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DESTINY―絆の紡ぐ物語―  作者: 花城 亜美 イラスト担当:メイ
第2章 初めての町と出会い
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6.オスクルの洞窟

先は長く、闇は深い。

 一方地上界ヒュオリムでは、オスクルの洞窟に入ったマルス達三人がその複雑な道に悪戦苦闘していた。

 行く道行く道に分かれ道があり、一歩間違えば迷って出る事すらも困難になりかねない。

 地上界の者に比べ、遙かに優れた嗅覚を持つ魔物はその鼻で自分の巣にしている場所と洞窟の出入口を行き来する事が簡単に出来るが、普通の人間であるマルス達には不可能だ。


 過去にこの洞窟に足を踏み入れた者も複雑さに悩まされたらしく、分かれ道の壁には正しい道である事を示す丸印と間違った道を示すバツ印が刻まれていた。

 しっかり者のアイクは先人達の残したその印を辿りつつ、印が薄れた箇所には石で印をつけ直して、帰り道が分かるようにする。


「本当に複雑な造りだな……。マルス、頼むから迷子になるのだけは勘弁してくれ」


 初めて三人が探検したレジェンダの洞窟とは比べ物にならないほど複雑な造りに溜め息をこぼしつつ、三人の中でも一番迷子になりそうなマルスにアイクは注意を促しておく。

 とはいえ、これで三度目の注意だ。


「ああもう、分かってるって!」


 三度目ともなると、流石にうんざりしてきたマルスはやや荒い口調で答える。 

 彼の荒い声が洞窟の奥へと響き、暗闇に吸い込まれるように消えると同時に、ふと三人の進行方向からペタリペタリと粘着性のある足音が聞こえてきた。


「な、何の音?」


 薄気味悪く響いてくるその音にマルスは嫌な顔をしながらも、その正体が気になる様子で闇に包まれた道の先を凝視する。

 この洞窟内で生きて動いているものと言えば、自分達か魔物くらいしかいないはずだ。

 魔物に違いないと判断したアイクが剣を鞘から抜きつつ、マルスとパルにも構えて警戒しておくよう促した。


 マルスとアイクは剣を抜き、パルは拳を握ってそれぞれの戦う準備が整ったところで、レジェンダの洞窟の時同様に明かりにしていた魔法の光球をパルが足音のする場所まで飛ばす。


