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DESTINY―絆の紡ぐ物語―  作者: 花城 亜美 イラスト担当:メイ
第3章 氷の刃
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2.雨が降る前に

 パルが昨夜聞き取った謎の声。

 それが旅の新たな手がかりと信じ、その声が聞こえてくるという北に向かっていた。

 曇り空の隙間から覗いている太陽の位置を見ては北の方角を確認しつつ、三人は歩みを進める。


 野宿した場所を朝方に発ってから、いつの間にか太陽はもう西の方へと傾いており、沈んでいく準備を始めているところだった。

 かなり長い時間歩き続けたために疲れが溜まってきた三人は口数が減っていた。

 無言のまま歩き続ける中で、マルスは灰色がかった雲の隙間から差し込んでいる夕日の橙色の光を「まるで炎みたいだ」と思いながら呑気に眺める。

 歩く三人のそばにある茂みの葉も、差し込んでくる夕日の光を浴びて橙色に光っている。


 不意に、その茂みが音を立てて蠢いた。

 疲れでぼんやりとしていた三人に緊張が走った直後、突然茂みから三頭の狼が飛び出してきた。

 飛び出してきた狼達は普通の狼よりも体が一回り大きい上に爪や牙がより一層鋭く、攻撃的な目をしている。

 外見から三人の意識が狼達を魔物だと認識した直後、そのうちの一頭が素早くマルスに飛びかかってきた。


「く……っ!」


 マルスはすぐさま剣を抜いて狼の急襲を防ぎ、力で何とか狼を押し返す。

 反応が一瞬遅かったら、狼の振り下ろした爪が彼を切り裂いていただろう。

 束の間の安堵に息を吐き出しながら、マルスはすぐさま狼から距離を取って威嚇するように睨み付けた。


「マルス、無事か?」


「うん、平気!」


 剣を構えて狼達を牽制しながら無事を確認してくるアイクに向け、マルスは親指を立てて無事を伝える。

 狼達は臨戦態勢で警戒しているマルス達を今にも食らいつかんばかりの視線で見据えて、唸るような声を漏らしながら威嚇をし、今か今かと襲いかかる機会を窺っていた。


 互いに警戒し合う三人と狼達の間をやや冷えた風が吹き抜けていったその瞬間、狼達が一斉に襲いかかってきた。

 先程マルスを襲った狼が再び彼に飛びかかる。


 マルスは咄嗟に剣を横に構え直して右手で柄をしっかりと握り、左手で剣身の先を支え、狼の攻撃を防ぐ。

 今度は構えた状態だったため、余裕を持って狼の攻撃を剣で防ぐ事は出来たが、狼の方も構えていた状態から襲ってきたために先程よりも力が強かった。

 両腕に力を込めて押し返そうとするものの、狼も力を強めてきているせいでそれは叶わない。

 拮抗しているために、自身の剣と共に狼の爪や牙が眼前に近づいたり離れたりを繰り返していた。


 傍らのアイクは自分に向かってきた狼の攻撃を何とか回避しつつ、狼の隙を冷静に探す。

 パルは自慢の素早さを駆使して飛びかかってきた狼の間合いに詰め寄り、狼の腹を蹴り上げた。

 その鋭い蹴りは運よく狼の腹を直撃したらしく、地面に落ちた狼はそれきり動かなくなる。


(オレも蹴りを入れられれば……!)


