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DESTINY―絆の紡ぐ物語―  作者: 花城 亜美 イラスト担当:メイ
第10章 砂塵の黎明
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10. 覚悟に応えるは

形勢逆転なるか――。

 サリュの覚悟と祈りに応えた守護の光は、瞬く間に王国全域を取り囲む。光は上空へと広がり半球状の膜を形成しながら王国を包んだ。

 ついに、サリュの守護結界が完成したのだ。


 完成と同時に、王国の上空にルナが創り出した魔法陣が強く輝く。

 そして、魔法陣から紫の光で形成された巨大な茨が出現し、大地を穿たんばかりの凄まじい勢いで真下に広がる王国へと伸びていく。

 誰もが思わず自身を守るように両腕で頭を覆ったり、子どもや恋人を抱きしめて庇ったりして、これから襲って来るであろう終末の衝撃に身構えた。


 皆が身構えて十数秒。

 しかし、一向に衝撃は感じられない。


「お、おい、あれ……!」


 民衆の誰かが声を上げ、上空を指さした。

 その先には、魔力の茨がサリュの守護結界に触れた瞬間、消滅していく光景があった。

 茨を形成する魔力も相当に強力だが、それをいくつ受けようとも守護結界が揺らぐ様子はない。


「わたしの国を、壊させはしない」


 サリュが胸の前で組んだ手に力を込めると、守護結界が強く輝いた。

 結界から黄金色の光が溢れて広がり、王国を貫かんとする茨達を包み込む。

 途端に出現していた茨達は消滅していく。

 そして、光はさらに上空へと広がり、魔法陣に触れた。

 その瞬間、魔法陣は硝子が砕けるような音を立て、霧散するように消え去った。

 上空にはもう禍々しい魔法陣はなく、澄み渡る青空が広がり、煌々と輝く太陽があった。


「や……やった……! やったぞ!」


「女王陛下!」


 見慣れた空の光景に安堵の表情を浮かべた国民から、喜びとサリュを称賛する声が上がる。


「すごい……これが、女王様の結界……」


 マルスの口から思わず感嘆の声がこぼれる。

 その最中(さなか)、不意に何かが地面を打ち付ける音が皆の鼓膜を揺さぶった。


「馬鹿な……馬鹿なッ! こんなはずでは……ッ!」


 音の正体は、レオガルドの地団駄だった。

 サリュの力の覚醒という予想外の出来事で計画が水泡に帰した今、彼の顔は焦りに歪んでいた。


「あとは貴様だけのようだな。我らヴュステ兵団が全力で相手になろうぞ」


 レオガルドの前に立ったガーディが、自身の武器である両手剣の切っ先をレオガルドに向ける。

 兵長の言葉を聞いた兵士達も強く敵を睨み付けながら武器を構え直す。

 士気の高まった兵団を忌々しそうにレオガルドは睨み返し、ギリリ、と奥歯を噛み締めた。

 だが、すぐに大きく首を横に振り、焦燥を振り払う。


「フン……魔法は消失したが、吾輩は結界の内部にいる! 女王の首が目の前にあることに変わりはないわ!」


 威勢を取り戻したレオガルドが一つ咆哮を上げる。

 すると、彼の周囲にいくつもの黒い影が現われた。先刻同様、自身の魔力から魔物を生み出したのだ。


「ムゥ……なんだ、これは……!?」


 しかし、威勢の戻ったレオガルドならば強気な声を上げそうな場面だが、彼からこぼれたのは戸惑いの滲んだ声だ。

 大きな赤い瞳をぎょろりと動かして周囲の魔物達を見回し、訝しげな表情を浮かべている。

 魔物達の様子が、明らかに先刻と異なっていたのだ。

 手足や翼など体の一部が欠損しているものが半数以上を占め、敵味方の区別なく襲い掛かっているものもいる。

 中には獣や鳥の姿を形成することすら出来ないものもおり、ヘドロのような黒い物体が蠢いているのも見えた。

 魔物の様子にマルス達も困惑しながら、襲い掛かってくるものを迎撃していく。


「女王陛下の守護結界は、外部からの攻撃を無力化するだけにあらず。結界内部においても、その偉大な御力を発揮される。結界内部にいる邪悪な存在を弱体化させる効果もあるのだ」


