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DESTINY―絆の紡ぐ物語―  作者: 花城 亜美 イラスト担当:メイ
第2章 初めての町と出会い
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5.朝に蠢く脅威の影

脅威に狙われているなどつゆ知らず。

 翌朝、まだ陽が昇ってからそう時間が経過しないうちに、三人は早速魔物が住むというオスクルの洞窟へ向かっていた。

 昇ったばかりの朝陽の光は、一番遅く起きたせいもあってまだ眠気の抜けないマルスには、ひどく眩しく感じられる。

 眠たさと眩しさに何度か目をこすって、小さく欠伸をこぼしながら歩く彼を見ていると、アイクもパルもつられて欠伸をこぼしてしまいそうだった。


 やや気温が低い早朝はまだ活動を始めている魔物は少ないらしく、呑気に欠伸をこぼして歩く三人に襲いかかってくる気配は無い。

 三人も、辺りの雰囲気もまだ微睡みに包まれてゆったりとしており、とてもこれから魔物退治に行く様子には感じられなかった。


 しばらく歩いていく内に徐々に陽が高くなっていき、気温も上昇し、三人の――というよりはマルスの眠気が完全に覚めてきた頃、遂に三人の前に件のオスクルの洞窟が現われた。

 雲一つ無い明るい空とはまるで正反対の黒く塗りつぶされたような洞窟の入り口は、その異質さと未知の恐怖を彼らに感じさせる。


「ここがオスクルの洞窟か……」


 警戒しながらアイクが入り口から洞窟の中を覗き込む。

 町の人々の話では、朝早くのこの時間帯には魔物が洞窟から出て来る事は無いらしいのだが、洞窟に足を踏み入れた途端に襲われては敵わない。

 それを彼は不安に思い、朝陽で仄明るく照らされた洞窟の奥を注意深く確認して、行く手が安全である事を確かめる。


「洞窟バンザイ! 早く入ろう!」


 入念に確かめて警戒するアイクの傍らでは、マルスが未知の洞窟を探検するという期待に興奮げな声を上げながらはしゃいでいる。

 彼の未知に対する好奇心は良いものではあるのだが、それが先走りすぎて命取りにならないかとアイクは心配に思った。


 純粋で素直に世界を見つめる彼の瞳は、様々な物事の不思議さや素晴らしさ、時にはそれらが持つ恐怖にすらも好奇心を抱き、期待を見いだして輝く。

 それは無論彼の良いところではあるのだが、時にその好奇心や期待で周りが見えなくなってしまう悪い面も持っていた。


「マルス……落ち着かないと、死んじゃう……」


 パルが突然、興奮して洞窟の前で落ち着き無く動くマルスの左肩を叩くように掴んだ。

 やや強めに手を肩に乗せられたせいで左肩全体に幾らかの痛みと衝撃が走り、マルスは思わず表情を歪めて「痛っ」と声を漏らす。


「マルスは落ち着きさえあれば、もう少しまともなんだがな……」


 左肩を押さえて痛がりつつ、洞窟には落ち着いて行くとパルに反省を述べている彼を見ながら、傍らでアイクがやれやれと小さく呟いた。

 勿論、マルスには聞こえていない。


「よぉーし! さっさと行って、さっさと魔物倒すぞー!」


「相変わらず切り替えの早い奴だな」


 ほんの数秒前に反省を述べていた姿はどこへ行ったのか、すぐに気持ちを切り替えたマルスは、好奇心を宿した瞳で洞窟の暗闇を見つめる。

 幼い頃から変わらず、彼の切り替えの早さは光が進む速さに等しいものだ。

 最早呆れを通り越して尊敬すら感じながら、アイクは彼の後ろ姿に向けて呟きをこぼした。


「マルス、あまり気持ちだけで突っ走り過ぎるなよ。パルも足元には気をつけてくれ」


 早く洞窟に入りたげにしているマルスと自分の隣にいるパルに向けて、アイクはそう注意を促した。


「……アイク、お父さんみたい……」


 彼からの注意を聞いて、ぽつりとパルがそんな事を呟いた。


「お、お父さん……?」


 ひどく戸惑った表情を浮かべて、アイクは彼女に聞き返す。


「だって……マルスの事心配して、私の事も心配して……何だか、お父さんみたい……」


 ふふっ、と小さく笑って言うパル。

 その隣で確かに、とマルスも笑った。

 二人の中ではアイクが父親っぽいという認識が出来上がっているようだが、アイク自身はまるで腑に落ちない。


「アイクは、良いお父さんになる気がする……」


「えぇ、そう? オレは『勉強しろ!』とか『甘ったれるな!』とか言いそうな、すんごい厳しいお父さんになる気がするけど」


 戸惑うアイクを他所に、マルスとパルは彼が将来父親になった姿を想像している。

 戸惑いのせいで話について行けずにいたアイクだが、皮肉ったように言うマルスの言葉はどうにも無視出来なかった。


「手始めに、お前の教育でもしてやろうか? 落ち着きのある紳士になれるようにな」


「結構でーす」


 幾らかの怒りが滲み出た、皮肉に皮肉を返すようなアイクの言葉をマルスは珍しくさらりと受け流すと、そのまま逃げるように洞窟へと足を踏み入れていく。


「あ、おい! 一人で行くんじゃない!」


 一人先に洞窟へと入って行ってしまったマルスの後を慌てて追って、アイクも洞窟へと入って行く。

 子どもとその保護者のようにすら見える二人の姿にパルは「やっぱりアイクはお父さんみたい」と思って再び笑みをこぼすと、彼らの後に続いて洞窟に足を踏み入れて行った。