 パルが狼に蹴りを入れたのが目に入ったマルスは、自分も蹴りを入れて狼を怯ませる事は出来ないかと考える。

 だが、狼と押し合いをしながら片足で全体重を支えて蹴りを入れられるほどの筋力が今の彼には無い。


 次第に拮抗した状態を保っているのが苦しくなってきたマルスの腕が、悲鳴を上げるように震える。

 剣身を支える左手が酷く痛む。

 平らな面を支え、僅かに刃に触れる部分はグローブで守られてはいるものの、徐々にグローブ越しに痛みが伝わってきていた。

 砕けそうな程に歯を食いしばって耐えるが、マルスの力は弱まっていく一方だ。

 何度目か狼の鋭い爪が眼前に迫った時、彼の頬を爪が掠った。


「……っ!」


 切り傷から赤い血が溢れると同時に感じた痛みに、マルスは思わず顔を顰める。

 その時、不意にパルの声が耳に響いてきた。


「マルス、すぐに避けて……!」


 パルはマルスに呼び掛け、駆け寄りつつ自身の右手に魔力を集中させた。

 右手に集まった彼女の魔力が次第に雷へと変わっていき、音を立てて閃光が迸る。


「雷の精霊よ……!」


 パルがマルスを襲う狼に向けてその右手をかざした瞬間、彼女の手のひらから雷が放たれる。

 咄嗟にマルスが残った力を振り絞って狼の体を押し返し、剣が狼の体から離れた瞬間を狙ったように狼の体が雷の閃光に包まれ、感電した狼は体を大きく痙攣させた。

 受け身も取れない狼は地面に倒れ込む。


「マルス、早くとどめを……!」


「ありがとう!」


 牙を剥き出して唸り声を上げ、狼は痙攣する体を無理矢理に立ち上がらせようとしている。

 マルスはすぐさま剣を構え直し、上手く身動きが取れない狼に向かって剣を振り下ろした。

 剣が体を斬り裂いた瞬間、狼は傷口から鮮血を溢れさせ、けたたましい断末魔を上げて絶命する。

 倒さなければならないとはいえ、相手が何であろうと血を流している姿を見るのがやや苦手なマルスは、切なげに眉根を寄せた。


「はぁ……助かったぁ……」


 マルスは安堵の息をつきながら剣を鞘に収めると、だらりと力無く両腕を下ろす。

 全ての力を両腕に注ぐ勢いで狼とせめぎ合っていたために、今は腕を少しでも上げるのが難儀なのだった。


「無事か?」


「うん、大丈夫」


 最後の狼を倒し終えたアイクが剣を鞘に収めながら駆け寄って来ると、マルスは彼に無事を伝えるように笑って答える。

 パルも安堵したような表情を浮かべながら歩み寄ってくると、マルスの正面に立って彼の顔を見据えた。


 彼女の空色の瞳がマルスの海色の瞳と合った瞬間、彼女の眉が僅かにひそめられる。

 その表情はいつも彼女が怒る時や腹を立てている時のものに似ていた。

 何か怒られるような事でもしたかとマルスは目を泳がせる。

 思い当たる節はいくつかあった。

 こうなったら自分から罪を告白した方が、罰は軽く済むかもしれないと彼は思う。


「……ほっぺ、切れてる……」


「ごめんなさい! 昨日のデザートのパルの分、間違えて食べたのオレです! ……って、え、ほっぺ?」


「え……デザート……?」


 パルに何か言われる前に一番最近してしまった彼女に怒られそうな事を告白し、謝罪するマルス。

 ただ彼の頬の傷を心配しただけだったのに、唐突な自白を聞いたパル。

 頬の傷の心配と、昨晩の宴で出されたデザートの行方。

 真実を知った二人は互いに呆然とした表情をした。

 だが、その直後マルスは余計な事を自白してしまったという焦りの表情に、パルの顔は正真正銘の怒りの表情に変わる。


「私のデザート、食べたの……?」


 可愛らしい顔立ちには不釣り合いなほど眉間に皺を寄せ、低い声でパルは聞き返してくる。

 パルは食べる事に目がなく、かなり食い意地が張った方だ。

 特に甘い物は幼い頃からの大好物で、そんな彼女の大好物を食べてしまうという事は死に値する行為だとマルスは思っていた。