 そう答えるガーディに、レオガルドは睨むような視線を送る。


「影響を受けるのは魔物共だけではない。貴様もだ」


 言われてレオガルドは、妙な脱力感が襲ってくることに気づいた。

 否、結界が完成した瞬間から本当は感じていたのだ。

 動揺と怒りに気を取られて認知していなかったのだ。


「女王陛下とこのヴュステ王国を脅かした罪、その命で贖ってもらおう!」


「下等生物がァッ!」


 吐き捨てるように叫ぶとレオガルドは眼前にいるガーディに勢いよく右腕を振り下ろした。

 鉤爪と剣がぶつかる音が響く。


「ヌウウンッ!」


 ガーディは両腕に力を込め、右腕を押し返した。

 それでもレオガルドの体勢が崩れたのはほんの僅か。

 その僅かな隙を見逃さず、兵士達が槍を突き出し、矢や魔法を放つ。

 だが、理性が残る魔物達が盾となって間に割って入り、レオガルド自身もすぐ体勢を立て直して反撃する。


「弱体化していてもあの強さか……。魔族、やはり油断ならぬ相手だ。お前達、心して掛かれ!」


 女王の結界で弱体化しているとはいえ、その強さはこれまで兵団が戦ってきた魔物とは比べ物にならないほどだ。

 ガーディの声に兵士達は威勢の良い返事をする。


「俺達も加勢するぞ!」


「うん!」


 アイクの声に応え、マルスは共にレオガルドに向かって行く。


「飛んでる魔物共は、オレに任せときな!」


 上空からビリーの力強い声が降ってくる。


「雑魚が、散れッ!」


 突如レオガルドの周囲に強風が巻き起こった。

 悲鳴と共に兵士達の体が吹き飛ばされる。

 吹き飛ばされた兵士達と入れ替わるように、後方に控えていた兵士達がレオガルドに向かって行く。

 しかし、砂を巻き上げながらレオガルドの周囲に吹き荒れる風が防壁となり兵士達は近づけず、ほとんどの矢や魔法も弾かれてしまう。

 砂風の防壁の中から、レオガルドは魔力を纏わせた爪を振るい、爪撃を飛ばして兵士達を次々と戦闘不能に追いやっていく。


「私が……!」


 パルがレオガルドに向けて両手を突き出す。

 右手に集まった魔力は風となり、左手の魔力は水となっていく。

 幾らか練習を重ねてはいるが、異なる属性の魔法を合わせる複合魔法の扱いにはまだ不慣れさがあった。


『アタシも力を貸すわ!』


 アテナの声が聞こえた直後、パルの右手の紋章が輝き出した。

 自分一人よりも左右の魔力量が安定し、さらに強い魔力が全身から両手に集まっていくのを感じる。


「お願い……!」


 パルが魔力を解き放った。

 砂風の防壁ごとレオガルドを取り囲むように、輪の形状をしたシアン色の魔法陣が出現する。

 その瞬間、魔法陣から水を纏う竜巻が発生した。

 水に濡れた砂は地面に落ち、風の防壁はパルの風に相殺される。

 砂風の防壁が消え、水浸しになった地面の上に立つ獅子の姿が露になった。


「小娘がァッ!」


 いきり立ったレオガルドが右腕を振り上げ、パルに爪撃を放った。


「っ、パルッ!」


 魔法を放った直後で動けないパルの前にマルスが躍り出た。


「ぐっ……ぅぅ! あッ!」


 構えた剣で防御するが、爪撃に込められた力は強く、押し負けたマルスの体が後方へ飛ぶ。

 軽い打ち身と切り傷で済んだのが幸いだ。


「っ、今なら……クライス!」


 レオガルドの動きが止まり、意識がマルスに向いているこの瞬間を逃すわけにはいかない。

 アイクは両手に魔力を集中させた。

 グローブの下で紋章が輝き、主の呼び掛けに応えたクライスの力が合わさる。


「氷よ、魔を戒めよ!」


 魔力を解き放つと、レオガルドの足下が瞬時に凍り出す。

 先程のパルの魔法で彼の足下が水浸しになっていることが幸いして、分厚い氷が瞬く間にその四肢を凍り付かせた。

 好機とばかりに皆が一斉に攻撃を仕掛ける。

 召喚された魔物達も主を守ろうと集まり抵抗する。

 魔物の障壁をかいくぐった攻撃が、魔の獅子の体に傷をつけた。


 体勢を立て直したマルスもガーディと共に、魔物達を潜り抜けてレオガルドに肉迫する。

 二人はほぼ同時に己の剣を振り上げた。


「クッ! 小癪なァ……ッ!」


 奥歯を噛み締め、レオガルドは四肢に力を込める。


「こんなもので、吾輩を止められると思うな!」


 レオガルドは力任せに右の前足を振り上げた。

 氷の戒めが破られ、彼に纏わり付いていた分厚い氷が砕ける。

 砕けた氷塊が勢いよく前方に飛び散り、肉迫していたマルスの左腕とガーディの腹部を直撃した。


「うあッ!」


「ぐううッ!」