「うわっ、蛙!?」


 明らかになった足音の主の姿を見たマルスは思わず驚きの声を上げた。

 三人の行く先からこちらへ向かって来ていたのは、一匹の蛙だったのだ。


 とはいえ、ただの蛙ごときで驚くマルスではない。

 彼が驚いたのは、その蛙の大きさだった。

 一般的な蛙といえば手のひらに収まるくらいの大きさのものだが、今三人と対峙している蛙はなんとマルスの膝ほどの大きさをした大蛙なのだ。


 また、大蛙の容姿も彼の驚きの原因の一つで、ギョロリとした気味の悪い目に毒々しい緑色の湿った肌、口からチラリと見える舌は紫色とこれまた毒々しいものだった。

 いまいち焦点の合わない二つの目玉が獲物を品定めするように蠢いている。


「気持ち悪っ……」


 レジェンダの洞窟で見た魔物には無い気持ち悪さと不気味さに、マルスは嫌そうに顔を一瞬背けてしまった。

 彼の注意が逸れたその一瞬の隙を見逃さず、大蛙は彼に向けて毒々しい紫色の長い舌を伸ばしてきた。

 口に含んだものを吹き出すかの如く凄まじい速さで向かってくる舌にマルスが気づくと同時に、隣にいたパルが彼の腕を強く引っ張った。


「うわっ!」


 彼女に腕を強く引かれた勢いで、マルスは岩壁に背中をぶつける。

 背中に走る痛みにマルスが顔を歪めた時、大蛙の舌が今さっき彼の立っていた地面に当たった。

 驚いた事にその瞬間、炎に水をかけた時にするようなジュッという音を立てて、固い岩で出来ているはずの地面が溶けてしまったのだ。


「地面、溶けた……」


 その衝撃的な光景にパルが目を見開き、驚きの声を漏らした。


「こいつ、ただの大蛙じゃない。毒蛙だ。油断してあの舌にやられると、俺達もああなるぞ!」


 舌を引っ込めて、次の狙いを定めようとしている大蛙からアイクは目を逸らさずに警戒しながら、二人に注意を促した。

 地面が溶けるほどの強い毒を持つ毒蛙である事が分かった今、マルスは地面の岩が溶けて窪んでいる先程まで自分が立っていた場所を見て、より鮮明に恐怖を感じる。


 パルに腕を引かれなかったら、彼女の動きがほんの一瞬でも遅れていたら、自分はあの地面の岩のように溶けていただろう。

 そう考えると、背筋に悪寒が走った。


「で、でもあの舌に当たんなきゃいいんでしょ? なら、大丈夫大丈夫!」


 恐怖してしまっては動けないと思ったマルスは気を取り直してそう言うと、毒蛙が舌を伸ばしてくる前に勢いよく剣を振りかざして駆けた。


「おい、マルス! ちっ……」


 後先考えずに突っ込んで行こうとする彼を咄嗟にアイクが止めようとするが、一度駆け出した彼を止めるのは無理に等しい。

 アイクは舌打ちをして引き止める事を諦め、彼の援護に回る事にした。


「風よ、彼の者に力を……」


 アイクが援護に回った事を察したパルは、マルスに風魔法をかけた。

 マルスの体が彼女の魔力に包まれると、倍に近い速さで動けるほどに足が軽くなる。

 この魔法は、風の精霊の力を借りて追い風を起こし対象者の素早さを上げる魔法で、追い風に押されて歩く速度が速くなる事と原理は似ている。


「パル、ありがと!」


 マルスは彼女の風魔法で得た素早さを駆使して、舌の攻撃を回避しながら毒蛙のもとへと向かっていく。

 剣で弾く事も出来たのだが、岩をも溶かすほどの毒に触れたら、金属で出来ている剣でもどうなるかは分からない。

 父の形見である剣を失うわけにはいかないマルスは、剣を守るように舌の攻撃をかわしながら毒蛙に向かって駆けて行く。


 一方でアイクは、前進と後退を繰り返して舌を避け、徐々に毒蛙との距離を縮めていくマルスを見ながら次にすべき支援を考える。

 その最中、彼に向かって空中から勢いよく降下してくる影があった。


「屈んで……!」


 その気配にいち早く気がついたパルが咄嗟に彼に向けてそう叫んだ。

 アイクは反射的に言われた通り身を屈める。

 彼の頭が下がると同時にパルの鋭い蹴りが彼の頭上を掠め、彼めがけて降下してきた影を直撃した。

 蹴りを食らった影は呻き声と悲鳴が混じったような声を上げて地面に転がる。

 影の正体は、簡単な魔法を操るグレムリンと呼ばれる魔物だった。


 アイクはグレムリンの攻撃を食らわずに済んだ事に安堵しつつ、彼女に礼を言おうとしたが、彼の声を遮るように辺りから喧しいほどの声が響く。

 その声に反応してすぐさま二人が周囲に目を向けると、騒ぎを聞きつけて集まって来たらしい魔物が何体もいた。

 先程と同じグレムリンを始め、大土竜や大蝙蝠といった様々な魔物達が三人めがけて襲い来る。


「敵が多いな……。マルス、蛙の相手はお前に任せた! 俺とパルは、他の奴らの相手をする!」


 敵の多さと毒蛙の存在を鑑みて、すぐさまアイクが二人に指示を飛ばすと、二人はそれぞれ返事をして自分が相手をすべき魔物に視線を戻す。

 マルスが毒蛙の相手をする傍ら、アイクとパルは武術と魔法とを駆使して騒ぎに乗じて集まった魔物の群れを攻撃していく。

 魔物は数こそ多いもののさほど強いわけではなく、二人の息の合った連携攻撃によって短時間の内にかなりの数を減らす事が出来ていた。


「蛙っ! こっちこっち!」


 二人が集まってきた魔物の群れを倒していく一方で、マルスは毒蛙を挑発しながら回避と攻撃を繰り返していた。

 目の前で動き回っては斬りつけようとしてくる彼の存在に苛立ちを覚えたかのように、毒蛙は彼の挑発通り、目の前の彼めがけて強毒を持つ舌を先程よりも速く何度も伸ばしてくる。

