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DESTINY―絆の紡ぐ物語―  作者: 花城 亜美 イラスト担当:メイ
第2章 初めての町と出会い
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8.気が合う、理由はそれだけで

友達の始まりは、案外簡単なもので。

 マルスは尻餅をついたまま赤髪の少年を見上げ、少年はマルスを見下ろしていた。

 鮮やかな赤い髪と瞳が目を引く少年は、この暗い洞窟の中で一際存在感を放っている。

 そして、彼が背負った、背丈とは不釣り合いな大剣にマルスは純粋に「カッコいい」などと思いながら、無意識に彼の事を数秒ほど見つめていた。

 だが、途中で少年が怪訝そうに睨むような視線を送ってきたため、マルスの意識は自分の世界から現実に戻って来た。


「ご、ごめん! さっきまでちょっと魔物に追われてて……」


「ふーん……ダサっ」


 マルスは慌てて少年に謝り、事情を説明した。

 ところが、少年はマルスの謝罪を気にも留めず、馬鹿にしたような視線と言葉を彼に向けてきた。

 謝罪の気持ちを無下にされて、気分の良い者はいないだろう。

 マルスも例外ではなく、彼は眉間に思い切り皺を寄せて勢いよく立ち上がる。


「お前もあのオバケ岩に追いかけられてみろよ! 絶対にオレと同じ状況になるから!」


 見たところ唯一勝っている身長を強調するように、わざと背筋を伸ばして少年を見下ろすようにしながら、マルスはむきになって言い返す。

 そんな彼の姿は野生動物の威嚇に似ていた。


「あっそ……。ていうか、ボクを見下ろすなよ。ムカつく」


 ムキになるマルスとは正反対に少年はさして興味もなさげに答え、わざと背筋をピンと伸ばしている彼の腹辺りを軽く押した。

 急に押されたマルスは、よろけながら伸ばした背筋を戻さざるを得なかった。


「ねぇお前さ、この洞窟の出口知らない?」


「友達と帰り道に印はつけて歩いてきたけど、はぐれちゃったし……ここがどこだかよく分かんないから知らない」


 少年は手慰みに右耳の横に一本垂らした三つ編みを弄りながら、出口の場所を尋ねてきた。

 視線は下からなのだが、態度は上から来る少年がどうにもマルスは気に食わない。

 唇を軽く尖らせながら、マルスはややぶっきらぼうな物言いで答えた。


「なーんだぁ……使えない」


「さっきからなんだよ、偉そうに! この……このリンゴ頭っ!」


 少年の呆れたような物言いに、マルスの中で何かが切れる音がした。

 上から目線の態度で馬鹿にされ続け、とうとう堪忍袋の尾が切れたマルスは少年に向かってそう言い放った。

 彼の怒声を始めは聞き流していたが、「リンゴ頭」という言葉を耳にした途端、ほんの一瞬前まで余裕たっぷりな顔をしていた少年の顔が怒りの滲んだ顔に変わる。


「お前リンゴって言ったな! ボクの頭はリンゴじゃない! バーカ!」


 頭をからかわれたのがよほど嫌だったのか、少年はマルスと同じようなムキになった態度で彼に悪口を浴びせかける。

 先程までの余裕たっぷりな上から目線の態度は、いつの間にかその姿を消していた。

 とはいえ、こちらの方が年相応らしく見えるのだが。


「馬鹿って言った方が馬鹿なんだ!」


「馬鹿に馬鹿って言って何が悪いんだよ! バーカ!」


 マルスと少年はひたすらに「馬鹿」と罵り合うだけの何とも幼稚な言い争いを繰り広げる。

 二人の声は岩壁に反響して非常に喧しく、岩壁が二人に向けて「馬鹿」と言っているようにすら聞こえた。


 二人の声が響く中、ふと彼らの耳に自分達の声とは異なる音が届いた。

 それは、どこからか何か固いものが転がって来るような音に聞こえる。

 徐々に自分達の声よりもその物音の方が大きく聞こえるようになり、二人は同時に音のする方を見た。

 そして、驚愕の表情を浮かべた。

 なんと、先程マルスを追い回していた人面岩が再び迫って来ていたのだ。


「うわァァッ!!」


 マルスと少年は声を揃えて悲鳴を上げ、同じ方向へとその場から全速力で逃げ出した。


「なっ、何なんだよあれ!」


