7.赤との邂逅
出会うべきか、出会わざるべきか。
毒蛙達との戦闘を終え、洞窟の奥へ奥へと歩みを進めていき、三人はようやく洞窟の中程までやって来た。
変わらず複雑な道故に、ここまで来るにもかなり時間がかかってしまっている。
「目的の魔物って、どんな奴なんだろうなぁ」
早く件の魔物が潜む場所に着かないものかと思いながら、マルスはその魔物の姿や強さを想像する。
その声は洞窟に入ったばかりの頃と変わらず期待が滲んだものだ。
普段飽き性な面を持つ彼は、いつもなら今頃表情が消え始め、飽き飽きした様子が伝わってくるのだが、今日は珍しくその飽き性な性格が顔を出さずにいた。
それだけ彼がこの先にいるのであろう魔物の存在に対して恐怖以上に期待を抱いているからだろう。
「あまりはしゃぎすぎるなよ。かなり迷ったせいで、体力が消耗してきているんだからな」
期待に胸を膨らませる彼に向けてアイクは厳しい口調で言う。
なかなか目的地に着かないために周囲を警戒する時間が長くなり、精神的にも疲れが生じてきたアイクは苛立ちが声や言葉に表れていた。
とはいえ、アイクの言う通り、何度も道を間違えたせいで余計に歩き回っただけでなく、その道中で何体もの魔物と戦う羽目になり、三人は体力をだいぶ削られていた。
これ以上の体力の消費は少しでも抑えたいところだった。
期待の気持ちだけでは誤魔化しきれない疲れと共に、普段は冷静なアイクでも疲れで苛立ちが隠せなくなってきた事を感じつつ、マルスは彼に「分かってるって」とだけ答えた。
その直後、マルスの後ろで足場の悪い洞窟で転ばないようにずっと下を向いて歩いていたパルがふと、顔を上げる。
「……何か、聞こえる……」
「なんだ?」
レジェンダの洞窟でも彼女が似たような呟きをこぼしていた事を思い出しつつ、アイクが軽く首を傾げながら聞き返す。
「ゴロゴロって……どんどん近づいてくる……」
「ゴロゴロ?」
マルスもアイクもてっきりまた聖霊の声のようなものが聞こえていると思ったのだが、彼女の耳が聞き取ったのは何かの物音らしい。
ただの物音であれば、自分達にも聞き取れるのではないかと考えた二人は彼女同様に耳を澄ましてみる。
すると、確かにこちらへ何かが近づいてくる音が聞こえた。
何か硬い物が地面を転がるような音だ。
「な、なんだ……?」
マルスは不安げに辺りを見回すが、暗い洞窟内では周囲がよく見えない。
パルが照明代わりの光魔法の明るさを少し強めて辺りを照らしてみるが、三人の近くには何もいない。
それでも音はどんどん近づいてくる。
さらに音が大きく聞こえるようになってから、その音は自分達の背後から聞こえる事に三人は気づいた。
三人が揃って振り返ると、騒々しい音を立てながら転がってくる、顔を持った巨大な岩――人面岩の姿が視界に入った。
その大きさは三人の身長を優に超えており、潰されればひとたまりも無いだろう。
「にっ、逃げろッ!!」
マルスの上擦った声と共に、三人は洞窟の奥へと全速力で駆け出した。
だが、人面岩はニヤニヤとした気味の悪い笑みをその顔に浮かべて三人の後を追いかける。
「なんなんだ、こいつは!」
「怖い……」
岩で出来ているとはいえ、その姿は巨大な人の頭とそっくりだ。
さらに、口の端を吊り上げて笑うような表情をしていて非常に気味が悪く、アイクとパルは思わず顔を引きつらせてそうこぼした。
マルスの方もその気味の悪さと圧倒的な大きさに、焦りの表情を浮かべている。
全速力で走っている内に、三人は分かれ道に出た。
右か、左か。三人には行き先を話し合っている余裕などない。