 *   *   *




 時は少し遡り、マルス達がオスクルの洞窟を目指してルイムの町を出発した頃。

 朝を迎え、光に照らされている地上界とは対照的に、魔界アヴィスは薄暗い闇に包まれていた。

 この世界には昼夜など存在せず、常に闇が支配する世界だ。

 その闇は、地上界に訪れる夜が持つ、穏やかさや澄んだ静寂を孕んだ闇とは異なり、地上界の者にとっては邪悪さと不気味さを感じさせるような嫌なものだった。


 その邪悪な闇に包まれた世界の中心に聳える城の一室に、アヴィスの四天王達はいた。

 だが、四天王の一人である青髪の少年だけはその場にいない。

 それを気に留めるという事も無く、部屋にいる三人はそれぞれが各々の事に没頭している。


 赤髪の少年は、髪と同じ赤色の瞳に自慢の武器の煌めきを映しながらその手入れをしている。

 金髪の少女はどこか物憂げな瞳で大衆物の恋愛小説を眺め、黒髪の青年は窓から見える魔界の空を見上げていた。

 三人共目すら合わせないこの部屋は、人がいるにしては静かすぎる静寂が流れている。

 せいぜい聞こえるのは、武器を磨く音や本のページをめくる音。


 その静かすぎる静寂に軽く亀裂を入れるように、ふとキィと音を立てて部屋の扉が開いた。

 入ってきたのは、その場に唯一いなかった青髪の少年だ。


「勇者共がオスクルの洞窟に向かったとの情報を得た」


 静かな部屋に青髪の少年の低い声が響くと、三人の視線が一斉に彼に向けられる。


「俺は別で用があるのだが……誰が向かう?」


 一斉に向けられた視線に動じる事無く彼はそう尋ねて、長い前髪で隠れていない左目で他の三人を見回す。

 彼の暗い青色の髪とは対照的な明るい黄色の瞳は、彼の性格も相まって刃の煌めきのような鋭さを持っていた。


「あたしは嫌よ。洞窟なんてジメジメしてて真っ暗で、気持ち悪いんだもの」


「洞窟」という単語に形の良い眉をひそめて嫌な顔をし、金髪の少女は軽い溜め息と共に本のページをめくる。

 黒髪の青年は特に何も言わず、青髪の少年から視線を逸らして再び窓の外を見る。

 それは無言の拒否だった。

 青髪の少年は二人の反応を何となく予想出来ていたらしく、拒否を示した二人に対して特に文句を言う事は無かった。

 そして、彼の視線は二人からいつの間にか剣の手入れを再開していた赤髪の少年に向けられる。


「……なら、貴様が行って来い」


「はぁ? なんでボク? あの勇者達弱そうだし、別に興味無いんだけど」


 青髪の少年の言葉を聞き取った彼は、手を止めて至極気怠そうな表情を浮かべた顔を向けた。


 赤髪の少年は強い者と戦う事が好きだった。

 だが、そんな彼が興味を引かれるほどマルス達が強いとは感じられなかったらしい。

 興味の無い事にはとことん無気力な彼は、わざわざ気が乗らない事をしようと思わないため、弱そうな勇者達の抹殺は他の誰かに任せておいても良いだろうと思っていた。


「そうか……奴らが向かったオスクルの洞窟に棲む魔物は強いらしいが……。まあ、そんなに行きたくないなら俺が行って来る。どうせ、別件の用もすぐ終わるだろうからな」


 彼の様子を見た青髪の少年はどこかわざとらしい、芝居がかったような口振りでそう返して背を向けると、部屋を出て行こうとする。

 その時、「強い」という単語を耳にした赤髪の少年がパッと顔を上げた。

 顔を上げると同時に、彼の頭の丁度てっぺんにある撥ねた一房の髪――頭の丸さと髪色も相まって、四天王内ではリンゴのヘタと言われている――が大きく揺れる。


「ちょっと待ってよ。あそこの魔物強い? ホントに?」


 つい先程まで気怠そうな目で拒否を示していた彼だったが、「強い」という単語を耳にした途端に生き生きとした表情になり、赤い瞳に煌めきを宿して話に食いついてきた。

 青髪の少年の方は背を向けたまま、彼のその反応に対して思惑通りと言わんばかりに口角を吊り上げた。


「ああ。付近の村の手練れもなかなか歯が立たないほどだという噂だが……どうする?」


 吊り上げた口角を下ろして普段通りの無表情に戻し、彼は振り返って赤髪の少年を見て問う。


「ならボクが行くっ! 強い奴はぜーんぶボクの獲物だ! 片っ端から切り刻んでやる!」


 勢いよく立ち上がってそう答える赤髪の少年は、先程の拒否から一変し、俄然やる気になっていた。

 青髪の少年は彼の好戦的――強い者限定ではあるが――な性格をよく理解しており、このように言えばだいたい食いついてくるのが分かっていた。

 まんまと青髪の少年の口車に乗せられた事に、戦い以外には基本鈍感な彼は全く気がついていない。


「よぉーし! 久々に大暴れしてやる!」


 赤髪の少年は意気揚々とした声を上げ、武器の手入れ道具を乱雑に箱に片付けて部屋の隅に投げる。

 手入れ道具の箱が床にぶつかる音と彼のあまりに雑で品の無いその振る舞いに、ずっと本に視線を落としていた金髪の少女は僅かに彼を睨み付けた。


 その睨みなど気づきもせず、彼は他よりも頭一つ分ほど低い身長には不釣り合いな大剣を軽々と片手で持ち上げて肩に担ぐと、軽い足取りで青髪の少年の横を通り過ぎて足早に部屋を出て行った。

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