「さっきまでオレを追いかけ回してた奴! ていうか、さっきオレの事馬鹿にしてたくせに、結局オレと同じ反応してるじゃん!」


「うっ、うるっさいな! こんなんだと思わなかったんだよ!」


 マルスが追われていた事を説明した時は馬鹿にしていたと言うのに、今の少年は少し前に人面岩に追われていた時の彼と変わらない。

 二人揃って悲鳴を上げながら、洞窟の中を逃げ回る。


 叫びながら逃げ回る二人の後を人面岩はしつこくついて来ていた。

 今走っている場所が軽い下り坂なせいか転がる速さは凄まじく、二人の全速力で何とか距離を保っていられるくらいだ。

 これでは振り返って止まり、攻撃を与えるような暇など微塵も無い。

 まして、先程マルスが逃げ込んだような壁の窪みも適当なものが見当たらない。

 せいぜいあっても一人入れるのが限界で、二人同時に助かる事が出来るようなものは無かった。


「ああああ! もうどうすんの!?」


「とっ、とにかく走ろう!」


 どうすると問われても、今のマルスには走る以外の解決策が見つけられない。

 アイクがいたなら咄嗟に機転を利かせて、この危機を脱する方法が見つかっただろうと彼は思った。

 少年の方も彼と同じく走る以外の解決策が見当たらないために今ばかりは文句を言う事は無く、二人はただただ必死に逃げる。


 緩い下り坂を抜け、何とか平地に出たところで、二人はとある最悪の事実に気がついた。

 それは、二人の走る先にぽっかりと大きな割れ目が口を開けている事だ。

 これではその先に行く事が出来ない。


「ああああッ! どうしよ……!」


「あーもう、最悪!」


 二人はぎりぎりその割れ目の淵で止まり、頭を抱えた。

 跳躍して向こう側に行くには、割れ目があまりに大きすぎる。

 だが、人面岩は先にある割れ目の事など気づきもせずに、変わらぬ勢いで二人に迫ってきた。


「うわァァァッ!!」


 悲鳴と共に、二人の体は人面岩に思いきり突き飛ばされた。

 押し潰されなかったのは、不幸中の幸いとも言うべきだろうか。

 二人の体は宙を舞い、人面岩は二人を突き飛ばすとそのまま割れ目に吸い込まれるように落ちていった。


「うわぁぁぁ! ぶふっ!」


「わぁぁーっ! うぐっ!」


 悲鳴と共に、二人は運良く対岸の地面に倒れ込むように着地した。

 二人の叫び声の後に続くように、背後の割れ目の底からは人面岩の固い巨体が地面に叩きつけられる轟音が響いてくる。


「いったぁぁ……」


「あー……ほんと最悪……」


 二人は痛む体をさすりながら起き上がると、互いに顔を見合わせる。

 二人共着地の時に地面に顔をぶつけたらしく、マルスの方は少量ではあったが鼻血が垂れ、少年の方は頬と鼻に擦り傷が出来て赤くなっている。


「……ぷっ……あははっ!」


「あははっ! お前、鼻血出てる!」


 鼻血が垂れているマルスと、額と鼻が赤く擦り剥けた少年。

 二人は互いの顔を見て、思わず笑い出す。

 笑ったら、人面岩に追いかけ回された事やここまで突き飛ばされた事も、彼らには何だか面白い事に思えてきた。

 ひとしきり笑って少し落ち着いてくると、マルスが両手のグローブを外して中に入った砂を出し、紋章の刻まれた右手で垂れている鼻血を無造作に拭う。


「あ、ねえ、名前は? オレはマルス!」


 もう鼻血が出てこない事を確かめてから、マルスは少年に名前を尋ねた。


「ボクはアベル」


 赤髪の少年――アベルは、出会った当初の興味無さそうな表情でも馬鹿にしたような表情でも無く、少年らしい微笑みを浮かべてマルスに名乗った。

 ようやく自然な笑顔を向けられた事を嬉しく思いながら、マルスはさらに彼へ質問を重ねる。


「アベルは、なんでこんなとこにいるの?」


「ちょっと用があってさ。ボクの仲間に頼まれ事されて来たんだけど……まぁ、逃げ回ってて何するか忘れたからいいや」


 アベルは何か頼み事を受けて来たらしいのだが、今さっきの一騒動のせいで忘れてしまったらしい。

 マルスも時々他に気を取られて、頼まれ事や約束をすっぽかしそうになる事があり、彼に何となく親近感を抱いた。


「なんかその仲間の奴がさぁ、口を開けば嫌味とか皮肉しか言わないし、超頭硬いし、ムカつくんだよね」