 苦しげな声と共に、二人は弾かれるようにして後方へ倒れる。

 その間にもレオガルドは他の足に纏わり付く氷の戒めも力づくで破壊し、周囲に氷塊を飛び散らせた。

 咄嗟にアイクや兵士達はそれらを避けたり、自身の武器で打ち落としたりして身を守る。

 パルは結界魔法を展開し、自分と周囲の者に氷塊が直撃するのを防ぐ。


「まずは貴様らを肉塊にしてくれるわ!」


 皆が防御に徹している隙を見逃さず、レオガルドは前方で負傷して動けずにいるマルスとガーディに突進していく。

 二人は武器を構えて抵抗を試みようとするが、負傷した体は思うように力が入らない。

 鋭い牙の生えた巨大な口が二人に肉迫する。


「これでもくらえッ!」


「ガアアアアッ!」


 爆発音が響いた直後、レオガルドの顔面に鋭い痛みが走り、そこから全身を激しい痛みと痺れが襲った。

 雷電を纏った魔力弾が、彼の顔面を直撃したのだ。


「ふぅ……さすがに、限界量ギリギリの魔石を突っ込んだから、あと一回が限度かな」


 後方で魔力砲を構えたユーリが呟く。彼の魔力砲からは所々細く煙が立ち上っていた。

 彼の一撃でレオガルドの動きが止まったところを、兵士達が魔物の相手をしつつも攻撃を仕掛ける。


「マルス、ガーディさん……!」


 パルの治癒魔法の光がマルスとガーディを包み、氷塊の直撃によって受けた痛みがたちどころに消える。


「ありがとう、ユーリ、パル!」


「かたじけない」


 二人は立ち上がって武器を構え直す。


「手強い相手だが、奴も確実に限界が近づいているはず。皆、気合いを入れ直せ!」


 ガーディの力強い声を聞いて、兵士達も己を鼓舞するように声を上げて返事をする。

 屈強なレオガルドだが、その巨躯には確実に外傷が増えている。

 追加で生み出される魔物の数も減っている。それだけ力が弱まってきているのだろう。


「忌々しい蛆虫共が……!」


 じわじわと劣勢に追い込まれ始めていることをレオガルドは感じていた。


(吾輩が、使命の一つも果たせず、敗北するというのか……!?)


 地上界を侵攻していくこと、邪神ハデスの障害となるものを排除することこそ、魔族である彼に与えられた最大の使命だ。

 地上界でも屈指の強大な力を持つ女王、そして神に選ばれた者と守護聖霊が目の前にいるというのに、何一つ戦果を挙げられていないどころか、劣勢に傾いている。

 あまりにも屈辱的だった。

 女王の結界からは逃れられない。破壊も出来なければ、増援を望むことも出来ない。


「どうせ、この結界から逃れられぬのならば――」


 そう呟くと、彼はどこからか取り出した小瓶を投げ上げた。

 降り注ぐ日光すら飲み込むような漆黒の液体が、瓶の中で波打っている。

 この際、己の命など惜しくはない。己の命と引き換えに、女王と勇者共を討ち取れるのであれば本望だ。


「我が命を以て、勇者共と女王の命を絶やしてくれようぞ! 全ては、ハデス様のために――!」


 レオガルドは大声で言い放ち、漆黒の液体を瓶ごと飲み込んだ。


「ウ……グゥ……」


 苦しさの滲んだ呻き声が巨大な口の奥から漏れる。

 ほぼ同時に、きつく食いしばった歯の隙間から、黒い靄のようなものが漏れ出てきた。

 苦悶の表情で肩で息をしていたレオガルドは、ついに大きく嘔吐き、その口から何かを吐き出す。

 巨大な口から吐き出されたのは吐物ではなく、光すら遮るような漆黒の靄だった。

 吐き出されたそれは途端にレオガルドの体を包み込んでいく。

 瞬く間に獅子の巨体は闇に飲まれ、皆の視界には巨大な闇の塊が残る。


「っ、矢を放て!」


 何かが起きる。

 そう察したガーディの指示が飛び、直後に弓兵の放った矢が幾本もレオガルドに肉迫する。


 その直後。

 突如、耳を劈くような咆哮が響き渡り、闇の塊が内側から切り裂かれた。

 切り裂かれた闇は衝撃波を放ち、肉迫していた矢を弾き返して消滅する。


「何、あれ……」


 闇を切り裂いて現われたモノに、マルスも他の皆も目を見張った。

 凶悪な変貌を遂げた獅子の姿が、そこにはあった。 

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― 新着の感想 ―
とうとう名実ともに「女王」になれたサリュが力に目醒めて国やみんなを守れるようになれましたね(^^)自分さえ犠牲になればいいという自分への自信の無さが取り払われて、兵団のみんなと共に国や民を守る覚悟がで…
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