1.北の大地を目指して
再び聞こえた謎の声。
ドラゴン退治を終えてオスクルの洞窟を出た後、三人はすぐにルイムの町に戻った。
町に帰り着いた三人にまず向けられたのは、人々の驚きの視線だった。
その理由はと言えば、三人が手にしていたドラゴンの牙だ。
ドラゴンの牙は、ドラゴン自身の強さもあって非常に貴重な素材であるため、驚かれるのも無理は無い。
それに加えて、洞窟から出てきたドラゴンの姿を見た事があるらしい町人の誰かが「あれは交易路に出てくる化け物の牙だ」と声を上げたのだ。
その途端に、町中は騒ぎになった。
町の手練れですら倒せなかった魔物を、まだ幼さの残る少年達が倒したという事もあって騒ぎはより一層大きくなる。
しばらくすると、その騒ぎを聞きつけた町長リークが何事かという顔で、三人が足止めされている町の入り口まで小走りでやって来た。
彼の後ろからは、マルス達を小馬鹿にしていた使用人の女が同じように小走りでついてきている。
町の入り口に辿り着いたリークは、無事な姿でドラゴンの牙を携えた三人を見つけた瞬間、輝くような笑顔を浮かべた。
町を悩ませていた魔物が倒された事は無論嬉しかったのだが、それ以上に彼にとっては三人の無事が嬉しかった。
「ほ、本当に、あの魔物を倒してくれたのかい……?」
三人の肩に順に触れて夢では無い事を確かめながらリークは尋ねる。
すると、倒したのはマルスだと言うように、アイクは彼を前に出した。
「あ、いや……オレだけじゃ無くって、途中で会った友達のおかげなんです」
マルスは自分一人の手柄にするのは悪いと思い、詳しくは語らなかったが、アベルのおかげである事もリークに伝えた。
「ほう、その友達はどこに?」
「一緒なら良かったんですけれど、先に帰るって帰っちゃって……」
アベルとは途中で別れてしまい、ここに連れて来られなかった事を伝えると、リークは仕方ないと言うように何度か頷いてみせた。
そして、もう一度三人の無事を喜ぶような表情を浮かべると、後ろにいる町民や他国の商人達の方を振り返って声を上げる。
「みんな、彼らが洞窟の魔物を倒してくれました! これで、今まで通りの生活に戻れます!」
リークが声高に三人を紹介し、彼らのおかげで他地方への道が解放され、ようやく以前の生活に戻れる事を皆に知らせた。
途端にあちこちから歓声と賞賛の声が上がり、マルスは誇らしくも、慣れない事への恥ずかしさで頬が熱くなるのを感じる。
傍らのアイクとパルは結果としては魔物退治に手を貸す事は出来なかったが、これだけ多くの人にマルスが褒められていると思うと、まるで自分の事のように嬉しかった。
そして日が暮れ、その夜はささやかながら、大道の復活と三人の無事を祝う宴が開かれた。
町の広場に皆が集まり、町人達が持ち寄った手料理に囲まれながら、誰もが笑顔を浮かべている。
陽気に歌ったり踊ったりする者もいれば、酒を酌み交わす者、手料理に舌鼓を打つ者もいた。
三人が訪れた当初に漂っていた、どこかどんよりとした雰囲気はもうどこにも無く、夜の闇を照らす満月の明かりよりもずっと明るい雰囲気が町を包み込んでいた。
慣れない事に三人は戸惑っていたものの、一時間、二時間と経っていくうちにすっかり町の人々とも打ち解け、宴を楽しんだ。
夜が更けても尚、町には賑やかな声が響いていた。
* * *
その翌朝、三人は旅立つ準備を終え、昨晩の宴の礼とルイムの町を発つ事を伝えるため町長リークのもとを訪れていた。
「君達には本当に感謝しているよ。何とお礼を言ったらいいか……」
嬉しげな表情で、昨晩から数えて何度目かの感謝の言葉をリークが言う。
「おじさん、昨日からそればっかり。お礼なら、昨日たくさんしてもらったから大丈夫です」
何度も礼を言ってくるリークに、マルスは明るく笑う。
リークの方は彼にそう言われて、昨日から何度も礼を言っている事をようやく自覚して恥ずかしげに頭を掻いたが、それでもまだ言い足りなさそうな顔をしていた。
「むしろオレ達の方こそ、ありがとうございます。宴にも参加させてもらっちゃって」
昨晩の宴で多くの人々に感謝され、褒め称えられた事を思い出して照れ臭く感じながら、今度はマルスがリークに礼を言う。
彼の横でパルとアイクもそれぞれリークに礼を述べた。
「いやいや、あれくらいは当然だよ。それだけの事をしてもらったんだから」
三人からの感謝の言葉にリークは首を横に振りながらそう返してから、少し真面目な顔つきになって三人の顔を順番に見た。
途端に冷静さを持った瞳で見つめられた三人は、彼同様に真面目な顔つきになる。
「……君達は、三人だけで旅をしているんだったね」
