいた方がいい」


 アイクはそう言いながら、自分の荷物から冬用の外套を取り出して羽織る。

 マルスとパルも同様に冬用の外套を取り出して羽織った。

 次第にじんわりとした暖かさが体に広がっていき、いつの間にか寒さで強張っていた体がほぐれていくのを感じる。


「これなら寒くないね」


 焚き火のそばに腰を下ろして、マルスは火に手をかざしながら言う。

 手のひらから伝わる焚き火の熱さが、冷えた手には心地よかった。


 傍らでは腰を下ろしつつ、旅での食事作りを担当する事になったアイクが夕食の準備を始めている。

 彼は教育の一環として幾らか料理の知識と技術も持っており、彼自身も比較的料理が好きな方なので、自らその役目を買ってでた。

 流石に彼一人に任せておくのは悪いと思ったパルは、食器の支度や洗い物等を引き受ける事にしていた。


 一方のマルスは、兄と生き別れてから一人暮らしをしていたにもかかわらず、驚くほど料理が下手という事に加え、気が抜けると食器を割る等もしばしばあるため、食事作りでは用無しだった。

 その代わりに、彼は食事作りの間話をしたり、二人に話を振ったりしながら場の空気を明るく保つ役を言われずともしている。


「……なんだか、ご飯の準備してる二人見てると、夫婦っぽく感じる」


 適当な話をしている途中で、ふとマルスが並んで夕食の準備をしているアイクとパルを見てそう言った。

 その瞬間、アイクは俯いていた頭を凄まじい勢いで上げ、パルは衝撃を受けたかのように肩を震わせた。

 そして、二人共焚き火の赤にも負けないほど顔を赤くしている。


「っ、な、何馬鹿な事言ってるんだ、お前は!」


 明らかに動揺した様子でアイクはいつになく声を荒げた。

 彼がここまで動揺するとは予想していなかったらしいマルスは、驚きに目を丸くして瞬きを繰り返している。

 彼の動揺の理由がまるで分かっていなさそうな様子で、マルスは驚いたまま首を傾げた。


「だ、だいたい、パルには俺なんかよりもっと相応しい相手がいるかもしれないし……。それと、いくら親しい間柄だからといって、年頃の女性に対して軽率にそういう事を言うのはどうかと思うぞ」


 アイクは必死に動揺を隠すように矢継ぎ早に言葉を紡ぎ、最終的にはマルスへの説教に辿り着いた。

 どうしてか説教を受けたマルスは、腑に落ちないといった顔をしながら聞き流すように適当な返事をする。

 そんな二人のやりとりの傍らで「パルには俺なんかよりもっと相応しい相手がいるかもしれない」という言葉を聞いたパルが、一瞬だけ悲しげに眉尻を下げた事には、誰も気がつかなかった。


「この話はこれまでにして……ほら、夕食にしよう」


 アイクが一つ咳払いをして場を仕切り直す。

 その言葉で現実に引き戻されたパルは、すぐさま彼に用意していた食器を手渡した。

 受け取った食器にアイクは出来上がったスープを入れていき、手の空いたパルはスープの入った皿の上に切られたパンを置いて配っていく。


 今日の夕食は、ルイムの町で調達したパン、ルイムの町民から貰った少量の野菜と缶詰の保存食で作ったスープだ。

 温かな湯気と共に香るスープの匂いが、三人の食欲を刺激する。

 三人分の夕食が揃ったところで、三人は少し遅めの夕食を食べ始めた。

 温かいスープは体を芯から温め、パンと共に空の胃袋を満たしていく。

 空腹を我慢していた三人は、半分ほど食べるまで無言のまま食事に夢中になっていた。

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