「アベルのとこにも、そんな超頭硬い奴がいるの?」


 溜め息混じりにアベルはマルスに向けて、仲間の愚痴をこぼした。

 皮肉っぽい物言いに硬い頭。

 まるでアイクみたいだ、などと思ったマルスは思わずそう聞き返す。


「いるよー。岩かってくらい硬い奴が」


 アベルはそう答えながら、立ち上がって服についた土埃を払い落とす。

 それに合わせてマルスも立ち上がり、同じ事をした。


「オレのとこにもいるんだよね。幼馴染みなんだけどさ、いつも怒られるし、冗談通じないし……。もう少し考えて行動しろーってうるさくてさ」


「あーボクもよく言われる。考えろ考えろって言うけどさぁ、そんなに頭使って何になるってんだろ? 戦う時だってそうだしさぁ……めんどくさいったらありゃしない」


 愚痴を言い合いながら、もう目の前にある道しか行く先の無い二人はその道を歩き出す。

 話しているのは愚痴ではあるが、二人はすっかり意気投合していた。

 お互い嫌味や皮肉あるいは小言ばかりを言ってくる、頭の硬い仲間に不満を抱いているという共通点が、二人の距離を縮めていたのだ。


「だいたい理屈うんぬんよりもさぁ、自分の力を信じてる奴が一番強いのにね」


「アベル、良い事言うね」


 マルスは笑ってアベルを小突くと、彼は自慢気に軽く胸を張って、ふふんと鼻を鳴らす。

 「自分の力を信じてる奴が一番強い」という言葉は、マルスの胸の中に残るものとなった。


「ねえ、アベル。オレと友達になってよ! こんなに気が合うのも、ここで会えたのもなんだか運命だと思うし!」


「と、友達……?」


 マルスの「友達になろう」という言葉に、アベルはどこか動揺したような声で聞き返す。


「……うん、いいよ」


 少しだけ視線を彷徨わせてから、アベルはゆっくりと頷いた。

 その途端、マルスは輝かんばかりの笑顔を浮かべる。


「よっしゃ! よろしく、アベル!」


 心底嬉しそうに言って、アベルの右手を強く握る。


「う、うん……よろしく、マルス」


 むず痒そうにしながらも、アベルは彼の手を握り返した。

 手を離してから、アベルは握られた右手を見つめ、そっと握り込む。


「……あ、そうそう。ここって他に強い魔物っていないの?」


 気を取り直すようにアベルは問い掛けた。


「強い魔物? それなら、この一番奥にいるみたいだよ。オレ達、そいつを倒しに来たんだ」


「へぇ……面白そうじゃん」


 マルスが自分達の目当ての魔物の事を答えると、アベルは口角を吊り上げて笑う。

 彼の表情を見たマルスは、一瞬だけ悪寒のようなものを感じた。

 その笑みと瞳はまるで、獲物を見つけた獣のような貪欲さと鋭さを感じさせるものだった。


「な、ならさ、一緒にその魔物を倒そうよ! はぐれたオレの友達もそこへ向かってるだろうし」


 彼に対して一瞬抱いてしまった恐怖感を振り払うように、マルスは慌てて話を進める。

 今抱いた恐怖感は、アイクやパルを本気で怒らせた時に感じるような恐怖とはまるで違った。

 生命が脅かされるような、本能が拒絶しようとするような、そんな恐怖だ。

 こんなのは友達に抱くべき感情じゃない、そう心の中で自分に言い聞かせ、マルスは抱いた恐怖から目を逸らす。


「いいの? なら、遠慮はしないよ!」


 マルスの申し出にアベルは嬉しげに答えた。

 その時のアベルの笑みや瞳には先程の殺気を帯びた鋭さは無く、名乗り合った時のようなごく普通の明るい表情だった。

 マルスはそれを見て安堵したらしく、無意識に胸を撫で下ろす。


「じゃ、さっさと行こう! もたもたしてると二人に先越されちゃうかもしれないからさ!」


「そいつはボクらで倒すんだからな!」


 元の雰囲気に戻り、マルスは自分達を鼓舞するように気合いを込めて言うと、先に続く道を駆け足で進み始めた。

 彼の言葉にアベルは頷き返すと、共に駆け足で先へ進んで行く。

 新しく出来た気の合う友達という存在に隠せない嬉しさを浮かべながら、二人は奥へと突き進んで行くのだった。

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