確認するように尋ねてくるリークに、マルスは大きく頷く。
「君達の目指す場所がどこなのかは分からないけれど、子ども三人だけでの旅だ。これからの旅路は、きっと君達の想像以上に辛く険しいものになるだろう。それは間違いない」
そう言うリークの口調や表情からは、マルス達を心底心配してくれている事が伝わってくる。
三人の目を順に見ながらリークは続け、三人は彼の言葉に相槌を打ちながら真剣に話を聞いていた。
「でも、君達なら大丈夫だと信じている。君達の旅の無事を、このルイムの町で祈っているよ。勿論、僕だけでなく町のみんながね」
リークの激励の言葉と共に、いつの間にか集まってきていたルイムの町の人々が姿を見せた。
人々は彼の激励の言葉に大きく頷いて、自分達も応援していると表情で訴えている。
三人はリークを始めとする多くの人々が自分達の旅の無事を祈ってくれている事を心の底から嬉しく感じた。
くすぐったい嬉しさを感じながら、三人は声を揃えてリークと町の人々に礼を言った。
「旅が無事に終わったら、報せに来ます。だからその時まで、さようなら」
マルスは名残惜しそうな顔つきで、リークと町の人々に別れを告げる。
アイクとパルもそれに続いた。
三人が歩き出すと、後ろからいくつもの感謝も言葉が聞こえてくる。
旅に出て初めて訪れた町で感じた人々の優しさは、これから遠い道のりを歩んでいく三人の背中を押してくれているようだった。
人々の声援を背中に感じながら、また三人の旅が始まった。
* * *
ルイムの町を出てから、三人は北を目指して四日ほど歩いた。
なぜ北を目指しているのかというと、理由は昨晩の宴が終わって宿屋に戻った時のやり取りにある。
時刻はとうに深夜を過ぎた頃。
ようやく宴が終わり、身体的な疲労を感じつつも、ひどく満ち足りた気持ちで三人は宿屋に戻ってきた。
順番に入浴を済ませた後、疲れ果てていた三人はすぐにベッドに横になる。
やっと落ち着く事が出来た三人は、目を閉じればすぐにでも眠ってしまいそうだ。
部屋の空気ごと微睡みに包まれてきた頃、ふとパルが口を開いた。
「ねぇ……」
「ん……なぁに?」
もうだいぶ意識が睡魔にさらわれかけているマルスが、彼女の呟くような声に眠たげな声で聞き返す。
「声が……するの……」
ふと、パルは何とも不思議な事を呟く。
唐突に意味の分からない事を言われ、マルスとアイクは彼女が寝ぼけて言っているのではないかと思った。
パルは夢の中で起きている事を呟いたり、自分が言っている事を現実でも同じように言っていたり、酷い時には行動にも出てしまうという変な癖がある。
彼女のその癖は知っているため、二人はまた彼女が何か夢でも見て寝言を言っているのではないかと思ったのだ。
「パル、それ寝言? 起きてる?」
その呟きが寝言なのかどうなのか気になったマルスが寝返りを打って、アイクのベッドを挟んだ先にいるパルのベッドの方を向く。
寝転んだ状態ではアイクの体に遮られて彼女の姿が見えないため、マルスは起き上がって彼女を見た。
「違う……。ちゃんと、起きてる……」
マルスの問いかけにそう答える彼女の淡い青色の瞳はぱっちりと開いており、天井を見つめていた。
彼が起き上がったのを見て、アイクも起き上がってパルを見る。
「声とは一体?」
寝言ではない彼女の言葉が気になり、アイクはそう尋ねる。
「誰の声かは、分からない……。でも、確かに聞こえる……」
パルはそっと瞼を閉じて耳を澄ませる。
マルスとアイクも真似をして耳を澄ましてみるが、彼らに聞こえるのは風の音や虫の声ばかりだった。
その「声」が聞こえているのは、パルだけだったのだ。
「……やっぱり、聞こえる……。私達を、呼んでる……」
「オレとアイクには聞こえない声……って事は、また聖霊か何かかな?」
グラドフォスでレジェンダの洞窟に探検に行った時も、彼女にしか聞こえない声に導かれ、聖霊と運命的に出会った事をマルスは思い出した。
そして、今も彼女にしか聞こえない声に三人は呼ばれている。
きっと聖霊か何か、少なくともこの旅に必要な情報をもたらしてくれる存在だと三人は考えていた。
「俺達を呼んでいるというなら、その声のもとに行くべきだろうな……。もしかしたら、魔王討伐の手掛かりになる可能性もあるだろうし」
アイクは顎に手を当てて考える素振りを見せて言う。
マルスも彼の真似をするように顎に手を当てて、彼の言葉にうんうんと頷いていた。
「じゃあ、明日からはパルの言う『声』の主を探してみよっか」
三人の考えが「声」のする場所を目指すのが良いとまとまった時に、マルスが改めて確認の意を込めて尋ねると、アイクもパルも彼の言葉に大きく頷いて見せた。