咄嗟の判断でマルスは右に、アイクとパルは左に曲がる。
すると、人面岩は迷わずにマルスの方を追ってきた。
「うわッ! こっち来た!」
驚きとさらなる焦りを顔に浮かべて、マルスは脇目も振らずに走る。
危機感で頭がいっぱいの彼は、アイクとパルから離れて行っている事に気づいていない。
「おい、マルス!」
人面岩から逃げる事に必死なマルスに、アイクの呼び声など届きはしない。
マルスはそのまま叫び声を上げながら、人面岩に追われてどこかへ行ってしまった。
「マルス……」
アイクとパルは心配げに、彼が駆けて行った道を見つめる。
「ひとまず、追いかけよう」
「うん……」
二人はマルスを追って、彼が逃げていった道を小走りに辿る。
足場の悪い洞窟では、走るのは危険だ。そして何より、今まで散々迷ったせいで体力が消耗しており、今は小走りが限界だった。
* * *
マルスは一人、人面岩から逃げ回っていた。
「うわぁぁッ!!」
何度も分かれ道を通ったが、人面岩は迷わずに追って来るため、少しも撒く事が出来ない。
時折振り返って見ると、相変わらずその顔には気味の悪い笑みが浮かんだままで、その笑みが彼をさらに恐怖させている。
「こっち来んなあッ!」
迫る人面岩にマルスがそう叫んで再び前を向いた時だ。
彼は運良く、少し先の岩壁にちょうど人が一人入れるくらいの窪みを見つけた。
人面岩は転がる事でしか移動が出来ないために凹凸がかなり削られていて、窪みに入ってくるような突起は見当たらない。
「よぉしっ……!」
マルスは意を決して時機を見計らい、窪みに滑り込んだ。
そのまま出来る限り体を岩壁に密着させる。
人面岩には自分が転がって行く方向しか見えていないらしいく、窪みに入ったマルスの存在に気づかなかった。そのまま人面岩は、轟音を上げながら窪みの前を通り過ぎて行った。
「はぁ、助かったぁ……」
人面岩の姿が見えなくなったところで、マルスは窪みから出てきて安堵の溜め息をついた。
落ち着くと、先程まで感じていなかった疲労と息苦しさが急に襲ってくる。
彼は安堵の溜め息をついた後、何度も肩を上下させながら荒い呼吸を繰り返した。
「ふぅ……あのオバケ岩が戻って来るかもしれないし、早いとこ二人と合流しないと」
大きく深呼吸をしてから、マルスははぐれてしまった二人を探すため、元来た道を小走りに進み始めた。
一応撒くのには成功したが、また追いかけて来そうな気がして、彼は走りながら何度も後ろを振り返って人面岩がいないか確認する。
それ故、彼には前方がほとんど見えていなかった。
不意にドンッとぶつかる音と共に、顎や胸あたりに軽い痛みが走った。
「うわっ!」
「うわあっ!?」
驚く二つの声が重なり、マルスは尻餅をつく。
マルスは先にある曲がり角から曲がってきた何者かと正面からぶつかってしまったのだ。
「いったぁ……」
「いてて…っ……。ちょっとお前! ちゃんと前見て走りなよ!」
下を向いてぶつけた顎を撫でていると、上からぶつかった相手が文句を投げ掛けてくる。
咄嗟にマルスはその人物に謝らねばと顔を上げる。
ぶつかった相手は、マルスと同年齢ほどの少年だった。
背丈はマルスより頭一つ分ほど小さい。だが、背丈とは不釣り合いなほどに大きな、幅の広い剣を背負っている。
幼げな見た目をしてはいるが、彼の腕は見て分かるほどにしっかりとした筋肉がついており、背負っている大剣を普段から彼が使い込んでいる事がよく分かる。
背丈や幼げな顔立ちとは正反対の大剣や筋肉にも目を引かれるのだが、それ以上に目を引くのは彼の鮮やかな赤色をした髪と瞳だった。