 そう思っていながらも過ちを犯してしまった事は過去に何度もあり、その度にマルスはバレるまで黙っているか、買い直す等して何事も無かったかのように誤魔化していたのだ。


 傍らでその様子を見ているしかないアイクは、マルスの感じている緊張が伝わってきているらしく、彼が無事で済むよう祈りながら不安げに事の成り行きを見ていた。


「どうりで、どこにも無いと思った……」


 昨晩の宴でデザートが消え、その事がずっと心に引っ掛かっていたパルは怒りを覚えつつも、納得した表情を一瞬見せる。

 結局、昨晩はそれに気がついたアイクが自分のデザートを半分彼女に分けた事で、その問題は解決していた。

 今更その真相を打ち明けられ、楽しみを取られた怒りと、わざわざ自分のために半分分けてくれたアイクへの申し訳なさが湧き上がってくる。


「本当に、ごめんなさい……!」


「……その事は……また、後で聞く……。今は、ほっぺの傷治すから……じっとしてて……」


 今までの行いを含め、あれこれ問いただしたいのは山々だが、今はマルスの頬にある痛々しい傷の方がパルには気がかりだった。

 小さく溜め息をついてから、パルは彼の傷がついた頬に触れる。

 ごく僅かに平手打ちのような勢いで触れたせいで、軽い衝撃が彼の頬に走った。

 昨晩も含め過去に同じ事を繰り返した罰だと思って、マルスはその痛みを噛み締める。


 頬に触れたパルの手のひらに魔力が集まっていくと、淡い青色の光が手と頬の間から溢れ出した。

 そのあたたかく優しい光はマルスの傷を癒していく。


「はい……もう、大丈夫……」


 パルがそっと手を離すと、感じていた痛みが消えていた。

 頬に触れてみるといつもの肌の感触と変わらず、傷があったのがまるで嘘のようだ。


「ありがとう、パル。昨日の事は本当にごめん。あと……なんか助けてもらってばっかりで……ごめん」


 マルスは感謝の言葉と共に昨晩の事への謝罪、そして先程の狼との戦闘における自分の不甲斐なさを悔やむ気持ちを滲ませた謝罪の言葉を伝える。

 そんな彼の顔は、酷く思い詰めているようにパルの目に映った。


 事実、マルスは胸中で酷く思い詰めていた。

 自身の子どもっぽい面のせいで迷惑をかけるのは昔からそうだが、それに加えて旅に出てからほんの数日の間にパルとアイクに助けられてばかりの自分に嫌気を感じていたのだ。

 それが彼の表情を思い詰めたものに変えていた。


 楽しみにしていたデザートを食べられた事への怒りは無論消えなかったが、彼の思い詰めたかのような表情を見ると、今は自分の怒りよりも彼への心配がパルの中で大きくなる。


「ちゃんと、謝ってくれたから……いいよ……。それに……困った時は、お互い様……だから、大丈夫……」


 パルは「考えすぎなくていい」という意味を込めて、小さく微笑みながらそう答えた。

 彼女の微笑みに軽く頷いてから彼女と目を合わせると、マルスはどこかぎこちなく微笑み返してもう一度ありがとうと繰り返す。

 ひとまず何事も無くその場が収まり、傍らで見ていたアイクが心の中で胸を撫で下ろした。


「二人共、先を急ごう」


 話の収拾がついたところで、アイクが方角を再度確認しながら二人に声をかける。

 そうだね、と答えるマルスの顔からはもう先程の表情は消えていた。

 先程の表情の下にある彼の真意が分からないパルは、どうしてあんなにも思い詰めた顔をしたのか疑問に思いながらも、アイクの方に顔を向けて同意を示して頷く。

 マルスとパルの準備が出来たところで、三人は再び「声」を目指して歩き出した。




 *   *   *




 しばらく歩き続けて平原を抜けた三人は、いつの間にか山の麓辺りまでやって来ていた。

 夕日はもうほとんど空の彼方に沈み、代わりに月が淡い光を地上に降らせる時間が巡ってきている。