 パルにかけてもらった魔法のおかげでいつもよりもずっと軽く、素早く動く事は出来るが、油断は出来ない。

 舌の動きに意識を向けつつ、マルスは距離を縮めていく。

 彼と毒蛙の距離があと一歩分にまで迫り、今度こそ彼に強毒を持つ舌を当ててやろうと毒蛙が構えるために舌を引っ込めたその瞬間、マルスは一瞬出来た隙を見逃さずに跳躍して毒蛙の頭上を飛び越えた。


「後ろががら空きだッ!」


 着地し、振り返ると同時にマルスは毒蛙の毒々しい色の背中を目掛けて、思いきり剣を振り下ろした。

 ブヨリという気持ちの悪い弾力が、確かな手応えとして彼の手に伝わってくる。

 しかし、手応えを感じたのも束の間、ズルッと刃が滑ってしまった。

 乾燥を防ぐために毒蛙の皮膚を覆っている粘液が、彼の剣を受け流したのだ。


「うおぁっ!?」


 剣の刃が滑ってしまった拍子に、マルスは大きく体勢を崩して転びそうになってしまう。

 生まれたその隙を見逃さず、毒蛙は一跳びして振り返ると共に強毒を持つ舌を伸ばしてきた。

 まずい、と彼は思ったが、大きく体勢が崩れた今の状況で回避は不可能だ。


「マルスッ! 氷の精霊よ、戒めを!」


 粗方魔物の群れを倒し終えたアイクがその様子に気がつき、咄嗟に魔力を集中させ、毒蛙に向けて氷結魔法を放つ。

 しかしながら、咄嗟に唱えた魔法だったため、薄い氷で何とか凍り付かせて止める事が精一杯だった。


 転びそうになったマルスのすぐ目の前で、間一髪舌は凍り付いて止まる。

 舌の動きが止まったとはいえ、すぐ目の前に鋭い刃の先を突きつけられたかのような状況に、マルスは安堵と共に心臓が破裂しそうなほどに鼓動する恐怖を感じた。


「っ、ありがとアイク!」


「今の内に早くとどめを刺せ! 急に唱えた魔法だから、長く保たないぞ!」


 毒蛙から距離を取りながら礼を言うマルスに、アイクはすぐさまとどめを刺すよう言う。

 彼の言う通り、徐々に毒蛙を凍らせる氷が溶け出してきていた。


「任せて! 動けなくて、ヌルヌルも無いならもう怖くないぞ!」


 マルスは勝利を確信した笑みを浮かべて剣を握り直すと、再び毒蛙目掛けて剣を振り下ろした。

 凍った事で粘液もその効力を失い、最早毒蛙に彼の剣を防ぐ手立ては無い。

 剣の刃が当たったその瞬間、血飛沫と共に薄い氷の破片が宙を舞った。

 散った氷の欠片は照明にしているパルの魔法の光を反射して、状況とは不釣り合いなほどにキラキラと輝いて見える。


「よしっ、倒した!」


 氷の欠片の煌めきが見えなくなったところで、マルスは嬉しげに胸の前で拳を握って勝利を喜んだ。

 アイクとパルも魔物の群れを全て倒したようで、安堵したように息をつきながら彼のそばに歩み寄る。


「倒せたのは良かったが……これで苦戦していて、目的の魔物は倒せるのか? 相手はもっと強いらしいが……」


 ひとまず危機を脱した事は良かったと思うものの、先の事を考えると不安が頭を過ぎったアイクが僅かな溜め息と共にそう呟く。


「大丈夫大丈夫! 何とかなるって」


「そうだと良いんだがな……」


 自分が感じている不安とは反対に、前向き過ぎるほどのマルスの言葉が本当になってくれる事を胸中で願いつつ、アイクは剣を鞘にしまう。


「早く先、進も……。ここにいても、危ないから……」


 パルが言う通り、これ以上ここに留まっていてはまた魔物が集まってくる可能性がある。

 彼女の言葉に二人が同意を示すと、三人はまだまだ続いている先の見えない闇へと再び歩みを進めていった。

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