 だが、夜空を覆う灰色の雨雲が月の光を遮っており、いつにもまして暗くひんやりとした夜だ。

 春とはいえど山の近くはまだ肌寒く、夜はまた初冬に戻ったのでは無いかと思うほどだった。


 今にも降り出しそうな雨や寒さをしのぎつつ、寝食が出来る場所は無いかと薄暗い山の麓を三人は歩いていく。

 どこからともなく吹いてくる風の寒さにマルスが一つくしゃみをしたところで、ふと三人は山の岩肌にぽっかりと空いている洞窟を見つけた。

 入り口はそれなりに大きく、馬車などでも余裕で通行が出来そうだ。

 今夜はこの洞窟の入り口付近で野宿でもするか、とアイクは考えながら、注意深く洞窟の中を見て安全を確かめる。


「どう? 洞窟から声、聞こえる?」


 アイクの隣で洞窟の中を覗いていたマルスは、例の声が聞こえないかとパルに尋ねる。

 一応、彼女の耳に従って歩いてきた途中にある洞窟だ。

 もしかしたら、ここから聞こえている可能性もあるとマルスは思った。

 彼に尋ねられたパルは目を閉じて意識を洞窟の中へと集中させ、耳を澄ませる。

 彼女のように例の声は聞こえないのだが、マルスも傍らで彼女の真似をしてみていた。


「……洞窟の奥から、聞こえる……」


 パルは小さく頷いて、洞窟の中を見据える。

 洞窟を風が吹き抜けてくる音が聞こえると、洞窟の奥から冷え切った風が三人の髪を吹き上げた。


「洞窟の奥から風……どこかに通じてるのかな?」


 吹き出してきた風の冷たさに思わず身震いしながら、マルスは洞窟の奥を凝視する。

 洞窟の奥から風が吹いてくるという事はどこかに別の出入り口があり、どこかに繋がっているという事だ。


「少し待っていろ」


 そう言いアイクは地図を取り出して、ルイムの町から歩いてきたおおよその道のりを指で辿り現在地を確認する。

 グラドフォスからはだいぶ北に来ているようだ。

 地図上では三人がいる場所は、どうやらどこかへ続く抜け道となっている洞窟の前らしい。

 目線を地図上の洞窟の先にやると、「ネジュス地方」という文字が目に入った。


「どうやら、この洞窟はネジュス地方に繋がる交易路らしい」


「ネジュス地方?」


 聞いた事の無い地名だと、マルスが首を傾げる。


「グラドフォス地方から巨大な山で隔てられた地方だ。雪国として有名だな」


 アイクは地図でネジュス地方を指さして二人に見せながら答える。

 ネジュス地方という文字の背景は他のところと違って白く、雪国であることが読み取れる。


「雪国かぁ……寒そう」


 マルスは一年中雪に覆われている様子を想像して、もう一度身震いをした。


「この先から声が聞こえるっていうなら、行ってみる?」


 鳥肌の立った腕をさすりながら、マルスは二人に尋ねる。


「もう夜だ。明日にしないか?」


 アイクが言うように辺りはいつの間にかすっかり暗くなり、気を利かせたパルがさりげなく光魔法で周囲を照らしていた。

 このまま洞窟を抜けてネジュス地方に着く頃には、もう夜中になってしまうだろう。

 夜に雪道を歩くのは視界も悪い上に、寒さも増して非常に危険だ。


「それなら、この洞窟の中で休もうよ。交易路なら魔物出ないだろうし、一雨降りそうだし」


 マルスはそう言いながら空を見上げる。

 夜空を覆う雨雲は明らかに先程より分厚くなっており、今すぐにでも雨が降り出しそうだ。


「まあ……それもそうだな」


 まだ降ってはこないかと手のひらを上に向けながらアイクは答えたその時、彼の手の上に冷たい雨粒が落ちてきた。

 それを皮切りにして三人の頭に、肩に、そして地面に夜の闇を映した雨粒が降り注いでくる。

 三人は腕で雨粒を払いのけながら、濡れないように慌てて洞窟内に駆け込んだ。

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